第35話 ――ロング・レールウェイ・クリエイト!


 

 「お忍びはいつも楽しいものだが、今回は特に楽しかった、ヴィクトリアありがとう」

 エリザべートが帰り間際にそう言った。

 「ここが落ち着いたら、二人ともわたしの領にも遊びに来るといい」

 「はい」

 「それから、フォルクバルツ卿、耳を貸せ」

 「?」

 ヴィクトリアから少し離れた場所で扇で隠すようにアレクシスに耳打ちする。

 「トリアの体調だが、アレは多分、誰にでもおきるものだ。成長期だ。案ずるな」

 エリザベートがアレクシスに耳打ちしている様子を見て、ヴィクトリアは声を上げる。

 「えーひどーい! 内緒話っ!?」


 アレクシスは、プンプンと怒ってるヴィクトリアを見て苦笑する。

 「ただ……トリアの場合は……特別だからな、もし何かあったら、手紙をよこせ、近々もう一人、身内が訪れるだろう、転移魔法陣を使ってな」

 「御意」

 アレクシスがそう答えると、エリザベートもヴィクトリアを見る。

 「やきもち妬きはみっともないぞ、トリア」

 「ほどほどにヤキモチはいいの! その証拠にわたし、いま、ものすごーく我慢してましたよ!」

 アレクシスとエリザベートが並び立つと、身長的につり合いがいい。

 見た目も二人ともカッコいいので、ヴィクトリアは自分の見た目の幼さというコンプレックスが刺激されたのだが、決して二人の会話に割り込まなかった。

 「トリアのそういうところが可愛くてな、赦せ。トリアは可愛いだろ? フォルクバルツ卿」

 「……」

 アレクシスは言葉にしなかったが、ヴィクトリアを見て手を差し伸べる。

 ヴィクトリアは素直にタタっと走り寄って、アレクシスの手を掴む。

 彼の手を掴むヴィクトリアを見る視線が、言葉よりも雄弁に物語っているのを、エリザベートは見た。

 ヴィクトリアの魔力、発想力、行動力……能力はどれも素晴らしいものだが、ただそれだけを評価しているだけではなさそうだとはっきりとわかった。

 現皇帝、父親の、ヴィクトリアを任せる人選に間違いはなかったとエリザベートが納得した瞬間だった。

 「じゃあ、トリア、例の計画はわたしが第二直轄領に戻り次第、連絡を入れる」

 街の街門が開く。

 エリザベートは馬車に乗り込み、ウィンターローゼを発った。

 第七師団の護衛はお忍びだからいらないといったのだが、アレクシスは部下に通達しており、馬車を囲む一個連隊も一緒に街門をくぐっていった。

 「フランシスさんたちが護衛をしてくださるんですね」

 「殿下の姉上であり、次代皇帝の方をお忍びだからと護衛もなしで送るわけには参りませんので」

 エリザベートの魔力なら、例え魔獣とかち合っても問題はないのは理解している。

 護衛はなしでというのは、言外に、護衛は逆に足手まといだからと言われているように感じてしまった部分もある。

 「確かにエリザベート殿下なら、護衛をつけずにどこにでもお忍びでお出かけできますが……」

 「ありがとうございます。黒騎士様。エリザベート姉上は、賑やかなのが好きなので、きっと護衛をつけてくれて内心嬉しく思ってるはずです」

 ヴィクトリアはそう言った。

 そしてアレクシスを見上げてにっこり笑う。

 「殿下」

 「はい?」

 「ちょっと失礼します」

 「はい? わあ」

 アレクシスがいつものようにヴィクトリアを片腕で抱き上げる。

 

 ――成長期だ。案ずるな。


 そうエリザベートは言ったものの、彼女の身長体重も抱き上げてみて以前と変わらないものだ。

 「い、いきなりどうしたの? 黒騎士様」

 本人を前に成長期だと聞かされたので体重を測ってみたかったと言おうものなら、「一応わたしもレディです! 体重を測るなんてひどい!」とか言って不貞腐れそうなので、アレクシスはどう答えたらいいものか逡巡する。

 「……高い目線で姉上様をお見送りされたいのかと思ったもので」

 「黒騎士様……一応わたし、レディです。子供ではないのです」

 これも不味かったなとアレクシスは思う。

 だが。

 「でも、これはこれでいいと思うので」

 ヴィクトリアはアレクシスの頬にキスをする。

 「問題ありません」

 ヴィクトリアは悪戯が成功したように笑った。



 

 収穫祭は無事終了した。

 シュワルツ・レーヴェが冬の企画、雪まつりに向けて動き始める。

 しかし、その前に、エリザベートが言い残した、鉄道線路の作成の知らせが、一人の訪問者と共に、やってきた。

 ヴィクトリアとアレクシスが、雪まつりについてどの時期での開催がいいのか執務室で相談していた時、執務室の横にある転移魔法陣が魔力の光を零していた。

 

 「殿下……転移魔法陣が……」

 「……」

 

 引き戸がスーっと開いて、顔をのぞかせたのは、銀髪に丸縁眼鏡をかけた女性だった。


 「あ……お邪魔しまあす」

 「……ようこそ、姉上……」


 この転移魔法陣は皇族限定で使用できる。

 しかしアレクシスには、この転移魔法陣を使用したこの人物が皇族なのか……見覚えはない。

 だが、たった今、ヴィクトリアは姉上と言った。

 エリザベートがお忍びから帰る際に言っていた言葉を思い出す。


 ――近々もう一人、身内が訪れるだろう、転移魔法陣を使って。


 ヴィクトリアの姉……。

 エリザベートもヒルデガルドも、マルグリッドもグローリアも顔は認識している。

 だが一人だけ、顔をしらないヴィクトリアの姉上……。

 ……第四皇女シャルロッテだった。

 公式的には病弱と言われ、姿を現さないと貴族たちからは囁かれている人物。

 もちろんアレクシスも初対面である。

 皇城にいる貴族たちも侍女も近衛からも、第四皇女のお姿はあまりみかけないと言われているぐらいだ。

 

 「馬車で来てくださいって、言いませんでしたっけ?」


 ヴィクトリアはそんなことを引き戸から顔をのぞかせている姉に向かって言った。


 「エリザベートお姉様から、急ぎでよろしくって言われてたんだもーん、だからこれ使っちゃった」

 「エリザベート姉上?」

 

 うんうんと彼女は首を縦に振る。

 そして、彼女はアレクシスの方に視線を向ける。


 「初めまして、黒騎士様」


 引き戸から、執務室へと彼女は足を踏み入れる。


 「私が、ヴィクトリア4番目の姉に当たるシャルロッテです」

 

 魔導具開発局の服とローブをまとったヴィクトリアの姉……。

 ローブの裾をドレスにのようにつまんでカーテシーをして見せる。


 「シャルロッテ殿下……?」

 

 アレクシスの言葉に、ヴィクトリアは頷く。


 「4番目の姉上です。その魔力というか能力というかちょっと特殊なので、病弱だから表に出ないと父上がそう国に知らせている人物です」

 「……その制服は魔導具開発局の……」

 「です、シャルロッテ姉上は、転移魔法陣を作り、広域範囲魔法陣とかも作ったり、アイテムボックスを作ったり……天才なのです。だから魔導具開発局の顧問としてそこに出入りしてます」

 

 ドアノックがしてアメリアの声がする。

 「失礼します、お茶をお持ちしました……」

 「アメリア、一人分追加でお願い」

 ヴィクトリアはそんなことを言う。

 アメリアが「かしこまりました」とドアの外で告げ、しばらくしてまたドアノックがなされて執務室へ入ってくる。

 「あ、ロッテ殿下……」

 「アメリア。聞いてよ。トリアちゃんが冷たいの。エリザベート姉様から緊急でって言われてたから使ったのに、馬車で来なかったって怒るの」

 アメリアはシャルロッテに泣きつかれた。

 「アメリア殿はシャルロッテ殿下をご存じだったのですか?」

 「多分、専属侍女で魔導具開発局顧問とシャルロッテ姉上が同一人物だって知ってるのはアメリアだけです。すっごく仲良しです」

 「先にこちらへお忍びで参られたエリザベート殿下が馬車を使用していたから、ロッテ殿下もそうしてほしかったのでは?」

 「だって。めっちゃ緊急っていうからさあ。ヴィクトリア、明日だって」

 「?」

 「明日決行だって。鉄道制作」

 そういって、シャルロッテは自分のアイテムボックスから薄い金属のカードをヴィクトリアに渡す。

 「何ですか? これ……」

 「スマホ」

 「……とうとう完成されたんですか?」

 アメリアが目を瞠る。

 シャルロッテは得意げに笑う。

 「動力が魔力だから貴族限定、魔石は魔力の伝導率がいいんだ」

 渡されたヴィクトリアはそのカードを手のひらに乗せて、見つめる。

 「通信機だよトリア」

 「通信機!」

 「これでエリザベートお姉様とお話できるよ」

 「え、どうやるのです? これ!」

  シャルロッテがヴィクトリアの後ろに回る。

 「そのガラス面の下にあるボタンを触ると、電源が入る」

 シャルロッテの言う通りにヴィクトリアはボタンをおした。

 「で、このマークを指で触れる、そしたらエリザベート姉様の名前が出てくる」

 「はい」

 「名前に触れて、このマークをまた、タッチする。耳にカードをあてて、そうそう」

 そうすると不思議な音が聞こえる。

 「なにか聞こえます」

 不思議な音が途絶えた。


 『トリア?』


 カードからエリザベートの声が聞こえた。


 「姉上!」

 『これが鳴ったということは、そこにシャルロッテがいるわけだな』

 「はい」

 『要件のみを先に伝える、天候条件から明日、鉄道の線路を作る。魔術展開を双方向から開始するから、いまお前が手にしている機械が必要だった。わたしからシャルロッテに頼んだのだ』

 「そうだったのですね……」

 『この通信機があれば、魔術展開がほぼ同時で行われて、線路も途中でつなげられるだろう?』

 「でも、明日ということは、ニコル村からじゃないんですね」

 『ああ。ニコル村は先日視察させてもらったところまだ再開発途中だからな、線路は来年でも問題ない』

 「わかりました、では明日、予定地に何時ごろ?」

 『昼過ぎでいいぞ、一日晴天だからな。雨天だと魔術の展開する方も、出来具合もちょっと微妙な感じだろうから』

 「はい」

 『シャルロッテにその間、街を見せてやれ。では、明日な』

 そういってエリザベートからの通信は途絶えた。

 ヴィクトリアはシャルロッテに振り返り、その首に縋り付く。

 「ロッテ姉上、天才!」

 末の妹にそう甘えられて、シャルロッテは相好を崩す。

 「トリアにそう言われたくて頑張っちゃったよー、今日は街を見学させてもらってもいいかな?」

 「はい!」

 「ああ、案内はいらない。誰もわたしを第四皇女とは思わないからね、大丈夫」

 「え、ダメです」

 「なんで」

 「だって、姉上、勝手に手を加えたりしそうですから」

 「……信用ないのね。ところでトリアは何をしてたのかな?」

 「雪まつりの催しの企画です」

 

 「雪まつり、いいねいいね~ここ鉱山から粘土とれるもんね~」


 「え?」

 ヴィクトリアは小首を傾げる。

 「え?」

 シャルロッテも小首を傾げる。

 「雪像の土台っていうか、型、粘土で作ってそこで雪乗せるんでしょ?」

 妹がそれを知らないとは思っていなかったらしい。

 「雪像ってそうやって作るの?」

 ヴィクトリアはキョトンとした表情で尋ねる。

 「わたしの知ってるのはそういう作り方。土台作ってやろうか、お姉ちゃんが。お姉ちゃんお願いって言ってみて?」

 「お姉ちゃんお願い」

 アメリアは、またこのノリかという表情でヴィクトリアとシャルロッテを見つめるのだった。


 翌日、ウィンター・ローゼの街門を抜けて、少し離れた場所にヴィクトリアとシャルロッテ、そしてアレクシス率いる第七師団と工務省の一部スタッフが揃う。

 魔法陣のスクロールを地面に広げ、いつものように羽ペンで魔法陣をなぞっていく。

 『トリア、魔法陣のトレース終わったか?』

 トレースを仕上げると、同時に昨日シャルロッテから渡された通信機が鳴る。

 ヴィクトリアはそれを受信するとエリザベートの声が聞こえてきた。

 「はい、終わりました。姉上」

 『よし。じゃあ始めるぞ』

 ヴィクトリアは息を吸い込み、地面に手を付ける。



 ――『「長距離範囲魔術式展開っ、人の住む街と街を繋ぐ道となれっ、|線・路・作・製(ロング・レールウェイ・クリエイト)!」』



 魔法陣が銀色に光り出す。

 数メートル置きに支柱がドオンと音を立てて成型されていく。

 そしてその支柱をずっとつなげていくように橋が架かっていく。

 魔法陣の光を纏いながら。

 地平線の向こう側までそれは続いていくようだった。

 支柱の立ち上がる音が響きが遠くなり、その橋が支柱を追うように伸びていく。

 支柱の音が聞こえなくなった。

 それでもヴィクトリアは魔力をずっと流し続けている。

 

 ――……うん……なんとなく、姉上の魔力が近い感じがする……あ、これ。


 ヴィクトリアがエリザベートの魔力をなんとなく感じること数分遅れて、ゴオオンと激しく何かがぶつかり合う音がした。


 『成功した、つながったぞ、トリア』

 「はい……わたしにもわかります……つながった……せん……ろ……」


 そう呟いて、地面に手をついたまま、ヴィクトリアは立ち上がらなかった。

 ゆっくりと地面にヴィクトリアは近づく。

 蹲るようにして、ヴィクトリアは地面に倒れ込んだまま意識を失ったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る