第47話「ここでわたしを置いてくのはなしですよ、黒騎士様」
第七師団はヴィクトリアが解凍した事務所へ進む。ドアを開けると、中に3人の職員が、ありったけの毛布にくるまって一か所に固まっていた。
「無事か!?」
「生きてるか!?」
暖炉に火を入れて室内を暖かくする。
雪が事務所を覆うようにしていたために、外傷はない。
「あ……だいなな……しだん……」
「よく無事だった。助けにきたぞ、暖炉に火をいれなかったんだな」
雪で覆われたために事務所内で火をたくと酸素がなくなるかもと危惧をしたらしい。
食料と水の備蓄はあったが、手付かずのままだった。
雪崩発生時に、外に出ていた者はいなかったようだ。
室内を温めて携帯していた食料を与えると、3人は疲労しているが救助がきたことに安心したのか少し元気を取り戻したようだ。
事務所内は他の人間は見当たらなかった。救助した3人が言うには、この場にいない者は朝食を終えて、仕事の為に鉱山採掘に出て行ったあとはわからないと言う。
後続に続く団員達に任せて、カッツェ達は鉱山採掘の現場の方へ向かう。
雪で塞がれていた入口を掻き出して、地下の集積場へ階段を駆け下りた。
地中のせいか、幾分外との気温差がある、採掘した資源の集積場の方が温かく感じる。
中に入ると、明かりはなくてシンとしている。
ここに辿り着く前に雪崩にあっていたら、捜索はまた別の方向へ検討することになる。
「誰かいるかー!」
声は反響する。
すぐに、「ここです~」と弱弱しい声が返ってきた。
先行していた部隊がその声がする方向へ向かうと、子供たちが固まっていた。
すぐさま毛布を持ち出して子供たちにかける。
「よく無事だった、頑張ったな、もう大丈夫だ」
「ありがとうございます……でも……何人かの大人とテオさんが……」
鉱山には現場監督の他にも、地質調査や採掘指導の大人もいたはずだが、ここにいるのは例のハルトマン領で貧困にあって盗賊まがいのことをしていた子供たちだけだった。
子供たちを事務所の方へ連れて行き、身体を温めて食事をさせる。
比較的、しっかりしているのは、テオと年が近いマックスと名乗る少年だった。
「雪崩があったのはわかりました。坑道の中でも音や振動がはげしかったし。最初は俺達がいた場所にみんなでいたんですが、雪崩がおきてだいぶたってから、坑道の奥から変な音がしたんです。ツルハシで採掘しているみたいな……カーンって音が何度も……それで地質調査のガイさんが、様子を見るためにあの場から離れました。それでもなかなか戻ってこなくて……みんな心配してたんですが、しばらくしたら、叫び声が聞こえて、他の大人たちも様子を見るために坑道の奥へ行ってしまいました」
「テオも?」
ヴィクトリアの質問に、マックスは頷く。
「クラウス小隊で坑道の奥に」
アレクシスの指示に敬礼をして、鉱山の方へ向かう。
「フランシスと何人かはこの場で救助者の介護を、殿下がある程度の凍傷はいま治癒されたから問題ないだろう」
「厨房に、災害用にとっておいた食料と水があります。しばらくの間はもちます。もし足りないようでしたら、オルセ村に連絡をとるように。もし、オルセ村の備蓄があやしければウィンター・ローゼのケヴィン・フォルストナーさんに食料と水を運ばせて、彼はアイテムバッグ持ちですから」
ヴィクトリアの言葉にフランシスは「了解しました」と敬礼をする。
「ここでわたしを置いてくのはなしですよ、黒騎士様」
「もちろんです。ただ一つお約束を」
「なんでしょう?」
「私の傍から離れませんように」
アレクシスの言葉に、ヴィクトリアは笑顔を見せて、アレクシスの腕に手を添える。
小さな身体だった時のように、その笑顔は無邪気なものだった。
「当然です、黒騎士様!」
ヴィクトリアとアレクシスを囲むように、残りの隊員も坑道の方へ歩き出した。
坑道は採掘する現場まで魔石によって、明かりがついている。だが、雪崩があった時に魔石の動力を子供たちがいる場所の暖を取るために動かしていたらしい。
これで子供たちが寒さの中で凍死しなかったのだ。
しかし、そのため坑道は闇に包まれていた。
ヴィクトリアは髪飾りに手を伸ばして、羽ペンを顕現させる。
そして宙に術式を書き始める。
「先行したクラウスさんの隊の生体反応を確認、坑道に沿って光明の魔法を展開」
術式から光が放たれて丸い小さな玉が光を放って坑道内に明るさをともす。
「先行したクラウスさんの隊まで明かりはつながってます」
ヴィクトリアの魔法を見るにつけて、隊員たちは、心の中で思う。
――殿下の魔法があればどこだろうと俺達進軍できるかも。
――魔物だろうと。鉱山国境の向こう側の小国家群が、亜人や魔族と共闘して攻め入っても、恐るるに足らずか……。
――チェス盤の駒みたいだな、クイーンとキングを取られないようにポーンが頑張らないと。俺達はポーンでビショップでルークでナイトの働きを見せないとダメだろう。
――問題は閣下も自分はポーンでビショップでルークでナイトだと思ってるかもしれないところだろう。
――ああ、それな。
団員達がそんなことを考えながら進んでいると、前方から一人の団員が伝令でやってくる。この先、坑道は三方向に分かれており、先行したクラウスが指示待ちの状態だという。
アレクシスの指示で、二小隊をクラウス先行の部隊と合流させてから、三方向へ別々に進路を取らせる。
クラウスの隊はそのまま真っ直ぐに、残りの隊は分かれてるそれぞれの道へ先行させていく。
ヴィクトリアも三方向に分かれている場所に到達すると分かれ道の方にも光明の魔法を展開させた。
「私たちはどうするのですか?」
ヴィクトリアがアレクシスに尋ねる。
「クラウスの隊を追う形で進行しましょう」
アレクシスの言葉にヴィクトリアは頷き、坑道を見渡す。
「それにしても、結構奥まで掘り進んでいるのですね……工務省の技術は凄いです」
「魔導具開発局顧問のロッテ様がこちらにきてから一層、採掘が進んだようです」
「……さすがです、ロッテ様……」
「しかし坑道内は私も団員たちも初めてです。地中に棲む魔獣がでないとも限らないのによくここまで掘り進んだと思います」
「ルーカス中将やアメリアにも見せたかったな……」
「その機会は今後いくらでもあります」
今回ルーカスもウィンター・ローゼにて留守を任されている。
第七師団も総力でこの救助にむかっているわけではない。
各村に常駐している者もいるし、ウィンター・ローゼに残留している者もいる。ルーカスも今回、留守番組だった。
「魔石の動力を子供たちのいた集積所の空調に切り替えたので子供たちは無事だったけど……」
今現在、ヴィクトリアの光明の魔法が展開されているから道筋は明るいが、災害発生時は暗闇だったに違いない。
危険を承知で様子を見に行った工務省から派遣している職員たちも、それを追ったテオも無事でいてほしいとヴィクトリアは思う。
その時、洞窟内で発砲音が響いた。
先行しているクラウスが発砲したようだ。
発砲音で、ロッテが軍務に支給される銃をいち早くこの第七師団に卸しているものだとわかった。
先行していたクラウスの隊と合流すると、すでに、クラウスの隊がモンスターを殲滅したあとだった。
ビッグワームの死骸が転がっている。
その大きさからみて、ヴィクトリアは息を飲む。
魔石を取り除くと、その死骸は消えてしまった。
「留学先で知り合ったウィザリア大国のアレクサンドライトが言ってたけれど……ダンジョンのモンスターってこういうのかな……魔石をとると、モンスターの身体が消えるってきいたことがあります」
「ウィザリア大国……?」
「西の海の向こうの大国です。西と東に国がわかれてて東側はダンジョンが発生し、そこを攻略しているのが、わたしの友人となったアレクサンドライトのおじい様なんですって」
「ダンジョンは他の国にもあると言われてますが、この国ではあまりみかけませんね」
「ここは国境沿いの鉱山ですから、その要素もあるのではないでしょうか?」
「なるほど……国境向こうはさらに魔素が濃いですから……あり得ますね」
「それにしても、クラウス少尉はもう銃をつかいこなせて凄いです」
「練習したそうですよ、命中の精度は弓と並んだそうです」
「わたしが倒れている間に、ロッテ様、いろいろ作ってくれていたんですね……」
そしてまたヴィクトリア達がむかっている前方で発砲音が聞こえてくる。
しかし前回の銃声よりも長い。
アレクシスとヴィクトリアを護衛しながら進んでいた隊がクラウス隊の後方に追いついても、発砲音は鳴りやまなかった。
先ほどのビッグワームと比べて標的は小さいらしい。
「閣下……」
銃を連射していたクラウスが銃弾をセットしなおしていた。
「ちょっと見たことないモンスターです、硬くて銃でも貫通しません。というか弾きます」
セットしなおした銃を構えて一撃を打つ。標的の本体と思われる部分に銃弾を撃ち込むが金属音がして確かに銃弾は弾かれていた。
「岩……なのか?」
「石筍に似たモンスターと思われます……下から触手のようなものが動いてますから」
クラウスの説明に応えるように、その物体の下から触手のようなものが伸びだしてくる。
クラウスの傍で銃を構えていた団員の手に向かってものすごい勢いでその触手が伸びて銃身をまきつけてくる。
「フリッツ軍曹」
アレクシスが声をかけると、ハルバードを持った隊員が前に進み出てハルバードでその触手を切断しようとするが、切断しきれなかった。
ガキンという金属がぶつかる音が響く。
「硬っ!!」
触手は銃を持つ隊員ごと引きよせてくる。
そして触手をハルバードで切断しようとしたフリッツ軍曹もハルバードが触手に巻き取られていた。
触手の動きが無軌道で速い。
無数に触手が伸び出して、クラウス隊の隊員たちの足を取ると、その場で引きずられる。
ヴィクトリアがアレクシスの背からその様子を見て、羽ペンで魔術式を展開させる。
石筍の周りに植物の根が伸びてくる。
「ハルトマン伯爵の持つ魔術の応用ですね。標的がどうも人工的……機械的なので……」
触手の周りに植物の根を這わせているようだ。
「溶かしたり感電も手なのですが、クラウスさんたちは触手に掴まっているし、火力重視の魔術を展開するより、こっちの方が効果的かもしれないですよね」
「殿下」
ヴィクトリアは地中の植物の根を、この得体の知れない石筍に似て触手を持つモンスターに這わせていっているようだ。
「相手が機械なら、異物が入れば停止すると思うのですが?」
「機械?」
「だって動いてるし、銃弾弾いてるんですよ? 金属ですよね?」
ヴィクトリアが展開した地中の植物の根が、石筍の触手の僅かな隙間にまで入り込んでいき、石筍の伸ばしている触手の動きが止まった。
触手は巻き付けを止めてビシビシと音をたてて銃とハルバード、クラウス隊の隊員たちの足を離して動きが止まった。
「大丈夫ですか?」
足を取られて引きずり回された隊員たちに、ヴィクトリアが治癒魔法を施そうとするが、彼等はそれを固辞する。
それは救出する建設省の職員やテオ達に残しておいてくれてというのだ。
「たいした傷でもありませんから」
「でも」
「これぐらいは、大丈夫です。しかし、この石筍のモンスターは……どうしますか?」 「いろいろと討伐にいったけれど、こんなタイプ見た事もない」
隊員たちの言葉はもっともだった。アレクシスだってこれは初めて見るタイプのものだ。 「動力は魔石だろうが、どうにも硬いな……」
ハルバードを取り戻したフリッツが動きの止まった本体にハルバードを振り上げるが、ハルバードの刃の方がこぼれてしまった。
「……一体……これはなんなんだ……」
「……黒騎士様……」
ヴィクトリアがアレクシスの腕を引く。
腕を引かれてアレクシスはヴィクトリアの視線の先を見る。
石筍の先の方に影が見えた。
トカゲの姿に似たそれは見覚えのある魔物だった。
「バジリスク……」
「全員目を閉じててください!」
ヴィクトリアはそう叫んで、強烈な光明の魔法を展開させる。
石化をされないために強い閃光でバジリスクの目をくらます。
バジリスクは雄たけびを上げて暴れ始める。
アレクシスが咄嗟に進み出てバジリスクを一刀両断した。
魔石を残して、その死骸はその場から消えてしまう。
その様子を見ててヴィクトリアはアレクシスが一撃で殲滅した魔物の魔石といまだ動かない石筍のモンスターを見比べる……。
「一瞬離れました、殿下は無事ですか?」
アレクシスが声をかけるとヴィクトリアは手を挙げて応えた。
アレクシスの傍に近づきながらも視線は動かない石筍のモンスターに向いたままだ。
「ここは……本当に、テオ達が掘ってきた、坑道なのでしょうか……これはモンスターじゃなくて……機械仕掛けの防衛設備のようなものではないのでしょうか……」
「殿下?」
「誰かに作られたモノではないでしょうか……」
ヴィクトリアが呟くと、アレクシスの背後に小さな人影が見えた。
アレクシスもそれに反応して振り返る。
その人影から殺気はないが、人間ではないと一目でわかる。
子供に読み聞かせるおとぎ話にでてくるような小人の男だった……。
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