第14話 土の思惑
土の思惑
ユリファも驚愕した。今のキョウの戦いぶりをみて……だ。
魔族を一蹴した。傷ついた腕を一瞬で治し、反撃すら赦さずに相手の精神を壊してしまったようだ。
キョウは地面でのたうち回るキラルドのことなどもう興味を失くしたように、すたすたと歩きだす。
今、少し離れたところから破壊音が聞こえてくる。恐らく、このコリダリスの町にいる魔法隊が、魔族と戦っているところだ。キョウはそちらにも向かうつもりのようだ。
「な、何で魔族と戦うんですか?」
ユリファは彼を追いかけながら、そう訊ねた。警報が聞こえると、キョウはふらふらと歩いて魔族のいる方に向かった。別に、彼は誰に頼まれたのでもなく、魔族と戦う必要はないのに……だ。
「最初に、魔族と関わっちゃったからね……」
ユリファのことをふり返りもせず、キョウはそう告げた。
その意味するところは分からなかったけれど、ゴラウスが暴れているところは、さらに悲惨な状況だった。
コリダリスはこのヴァイオラ国の首都であり、また魔族がくるとの噂で万全の警備体制をとっていた。
ソバルの町でもそうだったように、人族は一人一人の魔力が弱く、複数人が一つの魔法回路の描かれた布のまわりに集まって詠唱することで、巨大な魔法を作りだすことができる。
しかし、ゴラウスは大地を操る土魔法を得意とする。魔法回路の描かれた布を地面に広げると、そこを部分的に揺さぶり、大地をぐちゃぐちゃにした。
ピンと張った状態でないと、魔法回路がうまく働かない。それを見越して、魔法部隊の力を殺ぐ作戦だ。
町を破壊するだけなら簡単だ。でも今回は、いたぶられ男をあぶりだすことが目的であって、戦闘より時間稼ぎをする必要がある。
「オレはキラルドとちがって人殺しの趣味はない。だが、五月蠅いコバエを叩き潰すぐらいには、慈悲の心もない」
岩や石を榴弾として飛ばせば、弾丸となる。ゴラウスにとって、その程度は簡単な詠唱で撃てる。
「早く現れんと、全滅させてしまいそうだな……」
魔法部隊の半数近くを殺したころ、不意にひょっこりと現れた男がいた。
「呼ばれるまでもないよ」
「顔をあまり憶えていないが、キサマか……。いたぶられ男」
「そんな愛称なの、オレ? もうちょっとマシな呼び方に……」
「呼び方など何でもいい。魔王がいなくなった原因を知るはずだが、恐らく喋る気はないだろう。だが、それもオレにはどうでもいい。オレがキサマを生かしておくことができんのは、女性の魔族との相性がいい、ということだ」
「嫉妬?」
「ちがうッ! どうせ魔族の女となど、生殖する気にならん。だが、オマエが子種を増やすということは、次期魔王候補にオマエの子が入るということ。それを防がねばならん」
「なるほど……、魔王の座を狙っているのか……?」
「魔王の行方が分からん以上、今は魔王をえらぶ時期にないが、オレが魔王になるだけでなく、オレの子孫が魔王になろうとするとき、オマエのような者の子孫が妨げになることを避けねばならん」
「長期の計画だね」
「それが土の特性だ。永劫のときを刻みつつ、そこにありつづける。未来のことまで見据えるんだよ」
ゴラウスは詠唱もなく、石の榴弾を放った。
命中する寸前、キョウが手をふると、石は軌道を外れて地面へ墜落する。
「やはり魔術は利かんか……」
ゴラウスは一つの仮説を立てていた。グレスラントが疑念としてもっていた魔術を打ち消す、これはないだろう……と。
魔族のつかう回路は、本人が工夫を重ねて独自のものを用いることが多い。反作用をもつ魔術回路をぶつけるなど、奇跡的なものであって、それをこの男が成し遂げているとは到底思えない。
魔王に嬲られつづけ、魔法を捻じ曲げる魔法を生みだしたか……?
そんな魔法があるのか? それすら不明だけれど、そう考えると説明がつく。魔力の流れを逸らすことができれば、複雑に組み合わされた回路の一部が機能せず、魔法全体を打ち消すことも可能なはずだ。
ただ、この男がそれをしているとしたら、その方法を知りたい。そして、そんな魔法をつかえる男に、魔力の高い子孫ができてしまったら、まさに魔王候補として最有力だろう。
第一の目的は、この男のその手法を知ること。それが叶わないとしても、第二の目的は、この男を殺すこと――。
「イヤなことを考えるね」
ハッとして、ゴラウスは大きく飛び退いた。それまで目の前にいた男が、急に背後にいた。
この魔法は何だ……? まったく魔族が知らない魔法をつかう……そんなことはあり得ない。魔法とは太古より練られてきた叡智だ。魔力を具現化した力とするために回路が編みだされ、その回路を発展、進化させてきた。
魔力も感じられない……、角のないこの男にそんなことができるはずない。
「岩嶷‼」
すでに魔力回路はつくっておいた。発動するだけにしておいた。でも、それは発動せずに済ませたかった。
なぜなら、この男の下にあった大地を消し、それを一瞬にしてこの男の両サイドから叩きつける、ぺちゃんこにする強力な魔法だからだ。
ガシッ! 唱えてすぐ、甚振られ男を両側から挟みこんだ。
でもすぐ彼も気づく。岩で挟んで押しつぶしたはずなのに、そこにあの男がいないことに……。
「全然、大地を大事にしていないじゃないか……」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあッ‼」
ふたたび、背後に現れた男に、恐怖のあまりゴラウスは意味不明な雄たけびを上げた。でも、それはすぐに断末魔の叫びに変わった。
彼は白目を剥いて、そこに倒れていた。もう正気をとりもどすことはない……そう思わせる表情だった。
キョウが何かをした様子はなかった。でも、彼は何のためらいもなく魔族に近づいて、囁きかける。
横からみていたユリファにはそう見えた。
魔族はキョウが動いていなくなったそこに、魔法をかけた。大地がえぐられ、次の瞬間には空中に岩の塊ができた。
でもそのときには、キョウは彼の後ろにいた。そして何かささやくと、悲鳴を上げて魔族が失神してしまった。
ユリファも倒れている魔族に近づく。
「何を……したんですか?」
「精神が壊れたんだよ」
「壊したんですか?}
「壊れた、といった方が正しいね。オレは少しその動きを促しただけさ」
キョウは何かをしたらしい。でもそれを明かす気はないようだ。でも……、間違いなく彼は魔族より強い、人族だ。
ユリファにはそれが頼もしくもあり、また恐ろしくもあった。彼は町を守ったわけではなく、人々を救おうとしたわけでもない。その力の使い方を間違えると、人族にとって脅威になりかねないのだから……。
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