第57話「わたし、黒騎士様とデートするの、これが初めてですよ!」
午前中の慌ただしい打ち合わせを終えて、ヴィクトリア達は転移魔方陣で帝都の皇城に。
皇妃は公務で今回は不在だったが、マルグリッドがヴィクトリア達を出迎えた。
夜会に出席するにも準備がいる、特に女性には。
前回ヴィクトリアの衣裳の仮縫いをした部屋へとヴィクトリアは連れていかれた。
皇城で皇女達付になる侍女は、この仕事が一番気合が入るという。
ちなみに、マルグリッド付きの侍女は二名のみで、部屋でヴィクトリア達を待っていたのは、辺境に行かずに、皇城に残ったいた以前のヴィクトリア付の侍女たちが三名ほど待っていた。
「アウレリア! ベティーネ! クリスティン!!」
ヴィクトリアが笑顔で彼女達に呼びかけると、彼女達は嬉しそうに笑顔でヴィクトリアを前に一礼し、ヴィクトリアに話しかける。
「お待ちしておりました姫様!」
「姫様がご成長されたとマルグリッド様付の侍女の方から伺っておりました!」
「本当にお美しくなられて!」
彼女達はそう口々に言いヴィクトリアを見て嬉しさと共に、ヴィクトリアの成長した姿に感嘆の溜息をもらす。
皇女付の侍女は貴族の子女が行儀見習いとして出仕している。ヴィクトリアは辺境へと移動する際に彼女達の親にも打診していた。
危険が伴う移動なので、親が難色を示すようならば、皇城に残り、他の職で出仕してもらうこともできると。
彼女達は辺境行きには参加できなかったのだが、いずれヴィクトリア殿下はこの帝都にお戻りになられるはず、その時は是非またヴィクトリア殿下付として働きたいと申請していたのだった。
夜会のドレスはカリーナ達が出発前に準備してくれたものだ。彼女達の内一人が急いで店に戻り、夜会用のドレスを持参してきてくれたのだ。アイテムボックスからドレスを取り出すと、マルグリッドと、マルグリッド付の侍女達は頷く。
「いいわ。じゃあ、あなた達トリアちゃんをよろしくね」
マルグリッドが侍女達にヴィクトリアを任せ、アメリアを促してアレクシスが待つ隣室に向かう。
ヴィクトリアが支度をしている間に、名産として持参した物を確認してみたいということらしい。
「シードルにしたのね? いいと思うわ。ワインを持ち寄る方と被らないし、エリザベートお姉様が大層お気に召したと言われている品ですもの。ボトルもラベルも素敵ね」
「それとこちらを」
アメリアがそっとマルグリッドに手渡したのは、カリーナ達のドレスのラフデザイン画である。
「あら~可愛い~! この人達は、トリアちゃんが成長する前も辺境でトリアちゃんの服を作ってたのよね?」
「はい、マルグリッド様ならそこもお考えだろうと、姫様がこちらもお持ちになってます」
アメリアが手渡したラフデザイン画には、ヴィクトリアが成長前に作られたと思われる子供用の服のデザインも入っていた。
「私に子供でもいたらいいのだけれど、生憎、まだなのよね……」
マルグリッドは興味深そうに、ラフデザイン画に目を通している。自分に子供でもいたら多分何着か依頼をかけたと思われる雰囲気だ。
十代の時にマルグリッドは結婚をしたのだが、まだ子供には恵まれていない。マルグリッドが密かに抱えるコンプレックスの一つだった。
「そう、子供! トリアちゃんにはまだ知らせていないのだけれど、グローリアに子供が産まれたの!! あの子ったら、産まれるまでずっと黙ってたのよ!」
アメリアとアレクシスは顔を見合わせて驚く。
「そ、それはおめでとうございます!」
「グローリアからの手紙がしばらくこなくて、フォルストナー商会の方がサーハシャハルまで仕事で行くと耳にしたからどんな様子か知らせてほしいと依頼したの。彼らがサーハシャハルに到着したら、国中で大騒ぎだったみたい」
アメリアもアレクシスもそうだろうと頷いている。
「母子ともに健康で、男の子だったものだから」
「お世継ぎですね」
アレクシスの言葉にマルグリッドが頷く。
「そうなの、だから今日は、皇妃陛下はサーハシャハルへの祝いの、贈答品選定などでお時間が取れなかったの。私も個人的にお祝いを贈ろうと思って今夜の夜会では各地の名産が揃うし、いい品があったら知らせて欲しいとトリアちゃんにも伝えてくださらないかしら? フォルクヴァルツ卿もトリアちゃんと一緒に探してくださると嬉しいわ」
マルグリッドの言葉にアレクシスは頷く。
「本日はバルリング軍務尚書主催の夜会ですから、警備は万全ですけれど、フォルクヴァルツ卿、トリアちゃんを護ってね」
マルグリッドの言葉に、アレクシスは表情を変えずに頷く。
今回の社交シーズンで帝都では若い令嬢が行方不明になるという事件が起きている。時には付き添いできていた若い侍女もまれに被害にあっているらしい。
昨日帝都に来た時、帝都に残留している第七師団の部下に連絡を取った時に、この件は確認していた。
このような事件があったら、以前のアレクシスなら、「親はどうして若い娘を夜会に参加させるのか娘の安全を想うならば家にとどめておけばよいのに」ぐらいは思っていた。 しかし、現在は領主という立場にもあり、そういうわけにもいかないのは理解している。社交デビューした若い娘をいいところに嫁がせたいという気持ちもわかる。
それに、エリザベート殿下を始めとする、この国の皇女殿下達の影響もあるのだろう。意外と機知に富んで、社交を得意とし、自らの領地を宣伝する令嬢もここ数年増えていると耳にしている。
アレクシス自身が夜会が苦手だから、そして帝都で今そのような物騒な事件が起きているのなら、断りたいという気持ちがなかったわけではない。
ヴィクトリアがあの菫色の瞳を輝かせて、「シュワルツ・レーヴェは素敵なところなんです!」と、帝国の貴族達に伝える姿をアレクシス自身が見てみたかった。
その気持ちの方が強かったのだ。
「もちろん殿下に危害を加えるような輩は、近づけさせません」
アレクシスの言葉に、アメリアは自分の背中にゾクっとした寒気が一瞬走ったように感じた。アレクシスの後ろに控えて立っていて彼の顔は見えない。その口調もいつものように彼らしく落ち着いたものに感じるけれど、彼の言葉に多分嘘はない。
もしも……もしも、万が一今帝都で騒がれているような若い令嬢の拐かしに、ヴィクトリアが巻き込まれたら、彼は多分必死になって探し出すだろうし、その連れ去った者を絶対に赦さないだろうし瞬殺に違いない。
そしてそんなアメリアの思いは、夜会の支度を終えたヴィクトリアが扉から出てきた時点で、確信に変わった。
帝都の社交シーズン。
領地にいる貴族達はタウンハウス街に集まり、そこで社交シーズンを迎える。
夜会を開くには、タウンハウスは領地のカントリーハウスとは違い、ちょっとしたサロンやお茶会ならば可能ではあるが、やや狭小だ。
そこで帝都では人数を収容できる夜会を開く為のホールがある。今夜はそこで夜会が開かれる。
帝都に残留している第七師団を護衛につけて、そのホールに向かう様子は、他の参加する貴族の馬車とは違う。主催者が軍務尚書であるバルリング公爵だから参加する貴族も軍籍している者もいるが、第七師団の黒い軍服を纏った一団はこういった場ではあまり目にしない光景だった。
エントランスに降り立ったアレクシスとその手にひかれて馬車から降りたヴィクトリアを見て、会場に案内する従僕達も息を飲む。
帝国で恐ろしく威圧的だといと言われる男が手を差し伸べて馬車から降りたのは瑠璃色のドレスを身に纏い、かつて大陸中を騒がせた美姫と似た顔をしていた。
その場に居合わせた参加する貴族達も、その風貌で一目で黒騎士とわかる男がエスコートする淑女に視線がくぎ付けになっているようだ。
そんな周囲の様子を気にする風でもなく……ヴィクトリアは嬉しそうにアレクシスを見上げる。
「黒騎士様はずるーい。今もやっぱり帰りたーいとか思ってらっしゃるはずなのに、表情に出てこないんですもの」
ヴィクトリアはこそっと扇で口元を隠してそんな言葉をアレクシスに伝える。
小さな声だが、その語りかけ方は、いつものヴィクトリアだ。
ヴィクトリアはアレクシスの傍にいて嬉しそうにしている。
「でもね、わたし本当は、ちょっと夜会に出てもいいかなって思ったの、領地のプレゼンの為だけじゃなくて、その、なんていうか……」
ヴィクトリアは照れた顔を扇で半分隠し、ごにょごにょと口ごもる。
――だって、黒騎士様とデートみたいじゃないですか。
いつも一緒にいるけれど、改めて二人でお出かけなんて、今まであったったかなとヴィクトリアは記憶を探る。
――……ないかも! わたし、黒騎士様とデートしたことないかも!!
記憶を探って、二人でお出かけしたことはないとヴィクトリアは思う。アレクシスと一緒にいたとしても、そこには常に第七師団や、領地の官僚や、工務省のスタッフやそういった人々と一緒で視察や内政的な仕事のくくりだ。
「ない……」
「え?」
「わたし、黒騎士様とデートするの、これが初めてですよ!」
淑女らしく声を落としているものの、いつものようにヴィクトリアはそう言った。
ヴィクトリアの「デートするの初めて!」と嬉しそうに興奮している様子を見て、アレクシスは戸惑う。もちろん、その戸惑いは表情に出てはいない。
しかし彼女の言葉にアレクシスも記憶を反芻してみる。
――……確かに、常に殿下とはお仕事として領地内政に携わっていて、こういったことは……なかった……気がする。
収穫祭も雪まつりも領地内のイベントだし、改まった夜会といえばヴィクトリアの社交デビューと婚約発表の時以来だ。それだって、帝国の皇女としての務めだし、それより新領地に来てほしい人材に打診をかけることを主としていた気がする。
多分今夜も領地の名産のプレゼンになるはずなのだが、ヴィクトリアは今のところそこはすっかり忘れているのか……。
――殿下らしい機転で、夜会が苦手な自分の事を気遣っている発言なのかどうか……掴めないが……。
「もう、ヤダ、どうしよう! デートだと思うと緊張してきちゃった! 黒騎士様、わたし、ヘンじゃない? おかしくないですか?」
デートする相手にそれを今確認するのかとアレクシスは思う。
マルグリッドが自分付きの侍女を連れてまでこの夜会の為にヴィクトリアの支度をしたのに。ヴィクトリアが支度を終えて扉から現れた時、その美しさに一瞬見とれたほどだ。 しかし、そんなアレクシスを傍にいたマルグリッドもアメリアも、当のヴィクトリアも気づいていない。
支度を終えたヴィクトリアを見て素直に綺麗だと言ってあげればよかったが、昨日のことを思い出した為に、アメリアの「お綺麗です姫様!」の言葉に頷くだけで何も言葉をかけなかったのはよくない。
ルーカスあたりに「ヘタレ」とか言われても仕方ないかもしれない。
それもこれも仕事漬けの弊害なのかとも思うし、そういう時間をヴィクトリアに作らなかった自分自身も反省するところだ。
「本当に、エスコートする相手が私で申し訳ありません。殿下」
そんなことない! と言いそうな彼女をアレクシスは見つめる。
「ですが、殿下、私が貴女を守ります」
アレクシスの言葉に、ヴィクトリアは嬉しそうに彼の腕に自分の手を添えている。
「わたしね、成長してよかったなって思うのは、こうやって黒騎士様と腕を組んで一緒に歩けるのが、一番嬉しいの。小さかった時は、片腕抱っこしてもらうのが嬉しかったけれど」
「……それは視界が高くなるからでは?」
予想どおりのアレクシスの返答に、ヴィクトリアはクスクスと笑う。
「そうです。だから、またいつか片腕抱っこしてくださいね」
――雪まつりの時みたいに。
ヴィクトリアの左手に、今は手袋で隠されている指輪を贈ってくれた時のように、彼が片腕で抱き上げてくれたらなと思った。
ホールの扉が開かれると、夜会はまずまずの盛況ぶりで、既に参加している人々は歓談をしていた。
アレクシス・フォン・フォルクヴァルツ閣下、来場、と参加者の知らせを耳にすると、その場にいる貴族達はぎょっとする。
その名前を知らぬ者はいない。夜会には出席するような人物ではないと思っていただけに意外だったようだ。
そしてアレクシスの来場の知らせの次に、ヴィクトリアの来場を耳にすると、貴族達の騒めきはさらに強まった。
若い貴族の令嬢ならば泣いて逃げ出す男の腕に手を添えているのは、髪の色と瞳の色は違えど、大陸の男達を魅了した輝ける黄金の美姫、第五皇女殿下と似た面差しの、リーデルシュタイン帝国第六皇女ヴィクトリア殿下の姿だった。
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