第50話「ただいま戻りました、ロッテ様」
領主館に戻らず、そのまま工業地区へヴィクトリアが顔を出すと、職人たちが「お帰りなさいませー」と声があちこちから飛んでくる。
その声に気が付いたのか、ゲイツとシャルロッテがヴィクトリアの方へ歩いてきた。
「お疲れ様でした、黒騎士様、トリアちゃん」
「ただいま戻りました、ロッテ様」
挨拶を交わすと、ドワーフのヴェルトが団員達の影に隠れて、そわそわして、ゲイツと工業地区の工場の様子をキョロキョロと視線を飛ばしている。
「ヴェルト」
ヴィクトリアの呼びかけに、ヴェルトはハッとしたようだ。
「はい、お姫様!」
「こちらにいるのが、わたしの国の魔導開発局特別顧問のロッテ様。その隣にいるのが、貴方が会ってみたいって言ってた、ゲイツさん」
団員の影から小さい小人が姿を現すと、ロッテとゲイツはヴェルトに注目する。
「……トリアちゃん……この子……」
「ドワーフ……」
シャルロッテとゲイツが目を見開いてドワーフのヴェルトを見る。
「鉱山の洞窟でお友達になりました」
ヴィクトリアがそう紹介するが、第七師団の団員達は心の中で「鉱山の洞窟の中で眷属にしてきましたが正しいです殿下」と突っ込みを入れていた。
「は、はじめまして、おれ、ヴェルトお姫様の眷属になったドワーフだよ」
「……」
ロッテがヴィクトリアを見る。
「トリアちゃん……工務省の職員の救助に行ったんだよね?」
「はい、みんな無事でした!」
ロッテは明後日の方向に視線を飛ばす。
人命救助に行ってドワーフを連れて帰ってくる妹に、なんと声をかければいいのかと「お前、チートすぎるだろ」と突っ込みをいれてみたい気持ちになる。
「ロッテ様とゲイツさんがこっちに来てるって、街のみんなから聞いて、連れてきました。ヴェルト、ここが私たちの街の工業地区よ」
「大きい~すごーい、見たことない機械もいっぱいある!!」
「列車見たいんだって、設計図とか見せてもいい?」
ヴィクトリアが言うとゲイツが腰に下げていた筒の蓋を開けて設計用紙みたいなものを取り出す。
ヴェルトはゲイツの傍にトテトテと歩み寄って、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
ゲイツの祖父はドワーフだが、人間の血が混ざっているので、ドワーフよりもやはり体格は人間の成人男性に近い。ただ、成人男性よりは小柄ではあるのだが……。
しゃがみ込んでヴェルトにその用紙を見せると、ヴェルトの目が真剣なものに変わる。
「すごい……人間、これ、考えるの……」
ヴェルトに語り掛けるゲイツは呟く。
「発案はロッテ様だからね」
いつもは小柄な厳しい職人の表情を隠さない彼だが、初対面にもかかわらず、ヴェルトには優しい感じだった。
「……」
ヴェルトはロッテと設計図を交互に見る。
「模型がクリスタル・パレスにある」
「模型!! たたき台があるの?」
「おもちゃみたいな感じだけどね、凄く精巧なんだ」
「見たい!! 見たい!! 作りたーい! 一緒に作りたーい!!」
「ロッテ様、やる気のある人材です、参加させてあげて?」
ヴェルトの様子を見て、ヴィクトリアはロッテに小首を傾げて見せながら、そんなことを言う。
ロッテはヴェルトをじっと見つめる。
「手伝ってくれる?」
ロッテに一言に、ヴェルトは両手を上げて飛び跳ねる。
そこへ職人たちがざわつき出す。
ヴィクトリアはざわめき出した方向へ視線を向けると、テオの姉のマリアが走ってやってくる。
「マリアさん」
「殿下……テオが、無事だと……第七師団の方が店の方まで伝言に来てくれて、殿下がここだってきいて、あたしっ……」
よほど走ったのか息を切らせせき込んだ。
「ど、どうしても、お礼を……」
「領民を守るのは、当たり前です。だって、ここを守る黒騎士様の婚約者ですもの!」
「殿下……ありがとうござます……なんてお礼をいったら……」
「マリアさん、テオを助けたのはこのヴェルトでもあります、ドワーフなんですけど」
ヴィクトリアはそういうとマリアはヴェルトに抱き着いた。
「ありがとう! 弟を助けてくれて」
いきなり美女に抱き着かれて、ヴェルトは真っ赤になる。
その様子を見て、ああ、普通に男なんだな子供じゃないのかと、第七師団の面々は思うのだった。
領主館に戻ると、アメリアを始めとする使用人一同がヴィクトリアとアレクシスを出迎えた。
ちなみにヴェルトはロッテとゲイツと共にまだ商業地区である。
時間を見てロッテと共に帰宅することになっている。
「ご無事でようございました、閣下。姫様」
「鉱山のみんなは無事だったわ」
「お湯もご用意してございます、お寒かったでしょうに」
「黒騎士様、お先にどうぞ!」
「……殿下が先で。お疲れでしょうから」
「いいえ、ここは黒騎士様が! そして家に帰ってきて温泉があることを実感して、やっぱり各村に温泉つけようって計画の事も考えてみてください! ぜひ!!」
ヴィクトリアがギュっと拳を握りしめて、アレクシスに言い募る。
「殿下が先で」
アレクシスが繰り返すと、ヴィクトリアは自分の服の袖口を鼻に近づけながら言う。
「やだ、もしかして、わたし、臭いですか!?」
アレクシスはアメリアに目線で、ヴィクトリアを先に連れて行けと訴えるとアメリアは心得たように頷いて、ヴィクトリアを促して浴室へと先導していくのだった。
アレクシスが自室に設置されている浴室を使うと他の者に伝えるとその用意をしてくれた。ヴィクトリアの部屋と同様にアレクシスの私室にも浴室がついている。
領主館の造りは確かにシャルロッテの設計だと思われるところが感じられる。
温泉で疲れを癒して身体を温めると多分この状態だとヴィクトリアはすぐに眠ってしまうだろうと予測していた。
アレクシスはヴィクトリアのいうように、各村にこの温泉を引くことはこの冬を過ごす領民にとっては必要なのかもしれない。
もし、ヴィクトリアが降嫁することなく、この新領地だけを拝された場合を想像した。この寒い辺境の地で、領軍として滞在する自分の部下たち。
今も、各村に駐屯している者もいる。彼等は、辺境北部の本来の寒さを実感しているに違いない。それを思うと、極寒の豪雪地帯と言われていたこの地に、建設されたこの街の過ごしやすさはどうだろう。
――確かに、他の村にも温泉をつけたら……。
辺境の中でも一番帝都に近いイセル村ですら、積雪量は、こことほぼ変わらない。災害救助の際に赴いたオルセ村も同じだ。
ウィンター・ローゼとオルセ村を比較すると街の中の積雪に違いがある。
殿下はこのウィンター・ローゼを観光の街にすると言っていた。街はいまもまだ、ものすごい勢いでいろんな施設が建設されている。
――だって自分がそこに住むんですもの。自分も、そこで暮らす人も、楽しく幸せになるように、どうすればいいかを考えるの! ね? わくわくしてきたでしょ? だから黒騎士様も考えてください。何をしたいのかを。何もないところよ、なんでも作れるのよ? 失敗したって成功するまで挑戦できるの! すごくないですか!?
小さな姿だった頃に、彼女がアレクシスに告げた言葉。彼女はそれを実践している。
この地は、この街は、リーデルシュタイン帝国皇帝の命によって建設された。北部辺境の平定の為というのが公式の名目だが、あきらかに皇帝が自分の娘、皇女の誰かに下賜する為の私領だ。
あの彼女なら、皇帝の真意は理解しているはずで、アレクシスにいちいち相談しなくても、「やります」と断言すればいい。だがいつも彼女は言うのだ「どうですか? 黒騎士様」と……。
以前、娼館を建てる件で独断で動いた時にアレクシスは彼女を窘めた。あまりにも危険だったから。それを思えば、各村に温泉ぐらいならとどうということでもない。彼女の身に危険が及ばない限りならばそれでいいのではないだろうか。
これがエリザベート殿下やヒルデガルド殿下の場合を想定すると……多分、即断実行、そして事後報告という顛末が予想できる。
身支度を整えたところでドアノックがされる。入室を促すと、アメリアがお茶をもってきてくれた。
ヴィクトリアの専属侍女の彼女がアレクシスに給仕しに、部屋を訪ねるのは珍しい。ヴィクトリアに何があったのかと思う。
「殿下は?」
「はい、よほどお疲れでしたのか、大浴場の温泉で溺れそうになって」
その言葉にアレクシスはぎょっとする。あまり表情にでないアレクシスが動揺したので、アメリアはそのまま続ける。
「もちろん控えに侍女数名おりましたので、今は寝室にてお休みされています」
「強行軍だったからな……無理もない……まして、ようやくお身体が普通に動くようになったばかりだ」
「でも、半ば寝言で、『他の村にも温泉つけたい』とだけはしっかり呟かれてました」
そういうところが彼女らしいというか。
「俺の返事など待たずに実行してしまえばよろしいのに」
「閣下と共に、領地を繁栄させたいのですよ」
「……」
「姫様は本当に、この辺境にきて生き生きとされていて眩しいぐらいです」
専属侍女の彼女が言うのだ。自分がそう思っていてもおかしくはないのだとアレクシスは思う。
「殿下はまだ視察されてない村もある……冬が過ぎて雪解けが終わってから考えよう……この豪雪の中を各村の視察は我々だけならばできるが、殿下には酷だ。殿下なら、あの魔力で道の雪をも溶かし、身体強化的な魔法もかけてしまうかもしれないが……」
アメリアは頷く。
それに視察されていない村は、春に訪れた方がいい。
きっとヴィクトリアならその景観に感動してくれるだろう。
それはヴィクトリアが辺境に来る前にアレクシスが視察をしたことのある村。
オルセ村やニコル村のように、活気があるとはいえないが、帝都に近いイセル村のような和やかな印象は彼女ならば気に入ってくれるはずだ。
「また有事が起こらないとも限らないしな」
「はい。冬ぐらいはゆっくり過ごされた方がよろしいかと……ただ……」
「ただ?」
「実はお手紙が」
「手紙?」
アメリアは小さなトレーに白い封筒を乗せ、アレクシスの前に差し出した。
宛名しか書かれてない白い封筒を受け取り、その裏を見ると、ぎょっとする。
封蝋の印璽はリーデルシュタイン皇妃のものだ。
「皇妃陛下が?」
「執務室のデスクにある魔法陣から届きましてございます」
帝都でなにが起きたのだろうかとアレクシスはその封書を開いた。
そこには時節の挨拶と、転移魔法陣にてヴィクトリアと共に、帝都皇城を訪ねてほしいとだけ記載されていた。
そしてほどなく、シャルロッテとヴェルトが帰宅したと知らせが入った。
領主館のダイニングは、シャルロッテとヴェルトそしてゲイツもヴェルトに引っ張られてやってきたのでいつもよりも賑やかだった。
ヴェルトは目をキラキラさせて、シャルロッテとゲイツに囲まれて鉄道やウィンター・ローゼの工業地区について語り合っている。
たった数日だけど領主とヴィクトリア不在の食卓は物寂しいものがあった。客人としているシャルロッテは二人が不在の折は、別館に当てられた部屋で軽食しかつままない感じだった。料理長のラルフも腕の奮い甲斐があると厨房で喜んでいた。
「すごいね、お姫様、黒騎士様、この街すごいね!! 冬なのに! あったかいの!!」
ヴィクトリアは興奮しているヴェルトに頷く。
「温泉を引いているからだよ、トリアちゃんが魔術で温泉を掘削したんだよ」
ロッテの言葉にヴェルトはうんうんと頷く。
「でも街にそれを流したのは多分ロッテ様な気がする」
「実行したのは工務省だけどね」
「やっぱりロッテ様だった!! 設計図見ると、その魔力が感じられるよ! お姫様と同じ! さすがお姉さんなんだね!」
ヴェルトが元気よくそういうと、ゲイツの動きが止まった。
「え……」
シャルロッテがヴィクトリアの実姉であるのは、この領主館に勤める者だけが知るところだ。コンラート達はシャルロッテを魔導開発局特別顧問としか認識していない。アレクシスの部下である第七師団の団員もそうだ。
アレクシスとシャルロッテとヴィクトリアは互いに顔を見合わせ、ゲイツに視線を移した。
一瞬シンとした空気にヴェルトは首を傾げるのだった。
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