第4話 魔族?
魔族?
「昨日は申し訳ありませんでした」
ユリファはそう謝罪してみせた。勿論、キョウと名乗ったこの男を試そうと、モリナに食事などの相手を任せたのであるけれど、それはおくびにも出さずにニコやかに対する。
「身なりをみれば、どこか高貴な家柄の娘さんなんだろ? 気にしなくていいよ」
この人は、本当に執着というか、何だか拍子抜けするほどあっさりとした感じの人だ。モリナからもそう報告をうけていたけれど、改めてそう感じた。
「今日は私と、モリナでこの町をご案内します」
「それはありがたい。ボクもこの町は初めてだから」
三人は街へとでた。
「ここはシュリ山の恵みを受けて発展した町です。水が豊かで、果樹や野菜の栽培が盛んで、ワインは名産なんですよ」
「ふ~ん……。扇状地なんだね」
「せん……。何ですか?」
「扇状地。言葉なんて知らなくていいけど、こういうところは大水が出やすいはずだけれど……」
ユリファとモリナは顔を見合わす。二人ともヴァイオラ国の人間であって、この町を攻めとった後のことしか知らない。
キョウは呆れた様子で「この世界の人類って、文明をもってから何年?」と、急に変なことを聞いてきた。
「文明……というか、歴史はおよそ二百年ぐらいですね。前史もあったそうですが、魔族との争いで、そのほとんどが失われた、と……」
これはモリナが応えた。学者や、国の中枢の人間ならいざ知らず、彼女たちでは知る由もない。
「二百年……。太古の知見が失われ、再生するまでには足りないわけだ」
本当に、変なことをいう人だ……。達観したような態度といい、ちがう国の出身だとしても、その知識はどう考えてもヴァイオラや、ラプサーナ国のそれより多いのかもしれない。
「キョウさんは、どうしてあそこにいたのですか?」
ユリファは思い切って訊ねてみた。人気のない森の中で、盗賊がでるような場所にいたのだ。
「逃げてきた……というか、逃げて、ずっと流浪していたんだ。もう帰る場所もないんでね」
罪でも犯して、逃げてきたのかしら?
「では、この町で働きませんか? ヴァイオラ国の直属兵は少ない。私たちは協力者を求めています」
ここで、すぐ食いつくようなら、逆にスパイ確定……。ユリファも笑みを浮かべつつ、緊張して相手をみつめる。
「誰かに仕えるとか、嫌いなんだよね。働いたら負け、みたいな?」
やっぱり拍子抜けする。近づこうとするとふっと離れ、離れようとするとふわっと気になることを言う。
でも、悪意は感じない。まるで悪意というものをどこかに置き忘れてきたような、そんなピュアさを感じさせた。
スパイではないみたい……。ホッとするけれど、もしスパイなら逆に利用することも考えていたので、その意味でも拍子抜けしてしまった。
「あそこがお城で、政治の中心地です。その隣にあるのが大聖堂です」
お城というより、レンガ組みの高い建物があるばかりで、その隣にある聖堂の方がより高く、よく目立つ。土台であるレンガの上に、木造の二階建ての建物がのっているからだ。
「ここにも宗教か……」
その言葉からも、キョウはあまりいい印象をもっていないようだ。
「キョウ様は何か……?」
「怠惰だから、宗教とかムリだよ。この国の国教なの?」
「ヴァイオラ国がこの町を組み入れたのが、三年前。それ以前のラプサーナ国の国教です。ヴァイオラ国は、この町の人たちからみれば『信仰のゴミ捨て場』と呼ばれています」
「酷い言われようだね」
「信仰心がなく、逆に多くの宗教が混在していますからね。一つの宗教、一つの信仰をもつ人たちからみて、侮蔑の対象なのですよ。ラプサーナ国の習慣で、宗教が政治に口をだす慣行があって、だからお城の隣に聖堂が建てられているので、本当に厄介ですね……」
そう口を滑らせ、ユリファもハッとして口を閉じた。キョウがふわふわして、何でも受け入れてくれそうなので、つい油断してしまった。
「どこでも宗教って、国のやることに口をだしたがなるよね。周りの迷惑など考えずに……。分かる、分かる」
そういってキョウは笑う。本当に不思議な人……。占領地の治政、その緊張もあって、常にユリファは警戒して、心に壁をつくってきた。そんな壁を、この人は軽々と超えてくる。
この人になら、何でも話せそう……。側近になってくれれば……。
そのとき、兵士が駆け寄ってきた。
「エイグが目覚めました!」
その報告に、キョウは笑いながら「行ってあげて。今日は案内してくれてありがとう。それじゃあ」
そういって、笑顔で手を振って去っていく。そんなあっさりとした態度も好ましいと思った。ただ、ユリファはそう思っていたことを、すぐに後悔することになる。
病院……といっても、この世界の民間の建築物では珍しい二階建て、というぐらいで、特に目立つところはない。城など、軍事拠点以外は木造で、ユリファとモリナの二人は、エイグが入院している病室に駆け込んだ。
「お嬢様……、申し訳ありません。護衛の任をまっとうできず……」
「無事だったのですから、気にしないで下さい。それより、命が助かってよかったです。あそこで何があったのですか?」
「賊徒は十人程度。倍以上のお嬢様たちに、馬車で隠れているよう声をかけ、私が前にでて戦おうとしました。そのとき、後ろから味方の兵士に刺されたのです」
「まさか……?」
「この町で徴集した兵が、賊徒とグルだったのです。戦っているような雰囲気はだしていたので、彼らは街にもどって、お嬢様を賊徒に奪われた……と報告をするつもりだったのでしょう」
「兵士たちは誰ものこっていなかったのですが……?」
「そう! それです。私が倒れ、薄れいく意識の中でみたのは、不意に現れた男が賊徒たちと話をしているところでした」
キョウは自分を「ペテン師」とし、話し合いで賊に帰ってもらった、といっていたので、それのことか……?
「しかしその男は、ニコやかに近づいたのはブラフで、油断した彼らの輪の中に入ると、賊徒や徴集した兵たちを、その場で食ってしまったのです」
「…………え?」
「あんなことができるのは魔族です。そうとしか思えません。お嬢様たちは出会いませんでしたか?」
エイグの言葉を、ユリファは最後まで聞いていられず、戦慄が耳を覆っていた。もしかしたら、魔族をこの町に引き入れてしまったのかもしれない……と。
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