第30話「テオ! 真面目にやってるって聞きました!」



 鉱山に送られたハルトマン領で物盗りをしていた少年たちの朝は早い。

 テオは自主的に起きて朝の一仕事をする。

 仕事があって、飯が食えて……なんといってもここには風呂がある。

 それだけで、いままでとは違った生活だとつくづく思う。

 三日も食事にありつけることができなかった日々をすごしたこともあるハルトマン領での生活と比べれば健康的……いや、人としての生活が送れている。

 工務省の採掘管理担当も、穏やかで大人だし、採掘の仕事に意見を述べれば真面目に聞き入れてくれる。

 罪人の扱いにしては破格だと思った。

 帝国の皇女の馬車を襲撃して、生きているなど奇跡に近い。

 この辺境地の大自然に囲まれた、この鉱山の山脈を遠くまで眺めていれば、すさんでいた心も、日々落ち着いたものとなっていた。


 「テオ」

 「なんでしょう、監督」

 工務省の管理官をテオは監督と呼ぶ。彼はエドガーでいいよと言っていたが、テオは彼を監督と呼び続けていた。

 「今日は、視察がくるぞ」

 「視察……? ってなんですか?」

 「うん、お前たちが真面目に働いているかどうか見に来る人がいる」

 「そうっすか……」

 「ま、お前たちはいつも一生懸命だから、きっと褒めてくれるぞ?」

 

 テオはその時、工務省の偉い人でもくるのかなと思った。

 仲間たちに、エドガーさんの上司が来るから、頑張ろうなと声をかけたのだが……。


 「テオー! 真面目に働いてるー?」


 テオは小さな女の子の声が、魔道具の明かりのみの暗い鉱山に響いてきた。


 「……テオさん、妹いたっけ?」

 「いねーよ、姉ちゃんはいたけど」

 「そうだったんすか。誰だろ?」

 「今日は工務省のお偉い人がくるんだろ?」


 「テーオー!」


 また名前を呼ばれる。


 「テオ、上がっておいで!」

 その後に、管理官のエドガーの声がする。

 

 「あ、監督だ監督の姪っ子とか妹とかなのかな……、マックス、とりあえず積載できるのだけ積んで、上にあがるぞ」

 テオの言葉にマックスと呼ばれた少年は頷く。

 「ういっす。ペーター、ギード、エルマー、ベンノ、俺とテオさんの後に積めるだけ積んで、上に上がれよ」

 マックスは残りの少年たちに指示を出す。

 「はーい」

 「ういーす」

 仲間たちの返事を聞いて、鉱山仕様のエレベーターに採掘した資源を荷車に乗せて、マックスと一緒に地上に上がる。

 ロープがゆっくりと箱を地上に上げていく、テオとマックスは振動が停まると、手動のレバーで扉をあけた。

 荷車を押して、箱から出ると、そこにいたのは管理官のエドガーと、その後ろにいたのはヴィクトリアとアレクシス、そして第七師団だった。


 「で……殿下……」

 「テオ! 真面目にやってるって聞きました!」


 ヴィクトリアは菫色の瞳を輝かせて、テオに声をかける。

 テオとマックスは帽子をとって、ペコリと頭を下げる。

 ヴィクトリアを襲撃した時と比べ、遥かに変わった彼等を見て、ヴィクトリアはほっとする。

 肉付きもよくなったし、荒んだような印象も感じられない。

 工務省のエドガーから、少年たちはみんな真面目に鉱山から資源を採掘して、ここの生活に嫌気がさすとか、抜け出してどこかへ逃げようとかそういう雰囲気もないという報告通りだった。

 地下から、この入り口に全員集まると、ヴィクトリアは彼らに尋ねる。


 「工務省に言って、新しく作ってもらった寮の住み心地はどうですか?」

 「お風呂……ついてて……すごくいいです 飯も三食でるし旨いし……」

 「ウィンター・ローゼは温泉を引いてますからね、鉱山は引かないけど、お風呂ぐらいはつけないと。それに食料を供給してくれてるオルセ村は、この領地一番の酪農の村ですから、お野菜もお肉も美味しいでしょ? ハルトマン領はいま帝国直轄領です。わたしの姉上が管理してますが、故郷に連絡をつけたい人がいたら、連絡しますよ?」

 「……いないっす……俺達、みんな親なしだから」

 だからみんな肩を寄せ合って、生きていた。

 孤児院なんて名ばかりで、誰も取り仕切る者もいなかったし、建物すらも廃屋に近くて、とてもじゃないが住めた場所ではなかったとテオは思う。

 「……」

 「あ、でも、テオさんさっき、姉ちゃんいるって言ったじゃん」

 テオの横でマックスが囁く。

 「お姉さん?」

 ヴィクトリアは聞き返す。

 「ハルトマン領にはもういないっすよ、酔っぱらった親父が酒代の為に姉を帝都の娼館に売ったから……連絡なんてつかないっす」

 ヴィクトリアはアレクシスを見上げる。

 アレクシスもその視線を受ける。

 「その姉の名は?」

 アレクシスの質問にテオは答えた。

 

 「マリア」

 

 アレクシスとヴィクトリアはまた顔を見合わせる。

 「そのお姉さん、黒髪で、綺麗な緑の瞳?」

 ヴィクトリアはテオに詰め寄る。

 「……そうです」

 「歌がすっごく上手じゃなかった?」

 「あんま覚えてないけど……下手じゃなかった……」

 「年は20、21ぐらいか?」

 ヴィクトリアに続いてアレクシスも問いただす。

 「それぐらいになるのかな……2年ぐらい前に売られて行ったんで」

 テオの言葉に、ヴィクトリアはアレクシスに言う。

 「黒騎士様……もしかして」

 「ええおそらく同一人物でしょう」

 二人は顔を見合わせて頷く。


 「結構近くにいますよ、テオのお姉さん」

  

 ヴィクトリアの言葉に、テオは首を傾げる。


 「ウィンター・ローゼにいますから、伝えておきますね」

 「はあああ?」

 

 本人に確認をとってみないとわからないけれど、テオの姉は、どうやらウィンター・ローゼで娼館をとりしきっているマリアらしいのだった。

 ハルトマン領から帝都に売られた娘たちは現在、ウィンター・ローゼで働いてもらってる。

 そのいきさつをテオに話すと、テオは涙をこぼす。


 「姉ちゃん……俺よりつらい目にあっても、すっげえ……なのに俺……盗賊まがいのことをして生きるためとか……そんで、殿下の馬車を襲撃して……バカじゃん……」

 「反省してるようだな」

 アレクシスの言葉に、テオは頷く。

 「俺、真面目に働きます……これからも……殿下……領主様……ありがとうございます。俺……俺達……ここで頑張って仕事するから……」

 「それだけでは足りないな」

 アレクシスの声が響く。

 「殿下のお命を狙った罪は重い」

 アレクシスの言葉に、その場にいる全員が緊張する。

 「黒騎士様?」

 アレクシスが、まだ彼等を赦していないのだろうかとヴィクトリアは不安になる。

 「生涯この地で働くだけでは足りない、この鉱山のことを知りそのためには学ばなければならない」 

 その言葉にヴィクトリアは嬉しそうにする。

 「交代で、そのうち、領内の学園都市で学んでもらい、この鉱山の発展を考えてもらわなければ」

 「学園都市……学校……」

 「そうよ、テオ。文字を学んで、計算も覚えて、この鉱山にある資材について、黒騎士様やわたしに知らせて? そしてこの領内をこの国を支えて?」

 「俺たちに……勉強……って……」

 「え、知ってるのと知らないとじゃ、違うもの、わからなくてもちょっとずつ覚えればいいのよ」

 「ちょっとずつ……」

 「ちょっとずつ……なら……できるかな……」

 少年たちは顔を見合わせる。

 「ありがとうございます、俺達、がんばります」


 ヴィクトリアはその少年たちをみて、安心したようにほほ笑んだ。

 少年たちは一同頭を下げて、作業の続きをはじめるため、エレベーターに乗り込んでいく。

 その様子を手を振りながら見送って、ヴィクトリアはアレクシスに告げる。


 「やっぱり黒騎士様、優しいです」

 「……更生している感じはしますが、やはりどこか赦しがたいものがあります」

 

 アレクシスの言葉に、ヴィクトリアは困ったような表情を浮かべる。


 「しかし、このシュワルツ・レーヴェの領民は総じて高齢者が多いのも事実です。テオ達ぐらいの若い労働力は貴重ですよ。鉱山での採掘は力仕事ですから」

 「殿下のお命とは、比較にはなりません」

 「でも、彼等にも学校に行かせてあげるって言ってくださって、わたしは、嬉しかったです」

 「……」


 ヴィクトリアはアレクシスの手を取る。

 そしてそのまま、ヴィクトリアはエドガーへ視線を向ける。


 「さて、現在この鉱山で採掘される資源のリスト、確認させてください」




 ――このハルトマン領の土壌は、酪農には向いていない。フュルステンベルク領とシュワルツ・レーヴェ領で食料を供給してもらう形になる。この地でできることは、工業での生産で税収を上げるのが一番だ。フュルステンベルク領の一部では綿花がよく獲れるようなので紡績の方を手掛けたい。食料と合わせての供給となる。シュワルツ・レーヴェ領には国境沿いに長い鉱山の山脈が続いている、ここにて産出される資源で、これはと思うものをこちらに知らせてほしい。


 エリザベートの手紙はそう記載されていた。

 紡績というのはいいが、ハルトマン領は、領地が荒れて人口もそんなに多くはない、そこは多分シャルロッテが何かを作り出すだろうと予測していた。

 さすが次代皇帝だとヴィクトリアは思う。

 

 ――この領が私の管理下に置かれたゆえ、シュワルツ・レーヴェとの物資のやりとりは頻繁になる、そのために一つ企画したことがある、添付の資料に詳細を乗せておく、鉱山で産出される資材を確認したのち、実行可能か判断したい。




 ヴィクトリアは鉱山事務所の応接室に通されて、資料を検分する。


 「エリザベート姉上はさすがです。憧れます」

 

 視察の出立前に届いた第一皇女からの手紙をアレクシスに渡し、ヴィクトリアはエドガーが揃えた鉱山の資料に目を通す。 

 アレクシスは手紙と添付資料を見て眉間に皺を寄せた。


 「エリザベート殿下が工業に着目して推進させるのはわかります、カールだのみの酪農よりは将来的にも領民も楽でしょう。ですが……紡績というと手工業ですよね、疲弊したハルトマン領の領民にできるものなのか、人口も減少してるはず」

 「そこは姉上です、魔道具開発局と工務省を使います機械化させるんです」


 ヴィクトリアはわかっている。

 姉が一体何をしようとしているのか。


 「すごいな……まるで殿下がもう一人いるようだ」

 「あら、でも、わたしは、姉上の真似っ子をしているだけなんですよ?」


 ヴィクトリアはすごい勢いでエドガーが差し出した資料を捲る。

 その横で、アレクシスはエリザベートからの手紙と資料に目を通している。


 「しかしこれは……流通の肝であるこれを建設するのに魔獣対策は……」

 「わたしと姉上が土台を作ります。広域範囲魔術を双方向から展開させればいい話なのです」

 「そしてあとは工務省にまた依頼ですか」

 「国を挙げての取り組みになります、これが試験的に成功すれば、内証のいい遠方もこれの建設に取り組めます」

 「どこからこんな……とんでもないことを……」

 「魔道具開発局の天才が以前から姉上に相談されていたことなのです。この企画には鉄は必要ですね、あと魔石がエネルギー源だから。それを通す金属も採掘されればいいけど。んーでも採掘時に粘土がよく出て余らせているみたいですね……粘土……そういえばクリスタル・パレスを作った時も珪砂がよくでて助かりました……ならこれらを、ハルトマン領に流していろいろ作ってもらいましょうか……ハルトマン領に隣接しているフュルステンベルク領にはマルグリッド姉上がいますし、お抱えのデザイナーもたーくさんいるはずです。結婚前からそうでした」

 「粘土……珪砂……」

 「現在余ってるし、いい具合に処理してもらえるでしょう、姉上センスいいですから」 「高い資材ではないですよね」

 「ですよ、だから大量に生産してもらえます」

 「……大量に?」

 「陶磁器を作ってもらうのどうでしょうか。食器や花瓶とかお抱えのデザイナーさんがデザインして、大量に流通させるのです」

 

 ヴィクトリアの発言に、控えていたルーカスとアメリアは目を見合わせる。


 ――ロイヤルドルトンとか……。

 ――ウェッジウッド……手工業から機械化へ……どちらにせよ……ハルトマン領から始まる産業革命……。


 二人の呟きをよそに、ヴィクトリアは、資料を見て瞳をキラキラさせている。

 昨日のオルセ村での情緒不安定さなんてみじんも感じさせない。

 いつもの明るい彼女だ。

 

 「お高い資材はこのシュワルツ・レーヴェで大事に使わないとね。どうでしょう、黒騎士様」


 そう言って、ヴィクトリアはにっこりとほほ笑んだ。

 アレクシスは、ビクトリアの頭に手を乗せる。


 「仰せのままに」


 そう呟くのだった。


  

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