第52話「もちろん、末娘(妹)の花嫁衣裳を作り直すためよ」



 翌日、これまでになく領主館では賑やかな朝食を迎えた。辺境に来た最初の朝は、ヴィクトリアはたった一人で朝食をとったのだが、それはなんだか遠い昔のようにすら思えた。料理長のラルフもキッチンメイド達も、仕事らしい仕事ができて、腕の奮い甲斐があったと、出かけ前に身支度を整えてもらいながら、アメリアから聞きいた。


「でも。また寂しくなっちゃうかしら、せっかく料理長も人数が増えてお料理作り甲斐があるっていってくれたけれど」

「大丈夫です。もっと人数が増えてすぐに賑やかになりますとも」

 執務室に入ると、アレクシスの他にシャルロッテとゲイツ、ヴェルトもいた。

「お待たせしました」

 ドレスを着たヴィクトリアを見て、ヴェルトは「はわ~やっぱり女神様かも」ともごもごと呟く。

「ちょっとこの地を留守にします。姉上、留守を頼みますね」

 ヴィクトリアがそういうと、シャルロッテは頷いた。

「あ、向こうの滞在が長くなるようなら一つお願いが」

 シャルロッテの「滞在が長くなるようなら」という言葉に、一瞬「え?」と思った。

この執務室に設置された転移魔法陣でいつでもこの領主館に戻ることができる。滞在が長くなるなんて……シャルロッテのいうお願いというのは今回のヴィクトリアの呼び出しにかかわってくることなのだろうかと思う。

「何でしょう?」

 そんな彼女の尋ねるような探るような表情を見てシャルロッテは苦笑する。


「開発局特別チームのメンバーを一度連れてきて」


 ヴィクトリアはゲイツとヴェルトを見る。シャルロットが個人で抱える魔導開発局特別チームのメンバーは5人と聞いている。

「全員でなくてもいい、でも二人は必要なの、バルタザールとウィルヘルムの二人、私の管理をしてもらわないとこっちの留守を守れないから」

「どういうこと……ですか?」 

「ほんとはバルタザールは呼びたくないんだけど、トリアちゃんの代行するならマネージメントができるバルタザールは必要なのよ」

 つまりシャルロッテは自分を管理マネジメントをしてくれる人材を呼び寄せたかったのだ。呼びたくないと言ったのは彼女の時間管理、スケジュール管理をしてくれるのがバルタザールだ。

 シャルロッテが思う様にクリエイトし、夢中になっているところで切り上げを要求してくる。大局的にみれば、それは効率的なのだが、シャルロッテの作成意欲がそがれてしまうこともしばしばだった。

 しかし、ヴィクトリアと黒騎士と専属侍女のアメリアが帝都の皇城へ同行するとなれば領主館もシャルロッテが管理しなければならない。

 そんなシャルロッテがバルタザールによって切り上げられた後のフォローをしてくれるのがウィルヘルムだ。シャルロッテの制作の意向をよく汲み取ってくれる。

「これに詳細書いてあるから、これを開発局にまわしてくれれば二人を呼び出せるからお願いね」

 シャルロッテの印璽が施された封筒を渡された。

「はい」

 ヴィクトリアに白い封筒を渡すと、シャルロッテは意気揚々と執務室のドアを開ける

「じゃあ、ゲイツさんヴェルト、さっそく列車作ろー!」

 やる気満々のシャルロッテの後を追ってヴェルトもゲイツも執務室を出て行く、それを見送ってから、アメリアは執務室の扉を閉めて、転移魔法陣が設置している引き戸を引いた。

 ヴィクトリアとアレクシスと、アメリアが魔法陣の中に入ると、ヴィクトリアはトンとつま先で魔法陣を踏み込むと、一瞬にして帝都皇城のヴィクトリアの私室に移動した。




「まあ、トリア!」 

 皇妃エルネスティーネが魔法陣の中央に立っているヴィクトリアを見て呼びかける。

「母上!」

 ヴィクトリアは小走りに近づいて、皇妃に抱き着く。

「手紙では知っていたけれど、大きくなって、まあまあ、髪と瞳の色を除けば、グローリアそっくり!」

 身体は大きくなったものの、母親を見て抱き着くあたりが、小さな身体の時の仕草のままで皇妃は相好を崩す。こんな風に甘えてくれるのは成長の遅い社交デビュー前のヴィクトリアぐらいだった。

 娘たちは、見た目が成長してしまえばこんな風に、甘えてくることはほとんどないので、皇妃にしてみれば嬉しいようだ。

「大変だったでしょう、あれだけ辺境への出立間際に、魔力の使いすぎには注意と伝えたのに、本当は私がお前の元に行きたかったのよ」

 急激な身体の成長に、ヴィクトリアが激痛に耐えねばならなかったことを、皇妃は知っている様子だった。

「シャルロッテが行ってくれるっていうので、安心してたけど本当によかったわ」

 皇妃はぽんぽんとヴィクトリアの背を叩いて。娘の顔を見つめる。そして魔法陣のところで控えているアレクシスとアメリアに視線を移した。

「ありがとうフォルクヴァルク卿、ヴィクトリアを連れてきてくれて」

 アレクシスは一礼する。

「いろいろ準備していたのだけれど、ヴィクトリアの身体が成長したというから、一度本人に会わなければならいと思っていたのよ」

 皇妃の言ういろいろ準備をしていたという言葉にヴィクトリアはアレクシスと顔を見合わせて小首を傾げる。

「準備って……何ですか?」

 キョトンとした感じで尋ねるヴィクトリアに皇妃はヤレヤレと肩をすくめる。

 そのタイミングを狙ったように、扉がノックされたのでアメリアが取り次ぎを行う。扉を開けて入ってきたのは、数人の女性達と、第三皇女マルグリッドの姿があった。

「マルグリッド姉上!!」

 ヴィクトリアはパッと皇妃から離れて、マルグリッドに抱き着く。

「トリアちゃん! 綺麗に成長してる~!! 私も手紙で知ってはいたけれど~ああでも、トリアちゃんが帝国内にいてくれるとこうして会える機会も多いから嬉しいわあ~」

 そしてまじまじとマルグリッドはヴィクトリアの顔を見る。

「呼び寄せたのは正解~これなら採寸をやり直さないと~」

「採寸……?」

「デザインも決め直さないと~お母様と一緒に決めたけど~これは実物を見ないと~トリアちゃんの好みもあるだろうし~」

 マルグリッドの言葉に皇妃も頷いている。

「あの……ど、どういう理由で、今回、帝都に呼び戻されたのですか?」

 マルグリッドと皇妃の顔を交互に見つめてヴィクトリアは尋ねた。

 母と姉はにこやかな笑顔を浮かべる。


「もちろん、末娘(妹)の花嫁衣裳を作り直すためよ」


 そういうや否や、ヴィクトリアを私室の扉続きの別の部屋へ押し込めて、部屋にいる女性陣達もそちら移動していく。

 アレクシスは居間のところで一人時間をつぶさなければならなくなった。


 皇妃エルネスティーネはヴィクトリアの婚約が決まる前から、花嫁衣裳の準備をしていたのだ。これはヴィクトリアだけではなく6人の娘たちには全員、社交デビューした時からいろいろと準備をしているという。

 すでに結婚しているマルグリッドやグローリアもそうだし、ヴィクトリアよりも年上ではあるが、現在結婚の予定がたっていないエリザベートやシャルロッテ、多分それはいらないと突っぱねるだろうヒルデガルドの分も用意しているという。

 その話を聞いて、ヴィクトリアはウィンター・ローゼで自分の服飾を担当していてくれるカリーナ達を思い出した。

 ヴィクトリアが辺境に移動してすぐに、彼女達も自分達の店を持つために帝都からやってきて、ヴィクトリアの身体が成長する前も後も、服を仕立ててくれた人達だ。

「カリーナさん達も考えてくれるって言っていたのです……」

 どうしようと、ヴィクトリアが採寸されながらその旨を伝えると、エルネスティーネもマルグリッドも即座に答える。


「それはそれで作っておきなさい」

「うちの国、結婚式とその日の晩餐と、あと他にもいろいろあるから~白いドレスはデザインが違っても、いろいろ着替えてお披露目用として準備した方がいいわ~。私もそうだったもの~」

「ちなみに辺境で作られてるデザインラフは私も確認したいので送って寄こすように」


 そう言われて、マルグリッドの結婚式の事を思い出した。

 式用のドレス、晩餐用のドレス、内輪でも暫くは何日かに渡って親戚筋を個別に紹介する為に夜会を開いていたのでその時もだいたい花嫁らしく白を基調としたドレスをマルグリッドが着用していたのをヴィクトリアは思い出す。


「でも、辺境にきている仕立ての人達もセンスいいわね、トリアが着てきたドレスも似合っていたし」

「ですよね~」

 リーデルシュタイン帝国のロイヤルファッションには宣伝的意味合いもあるので、皇妃エルネスティーネは娘たちの衣装にはこだわりがあるようだが、現在ヴィクトリアのドレス担当しているカリーナ達も及第点をもらったようだ。


「白のサテン地はまだまだ手工業のところが多いので、娘たちのこういった衣装を揃えるために前々から準備しなくてはならなかったけれど、今、エリザベートが再建しているハルトマン伯爵領では紡績もやっているし、レースなんかは結構安価で大量に市場に出回っているから用意してみてたのよ」

「さすがエリザベート姉上……一年もしないうちにそこまで……」

「レースとサテンは上手く組み合わせたいわね~」 

「サイズもこんなに変わってしまったし、とにかく基盤となるドレスの仮縫いだけでも、やっておきたいからしばらく帝都にいなさい」

 皇妃の迫力に押され、もみくちゃにされながら、ヴィクトリアは黒騎士様、お一人でどうしようと思う。


「これなら、黒騎士様の言うように、黒騎士様に了解をとらなくても私だけお誘い下さればよかったのに……」


 ヴィクトリアがそう呟くとエルネスティ―ネとマルグリッドが声を揃えて「ダメ」と言う。


「何故ですか?」

「せっかく社交シーズンなのよ~! 夜会にも出席もしないと~!」

「お前を一人で出席させたら大騒動確実でしょ! もう、そんなチャーム駄々漏れで、この部屋から出せないじゃないの! フォルクヴァルク卿もご一緒に呼んでおいて大正解だわ。明日の夜会までにマルグリッドからチャームの制御をレクチャーしてもらいなさいね?」

「明日の夜会っ!?」

「エリザベートお姉様からいただいたお土産でいろいろ辺境の品も見たけど、あのシードルはよかったわ、社交シーズンは自分の領地のプレゼンをする場でもあるのだから~」

 それを言われると、確かにこの社交シーズン中の夜会の出席はしなけばならないかもと思う。

 学園都市もニコル村も開発中だが、ウィンター・ローゼの温泉宿はすでに営業を始めている。雪が降る前にヴィクトリア街道は閉鎖されたので、そこを知る者はまだ少ないはずだ。雪解け後の集客の為にも社交シーズンの夜会でのプレゼンは必須だと思う。

「でもチャーム……コントロールってそうすぐに出来るかな……」

 これまで辺境でアレクシスやルーカス、シャルロッテを交えて、護衛対象であるヴィクトリアのチャームについてはかなり考えられているのを知っている。

 護衛にまわってくれる団員はだいたいが既婚者や、彼女持ちだ。だが、そうなると、奥さんや彼女さんの方が気が気ではないんじゃないのかとルーカスあたりは思っているようだ。

 だが、そのメンバーだけで持ち回りはできないので、当然ヴィクトリアのチャームにかかりやすい独身の団員達が護衛につく時もある。そう言った場合、常にアッシュがヴィクトリアの傍にいる。チャームにかかった団員の正気を取り戻すために、アッシュが唸ったり吠えたりすることで、職務意識を取り戻す。

 でも一番効果的なのは、第七師団に在籍するフランシス大佐の言葉どおり、「殿下をお守りするのは閣下が適任です、『近づく者は俺の屍を超えて行け』ぐらいのお気持ちでお守りください」というのをアレクシスが素直に実践している場合だ。

 エルネスティ―ネもマルグリッドもチャーム持ちで、いまヴィクトリアの服の採寸をしたりしている人材も女性だけれど、部屋の扉の外にいる近衛は男性だし、グローリアの時も大変だったと皇妃が言う。

 ヴィクトリア自身はチャームによって周囲が変わってしまう認識はまだ自覚していない。しかし皇妃やマルグリッドは自分自身や第五皇女の経験にのっとって、アレクシスを共にここへ呼び寄せたのだ。

 皇妃は、採寸をされながらそわそわしているヴィクトリアを見て、あとのことはマルグリッドに頼み、黒騎士が待たされている部屋に移った。

 ヴィクトリアがそわそわしているのは、花嫁衣裳の採寸されて嬉しいからそわそわしているわけではないとエルネスティーネにはわかっていた。

 

「お待たせしているようね、フォルクヴァルク卿、でもこれも貴族の女性の務めでもありますからご理解下さい」

 皇妃がアレクシスの前に戻るとソファから立ち上がり礼をしようとする。しかし皇妃はそれを手で制した。

 ちなみに、アレクシスは部屋の外にいる近衛に、伝言をいくつか頼んでいた。

 ヴィクトリアがあの状態では動けないだろうと、魔導開発局に伝言を渡し、帝都に駐在している第七師団の状況も把握したいと思い軍務省にも伝言を飛ばしていた。

「社交シーズンは冬から初夏までと決まっているけれど、辺境は新年を迎えてもまだ大雪でしょう? 社交のシーズン中ですもの、フォルクヴァルク卿が治めている辺境の様子もうかがいたいと思ってる人はかなりいるのよ。それに、あの子が一人先走ってしまってるんじゃないかしらと心配もあったの……」

「……」

「でも元気そうでよかった……」

 そう呟くエルネスティーネは、リーデルシュタイン帝国の皇妃ではなく、十七になったばかりの娘を心配する一人の母親の表情だった。

「皇妃陛下……辺境の様子を知りたいというのは……」

「そうね、貴方は苦手かもしれないけれど、ヴィクトリアと共に、夜会に出た方がいいと思って」

「……」

「あの子と結婚したら、貴方、絶対に夜会には出席しないとダメだもの。いまから少しずつでも慣れて行かないと」

 エルネスティ―ネがそう言った瞬間、ヴィクトリアの押し込められていた部屋の扉が開く。


「母上、黒騎士様に無理強いしちゃダメだから!」


 そう言って小さな身体の時のように、頬を膨らませて、皇妃に言い募るが、アレクシスはそのヴィクトリアの姿を見て深い蒼い瞳を見開いて息を飲んだ。

 



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