第31話「黒騎士様はご一緒してくださらないのですか?」


 

 ヴィクトリア達は、鉱山からニコル村へ移動した。

 勾配のある地形から時々、窓の向こう側に海が広がっているのが見えた。

 ヴィクトリアは、窓の外を見る。


 「海……すごい……大きい……三年前、サーハシャハルの海岸に行ったことがありますが、やっぱりすごいっ!」


 三年前、グローリアの挙式の際に、海を見に行ったことがある。

 海を見たのはそれっきりだった。

 あとは皇城にもどり、2年は深窓の姫君よろしく過ごし、隣国へと留学したのだ。

 留学先でも、あまり目立つことは控えた。ヴィクトリアの魔力がエリザベートと比肩するぐらい持ち合わせていると、発覚されるのを考慮したからである。

 小さな指をペタっと窓につけて、海を見ている。


 ――深い……蒼い色……黒騎士様の瞳の色みたい。


 ヴィクトリアはじっと海をみていたかと思うと、時々アレクシスを見る。


 「どうかされましたか? 殿下」

 「ううん……黒騎士様は、領地の一番最初の視察の時と、わたしがここに来る前にもニコル村には訪れていたのですか?」

 「はい」

 「やっぱり。わたしも度々訪れたい」

 「これから、何度でもご一緒します」

 「約束ですよ、黒騎士様」


 ニコル村に到着すると、ヴィクトリアは漁港を視察した。

 辺境の漁村にしては、活気があふれていた。

 漁港の近くに市場が出ている。

 多分船を使う商隊がここで商売をしているのだろう。

 「辺境の漁村にしては大きいですね」

 「ここは港に近くさみんなで最初に作った市場だで、隣の領から商隊が来て、いろんなもんが入ってくるだで、活気があるだよ」

 村長のニコラスが説明する。

 この市場の奥にさらなる市場を現在建築中だ。

 コンラートのいう、ウィンター・ローゼに負けない街にといったことがそのまま反映を始めているのが目にとれるが、この最初にニコル村の村人たちが作った市場も辺境地にしてはなかなかの規模だ。

 ニコラスの祖父が設計したらしいが、これは当時村長だったニコラスの祖父が何年か先を見越しての設計だったのだろうと工務省は見ている。

 「それに、春から領主様と第七師団、工務省がはいってきて、漁港が大きくなったのもあるだ……にしても、姫様、生臭くねえべか? 市場は魚がたくさんだで、姫様にはきついと思うとっただが」

 「生臭いのもあるけど、なんだかおいしそうな匂いもするから、不思議です」

 ヴィクトリアがそういうと、ニコラスは大笑いする。

 「市場で売ってるだ~、浜で捕れた貝とか、沖で捕れた魚さ、焼いてんべ、その匂いだべ」

 「すごい! 辺境地でもこの規模の市場はなかなか想像つきませんよ」

 「この辺境は各村で持ちつ持たれつでやってきてたべ、春夏はここニコル村はオルセ村よりも村自体は活気もあって潤うだ、税収を海のこのニコル村、鉱山近くのオルセ村で、他の村の収益をカバーして辺境のモンは助け合ってきただよ。海産物に力を入れて他の村にも分けてたりしてただよ」

 ヴィクトリアはうんうんと頷く。

 「ほい」

 小さな木皿に網焼きした貝を乗せて二コラスはヴィクトリアに渡す。

 「食べてみなっせ」

 「え? いいのですか?」

 ニコラスはうんうんと頷く。

 ヴィクトリアは串で貝の身の部分を刺して口に運ぶ。

 この辺境地にきてから、ヴィクトリアは村人が差し出す料理を躊躇わず口にする。

 これも皇城や留学先ではできなかったことだった。

 パクっと口にすると磯の香りが鼻に抜け、弾力のある歯ごたえと一緒にほのかな甘みが口の中に広がる。

 ヴィクトリアはもぐもぐしながら、目だけはキラキラして美味しいと訴えている。

 「これは、うちのカミさんたちが浜で捕ったんだ~」

 一生懸命咀嚼して飲み込むと、そう尋ねた。

 「え! 女の人も漁にでるのですか?」

 「沖にはいかねえで、近くの浜で貝とか海藻とか捕るべ。今も、潜ってるのいんでねえか?」

 ニコラスの言葉に、市場で魚や貝を焼いている男が答える。

 「あー今なら、ブルーノのカミさんが潜ってんでねえが?」

 「潜る?」

 「海さ潜るだ。それで捕るだよ。見に行くべか?」 

 ヴィクトリアは瞬時に頷く。

 ニコラスはヴィクトリアを浜の方に案内する。

 辺境というだけで、海も荒々しいのかと思っていたが、そうでもなかった。

 海へいくと、白い薄い服を着た村の女性達が何人か岩場に腰をかけていた。

 「おーい」

 岩場の女性達に声をかけると女性達は手を振る。

 「どうしただ~村長さ~」

 「領主様の姫様がおめえさんらを見たいゆうたで連れてきただー!」

 ヴィクトリアは両手を大きく振る。

 「あんれまあ~めんこいの~そっちさいくで~」

 そういうと、女性の一人が岩場から海へと潜っていく。

 「すごい、飛沫がそんなにたってない。潜ったのに、すうっていう感じで海に入りましたよ!」

 アレクシスとアメリアに振り返って、ヴィクトリアは興奮気味にそう言った。

 「小さい頃に絵本で見た人魚みたい」

 しかし、ルーカスをはじめ、第七師団の独身男性は、人魚という響きに、必要以上な幻想を抱いているせいか、心の中で「違う」「殿下、違う」「もっと人魚ってこうなんていうか」「色気が欲しいというか」そう呟いているが、ヴィクトリアはもちろん海の方に視線を向けているので彼等の心情は知るはずもない。

 海からあがってきた村人の女性に、ヴィクトリアは拍手をしてる。

 「あの岩場から、こんなに早くこの岸まで泳げるのですね」

 「んだ~領主様のお姫様だか」

 「ヴィクトリアです」

 「マーサいいますだ。海は初めてけ?」

 「2回目ですけど、海でお仕事をされている方とお話するのは初めてです、どれぐらい海でお仕事されるのですか?」

 「んー二時間ぐらいだべ」

 「そんなに?」

 「冬は寒ぐて無理だけんどなー」

 「そうですよね、ここにも雪降りますよね?」

 「時折、氷が流れてくるで」

 「氷! 海に?」

 「だで、冬は無理だべ、春から収穫祭ちょっと前、そろそろ、今年のウチ等の漁はおしめえだ。また春までは干物作ったり煮物作ったりだで」

 ヴィクトリアはうんうんと感心したように頷く。

 「さっき、市場で焼いた貝を食べました。すごくおいしかったです」

 「そうだか、えがった、えがった」


 そんな風に、村の視察を終えたころ、工務省の人間が、視察にきていたヴィクトリアとアレクシスに声をかける。

 「そろそろ、もう一つ新たな港の方へ移動されますか?」

 「はい」


 村の漁港とは離れた場所に、軍港は建設されていた。

 工務省の建設の設計図を広げる。

 軍港を含め、これから建つ温泉付きの保養所シャルロッテ曰くプレミアムリゾート。村のこれからの変更部分、それらが再開発設計図に記載されている。

 軍港は断崖を削り、そこに建設。

 やはり辺境地にしては規模が大きい。

 有り余る土地に手を入れることができるので可能となった大きさだった。

 「冬前に完成しそうですね、軍港」

 「肝心の船はまだですが」

 「カッコイイ……、これ見たら絶対エリザベート姉上は悔しがるわ! さすが工務省の方々、仕事早いです!」

 「魔道具開発局からいろいろと工事の機材が提供されているので、可能となりました、来年の春夏はこのニコル村は大規模的な再開発が始動の予定です」 

 ヴィクトリアは村長のニコラスに振り返る。

 「再開発に関しては、村人は了承されてますか?」

 「まー最初は何人かは反対してたのは事実ですだ。だども、工務省の面々がそういった人物を集めて、いろいろと便利になると説明されてたで、村はみんな納得だで」

 確かに環境の変化は戸惑うだろうとヴィクトリアは心配したが、ここは辺境と言え港町、他の領や他国の船もわずかだが訪れているそういう土壌があったからこそ、激しい拒否反応がなかったのが幸いだった。


 「よーし、じゃ、温泉掘っちゃいましょうかー」


 工務省の面々が期待を込めた瞳でヴィクトリアを見る。


 「だって、海で冷えた身体、温めてまた頑張ってほしいですし」


 ニコニコとそんなことを言う彼女だが、アメリアも第七師団も、もちろんアレクシスも不安があった。

 「姫様、一晩すごされてから、魔術を展開した方がよろしいのでは?」

 アメリアがそういうと、ヴィクトリアは両腕を交差させる。

 「ダメです。アメリアが以前いってたでしょ、東の国の言葉で『思い立ったが吉日』って、サクサク作りましょう」

 

 ――あの大規模魔術をサクサクて……アレクシス、大丈夫か殿下は……。

 ――不調になられたら、即刻ウィンター・ローゼに引き返すので、そのつもりでいてくれ。

 ――止めないのか?

 ――……止めたいさ……。


 「黒騎士様、参りましょうー!」


 ヴィクトリアが手を振って、アレクシスに声をかける。


 ――あの状態に水を差せない。


 ヴィクトリアの姿を眩しそうに見つめているアレクシスをルーカスは横目で見てため息をつく。


 ――まあなあ……泣き出されかねない。止めたら逆に何するかわからない。ていうか制止振り切って実行するだろ、アレ……。

 ――わかってるじゃないか。そういうことだ。

 ――本当に……お前、殿下が可愛くて仕方ないんだなー本物のロリ……。


 ルーカスの最後の呟きを耳にしてアレクシスはルーカスの頭を軽く叩く。


 「何故! 意味がわかってないはずなのに!?」

 

 叩かれたルーカスは頭を押さえて思いっきり叫んだ。


 


 工務省の案内で、村はずれの温泉を掘削する予定地に移動する。

 ヴィクトリアが掘削すれば、大き目の公衆浴場を建設する予定だ。

 あとは各家庭に行き渡るよう、配管の工事も始まる。ヴィクトリアは馬車から降りて、予定地を踏みしめ、大地に手のひらを翳す。

 

 「……うん、大丈夫、水脈も感じるウィンター・ローゼの時と同じ感じがする」


 ブツブツと呟く。

 そして、第七師団と工務省に危ないからと範囲外に移動してもらうが、アレクシスはヴィクトリアの傍を離れなかった。


 「黒騎士様も、危険ですので」

 「危険ならば、殿下をお守りするのも私の役目です」


 前回の掘削の時も、あの噴き上がる飛沫の向こう側に一人たたずむ彼女がどこか心もとなくて、一瞬不安になったものだ。

 魔獣が遠目に見えたのもなおさらだったから、それを思い出すと、アレクシスは彼女の傍にいたいと思った。

ヴィクトリアは小首を傾げる。

 「じゃあ、なるべく傍にいてください、飛沫がかからないようにもしますので」

 「はい」

 

 そしてスクロールと羽ペンを取り出す。

 スクロールを地面において、魔法陣を羽ペンでなぞる。

 アレクシスと一緒に、魔法陣から距離を置く。

 そして羽ペンをしまい。大地に手のひらを翳す。


 「魔術式展開!」


 緑の淡い光が魔法陣に沿って輝きだす。


 「この大地に揺蕩う人を癒すその水を掘り起こさん、大・地・掘・削っ《グラウンド・エクスカーベーション》!」

 

 魔法陣が大地上で淡く光って縁取って、光の柱が天へと延びる。

 地震のような衝撃のあと、その大地から勢いよく水が噴射した。

 水柱の向こう側にいる工務省の面々は拍手をしている。

 水は蒸気を帯び始める。

 前回と変わらない。

 ヴィクトリアは水柱の向こう側にいる人々を見つめている。

 その容姿にそぐわない大人びた表情で。

 しかしそれはほんの一瞬だった。

 ヴィクトリアはいつものように笑いかける。

 

 「あとは工務省の方にお任せです。任務完了です。黒騎士様」


 そして掘削現場からまた村へと戻る。

 その途中、建設中の軍港に立ち寄りたいと、ヴィクトリアは御者に告げた。

 御者は指示通り、軍港に立ち寄ると、ヴィクトリアは馬車から出る。そして港の向こうに広がる海を眺める。


 ――広いなあ……やっぱり……。


 「殿下は海がお好きなのですか?」

 「好きなのかな……わくわくするのは確かです」

 「わくわく?」

 「世界が繋がってる感じがするのです、この海の向こうに何があるのかな、それをこの目で見てみたいなって」

 「帝国の辺境地だけではなく、世界も手にするおつもりですか?」

 ヴィクトリアはきょとんとする。

 「えーそれは多分、わたしではなくて、エリザベート姉上ならやりそうですが……わたしはただ、単純に見てみたいだけなのです……この海の向こうはサーハシャハルにもつながってるし、そして中将やアメリアが言う、東の国もあるかもしれない……そう思ったのです」

 「この辺境地を留守にして?」

 「……それは、留守を任せる人材がいれば任せてです」


 好奇心旺盛な少年のような発言に、アレクシスは目を眇めて笑う。

 この広い海を、彼女が手にしたいと言えば、多分アレクシスは実行に移すだろう。

 だけど、彼女はその聡明さで、この世界を知りたいとそう告げるのだ。


 「黒騎士様はご一緒してくださらないのですか?」

 

 ともに、世界を知る冒険の旅への誘い。

 それは大人でも、どこか心躍るものがある。

 ギュっと小さな手がアレクシスの手に触れる。

 

 「もちろん、私は殿下の騎士なので、ご一緒します」

 

 アレクシスはそう言って、つないだ手をそっと握りしめた。



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