第41話「では魔法の種明かしをしますか」
「外に出たいです」
「……」
「雪が見たい」
窓に手をあててヴィクトリアは外を見つめてそんなことを言う。
執務室にはアレクシスの他にルーカスがいる。
このやりとり、実はルーカスがこの館に顔を出すたびに繰り返されている。
「ロッテ様はこの街をあちこち歩きまわってるみたいじゃないですか! ずるい!」
ヴィクトリアはグっと窓につけていた手のひらを握る。
「魔道具開発局顧問のロッテ様は、この街の冬の状態を確認するための外出です」
「わたしも確認したいです!」
もともと、このシュワルツ・レーヴェにきたときから動きっぱなしのヴィクトリアがこうも長いこと領主館から出ないことは今までなかった。
こんな美女がチャームの魔力を流しながら、ああしたいこうしたいと言えば、たいていの男は鼻の下を伸ばしていうことをきくだろう。
というか自分ならすぐに首を縦にふるだろうなとルーカスは思う。
「……庭に出ますか」
アレクシスが溜息まじりに呟くと、ヴィクトリアは両手を組み合わせて、瞳をキラキラさせている。
「アメリア殿、殿下の支度を。庭に出るだけだが、もし風邪でもひかれたらゆきまつりに参加できなくなる」
「ありがとう黒騎士様! アメリア、早く早く! アッシュ、おいで一緒にお庭にいこう」
先日の件からアッシュはヴィクトリアの傍を離れないで領主館に入り浸りである。
アッシュはしっぽを振ってヴィクトリアの膝に乗る。
ヴィクトリアはアメリアを急かす。
アメリアはヴィクトリアの乗る車椅子を押して執務室を出て行った。
そんなところは小さな殿下の頃と変わらないとアレクシスは思った。
「アレクシス、お前さ、よく今日まで殿下のおねだりに首を縦に振らなかったな」
「風邪をひかれたら困る。この新領地に来る前に、企画されていたことだから、殿下は殊の外楽しみにされていた」
「そうじゃなくてさ、忍耐力がすごいというかさ、チャームの魔力に当てられて首を縦に振らないってどんな鋼の精神だよ」
「チャームの魔力か……確かにすごい」
「え? 効いてないの? 感知してないの? どんな修行したらそうなるの?」
「……もともと殿下はチャーム持ちじゃないのか? 成長されたからそれが強くなったと思ってるが?」
ルーカスは呟く。
「……そうきたか……」
アレクシスは小首を傾げ、ルーカスにコートを投げてよこす。
「違ったか?」
なるほど、かなり自己暗示に近い感じで、あのチャームをそういうものと扱う気なのかと、もしかしたらそれなら自分もできるかもしれない、今の殿下を見るたびにそわそわしてしまうのは大変よろしくないとルーカスは思う。
アレクシスはコートを着込むと玄関に向かう。
ほどなくして車椅子に乗ったヴィクトリアと、それを押すアメリアが到着する。
「お待たせしました、黒騎士様」
今までのヴィクトリアがあまり着なかった、濃い赤色の外套を纏っていた。
ゆっくりと車椅子から立ち上がる。
それを支えるようにアレクシスが腕を伸ばすと、ヴィクトリアは嬉しそうにその腕に手を添えた。
ルーカスがドアを開けると、ヴィクトリアは眩しそうに眼を細める。
アッシュが元気よく二人よりも先に外へ飛び出していく。
「ほんとうに銀世界だわ……」
冷たいはずの外気も、ヴィクトリアは気にしていないようだ。
ドアの外に、第七師団の団員が二名ほど待機していた。
アレクシスはゆっくりとヴィクトリアを連れてドアの外へ出る。
「すごい……これが……雪……冷たい……でも綺麗……」
「殿下、遠くを見るのは足元の階段を降りきってからで」
「うん、気をつけます」
階段を下りながらヴィクトリアは噴き出す。
「?」
「もうやだ、わたし、おばあちゃんみたい、足がよろよろしているの。やっぱりもっと練習しないとダメね」
アレクシスに掴まりながら、ヴィクトリアは言う。
ドアの外に待機していた二名の団員は心の中で、そんな可愛くてきれいなおばあちゃんはいないと思った。
階段を降りきって、ヴィクトリアは深呼吸をする。
「空気がつめたーい」
そういいながら嬉しそうだ。
「殿下、あれを」
アレクシスが庭の一角を指さす。
ヴィクトリアはその方向に視線を向ける。
噴水のまわりを、雪だるまがぐるりと取り囲んでいる。
「わあ! 可愛いー! 誰? 誰が作ったの?」
「グラッツェル伯爵が教鞭をとっている子供たちです。殿下のお見舞いに来た折に、頼んで作ってもらいました」
「本当!?」
「雪まつりの為の雪像も、この街の者たちがいま力を合わせて作成してます」
「わたしも、わたしも来年絶対、作る!」
「噴水の近くまでいきますか?」
「いいの?」
「足元にお気を付けください」
噴水まわりの雪だるまたちの近くまでヴィクトリアは近づく。
「サラサラしている雪なのに。どうやって固めるかなって思ってた。やっぱり水を足すんですね」
「はい」
そんな風にヴィクトリアが雪だるまに触れていると、門のほうから一人、団員が走ってくる。
ルーカスが取り次いでいるがルーカスがまたアレクシスとヴィクトリアの傍に近づく。
「どうした、ルーカス」
「客だそうだ」
「客?」
「ああ、このドカ雪の中をどうやってやってきたのかわからない、コンラートさんだよ」
「コンラートさん!?」
「彼はいま学園都市建設だったはずだな、どうやって……」
「ロッテ様?」
ヴィクトリアは魔導具開発局の顧問が何かしたのかとも思った。
「あの方はずっと殿下のお傍にいたでしょう」
アレクシスが否定する。
「そうよね……どうやって」
二人で顔を見合わせる。
「お会いしますか?」
「会いたいです、いいですよね? 黒騎士様」
「雪はもういいですか?」
「はい、また明日楽しみにしてまちます」
アレクシスが頷くと、ルーカスは門の警備をしていた者に手ぶりでコンラートの入館を許可した。
応接室にコンラートが通される。
アレクシスの隣に車椅子に座ったヴィクトリアが並んでいた。
「コンラート氏、よく学園都市のほうからウィンター・ローゼまで戻ることができた」
「はは、殿下がお倒れになったと聞いて、すぐに冬になったから大変でしたけどね、積雪が激しくなる前に、わたしも魔法を使ってみましたよ」
コンラートは平民で魔力は持たないはずだ。
アレクシスとヴィクトリアは顔を見合わせる。
「いやいや、しかし、殿下の魔力にはかないませんな、お小さい殿下がいきなりご成長されて」
警備の団員からそれとなくヴィクトリアの成長のことを聞かされていたらしい。
第七師団の者がヴィクトリアと対面した時のように派手に驚かないようだ。
「それはどうでもいいのです、わたしは知りたいのは、コンラートさんがどうやってあの学園都市からこのウィンター・ローゼまで、積雪の中をやってこれたのかなのです」
「お身を大きくされても殿下は殿下ですなあ」
好奇心いっぱいのヴィクトリアにコンラートは苦笑する。
「それは私も知りたいところだ、オルセ村とウィンター・ローゼはシロとクロが道を作って、領民やうちの団員が道を補強しているからわかるが……」
「なんと! さすがですな! オルセ村とこのウィンター・ローゼがこの積雪でも行き来できているとは、さすが第七師団」
自分のことよりそっちのほうにコンラートは興味を惹かれているようだ。
アメリアがワゴンにお茶のセットをもってきて入室してくる。
「えー、じらさないで教えてください、コンラートさん、どうやってここまできたの?」
「では魔法の種明かしをしますか」
「はい」
「ヴィクトリア殿下とエリザベート殿下が双方向で大規模魔術を展開して作った鉄道の鉄橋の下を通ってきました」
あの鉄橋は両側に柱がある作りだったので、柱と柱の間に幕とか廃材とかで雪の侵入をある程度の距離を塞いでおいたという。
ヴィクトリア街道並みの道幅、ただ、街道みたいに除草が完璧ではないため、まずそこが大変だった。
そして雪も完璧に防げるはずもない。
「雪が降る前に学園建設予定地に魔導具開発局の新型の重機が納入されていたからできたことです。あとは馬と人力でなんとかですな」
「すごーい!」
「途中からオルセ村のシロとクロが雪をかいてきてました。雪像の綺麗な雪を集めているとかで」
「すごい魔法の種明かしだったわ……ね? 黒騎士様」
「コンラート氏、どうして鉄橋の下に道を作ろうとしたのです?」
アレクシスの問いに彼は答える。
「まあ鉄道が走ればそんなものはいらないかもしれませんが……でも鉄道は多分最初、貴族の方をお客様限定とかで運営をする予定でしょう? あとは内証豊かな商会とか」
「多分、エリザベートお姉様と魔導具開発局顧問のロッテ様がそこは考えていると……わたしはみんなにも使ってもらいたいんですが……」
「領民がタダで使える道もあってもいいかと思ったのですよ、殿下が作ったヴィクトリア街道はいま除雪もできないほどに雪に埋もれていますからな」
「予定外のお仕事になってしまったのでは?」
「あーまーそうですなー、上からこってり絞られるかもしれませんが……」
コンラートの言葉をヴィクトリアは遮る。
「そんなことさせませんよ! ありがとうございます! コンラートさん!」
「はは、しかし殿下、そのチャームの魔力を落としてください、くたびれた中年に向けられてはめまいがしそうです」
コンラートの言葉に、ヴィクトリアはがっくりとうなだれてしまう。
「……制御できないんです……これ……」
「それはそれは……なんというか……いやいやしかし、よかった、お倒れになられたと聞いて、心配しておりましたよ、すっかり元気におなりで、閣下も安心されたでしょう」
「そうだな……ただ……そのチャームの魔力がな……」
「問題ですな……」
「ああ……」
「わたしもこれ本当にどうにかしたいんです、誰かどうにかする方法知らないかしら……」
ヴィクトリアは深々とため息をついた。
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