第44話「やっぱり将来は男の子が欲しいですね!」



 「これは……」

 「なんとも……」


 領主館別館の居間に訪れているのは、コンラートとゲイツだった。

 シャルロッテが一晩で作り上げた精巧な模型を前に視線が集中している。


 「すごいですよ! ロッテ様!! これすごい!」

 「どうやって動かしてるんですか!? これが列車ですよね!? 動いてますから!」


 鉄道のジオラマを見てまるで少年のように興奮する約二名。

 「動力は魔石の欠片ほんのちょっぴりで、本物は魔石が動力、いいよねえ辺境領、魔獣いるから動力には事欠かないね!」

 「第七師団が魔物を殲滅したあと魔石だけをぬいてますが、同行し、魔物を専門で解体できる業者が欲しいところですね」

 ヴィクトリアが呟くと、ゲイツもコンラートも視線は動く模型に留めたまま頷く。

 「学園都市でその専門を育成する部門を作りましょう、第七師団に同行して、そこで解体して魔石を採ります。解体した魔獣を研究するために、学園都市まで魔獣を運ばないと……運べます?」

 ヴィクトリアがアレクシスに尋ねた。

 「何体もとはいきませんね。学園都市近辺なら可能かもしれませんが」

 「ウィンター・ローゼとニコル村近辺ならこの列車が完成すれば可能ではないでしょうか?」

 「そうですね、車両を運搬専用の物は必要です流通には絶対必要、シュワルツ・レーヴェには鉱山もありますから、隣接する元ハルトマン領……現第二帝国直轄領との物資運搬には欠かせません」

 ヴィクトリアが頷くとシャルロッテが小さな模型を一つ指でつまんで、鉄道に着ける。貨物用車両の模型も作っていたようだ。

 「こんな感じ?」

 シャルロッテが尋ねると、ヴィクトリアとコンラートとゲイツがうんうんと首を縦に振る。

 「で、我々にこの模型を見せるというのは、ロッテ様」

 シャルロッテがコンラートに書類の束を渡す。

 「工務省建設局にはここの建設を頼みたいの。さっき閣下と殿下とで相談しました。物資も人も運搬するには、辺境領内に走るこの鉄道の駅と……」

 指で、イルセ村、学園都市予定地、ウィンター・ローゼ、ニコル村を指していく。

 「そしてここ」

 学園都市予定地とイルセ村の中間に指を止めた。

 指先がポワっと光って、何か小さな模型が加わる。

 線路が伸びて、そこに屋根付きの大きな建造物が現れた。

 「これは……?」

 「うん、車両基地です。列車のお家かな。設備の点検とか、動力補充とか車内の清掃とかね」

 「これも……我々に?」

 「雪解けしたら、人員を増やしてもらうように工務省に掛け合いますから」

 「終わらない領地づくりですな……これだけ長期間携わるのは、わたしも入省してから初めてです」

 「嫌ですか?」

 「まさか! ぜひ参加しますとも」

 渡された書類を捲りながらうんうんとコンラートは頷く。

 「それで、俺が呼ばれた理由は……?」

 ゲイツがシャルロッテを見上げる。

 シャルロッテはヴィクトリアとゲイツを見比べる。

 「トリアちゃん、お願い、ゲイツさんレンタルで!」

 「はあ!?」

 ガシっとシャルロッテはゲイツの両手を掴む。

 「ゲイツさん、その器用さ、技術、本当は本当は、わたしのスタッフにスカウトしたいんだけど、トリアちゃんにダメ出しされたんだよ! ゲイツさんはこの領地でいろいろ作ってもらうからって! だけどゲイツさん、アナタ、コイツを作ってみたくはない?」

 模型の動く黒い列車を指さす。

 「もちろん、コイツは魔導開発局特別チームの担当です。うちのスタッフと一緒に列車を作らないかな?」

 「……魔導開発局……特別チーム……」

 「今後の技術の勉強にもなるし~楽しいぞ~」

 「ひどい! なんていう悪魔の囁き!」

 ヴィクトリアがロッテとゲイツの間に割っては入ろうとするけれど、アレクシスがヴィクトリアの肩に手を置く。

 「ゲイツ氏の意向が一番かと、ほんの少しロッテ様に協力する形ですから」

 「むうううう」

 ヴィクトリアが頬を膨らませる。

 「ほらほら、そんな顔しなーい。せっかくの美女が台無しよ~」

 ゲイツはヴィクトリアとロッテを交互に見る。

 彼自身、ものすごく葛藤しているのがその表情でわかる。

 「作るのはこのシュワルツ・レーヴェ領で作るよ~。このウインター・ローゼでね」

 「ここで? そんなこと聞いてないです!」

 「だって~すでに線路あるし~一番先に駅を建設してほしいんだ。だからここで」

 「車両基地じゃないんですか?」

 「車両基地の予定地、いま雪まみれだから! そこを建設してからじゃ遅いよ! ハルトマン領も復興中だし! 何よりここ、温泉あるし!」

 「そこなんですか!?」

 だいたい彼女は、この辺境領地でいろいろ作るの羨ましい~と領地に旅立つヴィクトリアにこぼしていたのだ。

 「こういうモノを作成するのはモチベーション大事~温泉で一日の仕事の疲れを癒して次の日頑張ってほしいし! ここはごはんも美味しいし! ゲイツさん引っ越す必要ないじゃなーい!」

 ヴィクトリアはアレクシスを見上げる。

 「反対する理由はあまりないようですよ、殿下」

 「そうですけど」

 「ゲイツ氏にはむしろ進んでいってもらって、後々うちの貢献する技術を勉強してもらうのもよいのでは?」

 ヴィクトリアはゲイツを見る。

 「ゲイツさん、ロッテ様達と列車作る?」

 その言葉に、ゲイツはうんうんと首を縦に振る。

 「ここの街に後々、いろいろ作る勉強になりますし」

 「いいですよ、ロッテ様、ゲイツさんレンタルで」

 「いやったー」

 ロッテとゲイツが手を取り合って、ロッテがゲイツの腕をブンブンと振る。

 「でも、列車終わったらはいさようならって、いうのはなしでお願いしますね」

 シャルロッテはピタっと動きを止めてヴィクトリアを見る。

 「ロッテ様、うちの領地は発展途上ですから、ロッテ様もロッテ様が抱える開発チームもゲイツさんを手伝ってうちの領地を発展させてくださるんですよね? ウィンター・ローゼは温泉もあるし、食事も美味しいクリエイトのモチベーションをあげるにはうってつけの場所ですよ? 工務省に連絡しておきますね? 魔導開発局特別チーム、ウィンター・ローゼに移設ですって」

 「トリアちゃん!?」

 「大丈夫、列車完成させれば帝都への距離、問題ないでしょ? でも、黒騎士様、絶対わたし、甘えん坊じゃないですよ?」

 本当の姉が傍近くにいて実は嬉しい気持ちを隠そうと必死なヴィクトリアを見て、アレクシスは苦笑するのだった。




 翌日から街総出で、ヴィクトリアが作った高架橋周辺の雪かきを行う。第七師団はじめ、ウィンターローゼの残ってる建設局のメンバーそして農業を請け負う元ナナル村の村人たち、子供たちも10代の子は一緒になって除雪を手伝う。村人の小さな子たちは、邪魔にならないように除雪された雪で遊んでいるのはご愛敬。官庁に勤めている者も日によって交代で参加し、昼には炊き出しを行うまでになってしまった。

 除雪ができたところで駅の工事に入る。

 「しかし、人数が少なすぎますな」

 コンラートと建設局のメンバーが頷く。人海戦術での除雪はできたが、駅の下工事も本来のスピードがでないようだ。

 「……ロッテ様。要は、高架橋に登れる足場があればいいですよね? 駅の構内や列車の乗り入れるホームはまだ先でも?」

 シャルロッテは駅の設計図を見てうんうんと頷いている。ヴィクトリアも設計図面を覗き込む。

 「あとはクリエイトでなんとかする」

 ヴィクトリアは羽ペンを取り出し魔力を籠らせる。

 「え、トリアちゃんやってくれるの?」

 「連日みんなが、頑張ってるのですから! 当然です」

 地面に膝をついて羽ペンで魔法陣を構築する。


 「レールウェイにつながる階段……ステアーズ・クリエイト!」


 魔法陣が光り輝く、そして土の中から段差がいくつも連なる階段が顕現する。

 その場にいた者達がヴィクトリアの展開する魔法陣の光と、高架橋へ向かって伸びていく階段に注目する。

 危ないからと作業場から離れて、除雪されていた子供たちにもその光は見えた。

 

 「姫様の魔法だ!」

 「きれーい!」

 「白い階段だー!」


 魔法陣と共に光が消えて、高架橋に伸びる白い階段ができあがる。その階段を誰よりも真っ先に駆け上るのはシャルロッテだった。

 そして駆け上がって高架橋の中の状態を見ようとするが、当然そこは雪で見えない状態だった。一気に駆け上っても目当てのものが確認できなかったシャルロッテは膝と両手をついてがっくりする。

 ヴィクトリアはシャルロッテを追うように階段を上って。がっくり膝をついているシャルロッテを見る。

 「無駄な体力を使ってしまった……」

 まだガックリポーズをしているシャルロッテを見て溜息をついたヴィクトリアは、羽ペンを宙に走らせる。そして一気に雪を蒸発させた。

 手をついているそこがやけに熱く感じて手を放してヴィクトリアを見上げる。

 「設計通りに、レールクリエイトされてるかどうぞ、確認してください、姉上」

 「トリアちゃんっ! 大好きー!!」

 シャルロッテが抱き着いて喜んでくれるかと思いきや、彼女は、階段から下の方にいるゲイツとコンラートと建設局のスタッフを呼び出す。

 それを見てヴィクトリアは頬を膨らませる。

 もっと褒めてくれてもいいのにと言いたげだ。

 しかし、シャルロッテはお構いなしで、いつもの調子で階段を上ってきたスタッフに手伝わせて、開発局秘蔵の建設ドームを設置する。

 このウィンター・ローゼを建設する際に使用し、いまも学園都市の方ではこのドームが設置されているが、シャルロッテはこのレール上で列車作製させるために、サイズや機能を改良している。

 「殿下―村の者も、高架橋に昇ってみたいそうです」

 ヘンドリックスが上にいるヴィクトリアに声をかける。

 「いいわよー」

 その場にいる全員階段を上り、ドームを設置した高架橋に昇り線路を見学する。

 「こったらでっかいもの作ったら、いっくら魔力があるからて、倒れてしまうだよ」

 この高架橋を魔術を行使して作ったヴィクトリアに言う。

 「んだーしっかいでっけえなあ」

 「ここを列車いうのが走るだか? 列車ってどんなだ?」

 「ん~列車っていうのは……そうだ、ロッテ様ー! ロッテ様の作った模型、クリスタル・パレスに置いてもいい~? 子供たちも村のみんなもあの模型を見たらすぐにわかると思うのー!」

ゲイツと建設局スタッフに囲まれていたシャルロッテは、その声が聞こえたのか、両手で大きく〇の形を作る。

 「クリスタル・パレスに完成予定の模型を設置します。みんなが見ることができます、それにあそこはあったかいし! 黒騎士様、手伝ってください!」

 もちろん運ぶの簡単で身軽なものだ。ヴィクトリアの持つアイテムボックスに入れて運ぶのだが、出し入れするときは、少し大きいし、精巧な造りなので気を遣うのだ。

 第七師団の団員も数名がそっともちあげてアイテムボックスにしまい、クリスタルパレスに向かう。


 「トマスさん!」

 「姫様、領主様! 今日はどうしただ? 最近街の外でみんなして駅の為の雪かきしてる聞いてただが」

 「トマスさんにも見せてあげる! 誰かが悪戯しないように気をつけて管理してくださいね」

 「?」

 設置場所を決めてアイテムボックスからほんの少し取り出すと収納したときと同じようにそーっと設置場所に模型を収めた。

 「これは……」

 「辺境の立体地図だか? これウィンター・ローゼだべ? これ、建設予定の学園都市で……ニコル村とオルセ村……この細長いのが……もしかして姫さまがぶっ倒れてまでこさえたアレだか?」

 「そう! それでコレが……魔導列車なの!」

 黒い長い精巧な乗り物らしいものをヴィクトリアは手にして、線路に乗せると、動きだす」

 「おおっ、動いてる!」

 「見たい見たい!」

 まだまだ背の小さい子供がぴょんぴょん跳ねる。アレクシスが無言で抱き上げて、驚きはするものの、動く模型に視線を移したまま魅入っている。

 「えー僕も、僕もー」

 子供たちの親や、他の団員たちが子供をだっこして模型に見入る。

 「すっごーい! ロッテ様とゲイツさんはこの黒い動く列車を作ってるの?」

 「かっこいいっ!」

 「んだな~、こうして見たら、未来を覗いてるみたいだべ~」

 トマスを始め、大人たちも魅入る。

 よちよち歩きの子供まで抱っこをねだりヴィクトリアの外套を引っ張るので、ヴィクトリアは笑顔でその小さな子供を抱き上げた。

 「見える? あなたが大きくなったらこれにのって、そこの学園都市でお勉強できるわお友達ともたくさん遊べるのよ?」

 意味がわかってるのかわからないのか、ヴィクトリア抱き上げられた小さな子供はにこにこしている。

 「あんれ、エルマ、姫様に抱っこされて~姫様みたいにめんこくなれ~」

 大人たちがそんなことを言うので、ヴィクトリアとだっこしている子供は照れたように笑う。


 「本当に、未来図ですよね、それ」


 クラウスがアレクシスとヴィクトリアを見てそんなことを言う。

 「すごい模型でしょ?」


 「模型ではなくて、お二人がですよ」


 そう言われて、アレクシスとヴィクトリアは顔を見合わせる。

 小さな子供抱き上げている二人をさして、未来図とクラウスは言う。

 アレクシスは無言を貫くが、ヴィクトリアはにっこりと笑う。


 「そうですね。やっぱり将来は男の子が欲しいですね! 女の子も可愛いけど! 黒騎士様は!?」


 クラウスの意味することを理解して、咄嗟にそう言葉を返す。尋ねられたアレクシスは声が出てこない。普通は全く逆だろう、そこは姫が照れるところだろうとクラウスが思うが、無邪気にヴィクトリアがアレクシスにどっちがいいですかー? と質問攻勢にでている状態だ。

 ルーカスがクラウスの頭を軽く叩く。

 「お、ま、え、アレクシスが答えられるわけないだろ、どうすんだ、固まったぞ!」

 ひそひそ声でクラウスを叱責する。

 「おまけに、他の奴等も何気に……」

 行き過ぎの羨望を抱えて涙目になっている。

 そんな、クリスタル・パレスに飛び込んできたのは、ニーナだった。


 「姫様!」


 ヴィクトリアは呼ばれた方に顔を向ける。


 「ニーナさん」


 ニーナの表情を見てヴィクトリアは何が起きたのか身構えた。

 いつもの明るくハキハキとした彼女ではない、何かが起きたとわかる。



 「大変なんです! 鉱山が、鉱山が雪崩に! 建設局の鉱山の建物が雪崩に飲み込まれたんです!」



 ニーナ自身もまるで雪崩に会ったかのように、頭や肩に雪を乗せて、それを払い落とすことなくそう叫んだ。



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