第32話「今年できたこの街、ウィンター・ローゼの最初の収穫祭です!!」



 ハルトマン領の執務室で、メルヒオール・フォン・フュルステンベルクは、部下の戸惑いの表情を見て、それがどうかしたのか? と小首を傾げる。

 「だって、シュワルツ・レーヴェの鉱山から送られてくるのは、もしかしたらこのハルトマン領……じゃなくて第二帝国直轄領でも産出できる素材ですよ?」

 「ふうん……ここでも産出できるんだ? どれぐらい? 数字は?」

 「え……」

 部下が一歩後ずさる。

 「もしも、シュワルツ・レーヴェより多く産出できるならそれは重畳なんだ。そしたらあそこからは食料だけでいいしココで作成される製品売り付けることができる、植物はこの地は無理だからね、綿花はウチの領で採れるからウチの領は万々歳だけど」

 「それは……」

 「まあ、あれだよね、農業収益から工業収益に切り替えるのってなかなかこう戸惑うよね、でも」

 メルヒオールはデスクの上に乗ってるティーカップを掲げて見せる。

 「これを大量に作るんだよ?」

 「……あの素材で……」

 「うん、建築の資材にもなるだろ? それこそ辺境北部にはこういった食器、少ないよね、ここの村でも木皿とかじゃないかな。皿、カップ、壺、あとは本当に飾りモノとかもいいよね、貴族が使うような高級品は手工業でもいいけど、民間に行き渡らせるには大量に生産させるから機械化するんだよ? で、どれぐらい産出できるのかな?」

 「し、調べてまいります」

 「詳細な数字あげてねー」

 ひらひらとティーカップを持たない手を振って部下を見送った。

 ドアが閉まるところまで見送って、メルヒオールは呟く。

 「領主不在時、領主の代行として自由に甘ーい汁を吸ってきていたツケは高いよ」

 「過労死させるなよ?」

 デスクに座るのはエリザベートだ。

 いまのやり取りを書類に視線を落としたまま彼女は一部始終聞いていた。

 メルヒオールはニヤリと黒い笑顔を浮かべる。

 「使えるところまで使ってもいいってことですよね殿下」

 「マルグリッドを嫁にするだけはあるな、その笑顔黒いぞ」

 「それにしても鉱山から送られる物資リストのトップが、これだったのは驚きですがね、さすがヴィクトリア殿下、末っ子気質。エリザベート殿下やマルグリッドの妹だけあってちゃっかりしてる」

 「よかったな、頼れる義妹で」

 「義兄としては身の引き締まる思いですよ。紡績の方は形になって、始動しています。魔導開発局と工務省が工場の建設がほぼ完了したと」

 「うむ」

 「この短時間でよくこの数の工場建設ができましたね」

 「開発局顧問が、天才だからな、メルヒオール、マルグリッドが選出したデザイナーはどれぐらいでこの直轄領に来る?」

 「二週間後ぐらいで」

 「来年の流通を見越して、例の計画を実行できそうだな」

 「シュワルツ・レーヴェ領に雪が降る前に土台を建設されるのですね」


 「そう来年の雪解けから本格的に始動だ。辺境北部とここハルトマン領……帝国第二直轄領に、魔導列車を走らせる」


 


 シュワルツ・レーヴェは、収穫祭に向けて賑わいを見せていた。

 元ナナル村の農業従事者たちが、秋の収穫に余念がない。

 農業担当者ではなくても、街の大通りに植えている小ぶりのリンゴの木が赤く色づいて、街のみんなでそれを収穫しはじめていた。

 「収穫する場所、一か所だけ収穫しないで残しておいてくださいね」

 「どうするだか?」

 「商隊とか温泉目当てで、早くもこの地に足を運んでくれる方にも、収穫を体験できるようにしたいのです」

 つまり、収穫祭だから、この地に住まない人にも、この地の農作物を収穫させて取り放題をさせようとヴィクトリアは企画した。

 「姫様~屋台の数、これぐらいになっただ~」

 書類を渡される。

 識字率が低いナナル村の村民たちだったが、このシュワルツ・レーヴェで開校されている学校で子供は毎日、大人も時折読み書きを覚え始めて、書類をだせるようにまでなっていた。

 書類といっても、出店する人の名前を連ねているだけだが。

 それでもヴィクトリアはうんうんと頷いて、「みんな字がかけるようになってきて、こういう書類もだせるようになったから、捗ります」と伝える。

 ウィンター・ローゼ全体が活気づいている。

 領主館の執務室には官僚も領民たちも入れ代わり立ち代わりヴィクトリアとアレクシスに面会を求めていた。

 その面会が途切れて一息つく頃に、ヴィクトリアがアレクシスに話かける。


 「わたし、二日目にはオルセ村に行きたい! ヘンドリックスさんとニーナさんの結婚式見たいです! いいですよね? 黒騎士様」

 「ニコル村まで足を延ばさないなら」

 「え、だめ、ニコル村もいきます。手紙きてます」


 その手紙はニコル村からの収穫祭ならぬ豊漁祭の誘いの手紙ではなく、エリザベートからの手紙だった。

 収穫祭が終わったら、一か月後はこの領地には雪が降る。

 その前に、魔導列車を走らせる土台を作ること。

 それがエリザベートからの手紙に記載されていた。

 春の雪解けから工務省がその工事に着工できるようにしたいらしいのだ。

 土台というか、鉄橋に近いその図案。

 辺境北部には魔物が多いために、地面に直接線路を引くのではなく、その高い鉄橋に列車を走らせるというものだ。

 エリザベートとヴィクトリアが双方向から魔術を展開させて作り上げる計画だった。

 「姉上たちも、このシュワルツ・レーヴェの収穫祭を見たいって! それで、ニコル村も見たいそうです」

 「エリザベート殿下が?」

 「はい。紡績の方が軌道に乗りそうなので時間がとれるそうです」

 「列車をニコル村まで伸ばすおつもりなのですか」

 「貴族の方を呼び込んで収益上げたいのと、やっぱり魚です。魚介類を内地にも運び込んで収益を上げたいです。鮮度はアイテムボックスでも十分ですけど、流通の速度が違います。ハルトマン領が仲卸の場となるなら、姉上はそこまで伸ばしたいでしょう」

 「鉱山はいいのですか?」

 「鉱山はどちらかといえば、オルセ村に近いし、ウィンター・ローゼにも近いので、今のところはいいです」

 「……今のところは?」

 「多分、将来的には、この列車、帝国に張り巡らされるはずです。その時で十分でしょう」


 アレクシスはエリザベートがよこした手紙と列車計画の資料に視線を落としたままだ。

 「……ダメですか?」


 ヴィクトリアが躊躇いがちにアレクシスに尋ねる。

 アレクシスは別のことを考えていた。

 エリザベート殿下がこの地を訪れる。

 目の前にいるヴィクトリアが、オルセ村に視察に行って情緒不安定になった時からここ最近体調を崩しやすくしている状態を直接報告するにはいい機会だと思っていた。


 「なんでも勝手に決めて怒ってますか?」

 「いいえ」

 「本当に?」

 「ええ」

 「黒騎士様、わたしにもなんでも言ってくださいね! やりたいこととか、あったら言ってください! 黒騎士様の領地なのです……わたしが勝手にしてって、怒ってもいいんですよ?」


 今更なことを言う彼女にアレクシスは苦笑する。

 この婚約時からアレクシスにしてみれば、ここは自分の領地ではなく、彼女の領地。

 皇室から降嫁された彼女の私領、持参金みたいな括りだと、そう思っていた。

 それだけこの末姫が、大事だったということなのだ。

 その彼女の体調が最近思わしくないとなれば、心配することしかできない自分が歯がゆいだけだった。


 「殿下」

 「はい」


 アレクシスはヴィクトリアの額に手をあてる。

 やっぱり少し熱いような気がする。

 ヴィクトリアは、ハッとして、アレクシスの手を小さな両手でつかみ言い募る。


 「今日は……今日は、そんなに気持ち悪くもないし、頭も痛くないし、おなかも痛くないですから!」


 ヴィクトリアは慌てて、そんなことを言う。

 しかし「今日は」ときた。

 やはり最近それぐらいは不調だったということだ。

 

 「殿下が無理をなさると、領民は悲しみますよ?」

 「あとちょっと、あとちょっとで収穫祭だし、鉄道も作るし、ほら、冬になったら雪まつりもするし、だから、だから」

 「お願いがあります」

 「はい、何でも言ってください」

 「収穫祭が終わったら、少しお休みしてください」

 「……」

 「雪まつりの雪像を作る分まで、積雪するのに時間がかかるでしょう」

 「……」

 ヴィクトリアはなんと返事をしようか迷っているように思えた。

 そしてしぶしぶ頷く。

 「わかりました……黒騎士様がそうおっしゃるなら……」

 「よかった。小さな姫を身体の調子がおかしくなるまで働かせるとは、さすが黒騎士は極悪非道の男だと思われずにすみます」

 ヴィクトリアがはっとする。

 「何それ! どこの誰ですか! 酷い!! わたしが勝手にやってるだけなのに!」

 その言葉を聞いたヴィクトリアがすぐさま反応する。

 アレクシスは苦笑した。

 

 


 そして収穫祭。

 ウィンター・ローゼの商業地区は賑わいを見せていた。

 大通りは屋台がひしめいて、人々が行き交う。

 各畜産の肉の串焼きや煮物、野菜の安売り、この地にやってきた商隊も許可さえ取っていれば、出店も出せる。

 フォルストナー商会のケヴィンがアイテム・ボックスで運んできたニコル村の海の食材も屋台に出店させている。

 小さなリンゴの実が秋の陽射しを受けて、街路樹を連なる帝国の各領の小さな領旗が飾り付けられてはためいている。

 

 「今年できたこの街、ウィンター・ローゼの最初の収穫祭です!! 豊穣の女神ディーナ様に感謝をささげます! ナナル村からここ、ウィンター・ローゼに来てくれたみんな! ありがとうございます!! 観光客の皆さんも! この辺境北部ウィンター・ローゼの秋の収穫を楽しんでください! 収穫祭始まります!」


 大通り中央で、収穫祭開始の言葉をヴィクトリアが告げると。拍手と歓声が沸き起こった。

 その様子を後ろでアレクシスと一緒に見ているのは、ヴィクトリアの姉である第一皇女エリザベートだった。

 街の者がみんなヴィクトリアに声をかけ、屋台に誘い、子供たちに囲まれる。

 そんな様子を見てエリザベートが呟く。

 

 「すごいな、フォルクヴァルツ卿、一年もしないうちにここまでにしたか」

 「わたしではなく、ヴィクトリア殿下のお力です」

 「それを赦す度量があるからこそ、この状態だろう、普通なら自分がやるべきとかやりたいとかあるだろうに」

 「ヴィクトリア殿下の為政者としての才覚は、比類ないもの、私は殿下をお守りすることこそが務めと思っております」

 「わたしだけじゃないです! 黒騎士様と第七師団の皆さんが守ってくれてるからこんなに素敵な領地になってきてるのです!」 

 エリザベートの前に、ヴィクトリアが子供たちや領民から離れて、ようやく戻ってきた。

 「お久しぶりです、姉上、すごいでしょ? みんな元気で活気があるのよ?」

 「うむ、驚いた。トリアはすごいな」

 一番上の姉に褒められて、ヴィクトリアは得意そうに笑う。

 以前だったら、子供扱いしないでくださいと、いいそうなものなのに、笑って受け流している末の妹を見て、エリザベートはアレクシスの進言、ヴィクトリアの体調が崩れやすく情緒不安定であるとの言葉を胸の中で反芻する。

 

 ――なるほどな……。フォルクヴァルツ卿が心配もするか……。


 ヴィクトリアは無邪気に、姉に街を案内し始める。

 大通りの屋台をそぞろ歩いていると声をかけられる。

 「殿下ー!」

 ふと顔をそちらに向けると、黒髪のほっそりとした美女が手を振っていた。

 娼館を取り仕切っているマリアに呼ばれたのだ。

 「あ、マリアさんだわ。姉上、しばらくお待ちくださいね!」

 エリザベートにそう言い残し、ヴィクトリアはマリアの方へ走っていく。

 マリアの傍にはテオがいた。

 収穫祭の折、鉱山の仕事を休みにして、テオ達をウィンター・ローゼに招いていたのだ。罪人にしては、破格の扱いだ。

 もちろん、随行はエドガー、第七師団に監視を任せているが。


 「テオ、マリアさんはお姉さんだった?」

 「殿下、本当に弟がとんでもないことを……申し訳ありませんでした、なんとお詫びをすればいいのか」 

 マリアが深々と頭を下げ、弟の頭に手を当てて、お前も下げろという仕草を見せる。

 「テオは多分鉱山でずっと働いてもらうことになるので、マリアさんは了承してくださいね」

 「それはもう、しかも収穫祭に休みをとって、ここまで連れてきてもらっただけでも、もう……」

 「ごめん、姉ちゃん……」

 「謝るのは殿下に謝るの! ずっとよ!」

 「はい」

 「まあまあ、せっかくの収穫祭なんだし、姉弟水入らずで、このお祭り期間を楽しんでください。といっても、マリアさんはお仕事もあるから大変ですが」

 「そこは交代でなんとかしてます、帝都で噂を聞いて、こっちに来てくれる娘も増えてますし」

 「そうなのね、でもよかったー。テオは、収穫祭の間はできるだけ団体行動で、みんなの面倒も見るのよ? エドガーさんやマリアさんのいうことよく聞いて、騒ぎは起こさないでね?」

 「はい、約束します、殿下」

 「ニコル村から取り寄せた魚介の屋台は美味しいわよ。わたしも今日は姉上がきてくれているので、案内役なの!」

 「姉上……」

 マリアがヴィクトリアの視線を追う。

 視線の先にいる人物を見て、マリアは一瞬息をのんだのがわかる。

 テオはきょとんとしている。

 マリアは叫びそうになるのを慌てて口に手をあてて抑える。

 「な、なんで……次代皇帝……女帝のエリザベート様が」

 ひそひそとヴィクトリアに尋ねる。

 その呟きを聞いて、ぎょっとしたテオは視線の先の貴婦人に視線をちらっと向ける。

 黒騎士と第七師団の数名に囲まれている人物が、ヴィクトリアの姉だと確認すると、ピシっと背筋を伸ばすのがわかる。

 「うん、声を落としてくれてありがとう、大騒ぎになっちゃうからね、お忍びできてくれたのです、お仕事も込みなんですけどね」

 「あーびっくりしたあ……」

 「ムーランルージュにも姉上、見学にいくかも」

 「収穫祭最終日、あたしが舞台に出るので殿下もよかったら」


 「はい! 楽しみにしてます!」


 ヴィクトリアは手を振って、マリアとテオ姉弟の傍を離れ、自分の姉の方へ戻って行くのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る