第48話「人間なのか……綺麗だから女神様かと思った……」
「……小人……」
「……ニンゲン」
小人の男は腰につけていた袋から丸薬を取り出してそれを口に放り込んで奥歯で噛み潰す。
「また人間か……」
丸薬は言葉を明瞭にするためのもののようだった。
ヴィクトリアはその小人に近づく。
「殿下!」
アレクシスも、他の団員達もの制止の声を上げる。
ヴィクトリアは手を挙げてそれを制する。
「初めまして、わたしはリーデルシュタイン帝国第六皇女ヴィクトリアです。貴方のお名前は?」
「……女神様?」
小人は自分の目線にしゃがみ込んで語り掛けるヴィクトリアに見惚れてそんな言葉をつぶやいた。
「いいえ、わたしは人間です、ちょっと魔法が使えますけど」
「人間なのか……綺麗だから女神様かと思った……」
小人の言葉にヴィクトリアは首を傾げる。
「貴方、さっき、『また人間か』って仰ったように思うのですが、ここ最近人間を見たことあるの?」
小人は頷く。
「4人の人間が俺達の村にいる」
「大人3人で子供1人?」
小人はまた頷く。
「小人さん……えーと、お名前ないと呼びづらいな、ヴェルトさんでいいかな?」
小人の表情がぱあっと明るくなり、目に光が宿る。
「名前、つけてくれたのか」
「うん」
「あんたの魔力ちょっと減ったけどいいのか? 名前は力になるんだよ」
「そうなの? あんまり変わらないけど……いいわよ? 魔力はまた戻るから。ヴェルトは、ここに長いこと住んでいるの? ヴェルトは……ドワーフ?」
ヴェルトはこくんと頷いた。
「ご先祖様が、魔族と他の連中が戦争初めた時に逃げてきたんだ……」
その言葉に、ヴィクトリアもアレクシスも、ある人物を思い出す。
今現在ウィンター・ローゼでシャルロッテと一緒に魔導列車を作っているゲイツを。
ゲイツのご先祖様のように、やはりここに辿り着いて定住したドワーフもいたのだ。
彼等はゲイツの先祖と違い、ずっとこの鉱山の奥深く地中の中で、小さな村を作り、生き延びてきたという。
「俺達のご先祖は、人間の国は安全だと思ったみたい。山の向こうは魔素が強くて魔族同士で戦争してるし。逃げてきたんだって。そしてそのままこっそり住んでる。見つかったら追い返されると思って……ご先祖様達の仲間もこっちにきて散り散りになったみたい。俺達はその生き残りだ」
ヴィクトリアはアレクシスを見上げる。
「わたし達は、4人の人間を探してここまで来ました、彼等を返してくれますか?」
「うん、俺達の食料も酒もそんなにないから、ひきとってくれるならいいよ」
「案内してくれますか?」
「お願いがある」
「なに?」
「それ……返してくれ」
ヴェルトが指さすのは石筍のモンスターと思われていた物体だった。
ヴィクトリアの魔術によって、細部には木の根がびっしりと絡まっている。
「なんでなんでコレこんなになってんだ?」
「……わたしがやりました。だってうちの第七師団の団員たちに被害がでそうだったんですもの」
ドワーフたちはその石筍のモンスターとヴィクトリアを見比べる。
「姫様、魔法使えるんだ……」
「ほんの少しね」
ヴィクトリアはそういうが、後ろに控えている第七師団は「少しじゃないでしょおおお」と心の中で突っ込みを入れる。
「姫様の魔法は火や水じゃないのか……」
「それも使えるけど、そのモンスターの触手がうちの団員にからまっていたから、被害が及ぶといやだったので、植物系の根を促進させて絡めとってみたの。これ、ヴェルトさんが作ったの?」
「みんなで作った……ほんの少しだけど魔物とかもここには出るから……」
石筍のモンスターは、ここに流れてきたドワーフたちが作ったモノだと言う。
「でも……人間だよな……魔族じゃないよな?」
ヴェルトはアレクシスを見上げてそんなことを呟く。
ヴィクトリアが女神でアレクシスは魔族に見えるらしいドワーフの言葉に、団員達は頭を抱える。
ヴィクトリアは、ヴェルトの視線の先のアレクシスに振り返る。そしてヴェルトに笑いかける。
「バジリスクだって一撃で倒す凄ーく強い、わたしの未来の旦那様です」
ドワーフのヴェルトの案内で一行はドワーフの住処にたどりく。
村の造りは、普通のものだが、洞窟内なのに、明るい。
太陽光がないけれど、それに近いものを再現している。
草木も成長しているようだ。
鉱山の洞窟内でこんな小さな村が……と驚く団員達。
ヴィクトリアとアレクシスの姿を見て声を上げたのは、テオだった。
「殿下! 領主様!」
「テオ!」
工務省の三人の職員も顔を上げる。
どうやら畑仕事をしていたようだ。
「ヴィクトリア殿下……第七師団……元帥閣下……」
「か、帰れる……」
たった数日だったが、雪崩にあってここに辿り着いて魔物の危険はないものの、魔石も何もかも集積所に置いてきた工務省の職員たちはここにもっと長い期間滞在するものと覚悟していたらしい。
「心配しました……でも無事でよかった!!」
「彼等のおかげで助かりました」
エドガーがドワーフたちに視線を送る。
ドワーフたちはわらわらとエドガー達の傍によってくる。
「人間の仲間が迎えにきてくれたなら、もう帰った、帰った」
「食い物が減る~」
「酒が減る~」
やはりドワーフ、酒が好きなようだ。
ヴィクトリアはドワーフたちに頭を下げる。
「ドワーフのみなさん、テオたちを保護してくれて、本当にありがとうございました」 進み出たヴィクトリアを前にドワーフたちはヴィクトリアに見惚れる。
「女神様がいる~」
「女神様~」
「違うよ、この人はこの国のお姫様なんだって~」
ヴェルトが仲間たちに説明する。
「お姫様~」
「お姫様、俺達ここに住んでていい? お姫様の国なんだろ? ずっとここにいるから人間には危害は加えないって約束する。人間も俺達をいじめないで追い出したりしないでほしい」
ヴィクトリアはアレクシスに振り返る。
アレクシスは頷く。
「うん、ここの地域はあちらにいる黒騎士様が治めているの、黒騎士様はいいって言ってくださったわ」
ドワーフたちは手をとりあって喜んでいたが、ヴィクトリアの視線の先にいるアレクシスを見て手を取り合ったまま集まる。
「……怖そう……」
「魔王様……」
「魔王様かも……」
ドワーフたちは手を取り合って、アレクシスを見て一歩下がる。
アレクシスの評価が魔族から一気に魔王にランクアップしたのを耳にした団員達は苦虫を噛み潰したような表情で沈黙を守っている。
「悪いことする人には怖いかも、でも、ドワーフさんたちは、エドガーさんやテオを助けてくれたんですもの、お礼もしてくれます」
「お礼……」
「オルセ村の酒でどうでしょう殿下」
アレクシスの言葉に、ほらねと、ドワーフたちに目で話しかける。
「お酒くれるのか?」
「美味しいですお酒です」
「お酒ー!!」
手を取り合って小躍りしているドワーフを見てヴィクトリアは呟く。
「ドワーフか……ゲイツさんにお話したらきっと驚くわね」
ヴィクトリアの言葉にドワーフたちは反応する。
「ゲイツって、あれだろ、俺達の血を引く人間だろ?」
「知ってるの?」
「保護してた人達からきいた、んーと……450日ぐらい前か、この鉱山の洞窟で採掘してたのも見たことある」
「遠目に見たけど、人間に近かったけれど、俺達の血を持つってわかった」
ドワーフの血……それがどんな意味を持つのかヴィクトリアにはピンとこないけれど、同族意識ははっきりと認証されるものなのだろう。
「いま彼は魔導列車を作ってくれてるの、私たちの街にいるのよ」
「まどうれっしゃ……」
「なんかすごそう……」
「みたい……」
「でも、ここからでたらいじめられるかもしれないから見れない」
「イジメないわ、わたしが約束する。イジメる人間がいたら、黒騎士様が怒ってくれるわ」
ヴィクトリアがアレクシスに振り返る。
「ほんと?」
「いまはたくさん雪が降って外は寒いけど、それでもよかったら、いつでも言ってね」 「俺、見たい!! すぐにしたくするから、一緒に連れってって」
手をあげたのはヴェルトだった。
「おい、お前、いいのかよ」
「おれ、姫様から名前もらったから行く。ヴェルトってつけてくれた」
ヴェルトは嬉しそうに頷く。
「えー」
「なんだってー」
「だからいまならなんでも作れそうなんだー」
「すげえ」
「じゃあ、いままでよりも強くもなったってことだな!」
「洞窟で魔物と会っても勝てる?」
「多分、勝てる気がする」
「おお」
ドワーフの会話にヴィクトリアは小首を傾げる。
「どういうこと?」
「さっきもいったけど、名前は力になるから。国境の向こうのドワーフの中でもいろいろあるんだろうけど、俺達はこの地に逃げてきたドワーフの生き残りだから特別だと思う。名前つけたら魔力の少ない人は弱くなる。だからおれたちに名前はない。魔力がある人からもらったら、その人に仕えるんだ。名前をつけてもらえるとおれたち強くなるし、技術もあがる。それに、坑道で魔物にあっても、戦える戦士になれる。これも必要ない」
ヴェルトは石筍のモンスターを指さす。
これは坑道を行くときの護身用に作ったものだとヴェルトは言う。
「そうなの!?」
「だからお姫様の作ってる『まどうれっしゃ』見に行きたい」
ヴィクトリアはアレクシスを見上げる。
「ロッテ様やコンラート氏は歓迎するでしょう」
「やっぱり黒騎士様もそう思います?」
「はい」
ついていく気満々のヴェルトにドワーフたちが声をかける。
「じゃあ、ヴェルト、アレもってけ、ご先祖様が作ったアレ」
「いいのか?」
「名前持ちじゃないと扱えないもん、もってけ」
「ありがとう大事に使う。待ってて、とってくるね」
トテトテと家に向かって走り出し、ヴェルトはハンマーを持ってヴィクトリア達の元に戻ってきた。
ドワーフらしい小道具だとみんなが思う。ハンマーを腰に括りつけてッヴィクトリアの前に立つ。
「姫様、旦那様、準備いいです」
ヴェルトはそういう。
「では、近日中に、食料と酒を坑道に運ばせる。保護してくれて助かった」
アレクシスがそういうと、ドワーフたちは手を繋いでわーと喜んで、一行を見送る。
第七師団と保護したテオ達四人、そしてヴェルトを連れて、一行は坑道に戻った。
「ヴェルトは何歳なの?」
「んーわかんない……でも、ドワーフと人間の寿命は違うから、多分この中で一番長生きしてると思う」
道すがら、ヴィクトリアの質問にヴェルトは答える。
「やっぱりドワーフとかエルフって長寿なのね……」
「エルフ……嫌い……気取りやなんだもん。姫様はエルフみたいに綺麗だけど、気さくで優しいよね女神様みたい」
「聞きました? 黒騎士様、女神様みたいだって!」
アレクシスの横でヴィクトリアはキャーと小さく叫ぶ。
「旦那様も優しいよね、食料や酒もくれるの。魔王様みたいだけど」
「魔王様……」
「魔族はそんなの当たり前って感じなんだって」
「そっかヴェルトは国境の向こうはご先祖様達から聞いてるだけなのね」
「うん……だから、試したいんだ……」
「試したい?」
「人間の魔力を持った人から名前をもらったらどうなるのか……」
ヴェルトはトテトテと先頭にいるクラウスの隊へと早歩きで歩き出す。
そして、クラウスに並んだと思ったら、一直線に走り出した。
「ヴェルト?」
光明の魔法を展開しているため視界は悪くない。
ヴェルトが単独で走り出していくと、坑道の横から、土壁を突き抜けて大きな何かが現れた。キャタピラーだった。
ヴェルトは腰に身に着けていたハンマーを手にする。
そのハンマーの形状は大きく変化した。
「おりゃああああ」
キャタピラーに向かってハンマーを振りかざす。一撃を振りかざすと、そこから連打。その小さな身体が一回り大きく感じる。
ガンガンと硬いキャタピラーの皮をハンマーでたたきつぶしていく。
あまりの速さにヴィクトリアは目測できない。
「身体能力があがってる……」
アレクシスの言葉にヴィクトリアは彼とヴェルトを見比べる。
「名前をもらって魔力が上がった、戦士にもなれるというのはこういうことか」
「黒騎士様……わかるのですか? もしかして見えてるのですか?」
「見えてます」
「……すごい……」
ヴェルトがハンマーの形をピッケル状に変化させてキャタピラーの脳天を突き刺すと、キャタピラーは魔石を残して消えた。
「魔石とったー!!」
ヴェルトは魔石を高々と上げると、その身体はさっきのように小さな身体に戻っていた。
「すごいわ、ヴェルト、強いのね!」
「強くなったの試したかったの! お姫様のおかげだよ。お姫様がすごいよ、こんなことできる魔力もってるのに、全然魔力減ってないよ!」
「え? だって名前つけただけだもの」
ヴェルトは感動したようにヴィクトリアを見上げる。
「閣下ー! 殿下ー!」
前方から分かれていたカッチェの隊が声をあげて走ってくる。
「今の音は何かありましたか!!」
「ヴェルトがキャタピラーを退治してくれたのです」
「ヴェルト……?」
カッチェが目の前にいるハンマーを片手に握っている小人に視線を落とす。
「この領地の新しい仲間です」
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