第3話 人を疑うこと
人を疑うこと
「キョウ様はお腹が空いているのですよね? でも、ごめんなさい!」
モリナは何も言わないうちから、謝罪してきた。
「今、この町は警戒態勢をとるので、あまり豪勢なお食事を饗することができないのです」
「あぁ、構わないよ。何でも食えればいい。どうせ味は関係ないんだから……}
「え?」
「何でもない。食堂に案内してくれよ。お金もあまりないんで、ご馳走してくれたらあり難い」
「それはもう……」
ただ、モリナはこう言ったことを、すぐに後悔する。なぜならキョウの食欲は底なしだったからだ。
「ま、まだ食べますか……?」
「あぁ、ごめんごめん。人からご馳走されるなんて久しぶりだったから、つい甘えちゃったよ。もう十分だ。ありがとう」
十人前ぐらいは軽く平らげているが、それでもまったく満腹になった感じはない。大食い大会にでたら、優勝できそうだとモリナも思った。
「キョウ様はこの町、初めてですよね? お宿を準備しましょうか?」
「おぉ! 久しぶりの布団か……」
変なところで感心する人だな……。子供のように無邪気に喜ぶ姿をみると、悪い人とは思えない。
彼女に委ねられたのは、単に接応するのではなく、どこかのスパイか? 取り入ろうとする類か? そういったことを見定める役だ。賊徒と組み、貴族の娘に近づき、町に入りこもうとした可能性もある。
彼女の近くには目立たぬよう、兵士が監視役としてついており、変な動きをみせたら、すぐにでも捕縛するつもりだ。
宿へと向かいながら「そういえば、さっき『警戒態勢』とか言っていたけれど、戦争でもあるのか?」
「いえ、一年前に魔王の行方が分からなくなってから、魔族の動きが活発化しているのです。ヴァイオラ国でも、隣国のラプサーナ国でも、魔族の攻撃をうけて荒廃した都市があって、この町でも……と警戒しているのです」
「大変だね……」
キョウはあまり感慨もなく、そう語った。あまり感情の変化のない人だ……。モリナもそれが不思議だった。
「お父様。帰還中、賊に襲われました」
周りの人間がいなくなり、二人きりになったとき、ユリファがそう告げた。父であるロイドは一瞬、目を険しくする。
「ドウルが安全なルートだと太鼓判をおしていたのに……」
ラプサナストラム教の教区長として、この地域の住民支配には欠かせない人物だ。また、このシュリカの町がラプサーナ国に服していたときから教区長であり、ラプサーナ国との交渉においても、重要な人物である。でも逆にみれば、住民を煽動することも可能。今は従順に、ヴァイオラ国の統治をうけいれているけれど、腹蔵は知れなかった。
「近衛兵のエイグが重傷を……」
ロイドもため息をつく。
「近従の兵士を一人しか護衛につけられなかった、父の不明だ。エイグには悪いことをした」
シュリカを攻めとったとき、多くの兵を連れてくると住民の反発をうける……との懸念もあって、十八名の兵士のみを連れてロイドは赴任した。しかしラプサーナ国との緊張、そして魔族に警戒する今、戦闘に慣れた兵士を交渉役の護衛任務として割く余裕がなかった。
「徴用兵は?」
「逃げたのかもしれません。戦闘した跡もなかったので……」
足りない兵士は、町民を徴兵してまかなうのが基本だ。しかしいくら高い給料を支払っても、忠誠心が高まるわけではなく、実際の戦闘ではこうして役に立たないことも多い。それが頭の痛い点だった。
ユリファもふと思いだし「そのとき、ちがう国の出身、という者に助けていただきました。ただ、まだ信用できなかったので今、モリナに監視させています」と語る。
「ラプサーナ国と関係する、と?」
「分かりません。でも、自分を『ペテン師』だ、と……」
「ラプサーナ国では、職業は神により与えられるものだ。それを偽ることすら赦されていない……」
ラプサーナ国の国教、ラプサナストラム教は人々の生活、冠婚葬祭にいたるまで、多くの影響をもたらしている。だから、この町の宗教を改めることができないぐらいだ。
「もしそう名乗ったのなら、ラプサーナ国の間者ではないのかもしれないな……」
そういった後、ロイドはすぐに「だが、魔族に協力する人族もいる。警戒するに越したことはないだろう」と語った。
貴族として、騎士として、そして父としてもユリファは尊敬をして止まない。ただ脇の甘さ……、人を信用し過ぎてしまう点だけが、弱点だとユリファは考えていた。
相手が誰であろうと完全に信用することなく、警戒を怠らない。それが厳しい貴族社会で生き残る術だ。しかし父親は、男の友情など人間関係を重視する傾向があり、その点がユリファとしても歯がゆい。ただし自分は母親の血を受け継ぎ、疑りすぎることもまたみとめていた。
だから、今回の交渉も決裂したのかも……。ユリファもそう自戒する。連携、共闘の交渉は、相手を信用しないと始まらない。
難しい交渉となることは分かっていた。生きて帰る自信もなかった。無事に帰ってきただけでも喜ぶべきかもしれない。でも……。
「交渉ごとだ。あまり気に病むな」
ロイドはそういうけれど……。
「お姉様だったら、もっとうまくやれたのではないか、と……」
それがずっと、彼女の心を暗くしていた。
「それはいうな。今、ここにいる者で何とかするしかない」
しかし、そういわれても比較してしまう。自分には色々なものがまだ足りていないのだ、と……。
「いつまでこのシュリカの町に滞在されますか?」
モリナに訊ねられ、キョウは首を傾げた。
「う~ん……。予定はないなぁ。いつまでご馳走してくれるの?」
「えっと……。この町はあまり裕福でないので、できれば今日限りにしてもらえると助かるのですが……」
モリナははっきりといった。モリナは侍女であるけれど、その程度の判断は委ねられている。
「分かったよ。じゃあ、今日限りにしよう」
「……あ! でも、明日はこの町を案内させていただきますよ。せっかく来ていただいたのですから」
「そうか。この世界のことを色々と知りたかったから、助かるよ」
「……世界?」
「何でもない。こっちの話だ」
本当に不思議な人だ……。拘りがあるかと思いきや、すっと離れてしまう。それでいてこちらの施しは、素直に受け入れる。裏表がない……? 否、自分の核となる部分がない……。裏表どころか、真ん中すらない……、モリナはそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます