第28話「殿下、学園都市、魔獣動物園計画発動ですね」



 「村長~、領主様がお見えになりました~!」

 ニーナは両手をぶんぶん振って、村長を始め村人たちに挨拶する。

 「おお、ニーナ、それに領主様と……ヴィクトリア殿下。よくこったら遠いとこまできなすっただな~、村長のアランいいますだ」

 オルセ村の村長をはじめ、村人たちが領主であるアレクシスとヴィクトリアを出迎える。

 「ウィンター・ローゼにも、うちの村人が尋ねて行ってますだ、おらたちも商隊を待たずに日帰りで買い物ができて楽になっただよ」

 「なんたってナナル村の鍛冶屋のゲイツさが、引っ越したべ、ゲイツさ、大出世だな」

 「まあ、ナナル村の被害はひどかったが、生き残ったナナル村の連中も運がむいてきただな」

 「ナナル村の連中はウィンター・ローゼの農業地区で、気張ってただよ~トマスなんか、南国の果物までこさえてただ~」

 「ああ、実がなるのが楽しみだな~おら予約してきただよ」

 「よかったべ~」


 そんな会話を耳にして、アレクシスが以前、各村の視察をした時に話した「村人はみな大らかで長閑な気質の者が多い」という言葉をヴィクトリアは思い出す。

 優しくて、思いやりのある暖かな村人たちの言葉を直接聞いて、本当にここの辺境の地のみんなは、厳しい環境の中、手を取り合ってきたんだなと、ヴィクトリアはしみじみ思う。

 そんな和やかな会話をしている村長の前にニーナが進み出る。


 「村長……あの……」

 「どうしただ、ニーナ」

 「クロちゃんとシロちゃんのこと、領主様にお話しました」


 そう告げると、村長は頷く。

 「そうだか~よくいままでバレなかったと思ってただよ。なんていっても、帝国の精鋭部隊だで、各村の哨戒もしてくださってるべ、ウチの村の大きさとかは他の村とは違うで領主様も不思議に思っとっただべ? 村長のオラからも話すべきだったが、なにせそれまで村を守ってくれたもんだで……お話しませんで、申し訳なかっただ領主様に殿下」

 ヴィクトリアはアレクシスを見上げる。

 「いや、村に被害がなく、あの二匹が村を守っていたという話だ。オルセ村がこの辺境の地で一番活気があった理由がわかった」

 「そいじゃ、あの二匹はそのままここで?」

 「でもそうすると、ニーナさんはいつまでも村はずれの森の一軒家に住まうことになりますよね?」


 ヴィクトリアの言葉に村長を始め村人たちも腕を組んで考える。

 それは前々から村でも話し合いが行われていた。

 ニーナ一人が不便ではないだろうかと。

 そんな村はずれに一人で住むのは危険だし、そこまでしなくてもとニーナを説得したけれど、ニーナは二匹の大きさに怯える村人もいるだろうからと、あの森の近くの一軒家に住んでいる。

 昔一度、ニーナにちょっかいをかけようとした商隊の男が、二匹に襲われそうになったこともあるので、絶対とは言い切れないのだ。

 ニーナがいるから、あの二匹はいうことを聞いている。

 

 「それに、ニーナさんはヘンドリックスさんと結婚するんでしょ?」


 ヴィクトリアの一言で、村人たちはニーナとヘンドリックスを見る。

 

 「なん……だ……と……」

 

 村の若い男性陣の途切れがちの声がショックを物語っている。

 村の若い娘たちは一斉にニーナを取り囲み、わっと声を上げ、口々に「ニーナおめでとう!」と素直にお祝いの言葉を送った。

 だが、村の若い男性陣はヘンドリックスを取り囲み、「お~ま~え~、村さ、いねがったのに、なしてそったらことになってんだあ~」と羨ましそうな恨み節をぶつけられている。


 「そったら、ニーナはウィンター・ローゼに引っ越すだかか?」

 「したら、あの二匹はどうすんべ?」


 狼だけど、犬と言い切ってしまえば普通なら誤魔化せる。

 しかし、あの二匹は犬ですと言い切れない大きさなのだ。

 移住者も観光者も多いウィンター・ローゼはパニックになるだろう。

 二匹に慣れてるオルセ村の村人ですら、その大きさに躊躇う者もいるのだから。

 

 「ヘンドリックスさんが除隊するおつもりですか?」


 ヘンドリックスが答えるよりも早く村の若い男たちが声をあげる。


 「いやいや、ヘンドリックスの奴は、戦争で武勲たてて階級もあがったんだべ、もったいねえべ!」

 「んだ~」

 「仕事で成果をあげるのは男の甲斐性だべ! ニーナを職無しの男には譲れねえべ!」

 北の辺境オルセ村で酪農で収益をあげてきた男衆の言葉である。

 アレクシスはヘンドリックスを見ると、ヘンドリックスははっきりと告げる。


 「除隊はしません」


 アレクシスはその言葉を聞いて頷く。

 ヴィクトリアはその小さな唇に指を当てて何か思案を巡らせているようだ。

 当事者の二人も腕を組んで考え込む。


 「一つ、提案があるのですが」


 そう言ったヴィクトリアに、村人たちもニーナもヘンドリックスも注目する。


 「ニーナさんが、引越ししませんか?」

 「ウィンター・ローゼにだか?」


 「いいえ、春に完成する学園都市に」


 「学園都市……」

 「イセル村とウィンター・ローゼの間に学園都市が建つ予定です。いろんな人がいろんなことを学べる場所にするつもりですが、ニーナさんはクロさんとシロさんと言葉が通じますし、この地域の魔獣や害獣の研究や討伐の対策などに一役買ってもらうのはどうでしょう? もともと、この魔獣、害獣の研究部門は考えてました。シロさんクロさんが森から離れてもよければのお話ですが」

 「学園都市……」

 「聞いたことあるべ~」

 「新しく大きな学校建つんだったべな」

 村人はざわざわと言葉をもらす。

 「いままでシロさんとクロさんがしていた哨戒や害獣の駆除の情報を、ニーナさんから聞き取って、第七師団の方に引き継ぐ形で、そうすると、いままでの哨戒や駆除との相違点もでてくるので、領内での各村哨戒にもそれを実践してみるのはどうでしょう? 黒騎士様」

 「研究って……シロとクロを実験動物とかにするとか」

 アレクシスの言葉に、ニーナはすぐさま拒否反応をする。

 「いや、シロもクロもそんなことには!」

 ヴィクトリアも慌てて両手を振る。

 「違います! 違いますよ! そうじゃなくて、そのまま飼える状態にまで環境が整えられるということです。ペットとしてウィンター・ローゼに連れて行くには無理があります。あの二匹の大きさでは街にくる観光客が……」

 そこまでヴィクトリアは言い募って、黙る。

 そして若い村の女性に囲まれているニーナの前に進み出る。

 「ニーナさん」

 「は、はい……」

 「シロさんとクロさんだけ?」

 「はい?」

 「ニーナさんが意思疎通できるの、シロさんとクロさんだけ?」

 「……」

 「実は他にもいる?」

 「……」

 見た目は幼いが皇族としてのオーラすら見えるヴィクトリアの真っ直ぐな視線に、ニーナはおずおずと頷く。

 ニーナがコミュニケーションがとれる魔獣はクロとシロのみと村のみんなは思っていたらしく、他の害獣魔獣ともコミュニケーションがとれるとは、村のみんなも知らなかったようだ。

 「で、でも、全部が全部でじゃないです、意思疎通ができないで、襲ってくる魔獣や害獣もいますけど……」

 そういう魔獣はもちろんクロとシロ、そしてニーナが倒していた。

 ヴィクトリアはガシッとニーナの両手を掴む。

 「殿下、学園都市、魔獣動物園計画発動ですね」

 ヴィクトリアの横でアメリアがそういうと、ヴィクトリアはその菫色の瞳をキラキラさせる。

 「アメリア、それ、カッコイイ! それです!」

 「はい?」

 「ニーナさんは、魔獣、害獣、意思疎通ができます。学園都市で、そういうエリアをつくるのです。例えば、狼だったらシロさんクロさん、他の害獣もいるでしょう北の辺境で生息する魔獣、害獣をそこに集めて、生態系の研究をするのです。どこのエリアにこの魔獣がたくさんいるとか、この害獣がいるとか、直接動物と意思疎通できるニーナさんがみんなに知らせていくのです。もちろん、みんな野生です、野放しはできませんが、エリア内を広くとって、そこに飼育していく形です。薬漬けや解剖はなしで!」

 「……」

 「そして、研究施設という名目で、北部に住まない方、観光客に広める。北部にはこういう魔獣、害獣がいますよって! 観光客からは一定料金を払ってもらいます」

 「ウィンター・ローゼにあるクリスタル・パレスの動物版といったところですか? ウィンター・ローゼだけではなく、学園都市に、研究を伴った観光施設を建設すると」

 アレクシスの言葉に、ヴィクトリアは頷く。

 「その通りです!」

 「……」

 「クリスタル・パレス同様に料金をとるのは、収益のほかにも維持費の為です」

 ニーナだけではなく、村人たちも唖然としてヴィクトリアを見る。

 見た目が幼いと噂があった。

 しかし、ウィンター・ローゼに様々な施設を作るように指示してきたという噂も耳にしていたが、いざ目の前でそれが展開されると、言葉がでてこなくなるようだ。

 「……」

 「……」

 「どうですか!?」

 ぐっと握り拳をつくり、ニーナを見上げる。

 「そして、ヘンドリックスさんが学園都市のエリアに固定勤務になれば領内単身赴任にもなりませんよ! どうですか!?」


 アレクシスの横でルーカスは呟く。

 「……この短時間でそこまで思いめぐらすかよ……」

 「もう一声……」

 ニーナが呟く。

 「おい、お前の嫁けっこうがめついな」

 ルーカスはヘンドリックスに呟く。

 「多分、金銭のことではないかと……」

 ヘンドリックスは呟き返す。


 「ニーナさんがいれば、一定の魔獣をエリア外にだし、学園外にて放すことも!」

 「殿下ああああああっ!」

 ニーナはヴィクトリアの小さな手を握り返す。

 ヘンドリックスが金銭ではないと言っていた理由がコレだった。

 動物たちの自由をもっと欲しいとニーナは思っていた。

 ヴィクトリアはそれを外さず、条件に付けくわえたのだ。

 「交渉成立ですね!?」

 「はいいいい!!」


 ヴィクトリアはやりきった感でアレクシスに振り返る。


 「あとは、お二人の結婚式ですね!」


 話がまとまったのを見て、村人たちから歓声と拍手が沸き起こった。

 

 

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