第54話 「そうなの! 姉上はセンスがいいのです」



 リーデルシュタイン帝国第五皇女グローリア。

 大陸一の輝ける黄金の美姫。

 真珠の輝きかと思われるほどの白い肌、見事なブロンドに、緑金の瞳は光の加減によって金に見える。

 その美しさに心を奪われ、自国だけではなく周辺国の王族たちも是非にと望まれていたヴィクトリアの三歳上の姉である。

 彼女を手にしようと国家間レベルで争いが生じることもあり、また帝国も血気はやった他国から攻め入られることもあった。

 現在ヴィクトリアはその彼女とそっくりな容姿をしているのだ。

 それが帝都の皇城に滞在しているとわかれば、わさわさと自国の貴族だけではなく、他国の貴族からも目通りを願いたいと列を作られることは容易く想像できた。

 実際過去にグローリア目当てで警備厳重なこの皇城に侵入してきた貴族もいる。ある者は権力を、ある者は実力で、もちろん、彼等はグローリアの居室に到達することは叶わなかったのだが、挑戦者は後をたたない状態だった。

 実はアレクシス率いる第七師団がその警護に回ったこともある。 

 黒騎士が警護をする日は、「皇城は静寂の日」と言われるぐらいに、その手の連中が皇城の周囲にも現れることはなかったそうだ。

 その話を母親のエルネスティーネからきいたヴィクトリアは「やっぱり黒騎士様すごーい」という視線をアレクシスに向ける。

 しかしその話をしていた時に、マルグリッドがしみじみ呟く。


「帝都の皇城にいてほしかったのに~」


 マルグリッドががっくりと肩を落とす。

 ヴィクトリアが留学前まで常に一緒にいたのはマルグリッドでありマルグリッドも他の姉達と同様に、ヴィクトリアを可愛がっていた。

「魔法陣で一瞬です。姉上がウィンター・ローゼに来てください! いまはまだ寒いかもしれまんせが、温泉あります。フェルステンベルグ領の領主館にだって負けませんよ! うちの領主館は最新設備ですから!」

「ロッテちゃんが気合い入れてたもんね~」

「です! ロッテ姉上は暫くウインター・ローゼで暮らしてもらいます」

「ああ、例の鉄道ね~」

「お洒落でセンスのいいマルグリッド姉上に意見も聞きたい! ロッテ姉上もきっとそう思ってるはず!」

 ヴィクトリアがグッと両手で拳を作り意気込みを語る。

「誉めてくれて嬉しいけれど~ドレスやアクセサリ~とは違うじゃない~」

「何を仰います姉上。ね、黒騎士様、この部屋どう思います?」

「?」

 ヴィクトリアは自分の隣に座るアレクシスに尋ねた。

 この居室はヴィクトリアの居室で、彼女が社交でデビューの際に訪れてはいたが、こんなに長くいたことはなかった。婚約が決まる前までヴィクトリアが過ごしていた場所。

 家具や壁紙等の部屋の装飾に目を配る。貴族の皇女に相応しい華やかさがある。しかし、多分年頃の令嬢はそれは使わないかもしれないという家具もあるが、部屋の配色とデザインでそれとはわからない。例えば執務に使われたと思われるデスク。普通の貴族の令嬢は、自室にあるデスクはもう少しコンパクトなサイズなのだが、ヴィクトリアの部屋のデスクは大きくて、本棚も意外と大きい。

 しかし、部屋のその他のインテリアを壊すことないバランスで配置されている。

 女性の私室を見たことも入ったこともないので、「どう思います?」と振られても何と答えていいのか困惑する。

 しかし隣にいるヴィクトリアはわくわくした顔でアレクシスを見上げている。

「女性の私室はよくわかりませんが……殿下は多分快適に過ごされていたと想像できます」

 そう答えると、ヴィクトリアはパチンと両手を叩く。

「そうなの! 姉上はセンスがいいのです。懇意にしてるお抱えのデザイナーさんもたくさんいます。実はこの部屋の家具や壁紙とかもマルグリッド姉上がデザイナーさんと一緒に考えて下さったの! 他にも、いろいろ忙しくされてるの。今はね、メルヒオール様と連絡を取り合って、エリザベート姉上のお手伝いもされてます」

「だからって、鉄道は無理でしょう~」

 マルグリッドがまたこの末っ子は無茶なことを言い出す~という雰囲気を感じさせるものの、そういうヴィクトリアが可愛くて仕方がないという表情で彼女を見るのだが……。


「え? なんで? だって鉄道は、ウィンター・ローゼの温泉に入りに来る貴族のお客様を乗せる客車が必要でしょ? そういう人が過ごしやすい空間の演出とか、姉上得意でしょ?」



 ヴィクトリアの発言のあと、マルグリッドは「この子、そこも考えてるのね」的な表情で妹を見つめるが、それは一瞬だった。

 ヴィクトリアは両手の指を組み合わせてシャルロッテの作っている列車に思いを馳せている。



「今回は、転移魔法陣を使ってこの皇城と辺境の行き来する時間を短縮してますけれど、それはまだ列車ができてないからです。列車ができたら絶対乗ってみたいもの! 旅情を楽しむ為にロッテ姉上は食堂車なんかも作りたいって! 列車のなかでお食事しながら旅を楽しむなんてすごいわ! ねえ、姉上、鉱山から回した資材で、ハルトマン伯爵領で作ってもらえないかな? 列車の食堂車用の食器やカトラリー。食器のところにオリジナルのマークをつけて列車でも使ってますよって感じで一般市場にも回すの!! それ、ウィンターローゼでも売りたいな、お土産屋さんとかにおいておけば買ってもらえそう! お土産をみたら、またウィンター・ローゼに行こう! とか思ってもらえそうじゃないですか?」



 ヴィクトリアの隣に座っているアレクシスも、後ろに控えているアメリアも、「……なんか思いつくと思ってたけれど、そこか……」的な表情になっている。

 マルグリッドも皇妃も、ヴィクトリアがアイデアをポロポロと出してくる様子を見てると、どこかの誰かに似ているなと思う。その誰かとはもちろん一番上のエリザベートだ。

「そうそう聞いたわ~鉱山から珪砂と粘土をハルトマン伯爵領に回すって。陶磁器とかガラスとかそういったものをハルトマン領で加工しろってことよね?」

「流通に可能な採掘量が工務省の調べでわかったので。姉上ならお抱えのデザイナーさん達に基礎デザインを作ってもらえるでしょ?」

「メルヒオールがいま紡績を離れてそっちをやってるみたい~。紡績はハルトマン伯爵が頑張ってるようです~」

 マルグリッドがアレクシスにそう伝える。

「帝都から自分の領に戻った時点で、その荒廃ぶりには彼自身が再興に前向きな姿勢だったそうなの。伯爵は自然環境省に在籍していたこともあるし、綿花の方をみてもらってるんですって。その内、絹も手掛けてくれるとか~」

「そうなんですか……お心遣い感謝します。殿下……」

 アレクシスがマルグリッドに頭を下げる。

 ハルトマン伯爵はアレクシスにとって数少ない軍籍していない友人。その彼が、自領の再興に向けて行動しているという情報は、気にかけていただけに、アレクシスにはありがたい知らせだった。

 ハルトマン伯爵領の荒廃は、彼が妻に振り回されての結果だった。辺境へ向かう第六皇女襲撃が、子供とはいえ領民がしたこととなれば、その責は領主である彼自身にある。

 皇帝陛下より蟄居謹慎を言い渡され、自領に戻り領民の怒りに触れ、暴行を受けた彼は、そのまま死にたいと思っていたようだ。

 しかし、再興に乗り出してきた第一皇女エリザベートが「死ぬ気があるならば、その魔力が枯渇するまで再興に使え」と彼に告げたという。

 この帝国は……少し前の世代までは男性社会と言ってもいい感じで、国を治めるのにエリザベートを支持しない者もいる。

 次期皇帝として国の中枢にいるエリザベートは、軍属して外見は王子様的なヒルデガルドよりある意味男勝りだ。

 ハルトマン伯爵に対する当たりはきついものではないかとマルグリッドは心配もしているが、メルヒオールからは「そんなことないから、ハルトマン伯爵自身は、真面目だから問題とか起きてないよ」との連絡を受けている。そのことも含めてアレクシスに伝えると彼は安心してようだった。

「あの……姉上……それで、伯爵夫人は……」

 ヴィクトリアが躊躇いがちに尋ねると、マルグリッドは伝えていいモノかどうか考えているようで、皇妃のエルネスティーネに視線を送る。エルネスティーネが頷くと、マルグリッドが複雑そうな表情をして続ける。

「ハルトマン伯爵が蟄居謹慎を言い渡されたのに、帝都に残ろうとしていたのね」

 伯爵家の当主が蟄居謹慎ならば、彼女もまた同じだろうに、とアレクシスもヴィクトリアも思う。

「残ろうとしたって……」

「資産査定の為にタウンハウスに残っていたハルトマン家の執事が言うには、説得に応じず、平気で夜会にでかけてしまったので、ハルトマン伯爵が見切りをつけたって」

 ヴィクトリアはアレクシスをそーっと見上げる。

 ヴィクトリアとの婚約前まで、『黒騎士はハルトマン伯爵夫人に懸想をしている』という噂が広がっていて、それはヴィクトリア自身も耳にしていたが、彼自身にその噂は真実なのかと尋ねたことはなかった。この話を聞いている彼を見て、動揺したような気配はなかった。


「夜会から戻ってきた彼女は査定をしていたエリザベートお姉様を泥棒呼ばわりして、お姉様の逆鱗に触れたようです」


 帝国の第一皇女、しかも、次期女帝の彼女にそれを言って無事に済むはずがない……。ハルトマン伯爵家の資産を査定にきていたエリザベートからしてみると、名家であるハルトマン伯爵家の財政を傾けさせた張本人なのだから「お前が泥棒だろうが!」と怒鳴りつけたとしてもおかしくはなかっただろう……。

「書類上も、伯爵と夫人は離縁の形になってます」

「その方がいい……カールには……」

 アレクシスは低く呟く。辺境出発前に自分にイザベラの無礼を謝罪しに面会に来た幼馴染であるハルトマン伯爵を思い出していた。

 彼がイザベラに惹かれたのは、彼女のあの華やかな美しさと明るさだろう。

 多分彼自身が身内の縁に薄く、ひっそりと穏やかな性質だったから、自分にないものを求めたのだろうがと……。

 しかし、そうアレクシスが呟いた横でヴィクトリアはいろいろ考えているようだ。


 ――確かに、ハルトマン伯爵のお話を聞く限り、あのご夫人とは合わない気がするけれど……伯爵のご心配をされているのはわかるんですけど、でも、でも、ご夫人についてはどうなのかな。心配されてる……のかな……噂の真偽を黒騎士様に面と向かってお尋ねしたことはなかったけれど……。


「トリアちゃん……なんで百面相してるの」

 せっかくの美少女が台無しと言いたげなマルグリッドの言葉にはっと我に返る。

「あー……なんでも……ないです……」

 なんでもないと言いながら、また考え込む。


 ――ハルトマン伯爵も気にかかるけれど、あのちょっと問題な伯爵夫人のことも、実は気にかけていらしてたらどうしよう! 聞いてみる? 聞いちゃう? でもなんて尋ねたらいいんだろ? 伯爵夫人も気になりますねとか? 聞き方によっては嫌味っぽくなっちゃうし、やきもち妬きにもほどがあるとか呆れられたらどうしよう!


「姫様は、例のお噂をまだ気にかけてらっしゃるようです」

 アメリアの一言に、ヴィクトリアはギクっとして背筋を伸ばす。

「噂?」

「ああ~黒騎士様がハルトマン伯爵夫人に懸想をしてるとか~」

 マルグリッドがいつものノンビリな口調ではあるものの、ヴィクトリアが気にしている本題をズバっと言い当てたので、ヴィクトリアは両手で顔を覆い俯いて「ウィンター・ローゼにカエリタイ」ともごもごと呟いている。

「……その噂、殿下までご存じだったのですか……」

 アレクシスが呟くと、マルグリッドがクスクス笑う。

「そんなの~トリアちゃんが黒騎士様と夜会に出たら一発で立ち消えちゃうわ~黒騎士様は大変よ~一瞬でも離れたら連れて行かれちゃうかも~」


「皇女誘拐は大罪です、阻止します」


「誘拐とは違う……けど……まあ、それぐらい思ってくれればいいか~」

 マルグリッドがそう言うと、アメリアの傍に皇城に残っていたヴィクトリア付きの侍女の一人が耳打ちする。アメリアは頷いてヴィクトリアに告げる。

「姫様、姫様が別室で仮縫いされてました折、閣下が伝令を飛ばしておりました。ロッテ様の部下の方がお越しです」

 アメリアが訪問の先触れを伝えると、それまで顔を伏せてモダモダしていたヴィクトリアはその仕草をピタリと止めた。

 軽く自分の頬を両手で叩いて、シャンと背筋を伸ばす。

 

「いいわ。お通しして」


 しっかりビジネスモードに切り替わったヴィクトリアを見て、アメリアはアレクシスを見ると、アレクシスも頷いた。

 シャルロッテがヴィクトリアに依頼した、魔導開発局特別チームの二名。

 ヴィクトリアとしてもシャルロッテの抱える人材に会うのはこれが初めてだった。



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