第33話「わたしも早く花嫁衣裳着たいな!」



 官公庁や農業地区、居住区を案内し、商業地区のクリスタル・パレスを姉であるエリザベートに案内する。

 「すごいな、トリア、ガラス張りのこれだけ大きい建築物を建てたのか、これを見るだけでも来た甲斐もあるぞ」

 「領主館の温室やコンサバトリーの出来が良くて、わたしも感動してたのですが、その日、農地開墾をしたら、ナナル村出身のトマスさんが、南国の果物も作ってみたいって言ったのがきっかけです」

 南国のフルーツを試食できるコーナーに群がっている。

 「食べ物だけではなく、観賞用の花なんかもここで育ててます」

 「農業地区にもあったな、ガラス張りのこれより小さい建物」

 「試験的なものですが、時季をずらして普通の野菜が作れるか試しています、この冬で成功したら少し増やすかもです」

 「温泉の熱を利用しているのか」

 「せっかく掘りましたから、有効に使わないと勿体ないでしょ?」

 元ハルトマン領に送られてきた粘土や珪砂……。

 それを見た、元領主の代行の反発とメルヒオールのやり取りをエリザベートは思い出していた。

 あんなものを送って寄こしてと、元領主の代行が影で毒づいていたのをエリザベートは知っている。

 しかし、彼が言うあんなもので、この末の妹は、この地で観光と実用を兼ね備えたこの建築物を建てた。

 元ハルトマン領にも、そのままあるものを受け入れるのではなく、そこから作り出す力が必要なのだ。

 人選をして、この領地のこの工業地区を見学させるべきかもしれないとエリザベートは思った。

 そんな感慨に耽っていると、子供たちがヴィクトリアに声をかける。

 「お姫様だー」

 「ヴィクトリア殿下ー」

 ヴィクトリアはその声の方へひらひらと手を振って、姉を案内する。

 「一見の価値ありだな。冬の辺境地に常春の温室か……すごいぞ、さすが私の妹だ」

 「姉上を見習ったのです、だって、姉上はみんなの声を聴いて私領をあんなに活性化させたんですもの、単純に真似っ子です。そうだ、姉上、今日は、このウィンター・ローゼの貴賓館に是非泊まって! それでお願いがあるの! えっとね、まだ貴族の人はここに足を運べてないでしょ? グラッツエル伯爵は泊まってくれたのですが、すぐに家を購入してしまったの、で、貴賓館の接客対応とか食事とかそういうのが、貴族の人を観光でお迎えしても問題ないか、いろいろ見てほしいのです」

 エリザベートはヴィクトリアの頭に手を当てる。

 「聞いたか? フォルクヴァルツ卿、ヴィクトリアは、使えるものは、次代皇帝だろうと使うのだ」

 「だって、黒騎士様の領地、すごいって思われたいの! この国のみんなに!」

 「……」

 「この領地のみんなが、いつも元気で頑張ってくれるいい領地にしたいの!」

 ぐっと握り拳を作って姉を見上げる。

 もしも、自分に何かあった場合、結婚もせずに世継ぎがいない場合、五人の妹達の中で後継を選ぶなら、エリザベートはこのヴィクトリアにすべてを託すだろうと思った。






 翌日、オルセ村の収穫祭にヴィクトリアはエリザベートを連れて訪れた。

 オルセ村への道中も、秋の気配で森が緑から、黄色や赤に葉を色づかせていて、その様子を見るヴィクトリアははしゃぎまくりだった。

 オルセ村につくと村人たちが、一行を出迎える。

 「姫様~」

 白い花嫁衣裳を着たニーナが元気よくヴィクトリアに手を振る。

 村人の花嫁衣裳だからドレスというわけではないけれど、いつも狼二頭を引き連れて狩りを行う彼女にとっては最上級のおめかしだった。

 「ニーナさん! 素敵! 綺麗!」

 ヴィクトリアはニーナの手を取る。

 「えー、なんか普段着なれない裾のある服だから、違和感あるんですよ」

 白い裾のあるスカートを指でつまみながらニーナはそんなことを言った。

 「でも! 一生に一度の結婚式ですから! 素敵ですよ、いいな、いいなあ~、わたしも早く花嫁衣裳着たいな!」

 そのヴィクトリアの発言を聞いて、エリザベートはアレクシスを見ると、彼はいつものように表情がないかとおもいきや、ヴィクトリアの発言に苦笑していた。

 司祭役の村長が花嫁を促す。

 広場の中央の噴水の前に即席の祭壇を設え、その前に、ヘンドリックスとニーナが並んだ。

 ニーナは花嫁衣裳だが、ヘンドリックスは軍服だ。


 「この収穫祭の良き日に、この村の者が結婚の誓いをします。ヘンドリックス・ブラウトは、ニーナ・ローエを妻とし、病める時も健やかなる時も、これを助け、これを敬い、愛することを誓いますか?」

 「はい、誓います」

 「ニーナ・ローエはヘンドリックス・ブラウトを夫し、病める時も健やかなる時も、これを助け、これを敬い愛することを誓いますか?」

 「はい、誓います」


 普段の田舎訛りではなく、司祭風に厳かな感じで話す村長。

 参列している者も、厳粛な気持ちで、式に臨んでいた。

 「指輪の交換を」

 村の小さな子供が指輪が二つ入った箱を持ってきて、二人の前に小さな腕を伸ばす。

 「ありがと」

 そう小さく呟いて、ヘンドリックスがニーナの薬指に指輪をする。

 ニーナも同じように、子供にお礼を言って、もう一人の子供にブーケを預かってもらい、ヘンドリックスの指に指輪をはめた。

 そして子供からまた、ニーナはブーケを受け取った。


 「では、誓いのキスを」


 「え?」

 「えー! 省略って村長言ったじゃないですか!」

 

 ニーナもヘンドリックスも、ヴィクトリア殿下やエリザベート殿下も参列されているので誓いのキスは省略という事前の打ち合わせをしていたのに、村長の言葉に二人は驚きの声をあげる。


 「はよ、したらええべ。もたもたしてっと、収穫祭終わっちまうだよ」

 村長は片目をつむって、そんなことを言う。

 「そうだそうだー! 豚の丸焼きが焦げちまうぞー」

 「猪の鍋も出汁が沸騰しちまうぞー」

 「わしゃ、はよエールが飲みたいんじゃあああ」

 「早く、早くー!」

 「ちゅーしないと!」


 リングを持ってきた子供がそんなことを呟く。

 村人もはやし立てる。

 それを聞いて、ニーナはもだもだしていたが、ヘンドリックスがニーナの腕をつかんで唇にキスを落とすと「わあ」とか「おお」とか声がして拍手に包まれた。


 「一組の夫婦の誕生です。オルセ村の収穫祭、始めるだよー!」


 村人たちがわあっと歓声を上げて、それぞれの持ち場に散る。

 肉を焼くもの煮物を出す者、エールを配る者、楽器を持ち出して奏でる者。

 賑やかに楽しく、ニーナとヘンドリックスを祝い、祭壇に供物を捧げている。

 そこへ、小さな灰色の影がタタッと足元を横切ってくる。

 ヴィクトリアの前で止まって、ワンとアンの間をとった鳴き声をしきりに上げる。

 「あら……この子」

 ヴィクトリアはその灰色の子犬を抱き上げる。

 「アッシュ! 久しぶり大きくなった! 手のひらサイズだったのに!」

 しっぽをパタパタさせて、『アン』と返事をする。

 「でもまだ抱っこできる大きさ、可愛い~。覚えててくれたの?」

 「アン」

 「収穫祭の美味しそうな匂いにつられてやってきたのね?」

 「違うって、いってます」

 ニーナはアッシュの言葉をヴィクトリアに伝える。

 「ヴィクトリア殿下の匂いがしたから、きたんだって!」

 「えー本当? 嬉しい、アッシュ可愛いー!」

 ヴィクトリアはアッシュをギューと抱きしめる。

 そんなヴィクトリアに黒騎士がグラスを渡す。

 「え? 何?」

 ヴィクトリアはキョトンとするが、傍にいる姉が、グラスを見つめる。

 「ヴィクトリア殿下とエリザベート殿下には、こちらを是非と、村長が」

 「エール……じゃない?」

 「シードル……リンゴ酒だな、このグラスも洒落ている」

 エリザベートが言う。

 もちろん、グラスもここにいたゲイツが作ったものだ。

 「シードル! リンゴ酒!!」


 「みんなさー、エールとかシードル持っただかー?」

 「持っただよ!」

 「んだば、姫様、乾杯の音頭お願いしますだ」

 「わ、わたし!?」

 「んだ、領主様にお願いしたらば、姫様の方がええと」

 「黒騎士様……」

 「ぜひ、殿下にお願いしたいのです」


 ヴィクトリアは一瞬ためらうが、アッシュを降ろして、グラスを軽くあげる。


 「では、オルセ村の今年の豊作とニーナさんとヘンドリックスさんのご結婚を祝って!来年のそのまた次の年も豊作であるように祈って、乾杯!」


 『かんぱーい!!』


 ところどころで、エールのジョッキが互いの縁を合わせ、ゴツっと音を立てている。

 ヴィクトリアもエリザベートとアレクシスのグラスを合わせたそうにしていた。

 貴族としてはマナー的には問題があるが、周囲の楽しそうな様子を見てやってみたくなったらしい。

 エリザベートはそんなヴィクトリアの様子を見てヤレヤレと肩をすくめて、「この場だけだぞ」と呟く。

 ヴィクトリアはうんうんと頷く。

 カチンとグラスの縁を当てる。

 「黒騎士様も!」

 アレクシスもグラスの縁を当てる。

 「さすがゲイツさん、グラスも素敵、いい仕事してます」

 「ゲイツ?」

 「多分、このグラスを作った人です。現在、ウィンター・ローゼの工業地区で技師長をしてます。クリスタル・パレスのガラスも作ってくれました」

 「……いい人材持ってるな……」

 「うふふ、姉上、それ、飲んでみてください」

 ヴィクトリアに勧められて、シードルを口にすると、エリザベートは目を見開く。

 「美味しいでしょ?」

 「驚いた……確かに、高い香りと細かな泡が、しかも色も綺麗だ」

 「シュワルツ・レーヴェは食の領地です、でも国全体にそれを知らしめるのに、圧倒的に農業、畜産の事業者が足りないです」

 「わかった、ハルトマン領……第二直轄領でも農業をしたい者がいれば勧めよう」

 「お願いします」

 「ですが、ここの冬は厳しいです。それは予めお伝えください」

 アレクシスの言葉に、エリザベートは「了承した」と呟く。

 「それまではこの良質な食料は、一定の貴族ご用達として流通させたいのです」

 「……そうだな、そのほうがいいだろう」

 ヴィクトリアは安心したようだ。

 「時にトリア、このシードル、流通させる時は私が買い占めるぞ」

 「姉上……」

 「気に入られたようですねエリザベート殿下」

 「うむ。このグラスを作った者に、これに合う洒落たビンを作らせておけ、ラベルのデザインは……」

 「もちろんシュワルツ・レーヴェの領旗にします!」

 ヴィクトリアはすぐさま提案する。

 エリザベートはうんうんと頷く。

 その様子を見て、アレクシスは内心「やはり……ご姉妹……」と呟くのだった……。



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