第49話「殿下が名前……アッシュってつけたからなのかなって……」



 テオと残りの職員たちを無事に事務所に連れ戻すことができた。

 ヴィクトリア達が坑道から事務所に戻った時には既に日は暮れていた。

 被害にあった者に暖かい食事と暖かい寝具を用意してとにかく休養を取らせる。

 第七師団も事務所に残ったフランシスの指示により、一部オルセ村に引き上げさせていた。

 そしてヴィクトリアは食事の後片付けをニーナと一緒にした後、今、二人で各部屋を見て回ってこの場から離れていた。


 「しかし、よく無事だったなドワーフ達が助けてくれたのは幸運だが……魔獣だっていたのに……いままでよく採掘作業とかできましたよね」

 クラウスの言葉にアレクシスが答える。

 「鉱山は、ウィンター・ローゼ建設時から、コンラート氏が注目していたからな。帝都から資材を調達するよりも現地調達する為、建設に使用する魔石を使用していたんだ」

 ウィンター・ローゼを建設する際や、現在も学園都市建設で使用されている魔獣避けの魔石の事である。これがなければこの辺境で建設業務が安心して行えない。

 「なるほど……」

 ヴェルトからきいたことだが、ドワーフたちも自分の住処を人間に知られたくない為、坑道内に結界を張っていたというのもある。

 魔獣と人間だったら魔獣のほうがマシだと教えられてきた。魔獣なら問答無用で倒せばそれだけでいいけど、人間を殺してしまって、それで自分達の存在を知られたら全滅しかないと。

 「それが結果的に採掘作業時に魔獣には遭遇することにならなかったと……」

 「しかし、こうなったら、この鉱山の坑道にも小隊ぐらいは駐屯した方がいい」

 「そうですね」

 「えーでも、お姫様が俺に名前つけたみたいに、みんなにもつけてくれれば俺同様、みんなも強くなるよ? そしたら坑道は守れるよ?」

 ヴェルトが口をはさんだ。

 アレクシスはヴェルトを見る。

 「殿下はその場の勢いでヴェルトに名前を与えたが、ヴェルトもいきなり魔力を持った者から名前を与えられるとは思わなかっただろう?」

 ヴェルトは頷く。

 「名前を付けられたら、その方の眷属となるとも」

 「うん」

 「それを知らずに殿下は名前をつけてしまった。その場にいたドワーフたち全員がそれを望むとは思えないから、敢えて他のドワーフには名前をつけなかったのだろう。もしつけようとしたら俺がお止めした」

 「えー!! どうして?」

 今回の目的はテオや職員たちの救助が第一の優先事項。ヴィクトリアはその為にきたのだ。救助に来て自身が倒れては意味がないと、彼女ならそう判断するはずだ。いろいろと無茶するが、何も考えなしで動く方ではないとアレクシスは理解している。

 あの場にいたドワーフ達を仲間にしてしまえば彼女の魔力はさすがに減少するかもしれない。無事に連れ帰るまでに魔力が枯渇するのを避けたい。全員を救助して彼女自身がウィンター・ローゼに戻るまでが今回の任務だ。魔力があろうとなかろうとアレクシスは彼女を守るつもりだが、もし……また倒れたりしたらと思うと心臓が縮む思いだ。

 「名前付けはドワーフの仲間たちの間でよく相談した方がいいからな」

 「んん……そうなのかも……? あ、お姫様」

 食堂のドアを開けてニーナとヴィクトリアが入ってくる。

 各職員や子供たちが眠っている部屋を見てまわってきた。

 「まだ少し空いている部屋も、暖かくしてみましたので、そちらでみなさんも休んでください。職員たちの部屋や子供たちの部屋でも何人かは休めます」

 「殿下が自ら動いていると他の者が休めないのですよ」

 フランシスの言葉に、ヴィクトリアは頷く。

 「あたし、お茶いれてきますね!」

 ニーナは元気だ。

 事務所の周りではクロとシロが哨戒をしくれている。

 アッシュはヴィクトリアが坑道から戻ってからずっと彼女の足元に寄って一緒について回っていた。まるでアレクシスと交代でヴィクトリアの護衛を買って出たようにすら思える。見た目は子犬のように愛くるしいが、ヴィクトリアのチャームにうっかりかかりそうになる団員に向かって吠えたてて牽制するのだ。その威嚇で団員は正気を取り戻す様子を見て、アッシュ付きならばヴィクトリアを自由にさせてもいいかもと思ったようだ。いつも自分と一緒というわけにもいかないし、ヴィクトリアのチャームの耐性を団員達にもつけてもらいたいとも思っている。

 「みんな無事でよかった……」

 そう呟いてアレクシスの隣に座るとアッシュを抱き上げる。

 「お姫様、魔力減ってない?」

 ソファに座ったヴィクトリアにヴェルトは首を傾げて尋ねた。

 「減ってないわ」

 「でも、元気ないの」

 「お疲れなんですよ、朝から魔法使って雪解けしたり、光明の魔法を坑道内に展開させたり、あの機械を止めたり、ヴェルトに名前つけたり……」

 カッツェも言う。

 「朝からそんなに魔法使ってたの!?」

 ヴェルトが驚きの声を上げる。

 「テオたちを助けるためにきたんだもの。魔力は使えるだけ使わないと、わたしがきた意味がないでしょ?」

 「さっきも部屋の温度を上げて下さってたわ、だからみなさんも今のうちに部屋に行って身体を休めた方がいいです」

 ニーナがヴィクトリアにお茶を淹れて持ってくる。

 フランシスがそれぞれに指示を与えて団員達は部屋に行く。

 「ニーナさんもありがとう」

 「そんな、あたしなんか大したことしてませんよ」

 「ううん、こんな雪の中をウィンター・ローゼとオルセ村をこまめに行き来してくれていたから、今回のことは迅速に行動に移せたのだと思います」

 ヴィクトリアはそうですよね? とアレクシスを見るとアレクシスも頷く。

 「ヴェルトも、ありがとう。お部屋にヴェルト用に眠るところを作っておいたわ、ヴェルトも休んで。ドワーフだって眠るでしょ?」

 さっきニーナと一緒にヴェルトの為に災害救助用の毛布を何枚か重ねて小さなベッドもどきをつくってきたのだ。ちなみに第七師団の団員は各々、寝袋を持参している。

 「さっきも大佐さんが言ってたけど、お姫様が眠らないとみんなきっと起きてるよ」

 「ヴェルトの言う通りです、それにお疲れでしょう?」

 アレクシスの言葉を聞いてヴィクトリアはアレクシスの腕に寄り掛かる。

 「殿下?」

 腕に抱いているアッシュの暖かさに寄り掛かったアレクシスの腕の暖かさでヴィクトリアは目を閉じる。

 「……」

 言葉にしないものの、自分が休む場所はアレクシスの傍だと言っているようだ。

 その様子を見て、ヴェルトはニーナと顔を見合わせる。

 アレクシスがヴィクトリアの手にしているカップをニーナに渡してヴィクトリアに毛布をかける。

 手にしていたカップを取り上げても、ヴィクトリアは閉じた瞼を少しだけ震わせるだけで目を開けることはなかった。

 「お姫様、領主様のこと大好きなんだね」

 ニーナはソファにヴィクトリアの足も載せて横たえさせる。昨夜と同じように、ヴィクトリアはアレクシスの膝の上に頭を乗せて軽い寝息を立て始めた。

 「領主様はどうするの?」

 「俺はこのままでも大丈夫だ」

 「そっか、じゃお休みなさーい」

 「ヴェルト、案内するね?」

 「はーい」

 食堂を出ると、ニーナは気さくにヴェルトに話しかける。

 「明日は多分、殿下達はウィンター・ローゼに戻られると思うわ。もちろん全員は引き揚げさせないと思うけど」

 「そっか」

 「ヴェルトも驚くよ、ウィンター・ローゼ」

 一緒にいるヘンドリックスも語る。

 「だけど、閣下はすぐにでも殿下を街に戻されたいだろうな」

 「そうよね……殿下は冬に入る前に大規模な魔術を展開して、お倒れになったことがあるの、だから領主様は心配されているのよ」

 「大規模な……魔術……」

 「魔術で列車を走らせる道を作ったのよ、この国の次期女帝になるエリザベート殿下と一緒に」

 「俺、そのれっしゃ、見たいんだ」

 「ゲイツさんとロッテ様が作ってらっしゃるの」

 「ゲイツって人ともあってみたい……」

 「じゃ、早く寝ないと」

 「うんありがと、ニーナ。ヘンドリックス。お休み~」

 ヴェルトはドアを開けて二人に手を振った。

 そして二人はまた踵を返して、食堂の方へ戻る。

 「ドワーフってもっといかつい、おじさんだと思ってたわ……子供みたいに可愛い」

 ニーナは呟く。

 「戦闘時には豹変するらしいよ」

 「そうなんだ……」

 「可愛いといえば、アッシュなんだけど……あの子、成長遅くないか? いつまでも可愛い子犬のような大きさだけど。もっと普通は成長しているものなんだろ?」

 ヴィクトリアの傍に常にいるアッシュは大きさがあまり変わっていない。

 ヘンドリックスが気づくぐらいだから、ニーナはとっくに気が付いているはずだ。

 「殿下に抱っこされたいから、このままでいいんだって」

 「……そう言っていたの?」

 ニーナは頷く。

 「あの姿だとウィンター・ローゼにも入っていけるじゃない? クロちゃんやシロちゃんは無理だけど」

 「ちゃっかりしてるな~初めて会った時なんか目も開かない産まれたばかりだったのに」

 「そうなのよ不思議なのよ、アッシュは。でも殿下の事は覚えているの、匂いが一番、アッシュの記憶には鮮明なんだと思う」

 「ああ……そこはイヌ科の特性なんだ……」

 「あとね今日思ったの……ドワーフに名前をつけたみたいに……」

 「え?」


 「殿下が名前……アッシュってつけたからなのかなって……」


 ヘンドリックスは考え込む。

 そもそも、アッシュの母であるシロはニーナが拾った狼の子供。あまりの可愛さに最初は子犬だと思っていた……今のアッシュのように……。

 自分には魔力を感じる力がないけれど、リーデルシュタイン帝国の貴族は魔力持ちだ。上司であるアレクシスと、あの魔術無双のヴィクトリアはシロとクロは体内に魔石を有しているとも言っていた。

 魔石を体内に有してるなら魔獣のくくりになるはずなのに、シロもクロも人間を襲わない。

殿下はドワーフに名前をつけた。魔力を持つ者が名前をつけると眷属になる。ヴェルトはそう言っていたが……それはアッシュにも当てはまるのだろうか。

 「あんなになつくの、アッシュがいうには、殿下はシロちゃんみたいなんだって、お母さんが二人みたい。あたしは? って聞いたらお姉さんなんだって」

 「ニーナよりも殿下の方が年下なんだよ?」

 「名前のせいかな?」

 「名づけ親って言えば名づけ親だけど……でも、アッシュは殿下だけでなくて閣下にもなついているよ?」

 「そうなのよね……アッシュの性格というか……性質というか……だからあんまり結び付けて考えないようにしてたんだけど……アッシュを産んだシロも特別っていったら特別だったし」


 二人は食堂に戻ると、暖炉の近くのソファに座っているアレクシスと、アレクシスの膝に頭を乗せて眠っているヴィクトリアの姿が見える。

 ドワーフのヴェルトを部屋に案内する前とあまりその姿勢は変わらない。

 アッシュもぬいぐるみのようにおとなしくヴィクトリアの腕の中にいる。

 その様子を見てこっそりとニーナは呟く。


 「なんか、これを言っちゃうと不敬かもしれないから、アレなんだけど……ヘンドリックスだから言えることなんだけど……領主様と殿下って、クロちゃんとシロちゃんのイメージが重なるというか……」

 「うん……」

 「あの二匹はとっても仲良しだから、お二人もずっとそうだといいなって、あたしは思うんだ」


 ニーナはそう呟いた。

 



 翌朝、数名の団員を残して、ヴィクトリア達はウィンター・ローゼにもどることになった。

 ヴィクトリアはアイテムボックスに詰めて持ってきた災害用の食料や飲料水を食糧庫に収納していくのも忘れない。

 これでしばらくはもつだろうし、あとはオルセ村の村人たちも時折やってきてくれるという。

 ニーナもシロとクロと一緒にオルセ村と鉱山の事務所を行き来してくれることを請け負ってくれた。

 雪道なのでオルセ村で一泊してからウィンター・ローゼに戻ることになったのだが、鉱山から一緒についてきたヴェルトは好奇心と警戒心を抱きながらも村人たちと接する。

 シュワルツ・レーヴェの領民たちの気質はみな長閑だし大らかなので、オルセ村の人々もドワーフだからといって敬遠することなく迎えてくれた事に、ヴィクトリアもほっとしていた。

 そしてそんなヴェルトがウィンターローゼに近づくと身を乗り出して馬の上に立とうとさえした。

 ヴェルトを乗せていたカッツェが慌ててヴェルトを支える。


 「すごい!! すごいよ!! お姫様!! なにあれ!!」

 

 ウィンター・ローゼの街門の前にそびえたつ鉄橋を見て声を上げる。


 「あのまっすぐ長く向こうまで伸びているのが、鉄橋だ。あれを殿下が魔術で作ったんだよ」


 カッツェが口を開けて視線を鉄橋に向けている。


 「あの鉄橋の上で列車が作成される予定なの、行ってみる?」


 ヴィクトリアはヴェルトの方に振り向いてそう言った。

 ヴェルトはうんうんと首を縦に振る。

 駅の近くまでいくと子供たちが作ったのか雪だるまが列をなしている。

 第七師団の帰還を見て街の子供たちや駅の建設に関わっていた村人や工務省の大人たちも声をかける。


 「領主様だ!!」

 「ヴィクトリア殿下もいる!! お帰りなさーい!!」


 子供たちが手を振って第七師団を迎える。

 ヴィクトリアも手を振る。


 「みんな、ただいま!!」

 「お姫様、あれなに、可愛い」


 ヴェルトは雪だるまを指さす。 

 そして第七師団の軍服を着ていない、ドワーフのヴェルトに子供たちは注目する。

 物怖じしない子供たちは胸を張って説明する。

 「ぼくたちが作ったんだー。『鉄道が完成するのをみまもり隊』なの!!」

 「小さい人はどこからきたの?」

 子供たちの質問にヴィクトリアが答える。

 「ドワーフのヴェルトよ。鉱山の中の村からきたの、わたしの友人だから、みんな仲良くしてあげてね」

 「ドワーフ……」

 「ドワーフ……小さい」

 「意外と強いのよ? ワームだって倒しちゃうんだから」

 ヴィクトリアの言葉に子供たちは驚いたような声をあげる。

 その声を聴いてヴェルトは幾分恥ずかしそうだ。

 「ロッテ様とゲイツさんは鉄橋にいるの?」

 「今は工業地区に。素材の検討するとかで」

 工務省の一人が説明する。

 ヴィクトリアは自分の後ろにいるアレクシスを見上げる。

 「鉱山の職員は無事だった、コンラート氏に連絡をいれておいてくれ」

 アレクシスのその言葉を聞いてその場にいた職員たちは胸をなでおろす。

 こうして雪崩被害の救助にあたった第七師団はウィンター・ローゼの街の人々に囲まれながら街門をくぐるのだった。


 

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