第38話「殿下が綺麗にご成長されたから、照れてるんですよ」



 ヴィクトリアは、意識が戻ったものの、完全回復というわけでもなかった。

 その急激に成長した身体はいうことを聞かない。

 部屋を歩くだけでもアメリアの介助なしでは怪しいところだった。

 目標は介助なしで部屋を歩けるようになること。

 室内の歩行ができたら、執務室へも行けると思っているようだ。

 いまはまだ、アレクシスが代行というか領主らしく普通に実務をこなしている。

 確認の書類はアメリアから渡される。

 以前は一緒にいろいろこの領地のことを話していたのに、それもないのは、意識が戻ったヴィクトリアには不満だった。

 とにかくゆっくりと身体を動かすように毎日努めている。

 そんなリハビリをしていると、すぐに全身がだるくなるし、汗だくになる。

 私室にも風呂はついているものの、ちゃんと大きく設置した浴室まで出向く。

 リハビリを終えて浴室まで行こうとしたら、ドアをノックしてシャルロッテが入室してくる。

 「結構いい感じのものができましたー。工業地区のゲイツさんに協力してもらったんだーいいよねーあの人! うちのスタッフに入ってくれないかなー」

 そういって、ヴィクトリアの寝室に持ち出したのは車椅子である。

 しかも手押しでも手元のボタンでも操作が可能。

 動力は魔石。

 「ゲイツさんはダメ、譲れません。ここでたくさんいろんなものを作ってもうらうのですから」

 「まあねえ、トリアは人気者だからねえ、トリアの為に作ろうと思うって言ったらもう頑張っちゃった感じ?」

 いつのまにか、工業地区にも出入りしているシャルロッテだった。

 ちなみに、シャルロッテは魔道具開発局顧問という肩書でこのウィンター・ローゼを闊歩している。

 「姉上、これ、大量生産できます?」

 車椅子に座ったヴィクトリアがそんなことを言う。

 「病院とかで使えそうじゃないですか?」

 「魔石次第かな」

 「なるほど……」

 自分が使う前にそんなことを言うあたりがヴィクトリアらしい。

 「まあ、使ってみて」

 「……」

 本当なら使いたくないとヴィクトリアは思う。

 これを使えば確かに楽ではあるけれど、それだけ自力歩行ができなくなりそうだと不安になる。

 そんなヴィクトリアの内心を見透かしたようにシャルロッテが言う。

 「使用感がわからないと生産流通できないからね」

 葛藤の末、その自動で動かせる車椅子に座る。

 「クッション性とか機動性とかも、従来のと比較するのもいいかもね」

 「……そうですね」

 ヴィクトリアは悔しそうに呟いた。

 

 ――シャルロッテ姉上が作るなら外れはないじゃないですか。


 そしてそれに乗って浴室まで行ってみる。

 アメリアが嬉しそうに手押しする。 

 「アメリアどう? わたし重くない?」

 「正直申し上げますと、歩行での介助より断然安心できます」

 「そっち!?」

 「はい、姫様が頑張っておられるので、お付き合いしてましたが、支え切れるか不安でした」

 「わたしが重くなったから!?」

 「……なぜそこを気になさるのですか……」

 「最初に黒騎士様に抱っこされた時、もう片腕だっこじゃなかったから……」

 「……姫様自身が片腕だっこだとバランスとれないのでは? お姫様だっこは年頃の令嬢でも憧れではないですか?」

 アメリアにそう言われてヴィクトリアは顔を真っ赤にして俯いた。


 ヴィクトリアが浴室までいくのは湯殿が広いからだった。

 源泉かけ流しの大きな浴室は、湯殿の中では腕だけではなく足の関節を動かしたりもできるし浮力でゆっくり動くこともできる為だった。

 「湯治場にはいいよね、このウィンター・ローゼ。ニコル村もこの規模でやるなら貴族も呼び込めると思うよ。食事も美味しいし、お酒も美味しいし」

 アメリアと一緒に、介助をしながらシャルロッテが言う。

 「本当?」

 「静かだしね、今が冬だから特にそう感じるのかもしれないけれど」

 「それと姫様、これも最近作られたんですよ」

 アメリアが手のひらサイズのボトルを掲げる。

 「なに……それ」

 「仰っていたじゃないですか、リンゴの香りの石鹸」

 「!」

 「これも、ロッテ殿下が作られたのですが」

 「姉上……!」

 「液体石鹸、お湯でも水でもほら、泡立つでしょ」

 シャルロッテが手のひらで石鹸を泡立てる。

 真っ白い泡からリンゴの香りがした。

 「いい香り……素敵……香油みたいに香りが高いんですね」

 「これも使用感、試してね」

 ヴィクトリアは湯殿の縁に掴まって頷いた。

 そして脱衣所でヴィクトリアを着替えさせているときに、シャルロッテはふと思いついたように言う。

 「トリア」

 「はい?」

 「お前、服買わないと」

 「あ……あー」

 ちなみに今着ているのはインナーも含めて、寝込んでいる時にシャルロッテが購入してきた服である。その上に羽織ってるガウンも既成品。

 シャルロッテも長期滞在するので、この街でいろいろと買い物をしたようだ。 

 「お前の住む街だからね、お前が金を落とさないと」

 「そうですね……ケヴィンさんに連絡つけてもらいましょうか」

 アメリアも頷く。

 「中将は現在、ここと軍官舎と官庁とを行き来しているのでケヴィンさんにも会う機会があると思われます」

 「今日は帰宅されてしまったかしら……」

 アメリアに身支度を整えてもらい、車椅子に座る。

 「ロッテ姉上、なんでも作れるんですね、すごいです」

 手放しに誉めるヴィクトリアの頭をよしよしとシャルロッテは撫でる。

 身体が大人になっても、末の妹はまた特別可愛いらしい。

 「魔法陣に特化していると思ってました」

 「あんまり作りたくないのもあるけど、あると便利だったりするものもあるからね」

 「そういう職人気質なところが、ゲイツさんや魔導開発局の方と気が合うところなんだと思います」

 そんな話をしながら、廊下を移動しているとルーカスと行き交う。

 車椅子に座っているのがヴィクトリアだとはわかっているのに、ルーカスは緊張してしまったようだ。

 以前なら軽口をたたいて挨拶をしていたのに、一礼だけにとどめている。

 それを察したヴィクトリアがしゅんとしてしまう。


 ――ほんと男って……。


 アメリアが白けた視線をルーカスに向け、切り出した。

 「中将、弟君にお会いすることはありますか?」

 「ケヴィン? 三日に一度ぐらいは町中ですれ違うこともあるけど……」

 「姫様の服を仕立てたいのです」

 車椅子に座るヴィクトリアを見て、納得したようだ。

 「わかった、伝えておく。あ、でも、ケヴィンを殿下に合わせない方がいい」

 「……何故?」

 「俺よりも身の程知らずだ」

 「……」

 「……」

 シャルロッテもアメリアも頷くが、ヴィクトリアだけはキョトンとしている。

 ルーカスも頷いて、その場を去ろうとするが、ヴィクトリアは彼に声をかける。

 「中将……ありがとうございます」

 「え?」

 「こんな遅くまで、黒騎士様とお仕事してくださって」

 「……いままで殿下がされてきたことをささやかながら手伝っているだけです、アレクシスの方が頑張ってますよ、あいつにも声をかけてあげて」

 ルーカスがそう言うと、ヴィクトリアはしょんぼりとする。

 美人の憂い顔は絵になるなと、ルーカスは思う。

 「……避けられています」

 ヴィクトリアの発言にルーカスは首を傾げる。

 「え?」

 「どーしても確認が必要な書類とか、黒騎士様が持ってきてくださってもいいのに、アメリア経由なのです」

 「……」

 ルーカスはアメリアを見るがアメリアは頷く。

 「アレクシスは……殿下が綺麗にご成長されたから、照れてるんですよ」

 「中将がお世辞!?」

 「いや、お世辞じゃなくて、事実。ただでさえ、殿下の才気にあてられっぱなしだったのに、綺麗になりすぎちゃって、正視できないんですよ」

 「小さいままのほうが……よかったのかな……」

 「殿下は殿下だって、わかってるとは思うけど、なかなか慣れないだけです」

 「前みたいに、たくさんお話したいし、一緒にお食事もしたいです」

 こんな美女と一緒に食事とかいままで女に縁がなかったあの男にとってどんだけハードル高いことかと、ルーカスは思う。

 ルーカス自身もまずその見た目で戸惑い緊張するものの、こうして殿下と話をすると中身はやはり以前と変わらぬ彼女だと認識できるのだから。

 「じゃ、今そう言ってみてはどうでしょう」

 「今?」

 「今」

 「黒騎士様に?」

 「そう」

 ヴィクトリアの表情がぱあっと明るくなる。

 表情がそうやってころころ変わるところは、以前と変わらない。

 「じゃ、俺は官舎にもどります、仕立ての件はケヴィンには伝えておきます、おやすみなさい殿下」

 「はい、おやすみなさい」

 「アメリア、玄関まで中将を送ってあげて」


 ヴィクトリアのその言葉に、シャルロッテがアメリアに代わって車椅子を押し始めた。

 そして執務室の前で止まるようにお願いする。

 ドアをノックしても返事がないので、黒騎士様は私室に戻られたのかなとヴィクトリアは呟く。

 シャルロッテにドアを開けてもらうと、アレクシスはソファに腰かけてうたた寝をしていた。

 「……寝てる……風邪ひいちゃいますよ」

 「いくら部屋をあったかくしてても冬の辺境地だよ。トリアに続いて、黒騎士様が倒れられたら大変だ、毛布もってくるね」

 「ありがとうございます、姉上」

 ヴィクトリアはゆっくり車椅子から立ち上がって、黒騎士の座っている隣に腰かけた。 「黒騎士様……お疲れ様です」

 ヴィクトリアは自分がさっきまで使っていたひざ掛けをかけようとすると、彼は横倒れになってヴィクトリアの膝に頭を乗せる体勢になってしまった。

 その一瞬の膝にかかる重さに驚いたものの、声をあげるのをこらえた。

 そしてヴィクトリアは自分の膝に頭を乗せるアレクシスを見る。


 ――黒騎士様……可愛いかも……小さい子みたい!


 無意識に暖かさを求めているのか、彼の手が、ヴィクトリアの腰を抱き寄せた。


 「黒騎士様!?」


 ヴィクトリアの声に意識が覚めたらしい。

 手を放して頭は膝のまま、ぼんやりとヴィクトリアを見上げる。 


 「……ヴィクトリア……」


 ドキリとする。

 いつも「殿下」か「ヴィクトリア殿下」と呼ぶ彼だった。「ヴィクトリア」と呼び捨てることはなかった。

 ぼんやりしているし寝ぼけているのはわかっていたけど……。

 

 ――ドキドキする。それに、黒騎士様、なんか……なんていうか……寝ぼけているのにカッコイイってどういうことですか!?


 心の中では絶叫しつつも「はい……」とヴィクトリアは返事をした。

 すると、アレクシスの、ぼんやりとして微睡もうとしていた意識が覚醒したようだ。

 閉じそうだった瞳が見開いて、固まっている。


 「……殿下……!?」


 そう叫んで、上半身をバッと起こした。


 「な、なんで!?」

 「……お湯をつかった帰りに、執務室を覗いたら黒騎士様がうたた寝してたのです」


 アレクシスはヴィクトリアの座る反対側に身体を倒す。

 ――夢かと思ったのにっ……。

 暖かくて柔らかくて、そのまま抱き込みたいと思ったら、目を覚ますと大きくなったヴィクトリアがいて、あのまま寝ぼけたままだったらどうなっていたかアレクシスは考えたくなかった。


 「風邪をひきます! 黒騎士様」


 そう言い募るヴィクトリアの声を聴いて、また上半身を起こす。


 「それは殿下でしょう。お湯をつかったのなら、湯冷めしないうちに、お部屋にお戻りください」

 そしてアレクシスがヴィクトリアを促そうとすると、ドアによりかかっていたシャルロッテとアメリアが視界に入る。

 「……シャルロッテ殿下……アメリア殿…いつから………」


 「トリアがひざ掛けを黒騎士様にかけてるところから……」

 「概ね全部」


 そんな二人の言葉を聞いて、アレクシスはソファに突っ伏し「勘弁してくれ」と呟くのだった。



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