第34話「姫様ー! 領主様ー! ニコル村も漁獲祭だべー!」



 「姫様ー! 領主様ー! ニコル村も漁獲祭だべー!」

 「ニコラスさん!」

 ニコラスを始め、ニコル村の村人もヴィクトリアの一行を歓迎する。

 「道がよくなって、おらたちの村の連中もウィンター・ローゼに行きやすくなっただ! ウィンター・ローゼの収穫祭の出店に参加できたで、たくさんの商隊の人に、おらたちの村の名前も覚えてもらえたみてえだよ!」

 「初日に出店にいる人に声をかけました! みんな運んできたお魚や貝を焼いてて、たくさんの人に食べてもらってましたよ、姉上にも!」

 いつものように明るく元気なヴィクトリアの対応に、村長も村人もうんうんと頷いていたが、一番最後の言葉に動きを止める。


 「姉……上……」 

 「姫様のお姉さん……」

 「というと……どの……お姉さんだべ……?」


 「一番上のエリザベート姉上です! 一緒に来ました!」


 ぱっと手のひらを翳して、姉、エリザベートを村のみんなに紹介する。

 

 「ラスボス感満載だな……エリザベート殿下……」

 ルーカスはポツリと呟く。

 「次代皇帝キタコレな感じですね……」

 アメリアも頷く。


 「ええええええ、エリザベート殿下っ!!」

 

 まさに土下座しそうな村人たちを、エリザベートは手で制する。


 「よい、公式訪問とは違ってお忍びだ。ヴィクトリアの姉の一人として村を訪れただけだ。なに、末の妹がシュワルツ・レーヴェはいいところだとしきりに褒めているのでな、普段どおりで構わんぞ」

 「は、はい」

 どうしよう、とニコラスはアレクシスに視線を送る。

 「殿下の仰るとおり、普段のままで、いいぞ、ニコラス」

 「は~びっくりしただ~」

 「姉上は結構気さくです、領民のことをよく考えてご自身の領地を繁栄させてます、帝位第一継承権の次代皇帝とは今は思わず、わたしの姉に、この村の良さを紹介してください!」

 ヴィクトリアの言葉にニコラスは気を取り直す。

 先月の視察が終わってからヴィクトリア殿下の体調がときどきすぐれない様子だというのはこのニコル村にも伝わっていた。

 この収穫祭、漁獲祭で、美味しいものを食べてもらって、殿下に元気でいてほしいと領民たちは思っているのだった。


 「んだば、こちらへどうぞ! ニコル村漁獲祭、魚市場での大魚の解体、これから始めますだ!」

 ニコラスは気を取り直して、ヴィクトリアとエリザベートを市場へと案内する。

 市場の中にこの漁獲祭の為に設えた解体用スペースの前に案内する。

 解体用スペースには大きな魚がドーンと鎮座していた。


 「この板に乗ってるのは200kg級のトゥーンフィッシュいうだ、解体するのはトゥーンフィッシュを取り扱って20年のベテラン、ヘルムートだべ!」


 ヴィクトリアが設置会場の最前列に座って、キラキラした瞳で、魚を見て「すごおおい大きい!」と声を上げる。

 皇族の皇女ではあるがヴィクトリアのその無邪気さに、魚同様、固まっていたヘルムートは緊張から解けたようだった。

 そして気合を入れるように、両手でパンパンと自分で自分の頬を叩く。


 「じゃあ、姫様、はじめるだよ!」

 

 ヴィクトリアはパチパチと拍手をするとエリザベートも妹と一緒に拍手をする。

 その二人の拍手で連鎖的に会場が拍手に包まれた。

 解体用スペースの奥にはトゥーンフィッシュの絵が描かれており、食材となる部分が誰にでもわかるように図解されている。

 牛刀でしっぽと頭を落とした。


 「頭の部分は食べられる部位も、実は多いですだ。この頬肉は旨いだよ」


 そんな説明をする。


 「今までは、卸して、加熱調理が主流でしただ。でも、春先に海の向こうの大陸から商隊が偶然来て、生で食えると教えてくれただ」

 「生!?」

 「その時に、今まで知らなかった生で食べる魚に合う調味料さもろただ、使ってない封をあけなければ一年ぐらいならもついわれてるだで、この日の為に、取っておいただ」

 

 頭としっぽを落とした大きなトゥーンフィッシュの頭の部分から刃先をぐっと入れて、中骨にそって三枚におろしていく。

 

 「殿下、このスプーンさもって」

 

 ニコラスにスプーンを渡されるヴィクトリア。

 中骨の部分を指し示すヘルムート。


 「殿下、この骨についてる身の部分掬ってみるだ」


 ヴィクトリアは興味深々に、大きな中骨を前にして躊躇わずにスプーンを示された部分に当てて、身をこそぎ落とす。食べてみるだとヘルムートが頷く。

 そしてそれを口にする。

 食べた瞬間にヴィクトリアは目を輝かせる。


 「お肉みたい! このお魚、お肉みたいな味がします、姉上も黒騎士様も!」


 ヘルムートがスプーンをエリザベートとアレクシスに渡す。

 そしてこの骨の部分ですといわれたところについている身を、スプーンでこそぎ落として、それを食べる。


 「これは……」

 「肉だな……」 


 二人とも驚いたような表情だった。


 「中落ち言いますだ、まだまだ、美味しいところはあるだで」


 半身になった二枚をさらに縦に割る。

 これでトゥーンフィッシュの解体が終了。

 好みの部位をこの五枚に卸した部分から分けるとニコラスが説明する。

 

 「味の違いさ見てもらうため、各部位から少しずーつ、試食してみてけろ。これは殿下達がここへ来る前に解体した奴だが、その他国からきた珍しい調味料で漬け込んでただ」

 赤茶色になっているそのひと切れ、その下に小さな穀物がある。


 「これをサーハシャハルの穀物をたいたやつの上にのせて食うと旨いだ。トゥーンフィッシュの中で一番庶民が食べる部位だで」

 「んー何これ、何? この調味料とお魚のしっかりした味と、あとこれ、サーハシャハルの穀物ってライスですよね?」

 「赤身いうだよ、赤身を漬け込んだのでヅケいうだ」

 「この調味料が、春先にきた他国の商隊が持ち込んだものなのだな?」

 アレクシスの言葉の後に、エリザベートがポツリと呟く。

 「醤油だな」

 その一言にヴィクトリアは姉を見上げる。

 「え? 姉上知ってるのですか?」

 「サーハシャハルにもあるらしい。自作してるのか、このニコル村に持ち込んだ商隊の国と流通しているのかは、わからないがな。さすが大陸一の海運国だ。しかしこの辺境でこれを目にするとは思わなかった」

 「醤油……不思議な味……お魚にすごく合う」

 「んだ」

 「次は、これだで、この腹の真ん中部分からちーとばっかし下の部位。食べてみなっせ殿下と領主様はこれもちょっとつけるといいだよ?」

 醤油の入った小皿にグリーンのハーブを練ったようなものがついている。

 「フォルクバルツ卿、その緑色のヤツはほんの少しにしておけ、味が締まるが刺激が強いからな」

 「これもご存じですか?」

 「まあな」

 ヴィクトリアは次に勧められたピンク色の一切れを口にする。


 「!」


 「どうですだ?」

 「口に入れたら、溶けました!」

 「はははは、溶けたべ? 油が赤身よりあるだよ、でも赤身が持つ魚のどっしりとした味も残ってる、その触感と味から中トロいいますだ」

 「身の油が濃厚だからな、ワサビがあると締まるんだ」

 エリザベートは外交関係で他国にも足を運んでいる。

 大陸一の海運国であり第五皇女グローリアの嫁ぎ先のサーハシャハルでこれらを食したことがあるのかもしれないとヴィクトリアは思う。

 「ワサビって、その姉上と黒騎士様のお皿に乗ってる緑のハーブ?」

 「まあ……ハーブなのかな……たくさんつけると鼻と目にクルぞ。子供には刺激が強い味だ」

 「ちょっと待って姉上! わたし一応16歳なんです! デビューした大人です!」

 ぷうと頬を膨らませる。

 アレクシスがほんの少しワサビをつけた中トロをヴィクトリアに差し出す。

 「黒騎士様、あーん」

 つまりそのまま口に入れてとヴィクトリアがせがむ。

 いや、16歳の大人はしないだろうと横でエリザベートがぼやくが、婚約者だからいいのですと言い返してきた。

 アレクシスが一切れフォークでヴィクトリアの口の中に入れた。

 濃厚な味が口の中に広がるが、ワサビ付きはまた違ったようだ。

 「んん~ずるい~美味しい~」

 「ヴィクトリア、大人の味覚があったのか」

 「だから大人なんです! ピりっとしてて美味しい! 甘い身が引き締まるって本当ですね!」

 「だべ? さ、それよりさらに、甘い部分ですだよ」

 今度はヴィクトリアもちょっぴりワサビを点けて、さっきよりも更に薄いピンク色のをした一切れを口にした。

 「んー何、すごいこれ、さっきの中トロってまだお魚の身の味が残ってましたけど、これ、これ、さらにお肉!!」

 「大トロですだ」

 「美味いな……卸したては鮮度が違う、これ持って帰っていいか? メルヒオールとマルグリッドの土産にしたい」

 ヘルムートが心配そうに言う。

 「劣化が早いですだよ?」

 「問題ない、アイテムボックス持ちだ」

 「あ、さすが殿下、それを持ってただか、なら大丈夫だべ、鮮度はその中ならそのままだあ」

 「うふふ、マルグリッド姉上とメルヒオール義兄様、きっとびっくりしますね!」

 「早く鉄道つなげろとせっつくこと間違いなしだ」

 「アイテムボックス持ちなら、殿下、これもお土産に持ってってくだされ」

 ヘルムートは切り落とした頭の部分の皮をそぎ取り頭の身の部分を切り取っていく。

 「ハチノス、脳天ともいうだ。この大きさでこれぐらいしか取れない貴重なもんだども、ここの劣化も早いんで」

 「すまないな」

 切り取った各部位を包んでエリザベートに渡すと、エリザベートはそれを自分のアイテムボックスにしまう。

 この後もカマの部分の塩焼きだとか、尾っぽの身のソテーとかが試食としてだされた。

 この漁獲祭の解体ショーで卸した部位は村のみんなで破格で買い取りが行われる。

 この売買が漁獲祭を盛り上げていた。

 ちなみに、この後日、ヘルムートにはエリザベートから名前が刻印された立派な包丁が贈られたらしい。 


 ヴィクトリアとエリザベートは漁獲祭を楽しんだ後、先月ヴィクトリアが掘削した温泉を引いた公衆浴場の建設を視察した。

 工務省建設局のスタッフもこの日は漁獲祭を楽しんでおり、代表としてコンラートの部下であるエルンスト・アレンスが案内していた。


 「エルンストさん、みんながお休みのところ、案内でごめんなさいね」

 

 ヴィクトリアはそう言うとエルンストは両手を振った。


 「いえいえ、両殿下のご案内を任されてわたしも先ほどの魚の試食をさせていただきました、逆に役得でしたよ!」

 「美味しかったですよね」

 「はい、とっても! さて、先日殿下が掘削してくだされた温泉ですが、まずはここに、ニコル村の住人が利用できる公共の公衆浴場の建設を開始しました。ここは新たに再開発で商業地区となります」

 エルンストは再開発用の地図を広げ、ヴィクトリアとエリザベートに説明を開始する。再開発の商業地区の一区画に、宿泊施設等のエリアを用意している。

 「とりあえず、殿下がいうように、村人の公衆浴場の建設を先にしてます」

 「はい、住んでる人が少しでも利用できるように、一番に建設してもらいたかったのです」

 「商業地区の方はまだまだですが、食だけではなく雑貨や服など店舗が入るようにとのことでこういう感じで」

 地図と立地現場を見合わせながら解説していく。

 その解説を聞きながら、エリザベートとヴィクトリアは鉄道の終着駅にするべき場所を検討するのだった。


 

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