第56話「シュワルツ・レーヴェ領の名産品を紹介ですか」
ウィンター・ローゼの商業地区で、女の子達の憧れといえば、カリーナの仕立て屋『ヴァイス・フリューゲル』である。
辺境領の領主である黒騎士様の婚約者、そして帝国の末姫、第六皇女ヴィクトリア殿下ご用達の服飾店だ。
そのカリーナ達は朝食後にすぐさま、ウィンター・ローゼの領主館を訪れた。昨夜、フォルストナー商会のケヴィンの使いが、この時間に領主館に行くようにとカリーナ達に一報を入れた為だった。
執務室は、アレクシスとシャルロッテが使用中。
婚礼衣裳のことなので、カリーナ達はヴィクトリアの私室に通された。
「カリーナさん、おはようございます!」
ヴィクトリアの元気のいい声に、カリーナ達はほっとする。
小さな第六皇女殿下が急成長を遂げて、大陸一の美姫、第五皇女グローリア殿下そっくりの姿に変わって、リハビリをずっと頑張っていたのを知っているので、ヴィクトリアの回復を目にして安堵したのだ。
「おはようございます。殿下、本日お呼びと伺いましたので」
「そうなの、朝から呼び立ててごめんなさい。この後、予定がつまってしまってて……さっそく本題に入ります。実はね……その、わたしの婚礼衣裳のことなの」
ヴィクトリアが回復した時に、その身体が急成長してしまい、このカリーナ達に服を仕立ててもらったのだ。その時に、シャルロッテが「結婚式用のドレス、忘れてないよね?」と発言した時の、カリーナ達のはしゃぎっぷりを知っているだけに、このことは言いづらい。母と姉が、揃って仕立てていたとは。
しかし、傍にいたアメリアが、言いよどんでいたヴィクトリアを察してか、話を切り出す。
「姫様の婚礼衣裳は、帝都の皇妃陛下と、姫様の姉上マルグリッド様がどうやら準備されていたようなのです」
皇族でもお洒落だと言われている両名の名前を挙げられて、カリーナ達ははっとする。皇妃が娘の婚礼衣裳を手掛けるのは第三皇女殿下の時も、第五皇女殿下の時も、カリーナ達の業界では話題持ちきりだったのを思い出したようだ。
「そ……そうでしたか……皇妃陛下が……」
「そうですよね、ヴィクトリア殿下のご衣裳も確かに皇妃陛下なら整えておられるはずです」
がっかりというよりも、何故、自分達はそこに気づかなかった! 的な表情になっていて、ヴィクトリアが心配したように、その場で泣き崩れるようなことにはなっていなかった。しかし、ショックには違いないだろうなと思う。
「でもね、母上も姉上も、カリーナさん達が仕立てたデザインを見てみたいって言ってるの」
カリーナ達は顔を見合わせてる。
ヴィクトリアは言いづらそうに、両指をソワソワと組み合わせながら言葉を続ける。
「マルグリッド姉上なんかは、結婚式だけではなくて式を挙げても催しの際は、花嫁は白の衣裳を着る事になっているから、そういった服は何着か用意していた方がいいし、わたしが気に入っているならそのカリーナさん達のデザインを見せてほしいっておっしゃってるの。ちゃんとカリーナさん達のデザインですって、わたしもみんなに知らせるし。だから婚礼本番の衣裳でなくなるかもしれないんだけどその……」
「問題ございません! 婚礼用のデザイン画でしたらお持ちしておりますので、お預けします!」
勢い込んでそう発言するカリーナを筆頭に、彼女達はうんうんと頷いている。
「いいの?」
ヴィクトリアはほっとしたように、彼女達に尋ねる。
「むしろこちらからお願いします!」
「よかった……それとね、これはそのどうやって移動するのかはあまり聞かないでほしいのだけど」
「はい?」
「帝都はいま社交シーズンでしょ? とりあえずわたしも出席することになったので、夜会用の服も何着かカリーナさん達にお願いしたいの」
カリーナ達も帝都からこのウィンター・ローゼに来た身なので、その距離は知っている。馬車で移動しても五日はかかる距離だ。その距離を移動して帝都に行くとヴィクトリアは言う。
多分ヴィクトリアの魔法での移動なのだろうとカリーナ達は察した。
しかし、その事よりも、彼女達の仕事柄、ヴィクトリアがカリーナ達の仕立てた服を着て帝都の社交シーズンの夜会に出席するという言葉の方が興味を惹かれるものだった。
「来シーズンではなく、今シーズン……です……よね?」
カリーナの言葉にヴィクトリアは頷くと、カリーナ達の瞳が輝く。
「さっそくサイズを測らせていただいても!?」
「冬の社交シーズン! 華やかな色合いをご用意させていただきます! ヴィクトリア殿下にお似合いの!!」
「小物もね!」
「外套もね!」
テンション高まる彼女達に、アメリアは冷静に忠告する。
「お時間が限られておりますので、迅速な対応をお願いします」
カリーナ達はあっという間にヴィクトリアを取り囲み、手を動かしながら、異口同音で「任されました!!」と答えるのだった。
カリーナ達が生き生きした表情で領主館を出ていくのを、ケヴィンはすれ違いざまに見送る。
そして領主館に入ると、執務室に通された。
そこにはいつ見ても厳つく強面の領主と、帝都から来た魔導開発局の要人と、そして、小さな姿の時も愛らしかったけれど、さらに美しくなった第六皇女ヴィクトリアがいた。
ケヴィン・フォルストナーは帝国でも指折りの商会の三男坊。第六皇女殿下が降嫁する辺境地、小さな第六皇女殿下は「みんなが楽しく暮らせるようにするの」といいながら、この辺境地を発展させるべくいろんな提案をして実行してきた。
その才能を目の当たりにしてきて、「うちの国の殿下が行くなら、きっと何かあるから、僕に行かせて」と両親と跡取りの長兄を説得して、この辺境地にやってきた、自分の勘に間違いはなかったと自負するものの、急成長した彼女を見るにつけて、この目の前にいる殿下の容姿には骨の髄までしみている商魂も吹き飛ばされそうになる。
商売人としてはそれはまずい。
どうしたらいいものかと、軍属している兄のルーカスに相談したら、「アレクシスの顔を見れば?」とあっさりした返事が返ってきた。
その対策が効いたのか、ルーカスに似てる軽い印象は今回はなく、ビジネスモードで執務室に入ることができた。
この様子を見て。シャルロッテは「小さい会議室作ればよかった……いやいやこの館の私有面積なら増設可能か……今度ゲイツさんとコンラートさんに相談してみたい」とぼんやり考えている。
そんなシャルロッテを横に、ヴィクトリアとアレクシスは、帝都の夜会に出席する場合、この領地の名産品として宣伝するなら何がいいかとケヴィンを交えて相談を始めた。
「帝都の夜会に出席。そこでシュワルツ・レーヴェ領の名産品を紹介ですか」
アレクシスとヴィクトリアを見て、ケヴィンも唸る。
現在雪に囲まれたこの辺境領ではあるが、雪解けしたら、フォルストナー商会の中でも足の速い商隊を編成させて、帝都を始め帝国の各地へ辺境領の名産品を売り込むことを考えてはいた。
ニコル村の海産物も売り込みたいし、オルセ村の乳製品なんかは秀逸だと思う。
しかしどこをどうやってかはわからないが、この二人が今回帝都の夜会に出席するというのだ。先駆けで宣伝してくれるのならば何がいいだろうとケヴィンも迷うところだった。
「そうなの、何を紹介して推してみればいいか迷ってます」
ヴィクトリアの言葉に、ケヴィンは頷く。
「この領地は加工した飲料も食品もとにかく美味しいですから、どれを推してもいいとは思います。社交シーズンの後半は雪解けでこちらにも足を運んでくれる貴族の方もいるかもしれないし……僕は個人的にはエールを推したいんですが……」
「エールか……」
アレクシスも呟く。第七師団の団員達も、この領地のエールは帝都で飲むそれよりも美味いと言っているのは耳にしている。
この領地で作られるエールは村によって配合が違っている。だが、どれも美味いと第七師団の団員達が言っていたことを耳にしているし、アレクシスも思う。
ケヴィンも、ここの温泉宿に一泊した際にだされたエールの美味さに、思わず奇声をあげそうになった。
「ですが……」
両腕を組み合わせて、ケヴィンは言い淀む。
「何か問題でも?」
アレクシスも問題ないだろうと思ったのだが、ケヴィンはうーんと唸ってから話し始めた。
「価格帯が安価な気がするのです。我々庶民にはいいのですが、殿下が出席する夜会なのですから、夜会に出席する方々の事も考えて、もう少し、価格帯が上の商品の方がいいと思います。僕もエール推したいんで、領主様と殿下にはこういう企画書も実は用意していました」
数枚に纏められた用紙を受け取るとヴィクトリアとアレクシスはそれに目を通す。
雪が降る前にケヴィンは自分の商隊を使って、この広い辺境の各村で何が名産になりそうかあたりをつけていたらしい。
辺境領、シュワルツ・レーベは食の宝庫だった。
とりあえず、雪解けからは食品を中心にこれを帝都へと考えていた。その内の一つがエールである。
この辺境領の各村で作られているエールは僅かに味が違っている、麦とホップの配合が異なっていたのだ。しかしどの村のエールもそれぞれ味わいがあるし、これは帝都にも流せると思っていたようだ。
「価格帯が上……ね……じゃあシードルはどうでしょう?」
収穫祭の折、お忍びでこの辺境に来た第一皇女エリザベートが殊の外気に入って、「買い占めるぞ」とまで言わしめたのだ。
「同じ発泡酒でも、お洒落な感じしませんか? エリザベート姉上もオルセ村のシードルはお気に召してたし……」
ちなみに収穫祭の時、ケヴィンはまだヴィクトリアが足を運んでいないアルル村やエセル村に足を運んでいたので、お忍びのエリザベート殿下を拝することは叶わず、人伝で耳にはしていた。
「ゲイツ氏が作ってくれたボトルに、工務省のデザイン部がラベルを考えてくれたようなので、夜会に持参される数ならば間に合うかと」
シャルロッテの言葉に、ケヴィンも首を縦に振る。
「それならばいいかもしれませんね、社交シーズンの夜会でワインを持参される方は結構いらっしゃいますが、シードルは珍しいし、この町の街路樹としてリンゴの木を植えてますから宣伝効果もありますね」
ヴィクトリアがどうでしょう? とアレクシスを見上げる。
アレクシスも頷くと、ヴィクトリアはぱあっと顔を輝かせる。
「夜会なんてヤダなとか思ってましたけど、でも、こうしてみんなでいろいろ考えるの楽しくていいですよね!」
両手をパチンと合わせて、ヴィクトリアは言う。
「辺境は、雪に埋もれて何もないところなんて思わせないわ、黒騎士様の領地です! すごく素敵なところなんですから!」
この殿下がいるだけで、辺境だろうと、行ってみてもいいかなと、社交シーズンで帝都に集まっている貴族達誰もが思うだろう。
そして、彼らは、この美しく成長した第六皇女殿下の本質はその見た目ではないと気づくのは、多分彼女と話を交わした直後だということも、なんとなく想像できるアレクシスだった。
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