第39話「結婚式用のドレス、忘れてないよね」

 


 「ねえ……あのさ、僕も一応は仕事できているわけで……なのになんでこの物々しい警備をされるわけなのか、兄さんに聞きたいんだけどさ……」

 ケヴィンが呟く。

 ルーカスから、ヴィクトリア殿下の服を仕立てたいので、スタッフを領主館に派遣するようにという通達から翌々日。

 すぐさまスタッフを集め領主館に訪れたケヴィンであるが、第七師団の団員が数名、ケヴィンを取り囲み、ヴィクトリア殿下の私室の前にも同じだけ警備として配置されている。

 「皇族の警備なら普通だろ」

 目の前の書類に目を通しながら、ルーカスがそっけなく言い放つ。

 確かに帝都であれば頷ける。

 しかしここは辺境領地。

 いままでならヴィクトリアとも直接会ってから、スタッフと引き合わせぐらいはしたのに、ケヴィンに挨拶もさせずにスタッフだけを案内していった。

 もちろん、スタッフは皇女殿下の服の仕立ての為、全員女性だ。

 冬になって哨戒の仕事が減ったとはいえ、警備が厳重すぎではないだろうかとケヴィンは思う。

 「殿下はお元気になられたんでしょ? 挨拶ぐらいはしたいなって思ったんだけど」

 「完全ではない」

 「え?」

 「お身体の自由がいまだきかないのだ」

 アレクシスがそういうと、ケヴィンはなるほど、それならば直接お会いしてはまずいのかもしれないと納得して、侍女が運んできたお茶を口にするのだった。




 部屋に通されたスタッフは、アメリアに前置きされた。

 「殿下はまだ完全に回復されたわけではありません、サイズの計測はできるだけ速やかにお願いします、あと、どんなに驚いても悲鳴はあげてはなりません」

 その言葉にスタッフの一人であるカリーナがアメリアに詰め寄る。

 「お身体に傷でも!? それともその伏せってた時に、なにかひどい発疹の後でも!?」

 「いいえ……、それらはありません、ヴィクトリア殿下の服は今回が初めてではありませんよね?」

 「はい、何度かこちらでお仕事をさせていただいてます」

 「サイズが変化したのです」

 「……変化」

 「病ではなく、魔力過剰のため、今までのお身体では耐えきれず、本来であるご成長がなされたのです。とにかく、速やかに願います。ロッテ様、殿下をお願いします」

 アメリアの言葉に、皆、真剣な表情で頷く。

 私室につながってる寝室のドアを開けてロッテに車椅子を押されてヴィクトリアが姿を現す。

 女性スタッフたちは叫びそうになるのを堪えた。

 どんなに前置きされても、スタッフたちは今までのヴィクトリアの印象が強いようで声をあげないように気を付けるのがやっとだった。


 「……驚きますよね……やっぱり……」


 口を開けば、その声は間違いなくいままでのヴィクトリアのもの……。

 「わたしも鏡を見るたびに、とても複雑な気持ちになるのです」

 スタッフのカリーナが、まず一番最初に通常の仕事モードに切り替わる。

 「殿下、車椅子に座られていますが、立ち上がることはできますか?」

 「ええ、大丈夫。本当は、車椅子とかも使いたくないの。でも、いきなり成長した身体がまだ思うように動かなくて、アメリアも介助し辛いからこうして使ってるだけなの」

 「アメリア様の仰る通り、速やかにサイズを測らせていただきます。サイズさえ測定できればあとは仕立てる布やデザインの打ち合わせなので」

 そう言われてヴィクトリアは頷く。

 その言葉のやりとりに、他のスタッフも気を取り直したようだ。

 速やかにヴィクトリアのサイズを測り終える。

 「殿下、お疲れではございませんか? サイズは測り終えましたので、服のデザインの打ち合わせになりますが」

 「ええ、大丈夫」

 ヴィクトリアが車椅子に座り、呼び寄せられたスタッフたちもソファを勧められた。

 「いままでの殿下のご衣裳も作り甲斐がありましたが、今後のご衣裳も作り甲斐がございますね」

 いままでのヴィクトリアのドレスも辺境地に来てからは、彼女たちが作っていた。

 成長前のヴィクトリアのドレスのデザインは、貴族も豪商も、自分の娘に仕立てさせる参考にされるぐらいだった。

 そんなヴィクトリアは、16歳の年頃の女性らしい体型に……絶世の美女である第五皇女に瓜二つといっていい見た目になった。

 自分たちの作るドレスを彼女が着る。

 自分たちの腕が、帝国の年頃の令嬢たちに注目を集める絶好の好機。

 とりあえず、いま必要な夜着や部屋着を何パターンか決めていく。

 「ゆきまつり用のドレスも考えましょう、無事に大きくなられて、元気になられた殿下をみなお待ちしてますもの!」

 「そうね!」

 スタッフたちがキャッキャとはしゃいで、布やデザインをヴィクトリアに勧めてみる。 同じように、モノづくりが好きなシャルロッテは、彼女たちの仕事の姿勢が気に入ったようだ。 

 ヴィクトリアに、あれもこれも着せたいという雰囲気がいい。

 もちろん、可愛い末の妹が可愛い服を着ているのもみたい。

 そして何か思い立ったのか、その様子をニヤニヤして見つめる。

 「あね……じゃなくて、ロッテ様も、何かあつらえてもらったらどうですか?」

 ヴィクトリアはそういうと、彼女たちもシャルロッテを見て、うんうんと頷く。

 「ロッテ様、ステキな銀髪だから!」

 「魔導具開発局の制服もお似合いですが、ドレス姿もみたいです!」

 そう口々にいう彼女たちに、シャルロッテは笑顔を浮かべる。

 「うん、そのうち見繕ってもらおうかな。でもさ」

 「でも?」

 「忘れてない?」

  その様子を見ていたシャルロッテが一言ポツリと呟く。

 「当面はヴィクトリアの普段着用するドレス、それを急ぎでつくってもらうとして、キミたち、考えてるよね?」

 「なんでしょう、ロッテ様」

 「ヴィクトリアも今から用意しておいた方がいいと思うけど」

 「え? 用意って……?」

 「むしろ、遅いぐらいかも、普通ならすでに仮縫い入ってる状態だもんね」

 「……え?」



 「結婚式用のドレス、忘れてないよね」



 楽しそうにヴィクトリアの服を考えている彼女たちの、作り手魂にロッテが燃料を投下した。

 スタッフたちが固まる。

 そしてヴィクトリアをまじまじと見つめる。


 「けっこんしき……」

 「ウェディング……ドレス……」

 「はなよめいしょう……」


 各々がそう呟く。

 投下した燃料がゆっくりと回っているのが、シャルロッテにはわかる。

 そして火が付いたように叫ぶ。


 「着せたい! 着てほしい!」

 「ああああ、あのデザインもこのデザインも!」

 「フリルもレースもリボンも! サテンもオーガンジーも!!」

 「わたしたち、全力で考えます! 作ります! だから、その仕事どこにも振らないでくださいませえええ!」


 彼女たちは跪いてヴィクトリアに懇願する。

 その様子をシャルロッテはニヤニヤしながら眺める。

 ヴィクトリアはそう言われて、白い頬を染める。


 「年があけて、春になれば、結婚式なんだよね?」


 シャルロッテにそう言われて、ヴィクトリアは両手を頬にあてて照れた。


 「そうよね……春に……わたし、結婚するの……黒騎士様の花嫁に……」

 「素敵な花嫁様になるお手伝い、わたし達が請け負います!」

 カリーナがぐっと握り拳を作って、ヴィクトリアとシャルロッテに言い募る。

 「うんうん、黒騎士様が、泣いて喜ぶような衣装を頼むよー」

 「任されましたあああ!」


 泣いて喜ぶだろうか? 綺麗すぎて、現在避けられっぱなしなんだけど……いいのかなとアメリアは思う。

 しかし、ファッショニスタな感性と職人魂に火のついた彼女たちの勢いは止まらないようだった。

 というか何故か彼女たちが泣いている。


 「カリーナさん、あたしたち、帝都から出てきて、ここにきて、ようやく……」

 「泣いちゃダメ、泣いちゃダメよ」

 「カリーナさんの英断に乗ってよかった……」

 「この辺境に行くと言った時は一瞬迷ったけどっ……」


 彼女たちは、帝都のわりと大店の店でお針子として働いていて、いつかわたしたち、この店から独立して頑張りたいねと、励ましあっていた。

 勤めていたところは従業員も大勢いて、そこに勤める者は、店の独立を狙う猛者と、普通に働いて給金がもらえればいい的な者が二極化しており、うまく独立した者たちもいれば、独立したものの、同じ店出身同士で潰しあうのもありと、まさに群雄割拠な厳しい背景もあった。

 数か月前、カリーナに独立するからこないかと誘いがあったが、カリーナはこの店で知り合った彼女たちも一緒にならというと、この話はなかったことにと断られる。

 その話を聞いた三人は「もう、カリーナさんが独立したらどうだろう、あたしたちついていくから」と背中を押した。

 しかし、独立しても、帝都にいれば食うか食われるか、潰されるか干されるか、成功するのはほんの一握りだから自信もない。

 じゃあ、近隣の領地に行くか、そこは帝都ほどではないものの、それなりに商売をしている店の繋がりが強い。

 結局は同じ道をたどるのではないか。

 そんな折、フォルストナー商会が辺境に店を構えるという噂を聞いて、彼女たちはケヴィンに直談判。

 帝都から辺境の新領地までの、移動の際には野宿もしなければならないし、魔獣とかち合うかもしれない、危険度は高いという話で、女性の従業員が多い同業者がしり込みしているのをみたカリーナは「いまがチャンス、移動して持ち場を確立するのよ!」と移住第一陣に名乗りをあげてこの辺境にやってきたのである。

 見事立場を確立し、第六皇女殿下の服を任されることになり、帝都からの移住で成功を治めた彼女たちだった。

 幼い殿下の服を仕立てることは、栄誉でもあったし、楽しくもあったが、今回のことはそんな彼女たちの意欲を盛り上げるのに十分すぎるほどの出来事なのだ。

 なんといってもサイズが大人、そしてそれを着るのは、あの大陸一の美女と瓜二つの妹君。

 ヴィクトリア殿下が後々、社交シーズンで帝都に赴けば、その衣装は若い貴族の令嬢たちが注目する。

 辺境地にはヴィクトリア殿下が着ていた素敵な服を誂えている店があると帝国内に宣伝できるのだ。


 「リンダ、とりあえず今現在着用が必要な夜着や肌着、小物等は頼みます。これは洗い替えが必要なので、柔らかく季節的に保温性のある素材で数作って」

 カリーナが指示を与える。

 「了解です」

 「部屋着はパウラ、リンダもパウラも量と速さを求めます」

 「はい」

 「わたしとペトラは外出用のドレスと外套を、パウラとリンダほどではありませんが、それなりに数も必要です、併せてゆきまつり用の衣装も進めます。殿下がお気に召したデザインをベースに各自お願いします」

 とりあえず、当初の予定どおり、普段使いの服と雪まつりの服を優先し、随時花嫁衣裳の打ち合わせをしていくことが決まった。



 そんなとき、部屋の外が騒がしくなる。


 「……なんでこいつが……ここにいるんだ」

 「きっとケヴィン氏とカリーナ嬢たちが入館した際にこっそり紛れ込んできたんだ」

 「いや、普通わかるだろ」

 「わかるよな……どうやってもぐりこんだ……」

 

 私室前で警護についている第七師団のカッツェとクラウスが呟く。

 二人の前にいるのは小さな灰色の子犬。

 大人しくぺたりと二人の前にお座りしていたが、「アン」と鳴き声をあげる。

 まるでそのドアを開けてというように。

 そう警護の二人の前にお座りしているのはアッシュだった。

 「お前……可愛いからって、お兄さんたちが言うこと聞くと思うなよ」

 「殿下はまだ完全に回復されていないんだよ、おいで」

 二人がそういうが、二人の間をすり抜けて、ドアに前足をついて開けて開けてというように鳴き声をあげる。

 クラウスがアッシュを抱き上げる。

 「こら、いい子だから」

 しかし、その騒ぎが部屋にも聞こえたのかアメリアがドアを開ける。

 「何事ですか?」

 「アメリア殿……」

 アメリアがクラウスの抱き上げている子犬を見て目を見開く。

 「アッシュ!? どうしてここまで!」

 アメリアの声に、ヴィクトリアが反応する。

 車いすを手元の操作ボタンで反転させてドアまでちかづく。

 そうすると可愛い子犬の鳴き声がヴィクトリアにもはっきりと聞こた。


 「子犬……? え? もしかしてアッシュ!?」


 ヴィクトリアがそう声をあげると、クラウスの腕からパッと飛び降りてアメリアの横をすりぬけていく。

 

 「あ、こら!」

 「まて!」

 アメリアの開いたドアの隙間をすり抜けて、アッシュがヴィクトリアの前に走り込んでくる。

 「アッシュ!」

 「アン」

 腕を広げてアッシュを見て嬉しそうにヴィクトリアは笑顔を浮かべた。

 アッシュはピョンとヴィクトリアの膝の上に飛びついてくる。

 ヴィクトリアは車椅子に座ったまま、アッシュを抱き上げる。

 「おまえ、ここまで来てくれたの!?」

 「クーン」

 鼻を鳴らして、尻尾が千切れんばかりに振るアッシュ。

 「えー、いい子、優しい子ね、嬉しい。わたし見た目が変わっちゃったけど、アッシュにはわかるのね!?」

 よしよしとヴィクトリアはアッシュをなでまくる。

 そしてドアの前に立っている二人、カッツェとクラウスが、車椅子に座るヴィクトリアを見つめている。

 ちなみに、ヴィクトリアの成長した姿を見た最初の第七師団員は、アレクシスとルーカスを除いてこの二人が初めてだった。


 「あ。カッツェさん、クラウスさん、お久しぶりです、お二人がこの子を連れてきてくれたの?」


 ヴィクトリアの言葉に、二人は首を横に振る。


 「あ、あの……」

 「なあに?」

 「ヴィクトリア殿下……?」

 「はい……あ、あれ? そういえば、第七師団の方々にはまだこの姿で会ってなかったかしら?」

 

 アメリアは失敗したと思った。

 カリーナ達に叫ばないようにと通達したのに、それが意味をなさなくなる瞬間だった。

 カッツェとクラウスの絶叫が領主館に響いたのである。



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