第26話(――仲良きことは美しきかなですよ)
ウィンター・ローゼからオルセ村やニコル村へ向かう街道は、意外にもはやく出来上がっていたようだ。
イセル村からウィンター・ローゼへ向かう街道がヴィクトリアの魔術によって完成が早まった為、街道担当者が翌日には他の村への街道工事をとコンラートに進言、アレクシスも許可を出したので今工事は、オルセ村ニコル村への街道を終了し、残り二つの村への街道工事に着手しているという話だった。
帝都からヴィクトリアが乗車していた馬車で、各村への視察をすることになった。
「街道担当の方たち、仕事早いですね」
「ヴィクトリア街道が早く完成したからでしょうね」
アレクシスがそういうと、ヴィクトリアは複雑な表情をする。
「その街道名なんとかなりませんか?」
「もう書類は提出してしまったので」
「黒騎士様、領地の名前をシュワルツ・レーヴェにしたのを実はまだ納得していないのですか?」
「いいえ」
「実は、その街道名すごく恥ずかしいんですけど」
「ヴィクトリア温泉よりもいいかと」
「……ま、まさか……温泉も」
「さすがにそこは止めました」
ヴィクトリアは胸に手を当てて安堵のため息をついた。
「実際名前付けのセンスは、私とそう変わらない人が多くて、殿下がこれから作る施設は殿下が名前をつけてください」
「作るのは工務省のみなさんで、わたしは掘削作業をするだけですよ?」
「工務省に任せると殿下の名前になってしまうので」
「名づけ、任されました!」
ヴィクトリアはキリっと言い切るとアレクシスは口に手を当てて、肩を震わせる。
「ひどい! 黒騎士様、わたしで遊んでませんか!?」
そんな二人の様子をアメリアとルーカスは生暖かい感じで見守っている。
(――なんていうの、こういうの、リア充爆発しろとか言ってもいいかな)
(――仲良きことは美しきかなですよ。中将)
そんなアメリアとルーカスの視線に気が付いたのか、ヴィクトリアは大人しくする。
そんなヴィクトリアを見るアレクシスの視線は、柔らかい。
アメリアはそんな様子を見て少し安心した。
婚約した当初は、アレクシスは一線を引いていたように思う。
皇帝より下賜された第六皇女殿下は、彼が守るべき皇族の姫君。
それ以外の何物でもないと言った感じがあった。
しかし、新領地に来て自ら街づくりに参加して、領民と一緒に毎日楽しそうにしているヴィクトリアを見守る彼は、臣下という自分の立ち位置から少しだけかわったように思う。
こんな風に、温泉の施設をどんな名前にするかなど、ヴィクトリアと相談することはなかったはずだ。
多分、ヴィクトリアの人柄が、アレクシスからそういった立ち位置を取り払っていったのだろう。
今なら、皇族の姫君だからではなくそのままヴィクトリアだから、アレクシスはきっと彼女を大事にするだろうと、アメリアはそう思った。
オルセ村に向かう道中、野外での昼食になる。
第七師団がかまどをつくったりしている横で、ヴィクトリアも手伝う。
ドレスではないのでいつもよりみんなのお手伝いをしていた。
「殿下自らそんなことするんだ……」
ケヴィンがその様子を見て驚いた。
平民とはいえ豪商フォルストナー家の三男坊の彼は呟く。
「見習え」
兄のルーカスがそのケヴィンにサクっと注意をする。
「殿下は帝都からウィンター・ローゼにつくまで、常にこんな感じだ」
「うちの姫様は好奇心が旺盛なので、いまは諫める者もいませんから」
「え、そこは侍女の貴女が注意するべきじゃ……」
「もちろん、危険なことには口をだしますが、いまの楽しそうな殿下を止めるのは個人的にはしたくありません」
「殿下、火を熾しますか?」
「はい」
組まれたかまどの中の枯れ木にヴィクトリアが魔術で火をつける。
「あの、殿下……」
「はい?」
「アイテムボックス持ってますよね? 食事を人数分作って携帯すればよいのでは?」
ケヴィンの言葉にヴィクトリアは頷く。
「便利ですけど、時間も短縮できていいですけど、よっぽどではない限り……そうですね災害地への視察とか戦争とかでしたらそれはしますが、普通の領地視察ではしたくないです」
「……どうして?」
「アイテムボックス、持てる人って限定されてるでしょ、普通の人は持ちえないものです。わたしは、そういう視点でも見ておきたいのです、せっかくなのですからいろいろ体験できるいい機会ではないでしょうか」
「……」
「わたし自身が、知りたいというだけで、第七師団のみなさんには手間をおかけしているのはわかってますが」
「野営の実施訓練とかも兼ねてると俺たちは思ってますが?」
クラウスの言葉に護衛としてついてきている第七師団の数人が頷く。
「……」
「あと……」
「あと?」
「自分でお料理とかもしてみたい気持ちがあって……料理長の仕事を奪うことになるので、お菓子作りぐらいならいいかなとか思って、それはしてるんですけど、でも、お料理もしてみたいのです」
「どうして?」
貴族の姫君がなぜ料理とケヴィンが首を傾げる。
「そうしたいこじつけのような理由はいくらでも思いつきますが、でも、本音は…その…普通の家庭ではお嫁さんがお料理つくるじゃないですか、だからなんか憧れるっていうか……」
もごもごと言いにくそうにヴィクトリアは呟く。
つまりは料理を作ることが、一般的な花嫁修業っぽい印象だと、ヴィクトリアは思っていると、ケヴィンは納得した。
かまどは即席で石を積み上げて作ったが、鍋や鉄板などはアイテムボックスから出している。
「鶏肉とかは現地調達ですよ。手のすいてるものが狩ってさばいてきました」
そういいながらヘンドリックスが何人かと一緒に森から戻ってきていた。
「塩とハーブで焼きます~」
団員たちと楽しそうにヴィクトリアは料理を始める。
「あとこれは朝、アメリアと一緒に下ごしらえしてから持ってきました」
上手く発酵した、そのまま焼き上げるだけの状態にしているパンも出す。
「ピクニック気分で姫様は、準備してました」
「パン焼きたて美味しいと思うので、火加減とか気を付けないと」
「殿下はちゃんと食べないと、ご成長されないのでは?」
ルーカスが言うと、ヴィクトリアは頬を膨らます。
「一応16才なんですけど!」
「では魔力に全部持っていかれてるのでは?」
「確かにその部分はあるのできちんと食べてます」
その場にいる第七師団は全員、「ああ、やっぱりそうだったのか」と心の中で思う。
魔力を持つ貴族の令嬢は小食のイメージがある。
それは自分のスタイルを保持するという目的が強いものと思っていた。
しかし、ヴィクトリアはきちんとみんなと食事を摂る。
それにしては成長が遅く食べてもあまり変わらない、となるとそれらはすべて魔力にとられているのではと予想していた。
「鶏の骨、鶏ガラスープでいいですか殿下?」
団員に尋ねられてヴィクトリアは「お願いします」と言う。
みんなで作った昼食を、みんなで食べる。
そんな和やかなピクニックみたいな昼食。
アメリアはそんな様子を小さなカードみたいなものを取り出してヴィクトリアに向けている。
「侍女殿、何してるんですか?」
ケヴィンが興味をそそられて覗き込もうとするが、アメリアはさっと隠す。
ルーカスがアメリアの手からそれを取り上げた。
「……じ、侍女殿……これは」
取り上げてそれが何かわかったらしく、ルーカスは声を詰まらせる。
「……」
「なんですか、兄さんそれ」
「お前、向こう行ってろ、なんにでも首突っ込むとその首刎ねられるぞ」
「横暴だな」
「普通の貴族の姫様とその侍女殿じゃないんだ、皇族なんだよ。軽口叩いて許される範囲とそうでない範囲、お前はまだわからないだろ」
しっしっと手を振ってケヴィンを遠ざけた。
ボクは犬じゃないよとつぶやきながら、それでも兄のいうことを聞いて距離を取る。
第七師団の団員にケヴィンはつかまり、後片付けを手伝わされ始めた。
その様子を見て、ルーカスはそっとアメリアにそのカードみたいな小さなものを渡す。
「それ、デジカメだろ」
「……」
「やっぱり侍女殿……東の国を知る者(転生者)……」
「わたしが作ったものではありません、これは試供品として借り受けてます」
「殿下はこの機械をご存じなのか?」
「はい、ただ私のほうが使い慣れている為、下賜されました。ヴィクトリア殿下が作成したわけではありません。とある方からお預かりしてます」
これを作った人物がいる。
多分、その人物は目の前にいるアメリアと同じ……東の国を知る者……。
「俺以外にもいたんだ……侍女殿がそうなのも驚いてたけど」
「多分探せば他にいるかもしれませんよ、東の国を知る人」
「……」
「でも、みつけたとしても多分、世界を変える力を持つ人はいないでしょうね、私も、貴方もそうでしょう? 東の国を知ってても、この世界では何もできない」
「ああ……マヨネーズ無双もしたかった……俺tueeできるんじゃないかと期待した……そんな時期もありました……」
「自分の傍にtueee、sugeeな人がいるのでよしとしませんか?」
アメリアはヴィクトリアを見つめる。
「それを作った人は、東の国を知る例外中の例外チート持ちってことか」
「その分いろいろ東の国では苦労したみたいですけど」
「……そっか……会ってみたいな」
「そのうちお会いできるかもしれませんね」
「けど、いいなあそれ、仕事に使いたい~」
「完成品が軍務に支給されるはずです」
アメリアとルーカスの話している様子を、ヴィクトリアは少し離れた場所から時々見ていた。
話が合いそうな二人なのに、仲がいいのか悪いのかいまいちわからないので、ヴィクトリアは常に気にしている。
「どうされました、殿下」
アレクシスに声をかけられて、ヴィクトリアはドキリとする。
「仲がいいのか悪いのか、あの二人、気になるんです」
「今度ルーカスにきいておきます」
「ダメ。あんまり詮索したら、きまずくなってしまうかも」
人差し指を唇にあててヴィクトリアはそういう。
「そういうものですか?」
うんうんとヴィクトリアが首を縦に振ると森の方から、犬の遠吠えが聞こえた。
それはヴィクトリアだけではなくその場にいる全員が耳にした。
森の方の草木がざわつく。
「殿下を馬車に!」
アレクシスがそう指示を出した瞬間、森の方から木々が揺さぶられる、何かが踏み分けてくる振動と、鳴き声と共に、一頭の黒い影が勢いよく飛び出してきた。
猪と思ったが、猪より一回り大きい。
――ワイルド・ボア……。
そのワイルド・ボアを追うように、森からもう一つの影が現れる。
狼だった。
狼よりも一回り大きいが。
ワイルド・ボアは第七師団と狼に挟まれた形で立ち止まっている。
ワイルド・ボアは鼻息を荒くして、第七師団の方へ向かって走り出そうとした。
しかし、向かってくる前に、アレクシスが動く。
首を一刀両断。
ワイルド・ボアは切られた次の瞬間、前足を進ませようともがいていたが、その巨体がドウっと横倒れになった。
アレクシスは狼に向かって、剣を構える。
狼は獲物を譲らないとばかりに、絶命したワイルド・ボアを前足で抑え、威嚇の唸り声を出していた。
互いの動きの気配を察知しようと緊張が走る。
だが、その緊張を破るように、森から女性の声がした。
「クロちゃーん! クロちゃん! もどっておいで! 産まれたよ! シロちゃんとクロちゃんの赤ちゃん産まれたよー!」
狼はウォンと一鳴きする。
自分はここだと返事をするように。
その声をたどったのか森からひょっこりと姿を現したのは、まだ若い女性だった。
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