第27話「オルセ村を守ってくれてたんです」
「クロちゃん! ダメダメ、その人領主様、そりゃクロちゃんの世界じゃクロちゃんも強いけど、もっと強いから! ドラゴン倒しちゃうんだよ。うちの新しい領主様は」
森からひょっこりと現れた女性は、村娘の恰好をしていた。
赤毛の髪をポニーテールにして、弓矢を持っている。
狼はワイルド・ボアの死骸を咥え、娘を見てる。
「あ、あの領主様、この猪の死骸、クロちゃんにあげていいですか?」
指を組み合わせて祈るように、アレクシスに進言する。
「クロちゃんの奥さんシロちゃんに滋養をつけてあげたいみたいなんです」
「それはかまわんが……この狼は君が飼いならしているのか?」
「飼いならしてとか言われると、微妙なんですが……んと、その、友達なんです! 見逃してあげてください! いい子なんです! オルセ村を守ってくれてるんです! さっきの猪とかから! 他の魔獣とか害獣とかも、クロちゃんがやっつけて、畑とか牛とか豚とかも守ってくれてるんです!」
「ニーナ!」
馬車を守っていた第七師団の中から、オルセ村に実家があるヘンドリックスが声をあげてアレクシスと娘の前に走り込んでくる。
「ヘンドリックス!」
ニーナと呼ばれた娘は、ヘンドリックスを呼ぶ。
「クロちゃん、領主様がいいって! その猪もっていっていいよ、シロちゃんに食べてもらって」
ニーナがクロちゃんと呼ぶその黒い狼は猪の背の中心を咥えて持ち上げる。
そして森へと歩き出していった。
「ヘンドリックス……お帰りなさい」
「た、ただいま……」
ヘンドリックスはニーナとアレクシスを交互に見る。
「えと、幼馴染で婚約者のニーナです」
ヘンドリックスは彼女をアレクシスに紹介した。
ニーナはオルセ村の村はずれ、森の近くの一軒家で一人で暮らしている。
村はずれの森で暮らしているのにはわけがある。
彼女は生まれたばかりの白い狼を森で助けたことがあった。
狼は成長するにしたがって大きくなり、村人が恐れるのではと思い、ニーナは独り、村はずれの森で暮らすようになったという。
最初はその白い狼が、ニーナと共にオルセ村を守っていたそうだ。
そして去年、ニーナの白い狼、シロちゃんが、森で番をみつけてきた。
それがさっきワイルド・ボアを追っていた黒い狼、クロちゃんだという。
村長も村の人も、村はずれの森の方にいかなくてもと止めたが、ニーナの連れてる狼も、村よりも森の方がいいみたいで、現在こういう形で落ち着いてるようだ。
ヘンドリックスがアレクシスにそう説明する。
「あれ……狼か……?」
普通の狼よりも大きく、体内に魔石がある感じも見受けられる。
魔獣にしてはなんというか人に慣れているというか、野生生物の剥き出された本能部分を抑えているような、感情的というか理性的というか、そういう面が垣間見える。
アレクシスの言葉に、ヘンドリックスも現状を説明するしかないようだ。
「ニーナはそう思ってるし、村の人もそう思っているようですが」
「オルセ村を守ってる?」
「ニーナのいうことをよく聞くというか、それでオルセ村も、二匹の狼が守っているから、この地にしては割と酪農が順調で、閣下が最初にこのオルセ村に来た時は、森にニーナが隠していたそうで……」
黒騎士の強さはこの辺境の地でも届いている。
そしてこの辺境はその黒騎士の領地になる。
いままでニーナのいうことを聞いて、村を守ってくれた二匹の狼がもしかしたら処分されるかもしれないとニーナはそう思って森に隠していたそうだ。
「ヘンドリックス」
「は」
「最初から報告を上げておけ」
「すみません」
「ごめんなさい領主様! ヘンドリックスは悪くないの! あたしが勝手にやったことなの!」
そんな様子を見て、第七師団の中の独身者たちからギリギリと歯ぎしりが聞こえるような雰囲気だ。
ヴィクトリアも馬車から勝手に降りて、アレクシスの傍に走り寄る。
「殿下、危険ですから馬車から勝手に降りないように」
「でも、魔獣は黒騎士様が片づけてくれました、あの大きな狼もどこかへ行ってしまったのでしょ?」
そう窘めながら、走ってきたヴィクトリアをいつものように片腕に抱き上げる。
キラキラしたプラチナブロンドに、菫色の瞳、幼くあどけないヴィクトリアを見て、ニーナは頭を下げる。
一目でわかったのだ、この少女が第六皇女殿下だと。
「さっきの狼はこのヘンドリックスの婚約者が飼っているようなんです」
「狼を飼ってる!? 狼って人の言うこと聞くんですか!?」
「はい、いい子たちなんです、オルセ村を守ってくれてたんです」
ニーナはヴィクトリアにそう訴えた。
領地視察の一行は、オルセ村に行く前に、村はずれの森に住まうニーナの家に立ち寄った。
家の傍に、白い大きな狼がいる。
ニーナはヘンドリックスと同乗していた馬から降りて、白い狼にかけよる。
「シロちゃん、ただいまークロちゃん帰ってきたでしょ?」
そういいながら、ニーナが白い狼の首をなでる。
「え、クロちゃん、村を見守りに行ってくれたの? 赤ちゃん見てくれてた? よかったね! 猪食べた? ちょっと元気になったの? そっかそっか~」
ほとんど独り言のようだが、白い狼は大人しい。
その白い狼の腹の下に小さな子犬のような鳴き声が聞こえる。
アレクシスとヴィクトリアはニーナの傍に行き、オルセ村を守っていた白い狼の前に立つ。
白い狼は唸りもせずに、静かにじっとアレクシスとヴィクトリアを見つめている。
やはり、野生のこの辺境に生息する魔獣や害獣の雰囲気とは違う。
神々しい感じすらある。
「本当に真っ白なんですね……雪みたい……」
「シロちゃんです、可愛いでしょ? そしてこの子がシロちゃんが今朝産んだ、赤ちゃんです」
ニーナはそう言って、小さな小さな生まれたての狼を抱いてヴィクトリアに見せる。
ニーナの腕の中にいる灰色の毛に覆われもこもこした小さな狼はキューンと鳴き声をあげている、それを見てヴィクトリアは瞳をキラキラさせる。
「か、可愛い~小さい~」
「抱っこしますか?」
「え? いいのですか?」
「どうぞ」
ヴィクトリアは母親狼のシロに視線をむけて、「抱っこさせてね」と小さく呟く。
キュウウンと小さく一鳴きするものの、大人しくヴィクトリアに抱かれている。
「ふわふわ、もふもふ~可愛い~!! ね、黒騎士様、可愛いですよ~」
ルーカスは、アレクシスが固まっているのを理解した。
そして、その後ろの第七師団の数名も、固まっていると思った。
アメリアが例のデジカメでひたすら小さな狼を抱きしめてるヴィクトリアを撮影してる。
――古今東西よく言われるアレだな、子供と動物の組み合わせ最強説……その可愛さにに見惚れてしまうアレだな。今ならアレクシスも勢いに任せて、殿下が可愛いとか言っちゃう? 言っちゃえよ? ていうかさ侍女殿、それプリントアウトして、アレクシスの奴に渡してやって……。
「お母さんが一番だものね、はい、お母さんですよ~」
普段なら怖がって魔獣や害獣を見ただけで怯えるヴィクトリアだが、赤ちゃん狼の可愛さにそんな気持ちは起こらなかった。
さっきまでいたシロの傍に赤ちゃん狼をそっと戻す。
シロに甘えて身体を摺り寄せている赤ちゃん狼をヴィクトリアは「可愛い~」とつぶやきながらひとしきり眺めていた。
「魔獣の赤ちゃんなのに、可愛い……でもこのシロさんも……魔獣……?」
ヴィクトリアは小首を傾げる。
もっとこういつもなら怖いという感情が全面的に押し出されるのに、シロを見ていてもそんな気持ちはおこらなかった。
むしろ、綺麗で、優しそうではあるし、もちろん強そうだ。
「黒騎士様……このシロさん……魔獣?」
「やはり殿下もおかしいと思いますか?」
「狼よりも大きいし、さっきのシロさんの番のクロさんもだけど……なんか怖くないのですが……」
「確かに大きいし、あのワイルド・ボアを追うほどに強いのは確かです。専門の研究家ならわかるとは思いますが、私もここにきて、魔獣害獣の討伐をしてきましたが、このタイプは初めてです」
「そうですか……うーん……専門の研究家……専門ではないけどグラッツェル先生ならご存じかしら……ウィンター・ローゼに戻ったら聞いてみます」
「そうですね」
「ニーナさん、ありがとう。赤ちゃん狼すごーく可愛かった! 名前は決めたの?」
「まだです。なんだか毛色がクロちゃんとシロちゃんを合わせて灰色になってるから、ハイちゃんとかどうでしょう?」
「……」
「……」
「……」
その場にいる者は、そのネーミングセンスに泣き出しそうになった。
目の前の白い狼とかさっきの黒い狼とか、とても魔獣とは思えない感じがするのに、犬に名前をつけるがごとくの安直さ。
毛の色だけで決めてしまっていいのだろうか。
さすがにアレクシスもこれはと思ったらしい。
「せめてそこはグレイとか……」
アレクシスが言う。
師団の者達は後ろでうんうんと首を縦に振る。
「アッシュとか?」
ヴィクトリアも言う。
ニーナは赤ちゃん狼を抱き上げる。
「アッシュ?」
赤ちゃん狼は抱き上げられてキュウンと鳴く。
「え、カッコイイって? カッコイイの好きなのね、そっか、男の子だもんね!」
「ニーナさん、狼が言ってるのわかるんですか?」
「なんとなく、そう思ってるみたい~な感じがするだけです。でも、結構外してないです」
狼と意思疎通ができている……。
「よし、アッシュだよ! アッシュはママとお留守番だよ!」
そしてまたアッシュと命名された狼をシロの元に置く。
「シロちゃん、あたし、領主様たちをオルセ村に案内してくるね! アッシュとお留守番しててね!」
シロは心得たというように、その白いしっぽをゆっくりと振った。
「じゃ、領主様、ヴィクトリア殿下、オルセ村に行きましょう、あたしご案内します」
いや、もうオルセ村には一度いってるからね? とヘンドリックスが呟いたが、ニーナには聞こえなかったようで、みなさんこっちです~と先導を始めていた……。
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