第42話「お誕生日おめでとうございます」



 「では、せっかく戻ってきたことだし、ゆきまつりの雪像作成に参加してきます」

 コンラートはお茶を飲み干して、ソファから立ち上がる。

 「コンラートさんも作ってくださるの!?」

 「はい」

 「ありがとうございます! ところでコンラートさんは独身ですか?」

 「……」

 コンラートはヴィクトリアの質問を受けてアレクシスに視線を向ける。

 「閣下、なるだけヴィクトリア殿下のお傍にいてください、質問に答える前に、今、とんでもない妄想をしそうになりました」

 「?」

 「まさか殿下がわたしにアプローチしてくださるのかと……危ない危ない」

 「ああ……なるほど、思考がいきなりそこまで到達するか」

 アレクシスは頷く。

 「……」

 ヴィクトリアも一瞬考え込み、はっとする。

 「違う、違います! そうじゃないです! えっと、お見合いパーティー春になったらやろうと思ってます!」

 慌ててヴィクトリアは言い募る。

 「お見合いパーティー?」

 ヴィクトリアは第七師団の団員の話をコンラートに聞かせた。

 コンラートはうんうんと頷く。

 「でも、殿下。春はダメですよ」

 コンラートの言葉にヴィクトリアは戸惑う。

 「え?」

 「世紀の一大イベントがあるでしょう。お忘れになっては困りますよ。そのご準備で忙しくなりますよ?」

 「春のイベント? だから学園都市完成……」

 「その前にですよ」

 「完成前に?」

 「学園都市はたしかに春、そして初夏ぐらいには完成をみます。学舎や寮はなんとか春に完成させられますが、その他の研究施設等には時間がかかります。でもその前に、お二人の結婚式があるでしょう」

 ヴィクトリアは両手で口元を抑える。

 「殿下、結婚式、伸ばしますか?」

 コンラートの言葉に、ヴィクトリアは立ち上がって、アレクシスの首に縋り付く。

 身体が小さい時の彼女のように。

 「いやー! 結婚する! お嫁さんになるの!」

 「ふむ……中身はやはりヴィクトリア殿下のようでなによりです。なんかようやく殿下だと思えました。『黒騎士様の花嫁になる』と口癖も健在で……」

 美女に縋り付かれて困惑しているアレクシスを見てニヤニヤするコンラート。

 その様子を見ていたアメリアは、やはり年の功、そういう弄り方もあるのかと内心感心するのだった。




 コンラートが戻ってきてだいたい5日ほど経過した頃、ヴィクトリアは馬車で領主館から街の広場へと向かう。

 もちろんアレクシスもアメリアも同乗していた。

 領主の馬車だとわかるので、街の人々が馬車に向かって手を振ってくれている。

 「ヴィクトリア殿下だ!」

 「姫様、お元気になった!」

 そんな様子を馬車の窓から見ていたアメリアはヴィクトリアを見つめる。

 「なに? アメリア」

 「いえ、やはり姫様はそうして、外にでて民に触れあっているのが本来のお姿だと感じ入るばかりです……」

 「え、なあに、改まって」

 「そうですよね、閣下」

 「……そうだな……」

 「何よ二人して」

 ヴィクトリアがロング・レールウェイ・クリエイトを発動して倒れてから、この街全体の活気がなくなり、誰もが不安と心配を領主館にいるヴィクトリアに向けていたのだ。

 それが、今では馬車が街の道を通るたびに、歩道の人々が歓声を上げている。

 第七師団が歩道の人々が馬車前に飛び出さないように、警備をしているのも見える。

 馬車が、広間の手前でとまり、アレクシスにエスコートされながら、ヴィクトリアは広場の中央に向かう。

 秋の収穫祭と同様、屋台が立ち並び、人々がヴィクトリアに声をかける。

 「黒騎士様……」

 「はい?」

 「なんか嬉しくて泣きそうです」

 「まだゆきまつりが始まる前ですよ」

 「はい、でも、わたしこんなに、みんなに声をかけてもらえて、街のみんなは姿が変わっても、ちゃんとヴィクトリアだって……」

 「お姿が変わられたことは、ロッテ様や私の部下、コンラート氏がちゃんと街の人に伝えておいてくれたのです」

 「そうだったんですね……ありがとうございます、黒騎士様……」

 多分、彼がそう配慮してくれていたのだと、ヴィクトリアにはわかった。

 いつだってそうだと……だから、自分は彼のことが大好きで、こうして傍にいて、幸せなのだとそう伝えたかった。

 アレクシスの腕につかまりながら、広場の中央にヴィクトリアは立つ。

 歓声や話し声がだんだん小さく静かになる。


 「みんな、心配かけました。わたし姿が変わったけれど、元気になりました」


 「姫様ー綺麗になったー」 

 子供たちの声が届く。

 ヴィクトリアは子供たちに手を振る。

 そして、まっすぐに、広場に集まってくれた領民に声をかける。


 「本当にありがとうございます。このシュワルツ・レーヴェ領ウィンター・ローゼは観光地として繁栄させていきたいと思ってます。この辺境の冬を、帝国のみんなに知ってもらいたい。この厳しい自然の中でも、みんなの心は温かくて逞しく生きているって、わたしも黒騎士様も誇りに思ってます。それを知ってもらう為の冬のお祭りです! ウィンター・ローゼゆきまつり開催します!」


 拍手と歓声が、そして空砲が鳴る。

 屋台は三日間開かれる。秋の収穫祭は日が沈むころに終いにしていたが、ゆきまつりは屋台が開かれる初日の終いは日が沈んでもしばらく行っていることになっていた。

 屋台に並ぶ者もいれば、雪像を見物する者、子供たちは、第七師団が作った大きな雪の滑り台で滑っている。

 「殿下も参加したかったですか? 滑り台」

 「子供のままの身体だったら、子供たちと一緒に滑ってました」

 子供の姿のままのヴィクトリアが、子供たちと一緒になって滑り台に上ってる姿は想像できた。

 「最初は時間が止まったような子供の姿……魔力の制御で自身の成長を止めているのに気が付かなかったのです……不安でした……わたしはもしかして、このまま子供のままなのかと……」

 「殿下……」

 「でもいざ、成長するともう少し子供でもよかったかなって思います。子供のままだったら……」

 この間のように、黒騎士様に抱き着いても困った顔されなかったのではと、ヴィクトリアは思う。

 きっとヴィクトリアを抱き上げて膝の上に乗せてくれた。

 自分の姿が、ずっと夢にまでみた年相応の身体になったら、普通に抱き着いただけで、ただ困惑している彼がいる。

 子供のままのほうが……距離が近かった。


 「子供のままだったら、滑り台を楽しめましたよね」

 

 ヴィクトリアは想いとは違う言葉を口にして、滑り台を見つめアレクシスの腕に掴まった。 

 日が沈みかける前に、街の人が、雪像の傍に設置している氷の中のろうそくに明かりをともしていく。

 小さいバケツを利用して作ったアイスキャンドルだ。


 「すごーい! 素敵!」


 ヴィクトリアは声をあげる。

 雪と氷に囲まれた、たくさんのろうそくの光。

 雪像は、クリスタル・パレスや建設中の学園都市の学舎の雪像なんかもある。

 シロとクロの雪像を前にアッシュはしっぽを振っている。

 この辺境を支える馬や牛、豚の雪像も。

 子供たちが作った皇城。

 多分基礎デザインはシャルロッテとゲイツ、そして途中でコンラートが加わって、街のみんなと作ったのだろう。


 「これ、絶対一見の価値ありですよね! 黒騎士様、他の領地の方も噂を聞いて見に来てくれますよね?」

 「はい」

 「今年は、まだダメだけど、来年、来年には鉄道も走るし観光してくれる人もきてくれるはずです!」

 「ええ。この殿下の雪像は絶対毎年作ってもらいましょう」

 「ええー!」

 「小さな第六皇女殿下が、この地でこの催しを行った証の為に」

 アレクシスの言葉に、ヴィクトリアは少し照れる。

 やっぱり小さいままでいたほうがよかったのかなと、ヴィクトリアはまた思う。

 そうすると背後からシュルーっと音がする。

 「え?」

 音の方に視線を向けるとパーンと花火が打ちあがる。

 空には花火、目の前には雪像とアイスキャンドル。

 「花火!」

 「ロッテ殿下が今日は特別だと」

 アレクシスはそうこっそりと呟く。

 「特別?」

 「姫様~」

 若い少女たちがヴィクトリアを取り囲む。

 「トマスさんがクリスタル・パレスで作ったお花ですー!」

 「わたしたち、冬なのにお花がある街なんてすごく嬉しい!」

 少女たちは花束をヴィクトリアに渡す。

 色とりどりの花束をヴィクトリアは受け取る。

 「おめでとうございます!」

 口々に少女たちはおめでとうと、ヴィクトリアに声をかける。

 それはヴィクトリアが元気になったからその意味で「おめでとう」と言われているのかなと思った。

 「みんなが言う通り、やっぱり姫様は気づいてなーい!」

 キャーと少女たちははしゃぐ。

 「領主様、わたし達からじゃなくて、やっぱり領主様から言わないとダメですよー」

 「だって、姫様にとって特別な方ですからー」

 「ねー?」

 「わたしたち、屋台でパンケーキ焼いてます! あとで食べに来てくださーい」

 「あ、はい?」

 少女たちはキャッキャとはしゃぎながら屋台の方へ戻って行く。

 ヴィクトリアは花束とアレクシスと走り去っていく少女たちを順にみて小首を傾げる。

 「なんでしょうか……いまの……黒騎士様」


 キョトンとするヴィクトリアをアレクシスは見つめる。

 「殿下」

 「はい?」

 「お手を貸していただけますか?」

 そう言われて、ヴィクトリアは小首を傾げたまま両手を差し出す。

 「こっちでいいです。ちょっと失礼します」

 アレクシスがヴィクトリアの左手をとる。

 そしてじっとヴィクトリアを見つめるが、考え深そうにしている。

 「殿下、ちょっと目を閉じててもらってもいいですか?」

 「?」

 「目力がすごいので」

 「あ、はい」

 言われたとおりに、ヴィクトリアはギュっと目を閉じる。

 アレクシスはヴィクトリアの左の手に身に着けている手袋をとり、その左の指に輪を通して、また手袋をつけなおす。

 目を閉じていても、指の感触はわかる。

 手袋をつけなおしてもらった瞬間、ヴィクトリアは右手で左の手袋越しにあるそれに触れる。

 「く、く、黒騎士様……こ、これ」

 花束は腕に抱えて、右手で左の手を包みアレクシスを見上げる。

 「殿下」

 「は、はい!」

 胸を高鳴らせながらアレクシスの言葉を待つが、彼の言葉は意外なものだった。


 「お誕生日おめでとうございます」


 その言葉を聞いたとき、ヴィクトリアはキョトンとしてしまった。

 「殿下がお倒れになってる最中に、お誕生日、過ぎてしまいましたよね」

 アレクシスにそう言われて、ヴィクトリアははっとする。

 「そうだった……わたし……17になったんだ……だからさっきの女の子たち……」

 口々におめでとうといってきたのだと、ヴィクトリアは改めて思った。

 「ちょっと遅くなりましたが、お祝いです」

 「え、でも、でも、これ、これ」

 ヴィクトリアはあわあわしながら左手を右手で抑えたまま黒騎士を見つめる。

 「その、これ……」

 左の薬指に嵌る金属の感触。

 「テオがお見舞いに鉱山から持ってきた鉱石です」

 「テオ?」

 「ゲイツ氏に頼んで作ってもらいました」

 「ゲイツさん……」

 「ロッテ殿下が、ヴィクトリア殿下に似合うデザインを考えてくださって」

 「姉上……」

 「渡すのが……俺……私という男で力不足かもしれないけれど」

 恐ろしくて厳つくて、頼むからあの方と結婚はできないと、方々から言われてきた自分が。

 陛下の勅命でもなければ、近づくことさえも憚られるような皇女殿下に、それを渡してもいいものかずっと悩んでいた。

 「そ、そんなことない! 黒騎士様!」

 しかし、そんなアレクシスの躊躇いを、彼女はいつだって飛び越えてきた。

 ヴィクトリアはアレクシスの首に縋り付く。

 「嬉しい! すっごく、嬉しい! ありがとう!」

 誰からも、求められないだろうと思っていたのに、いつだって、彼女はそれを否定してくれた。

 アレクシスはヴィクトリアを抱き上げる。

 小さな体の時と同じように片腕で。

 いままでしてくれていたように抱き上げられて、ヴィクトリアは泣き出しそうになる。 

 「黒騎士様……大好きです!」


 そう言って、ヴィクトリアはアレクシスの額にキスを落とす。

 アレクシスが、自分自身にかけていたその呪いのような想いを消すように。

 

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