第40話「春になったらこんなイベントどうでしょう!」

 

 

 二人が叫んだ瞬間、アメリアの動きが早かった。

 というか侍女にあるまじき対応だった。

 第七師団の二人を蹴り飛ばしドアの外に押しやり、ドアを閉めた。

 その叫びを聞いたほかの警備の団員までやってくる羽目に。

 「どうした、何があった」

 口をぱくぱくさせるだけで要領を得ない二人に問いかけるが、アメリアの視線が鋭く二人を睨みつける。

 「なんでもございません」

 「なんでもないって……何があった、クラウス」

 アメリアが答えるが、他の師団員がドア前の警備をしていたクラウスに問いかける。

 「犬が、この館に侵入しただけです」

 「犬?」

 「アッシュです」

 「……」

 「第七師団の警備は笊ですか、子犬一匹の侵入を許すとは」

 アメリアの言葉が攻撃的である。

 扉の警備をしていた二人を睨めつけたまま言う。

 「それとも? 伏せっていた殿下の無聊をお慰めするために、どなたかが入れたのでしょうか?」

 叫んだ二人を睨み言外に、今見たことは誰にも言うなという圧力をかける。

 ルーカスとアレクシスも、護衛の二人の声を聴いて駆けつけてきた。

 幸いなのはケヴィンの姿が見えないことだった。

 そこへ階段を駆け上がってきて、集まっている師団員に合流したのはヘンドリックスだった。

 「すみません、さきほどケヴィン氏をお見送りした際に、アッシュがこの館に入ってしまって、まさかさっきの騒ぎは……」

 アメリアもクラウスもカッツェも原因が判明してヘンドリックスを見る。

 ドアがそっと開いて、シャルロッテがアメリアに声をかける。

 「アメリア、カリーナ嬢たちがお帰りですって」

 「カッツェさん、クラウスさん、カリーナ嬢たちを門までお送りしていただいてもよろしいですか?」

 クラウスとカッツェは首を縦に振る。

 「各自持ち場に戻れ」

 アレクシスの一声でヴィクトリアの部屋の前から皆、定位置にもどっていく。

 部屋からでてきたカリーナ嬢たちとそれを送るドア前の警備二人の後ろ姿を見て、アメリアはアレクシスに頭を下げる。

 「閣下……わたしの失態です……カッツェさんとクラウスさんに……」

 「それはいい。いずれわかることだから。二人が戻ったら、館にいる団員には現在の殿下を知らせておいた方がいいだろう……」

 確かにそれはそうなのですが、と呟き、アメリアはがっくりと肩を落とす。

 「あとで殿下を執務室へお連れしてほしい」

 「かしこまりました」


 「クラウスとカッツェはさきほど殿下にお会いしただろう……殿下はこの新領地に来て魔力を使用しすぎたことで、お身体が変わられた」

 第七師団を呼び出して、アレクシスは説明する。

 「魔力を使用維持するのに、あの幼いままのお姿では無理があったのだ。もともと、殿下はエリザベート殿下に比肩する魔力をお持ちだった。それをいままで秘匿されていたのは、皇室の帝位争いを避ける為だったと思われる。直接ご本人に伺っていないが、他の殿下方からそれとなく言葉をかけられたこともあるので、間違いないだろう」

 「お身体が……変化されたとは……」

 執務室のドアがノックされる。

 ルーカスがドアのノブに手をかけて開く。

 アメリアが車椅子を押して執務室に入室する。

 その車椅子には、アッシュを抱きしめたままのヴィクトリアが座っていた。


 「……」

 「……で……殿下は……たしかに殿下ですが……」

 「別の殿下……そっくり……」


 「わーみなさん、お久しぶりです」

 声もその言葉かけも以前の彼女と変わらない。

 ただはっきりと変わったのはその見た目だった。

 子犬(アッシュ)を抱きしめているのは、プラチナブロンドに菫色の瞳、成長したヴィクトリアの笑顔だった。

 アレクシスは車椅子の持ち手をアメリアから自分の手にする。

 

 「今後の警備対象が明確でないと、お前たちの方もやりづらいだろう。ヴィクトリア殿下だ」

 団員が一斉に叫ぶ。

 「な、な、なんでそんな」

 「そっくりではないですか!」

 「髪と目の色はたしかに殿下ですが!」

 「ご成長されたっていうものの、いきなりすぎる!」

 ルーカスが慌てふためく団員に冷静に声をかけた。

 「いましがた、閣下が説明したとおりだ」

 ヴィクトリアは自分を見て騒ぐ団員たちの様子を見て、アレクシスに視線を向ける。

 「……慣れるまで、ずっとこんな感じですか? 黒騎士様……」

 「どのみち、ゆきまつりには領民にもお会いされたいでしょう、殿下ご自身もこの反応には慣れたほうがいい」

 「黒騎士様は慣れました?」

 「慣れるよう努めます」

 「……正直ですね、そこで慣れましたとか言わないところが、黒騎士様らしいです」

 団員たちが騒いでいるので、自然と顔を近づけて小さく会話を交わしているのだが、またそれが火に油を注いだようにわあわあと騒ぎ立てている。

 「間違えなかったのは、アッシュだけね……」

 ヴィクトリアはそう呟いて、ギュッとアッシュを抱きしめるとアッシュも嬉しそうに鼻で鳴いている。

 騒ぎ立てる団員の中でいち早く復活したのはフランシスだった。

 「閣下が警備をいままで以上に言われる理由がわかりました」

 「……」

 「殿下のお変わりようは、不遜な輩が近づかないとも限らない……」

 その言葉に、団員達はピタリと騒ぐのを止めた。

 いままでも、殿下の警備は注意を払っていた。

 だが、この状態では、さらなる注意が必要であると気づいたのだ。

 「ヴィクトリア殿下は第五皇女殿下そっくりのお顔立ちとなられたが、魔力がコントロールされてないです。いまのままだと非常に危険です」

 「どういうことだ? フランシス大佐」

 「失礼、他の魔力、いままで使用されていた土系の開墾や建設、掘削の魔力や、閣下のお目を癒した癒しの魔術に関してはこの場でなんともいえませんが、わたしが見た目でわかるのはチャーム系の魔力です、これ駄々洩れですから」

 その言葉にヴィクトリア自身も顔を上げる。

 「チャーム……系……?」

 「かの第五皇女殿下はご自身の容姿から出るチャーム系魔力はかなり制御されていたご様子でした」

 「そうなのか?」

 「はい、ただ……わたしが記憶している限りだと……」

 「なんだ言ってみろ」

 「サーハシャハルのカサル王子とご婚約がお決まりになる前、やはり、いまのヴィクトリア殿下と同じ状態だったと……」

 「ああ、そういや……当時の第五皇女殿下、カサル王子に恋する乙女だったもんね」

 シャルロッテが遠い目をする。

 「え?」

 「当時。第五皇女殿下の周りは求婚者がいっぱいて、ご自身が政略の婚姻がされるのはわかっていたけど、好きな人はカサル王子で、王子には奥さんもたくさんいたし? そりゃーめっちゃもだもだ悩んでて、でもやっぱり好きな人には振り向いてもらいたくて、いつもはコントロールできてるはずのチャーム系が駄々洩れの状態だったね……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「殿下……」

 「はい!」

 「グローリア殿下にお手紙でその極意をご教授願われたほうがいいでしょう」

 アレクシスがそういうと、ヴィクトリアは声をあげる。

 「えー! そんなチャーム系って言われても、わかりません! お手紙は定期的に出してますので、今回のことはお知らせしますけど……」

 「チャーム系はなあ……だいたいが無自覚だからなあ……」

 シャルロッテが見事な銀髪を乱暴にかきむしりながら呟く。

 「まれに自覚のある方はなんというか……ご性格が……」

 アメリアもこめかみに指をあてて呟く。

 「うん、それを自覚して使う人だからね、ヴィクトリア殿下には無理だよ。第五皇女殿下自身もご苦労されていたみたいだから、チャーム系使いこなすのに」 

 「やっつけ仕事では身につかないってことですか……」

 「えー……」

 「第五皇女殿下の護衛の方も一苦労で、最後の最後はヒルデガルド殿下の第三師団を上げて警護に回ってたからねえ」

 ヒルデガルドの統括している第三師団は女性騎士で編成されているためだ。

 その場にいる第七師団の面々も「ああ……」と当時を思い出したのか遠い目をする。

 しかし、ここは冬の辺境地だ、雪に阻まれ帝都から第三師団を呼び寄せるわけにはいかないし、まして、すでに第七師団が領軍としてここにいて、第三師団も辺境地移動となったら、軍務省はともかくも、他の貴族が黙ってないし、戦力のパワーバランスが偏って継承権争いをさせて政権中央を狙いたい貴族が水面下で動き出すだろう。

 「あれだ。もう、外出されるときは閣下が殿下のお傍を離れないようにするしかないでしょ」

 「いままでと変わらないが?」

 「そんなことないですよ! だって殿下をわりと自由に闊歩させてたじゃないですか、工務省の建設事務所や官庁や第七師団の官舎に移動する際、アメリア殿と1、2名の護衛が付いてるのみだったでしょう」

 「ああ……」

 「そうだったな……」

 「けっこう気ままにお出かけされていた、この街の中……」

 みんなが口々に言う。

 「……だって黒騎士様はお忙しいから……」

 殿下の方がいろいろ動き回っていましたよと、心の中で誰もが突っ込みをいれる。

 「殿下だって、いつでも閣下がお傍にいれば、嬉しいですよね?」

 フランシスがダメ押しに伝えると、ヴィクトリアはアッシュを抱きしめてはにかむ。

 その場にいた独身の団員達が、歯ぎしりしたい感じでアレクシスとヴィクトリアを見る。いままでのヴィクトリアがそれをやると微笑ましいなだけですんだのに、現在のヴィクトリアがそれをしたら、もう……。

 (おまえら爆発しておけとか言いたそうだね)

 シャルロッテがアメリアにこそっと伝える。

 (その筆頭があのチャラ男ですが)

 アメリアもこっそりと返す。

 「だってご結婚されるのだし」

 フランシスが冷静にそんなことを言う。

 「だって婚約者だし」

 「そうだよな……婚約者だし……」

 「そう……こんやく……」

 独身の第七師団の者がだんだん落ち込むというか涙目になっていく。

 「なんで泣くんだよ……」

 ヘンドリックスが呟く。


 「黙れ新婚!」

 「お前に俺達の気持ちがわかるか!」

 「寂しいんだよ、彼女欲しいんだよ、全部言わせんなよ!」

 「お、俺、目から汗がっ……」

 「泣くな……俺達の希望じゃないか……女に縁のなかった閣下が、最後にはこんな美姫を嫁にするんだぞ……俺達も希望持てよ……」



 そんな団員を見て、ヴィクトリアはアレクシスを見る。

 もともとそういったことには疎いし、嫉妬も羨望もどこかへ置き忘れ、このたび政略結婚が皇帝から勅命でこなければ、一生独身を通すつもりだった男だ。

 そんな男にアドバイスを求めても気のきいた言葉が出てくるはずもなく、無表情ながらも、困惑している感じがヴィクトリアにはわかる。


 「は、春になったら、学園都市に人もきますから! そ、そんな泣かなくても!! んーと、んーと、えーと、そうだ! 春になったらこんなイベントどうでしょう!」

 

 ぱんと手を叩いて、ヴィクトリアが声をあげる。


 「集団お見合いパーティー!」

 

 むせび泣いていた団員達がヴィクトリアを見る。


 「集団……」

 「お見合い……」

 「パーティー……」


 その菫色の瞳が、いつものようにキラキラしている。

 紛れもなく姿は大人になれど、ヴィクトリア殿下だと団員たちは思う。

 自分たちのほんの少しのおふざけから、いま、この姫は例のとんでもない発想力を発揮しようとしているのがわかった。


 「このウィンター・ローゼは、観光用としても収益をあげていきます、それはみなさんもご存知ですよね、ごはんも美味しいし、温泉もある。それだけでは足りないのです。そのために催しモノが必要なのです。ここにきて体験した、『秋の収穫祭』、これは秋の観光一大イベントとして国内に知らせることができます。そして冬は今後おこなわれる『ゆきまつり』街道はできたもののここまでの道はよくありません。今年の『ゆきまつり』これはプレイベントですね、見本というか試験的というか、今後鉄道が通った際の冬のイベントとして定着させていきたいものです。そしてこのシュワルツ・レーヴェ辺境領はまだまだ人口は足りません。酪農や漁業は少ない人口でいい業績をあげています、皆さんみたいに独身の方もいますよね! 『田舎だけど、ステキなところなんだ! お嫁さんに来てほしいなっ』て、いう独身女性を招いて、お見合いパーティーするのです。これってマルグリッド姉上も帝都で時々そういう夜会を主催しています。どうです? 春のイベント、お見合いパーティー! お嫁さん迎えて人口も増やそうみたいな?」

 

 一気にそう言ったヴィクトリアを、その場の誰もが固唾をのんで見つめる。


 「あれ? だめ?」


 コテンと小首を傾げる。


 「……やっぱヴィクトリア殿下だ……」

 「今のは殿下だ……」

 「ああ……」

 

 第七師団がまじまじとアレクシスを見る。

 これはやばい。

 大佐の言ったように閣下がお傍にいた方がいい……。

 こんな美貌も才能も魔力もある姫様なら、誰だって欲しがる。

 隣国が欲しがるぞ、それこそグローリア殿下争奪戦以上のことが起きる……。

 各々そう心の中で思う。

 

 「えーお見合いパーティーだめー?」


 そんな無邪気に尋ねるヴィクトリアを見つめ、アレクシスに視線を移す。


 「閣下、今まで以上に、殿下をお守りするのは閣下が適任です。『近づく者は俺の屍を超えて行け』ぐらいのお気持ちでお守りください」


 フランシスの言葉に全員が首を縦に振るのだった。



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