第43話「すごく……綺麗……何の石なんだろ……」
朝、アメリアがドアノックをして、ヴィクトリアの部屋に入る。
ヴィクトリアはベッドの上に上半身起こして、昨夜、アレクシスからもらった指輪を見つめていた。
コレをもらった時は、すぐに手袋をはめなおされて、その場で慌てて手袋を外そうとしたらアレクシスに止められたので、しっかり見ることができなかったのだ。
ゆきまつりから領主館に戻ると車椅子を使ってなかった為に、領主館に戻る馬車の中で眠り込んでしまい、いま目が覚めた状態である。
「おはようございます、姫様、お湯を使いますか?」
アメリアがそんな言葉をかけてくれるが、ヴィクトリアは自分の指にはめられた指輪に注目している。
「すごく……綺麗……何の石なんだろ……」
紫色の透明な石。
そしてその周りにぐるりと回った小さな透明な石が輪の上にクルリととり囲んでいた。多分その取り囲んでいるのはダイヤだとは思うが、中央にある透明な紫色の石は、なんだろうと思う。
シャルロッテがデザインして、多分カッティングとかはゲイツが施したのであるのはわかる。
何面にも細かいカットなので、光の反射がすごい。
「見て、アメリア、黒騎士様から、頂いたの!」
嬉しそうにアメリアに指輪を見せるヴィクトリアにアメリアは頷く。
「ええ、姫様の目の色に似て綺麗な色ですね」
「なんか照れちゃうけど、嬉しい」
そういう素直な言葉をいま黒騎士に聞かせてやりたいと思う。
「お誕生日の贈り物……こんな素敵なの初めてかも……みんなが作ってくれて黒騎士様から贈ってくださったのが嬉しいの」
「では、黒騎士様とご一緒にお食事の前にお湯を使いませんと」
その言葉に、ヴィクトリアはいそいそと、ベッドの端によって寝室で使用しているふわふわとして暖かな上靴に足を通す。
「そうね。そうします。……あれ? わたし昨日疲れて……馬車の中で眠ってしまいましたよね……どうやってここまできたのかしら?」
「閣下が姫様を運んでくださいました」
「ええええええ! 起こしてほしかった!」
ヴィクトリアはそう言うが、あの場でそれは多分誰にもできないだろう。
馬車の中で黒騎士に寄り掛かって眠ってしまったヴィクトリアを誰が起こせるというのだ。獅子の檻に手を突っ込むようなものである。傍で見ていたアメリアも、なんだか幸せそうな顔で眠る殿下を起こすのも忍びないと思っていたし、ヴィクトリアに寄り掛かられて、アレクシスが同じぐらい幸せそうで、めちゃくちゃ甘くて優し気だったので、置物のごとく沈黙を守っていたのだ。
「閣下がそのままにとおっしゃったので」
実際そんなことは言ってはないが、もし起こそうとしたら絶対言われただろう言葉をアメリアは告げる。
「えー、黒騎士様、絶対絶対わたしが起きてると照れちゃって甘い顔してくださらないのに」
「……ご存じでしたか……」
「いっつもわたしが目を閉じてる時で見てないからわからないけど、多分きっとそんな気がするの!」
ぐっとヴィクトリアは握り拳を作って、アメリアに訴える。
さすが姫様、その勘は外していないとアメリアは内心思う。
「そしたら、自信もつくんだけどな……」
「自信ですか?」
「だって、わたしばっかり好き好き言ってるから、それはそれでいいんだけど、その……その……黒騎士様にも、わたしのこと、少しは好きになってもらってるかなって……」
ヴィクトリアが両手で頬を抑えて俯く。
アメリアはその様子を見て視線を遠くに飛ばす。
少しどころじゃないのは、見ていてわかるのだが、ヴィクトリアは見ていないから気づかないし自信がもてないらしい。
「大丈夫ですよ、姫様を好きにきまってます」
アメリアや他の誰かが、そうだよと念を押しても、本人から言質をとりたいヴィクトリアとしては、やっぱり納得できないようだ。
かといって、本人にわたしのこと好き? などと聞こうものなら、多分熱がでたのではないかとか風邪をひかれたのではないかとか、方向違いな答えしか返ってこないのは明白である。
いまならルーカスの言っていた言葉がヴィクトリアにはわかる。
これがいわゆる鈍感系突発難聴なのだと。
「わたしと黒騎士様は、政略結婚なんですけど、でも、結婚前に、ちゃんと好きって言ってもらいたいなって……ダメかな……」
「今後言ってもらえるかもしれませんよ? 未来はわからないのですから」
「そうよね! これから一時間後に好きって言ってもらえたらすごく嬉しい! 支度しなくちゃ」
その前向きすぎる素直な発言をするヴィクトリアを眩しく感じるのだった。
身支度を整えて、食堂に向かうと、アレクシスとドアですれ違うところだった。
「おはようございます、黒騎士様、どうかされたのですか?」
アレクシスもおはようございますと返したのだが、複雑そうな顔をしている。
侍女が、別棟に滞在しているシャルロッテがここ数日部屋に閉じこもりっきりだとかいうので様子を見に行くつもりだったらしい。
それを聞いたヴィクトリアも一緒に別棟へ向かう。
領主館と別棟の渡り廊下を通っていくので積雪の外へ出なくても済んだが、やはり廊下は寒い。しかしここも窓ガラスを嵌めているので、朝の陽ざしがその廊下を照らしていた。
執事のハリエットがドア前で立ち尽くしていた。
「殿下……」
「合鍵はあるのでしょ? 開けていいです。勝手にあけてとか怒られても、わたしが言ったと言えばすみます」
執事が合鍵でドアを開ける。
そこには床一面に紙が散乱し、ソファにうつぶせで倒れているシャルロッテがいた。
そして部屋の中央にはなんだかおもちゃみたいなものが置いてある。
執事と侍女を部屋の外に下がらせて、ヴィクトリアとアレクシスはシャルロッテに近づく。
「姉上」
呼びかけるが返事はない。
部屋の中央に置いてあるおもちゃが自動的に動きだした。
それに少しビクっと驚く。
「な……にコレ……」
部屋の中央にあったのは、見たことのないものだが、よく見ると街の模型だった。
精巧な街の模型……その横を動いている黒く長いタイヤのついたもの……。
街の模型はウィンターローゼだ。クリスタル・パレスもムーランルージュも一目でわかる。
「もしかして……これが……鉄道……?」
「うーん……」
ソファの背もたれにガシッと腕を伸ばして上半身を起こし前髪を掻き上げながらシャルロッテが起き出した。
「姉上」
「魔法でなんとか作ってたけど、最後は手作業したから疲れた~」
「姉上! 大丈夫ですか!?」
「うん、おはよう、ヴィクトリア。黒騎士様」
「おはようございますシャルロッテ殿下」
「クリエイトの魔法は便利でいいんだけどさー、わたしはあんまり魔力がないからごっそりもってかれるんだよねーあーまだ眠い~。こうやって作っては眠ってだから病弱な第四皇女と言われているわけで」
「姉上……お休みされた方がいいです」
「ん~でも朝だよね~、起きるよ、精巧に作りすぎたから怠いだけ。二人とも朝食まだじゃないの? 先に食べてて、温泉つかってから本館に行くから」
シャルロッテはひらひらと手を振る。
ヴィクトリアはアメリアとアレクシスを見る。
「姫様、わたしはロッテ様のお世話を……」
「うん。お願いアメリア。じゃあ、姉上もし、お身体が不調のようでしたらお休みください」
シャルロッテはひらひらと手を振って、ソファから起き上がり、床に散乱している紙を拾い集め、アメリアもそれを手伝い始めた。
ドアの外に待機していた執事と侍女に持ち場にもどっても大丈夫とヴィクトリアは伝えて、歩き始める。
「黒騎士様……見ました? さっきの模型」
「あれはやはり模型ですよね?」
「昨日まではきっとなかったはずなの、アレ一晩で作ったのよ、きっと」
ヴィクトリアは好奇心を抑えきれない瞳でそう語る。
「姉上、すごいでしょ!」
「驚きました」
「後でまた見せてもらいましょ?」
ヴィクトリアの言葉にアレクシスは頷く。
「あーやっぱり生きててよかった」
不穏なヴィクトリアの発言にアレクシスはドキリとする。
「成長の時、すごく痛くて死んでしまうかと思った。無事成長しても、黒騎士様もみんなもなんだか余所余所しいし、つまんないとか思ってたのです。でも……」
ヴィクトリアは黒騎士の腕に手を添えて寄り掛かる。
そして自分の手のひらを目線の少し上に翳した。
左の薬指にはまるヴィクトリアの瞳と同じ色の石を乗せたリングが、渡り廊下から差し込む日の光で輝いている。
「やっぱり素敵なことがいっぱいで、痛い思いをしたけど、よかった……黒騎士様、指輪ありがとうございます」
ヴィクトリアはそうアレクシスに伝えると、ふいに自分の視界が黒くなった。
自分の身体を包むのが、アレクシスの腕だと、彼に抱きすくめられているのだと、そう気が付いて、ヴィクトリアは嬉しくなる。
指輪の石と同じぐらい、キラキラした瞳で見上げてくるヴィクトリアを、アレクシスは眩しいものをみるように見つめる。
「今もすごーく嬉しい! シュワルツ・レーヴェは冬の期間が長い土地で寒いけど、こうしてればあったかいから、わたしは大好き!」
ヴィクトリアはアレクシスの背に手を回して、抱き着く。
好きって言葉が返ってこなくても、いいと思った。
寡黙で照れ屋な彼だから、饒舌な愛の言葉がなくても、たった一言の好きという言葉がなくても、彼の気持ちが、ヴィクトリアと同じ気持ちのような気がして幸せな気分になれたのだった。
そして本館のダイニングに向かいながら、ヴィクトリアは尋ねる。
「ところで、黒騎士様、コレはなんの石なのでしょう? 透明で、でも紫色で、キラキラしてて周りについている透明な小さな石はダイヤなのかなって思うのですが」
「ゲイツ氏とロッテ殿下がいうには、それもダイヤらしいです」
「え! 色のついたダイヤなのですか!? 水晶かと思いましたけど違うのですね?」
「水晶よりも硬いらしいですよ」
「なるほど……これが鉱山で見つかったのですね……国境線の山脈は鉱山ですが、いろんなものが出土されますね、雪に埋まりますが、やっぱりこれはもっと規模を大きくしたいですね!」
「ゲイツ氏がいうには、ミスリルも採れるとか」
アレクシスの言葉に、ヴィクトリアは考え込む。
「……」
「殿下?」
「どうしよう……」
「え?」
「姉上が居ついてしまうかも……」
「シャルロッテ殿下ですか?」
「ミスリルなんて、魔石と魔力の伝導率がいい素材ですよ、もう、絶対居座りそう! どうしよう! 黒騎士様」
「殿下には常に姉上様方がおられた方が、お心強いのでは?」
「どうしてですか!」
口調は困ったようにどうしようなんて言いながらも、嬉しそうな彼女の顔を見ればわかることだとアレクシスは思う。
リーデルシュタイン帝国第六皇女殿下。
皇帝からも、他の皇女殿下からも愛される末姫。
わたしはそんなに甘えん坊さんじゃないですと呟いて、自分の腕に手を回す彼女は、この辺境の民たちの……、そして自分にとっても、冬の厳しい土地に差し込むこの朝の光のような存在だと思った。
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