第25話「聞いてると、『俺の嫁可愛い』自慢にしか聞こえない」



 ウィンター・ローゼには移住者や観光客が増えてきていた。

 街全体はほぼ完成とみていい、あとは学園都市。

 コンラートは、移住者も多いので先に学園都市の方に仕事を仕切り始めていた。

 ウィンター・ローゼ着工時に使用した魔導具開発局が工務省に渡した建設ドームの設置を始めていてく。

 建設ドームは、魔獣を建設現場に寄せ付けず、豪雪地帯のこの北部辺境の雪を防ぐ建設用の巨大仮設テントであった。

 このテントの設置がされれば、長い冬でも、仕事ができるらしいのである。

 じゃあずっとこのテント設置したままでいいのではと、誰もが思うが、太陽光もさえぎり、魔獣よけの魔石効果が切れてしまえば普通の巨大仮設テントにすぎなくなる。

 

 「じゃあしばらくは、学園都市ですね、コンラートさん」

 「はい、完成は春を目指します」

 「寂しくなります」

 「おやおや、学園都市が終われば、今度はニコル村ですよ?」

 

 ヴィクトリアはそう言われてはっとした。


 「ニコル村!」

 「ウィンター・ローゼに劣らない港町にしましょう」

 「はい!」

 「とはいいましても、わたしもあちこち、この領内を移動することになります」


 確かにコンラートはウィンター・ローゼ完成間近になってからは、イセル村や、学園都市予定地、オルセ村、ニコル村にちょくちょくと飛び回っていた。


 「……いいな……オルセ村とニコル村はウィンター・ローゼに近い方ですよね」

 「はい、ヴィクトリア街道ができてからイセル村にも行きやすくはなりましたが、距離はその半分ぐらいで回れますね」

 「意外と近いのですね……え? いま、何街道っていいました?」

 さらりとコンラートが発言した中で、気のせいか名前が入っていた。


 「ヴィクトリア街道」


 「……」

 「殿下が魔術で作った街道ですので」

 「……だ、誰が……命名……」

 「イセル村の人々と、第七師団とウィンター・ローゼ出張中の工務省建設局スタッフです」


 コンラートがきっぱりと言い切る。

 ヴィクトリアは両手を頬にあてる。


 「何、それ、いつの間に!?」

 「北部辺境領街道(仮)はすでに正式名称ヴィクトリア街道で、地図もそのように記載される予定ですが?」

 「えええええ~!」




 「黒騎士様、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」

 夕食時に、コンラートとの会話をヴィクトリアがすると、アレクシスは肩を震わせて俯いていた。

 「失礼、しかしそのことを今までご存じなかったのですか? 殿下」

 「知りませんでした……黒騎士様はご存じだったのですか? どうして教えてくれなかったのですか?」

 「もうてっきりご存じかと」

 「知りませんでした」


 ヴィクトリアはため息をついた。


 「私も、近々、オルセ村に視察にいきます」


 そんなヴィクトリアを見て、アレクシスは言い出す。


 「え?」

 「ウィンター・ローゼは、ほぼ完成でオルセ村に行き、テオのいる鉱山を見てきたいと思います。軍港を建設開始してるニコル村の様子も見に……」


 このウィンター・ローゼに向かうヴィクトリアの一行を襲った若い盗賊たちは、ヴィクトリアがこの街についた翌日には、第七師団の護送で鉱山に送られていた。


 「わたしも!」


 アレクシスは言うと思ったと肩をすくめる。

 次にヴィクトリアの言う言葉もわかる。


 「わたしも行きます! オルセ村や鉱山や、ニコル村に行きたい!」

 「遊びにいくのではないのですよ?」

 「わかってます。ニコル村にはどうしても行かないと! コンラートさんはまだ学園都市には行ってないから、工務省の方の誰がニコル村にいるか問い合わせないと! ニコル村にも温泉引かないと!」


 つまり、ウィンター・ローゼに温泉を引いたスタッフがいるかどうかを問い合わせたいのだとアレクシスは思った。

 ヴィクトリアの構想する港町。

 海に臨めて、貴人の小さな隠れ家的な施設がある。

 港には他領や他国へ向かう船が行きかう。

 海産物の市場を大きくして、商人の気を引かせる。 

 そして……このシュワルツ・レーヴェ領の領民と一緒に、そんな街にしようと……あの小さな漁村に彼女がいる姿が、想像できてしまう。


 「魔獣がたくさんいますよ?」

 「い、行きます!」

 「魔獣がいたら野宿かもしれません」

 「魔導具開発局の新型テントあります!」

 「……朝早いですよ?」

 「わたし、そんなお寝坊さんじゃありません!」

 ヴィクトリアの真剣な表情をアレクシスは見つめる。

 「魔術も使って、魔獣とも戦いますから!」


 「……お守りしますよ、殿下」


 「じゃあ!」

 「一緒に視察に参りましょう」

 ヴィクトリアはぱあっと表情を輝かせる。

 そして席を立って、アレクシスの腕にすがりつく。


 「大好きです! 黒騎士様!!」


 こんな風に真っ直ぐに、なんの躊躇いもなく自分の気持ちを相手に伝えてくる彼女。

 親である両陛下も、彼女の姉上達も、そんな彼女が可愛くて仕方なかっただろう。

 こんな笑顔で「大好き」と伝えてくれる人物は、アレクシスの周りにはいなかった。

 

 「お行儀が悪いですよ、殿下」


 そう窘めながらも、声は自然と穏やかなものになってしまう。

 ヴィクトリアは照れたように笑って、自分の席にもどり、デザートを口にした。




 「惚気ですか、そうですか」

 書類をさばきながらルーカスはアレクシスにそういう。

 移住者が増えて、第七師団の仕事も増えている。

 ルーカスの事務仕事は日々、その量が増えているはずなのに、ルーカスは通常どおりアレクシスをからかいながら、その仕事をこなしている。

 「惚気……」

 「聞いてると、『俺の嫁可愛い』自慢にしか聞こえない。ていうか本物だったんだな、お前、真正のロリ……」

 ルーカスの頭をアレクシスは軽くはたく。

 「なんで意味がわからねーはずなのに叩くわけ!?」

 「手が勝手に動いた」

 「でも、殿下は可愛いです」

 クラウスがルーカスの書類作業を手伝いながら言う。

 「第七師団の半分ぐらいは殿下のファンです」

 「工務省建設局もな」

 「あれは物理的に殿下の魔力のファンです」

 多分、街道とか温泉の掘削とかの魔術でのことだとアレクシスもルーカスも察しがついていた。

 「……ファン……」

 ルーカスは書類から顔を上げる。

 「なんだよ、お前、知らなかったのかよ」

 「知らなかった」

 「今、気をつけなければならないのは中将の弟君です」

 「あ?」

 クラウスの言葉に、ルーカスは問い返す。

 「彼はこのウィンター・ローゼにきた初日に殿下の手を取り可愛いと言いました。危険を察知したその日の護衛は殿下をすぐさま領主館に戻しました」

 「ケヴィンの社交辞令だろう」

 「中将の弟君です、社交辞令に留まらないかと」

 「どうして、どいつもこいつも俺の評価をそういう評価にしてくれるかな!? 俺は結構女子に対しては真面目よ!?」

 「……閣下がいうならわかりますが、中将だと説得力が……しかも今回の視察に、同行を願い出てます」

 「ケヴィンが?」

 クラウスがピラっと一枚の書類をルーカスの顔面にひらひらとさせた。

 ルーカスはそれを受け取り、同行者名にケヴィンの名前があるのを見る。

 アレクシスもルーカスの横からその紙面を覗き込んだ。




 「漁村に行くんでしょ? 鉱山にも行くんでしょ? フォルストナー商会ウィンター・ローゼ支部の出番じゃないですか」


 ルーカスがケヴィンを軍官舎に呼び寄せた。 

 なんでお前が視察一行に加わっているんだとルーカスが詰め寄ると、弟はケロっとしてそう答える。

 「お前さあ、商魂たくましいのはいいけど結構危険なんだぞ?」

 「わかってるって、だから第七師団がある程度の人数で移動してくれる視察に加えてほしいわけなんだ。一応ボク、時空魔法適性ありだよ? ここに来る時に持ってきたんだよ、アイテムボックス、商品の鮮度も抑えられて、ある程度の物量なら持ち運べるアレ」

 ちなみにここは軍官舎の応接室。

 アレクシスもヴィクトリアもいる。

 「アイテム・ボックス……ケヴィンさん使えるんですか!?」

 ヴィクトリアは身を乗り出す。

 「平民は魔力ないっていわれているけれど、ひいばあさんは、没落貴族のご令嬢だったみたいで、攻撃的な魔法は使えなかったんだけど、持ってたのは時空魔法とか空間魔法とかそういった魔法適性持ちだったんです」

 そして生まれてきた先々代のフォルストナー商会会頭は、その魔術を受け継ぎ、物流を自ら行い商会の形を確固たるものにしたという。

 その適性は代々受け継がれてきていたようだった。

 ヴィクトリアはルーカスを見る。

 「俺に魔法の適性はたいしてないですよ、魔力だってちょっとだし、だから家出て軍属してんですよ」

 「でも、ルーカス兄さん数字には強いです」

 「実家の商売柄、ガキの頃に手伝えばそれぐらいなら何とかなる程度なんで、別に強くもなんともない」

 そうはいうものの、この第七師団の事務管理をルーカスが一手に引き受けてるのは、そういった理由もあってのことだと、ヴィクトリアは察した。

 「物流ができるのはありがたいです、ニコル村って、お魚たくさん捕れるんですよね?」

 ヴィクトリアはアレクシスに尋ねる。

 「そうですね、ここ近辺にちゃんとした漁村もないので、漁獲量は、普通の漁村よりも多いです、行きかう商隊も、海産物目的で、いままでニコル村まで足を運んでいたようですよ」

 「でも、それ、主に加工された海産物ですよね? 燻製とか干物とか、普通の商隊にアイテムボックス持ちなんてそうそういませんから、普通は鮮魚は傷みます……でも」

 「ボクなら、一気に持ち運べます」

 「どのぐらいの魔量? ちょっと見せてください」

 ヴィクトリアはケヴィンの手をとる。

 「わたしの十分の一……ぐらいかな」

 「へ?」

 空間魔法を使えるからこのウィンター・ローゼにきたケヴィンは、ヴィクトリアのその発言にポカーンと口を開ける。

 「うん、結構ありますね、黒騎士様! ケヴィンさんも同行させましょう! ケヴィンさんアイテムボックス見せてください」

 肩掛けカバンを言われるままにヴィクトリアを見せて、ヴィクトリアはカバンを触って中に手を伸ばしたり、その意匠をみたりしている。

 「意匠はすごくいいけど、もったいない!」

 「は?」

 「ケヴィンさん、もっと入るアイテムボックス欲しいですか?」

 「欲しいけどっ!! そんなのあるんですか!?」

 ケヴィンが即答する。

 「カバンに施されている魔術式、ケヴィンさんの魔力量に合わせるともっと容量増えます」

 「えええっ!? そうなんですか!? コレめっちゃ高かったのに……」

 「デザインかっこいいですもん、デザイン料にもっていかれてるのでは?」

 「まじかよ……いいものだと思ってたんだけどな……」

 「いえ、これはこれで、いいモノです。さすがフォルストナー商会です、なかなか手に入りませんし、使いこなせる魔力と属性の持ちの方もそうそういないから、結構な限定品でしょう」

 帝国一とうたわれるフォルストナー商会で、滅多に出回らない商品を鑑定されて、ケヴィンは複雑な顔をする。

 ルーカスはそんな弟の方をポンと叩き首を横に振る。

 「比較してはダメだ、相手は皇族そして全属性持ちのヴィクトリア殿下だ」

 「……うちの禁制の商品だよ、市場には貴族相手にしか売らないよ」

 「だからデザインかっこいいんですよね」

 中身はともかくと副音声で言われた気がしてケヴィンはがっくりと肩を落とす。

 「これ、預かってもいいですか? そうしたら容量増やしますけど」

 「……お願いします……」

 「わたしももう一つほしいなー一つはもってるんですよ、魔導具開発局顧問の人が作ってくれて、でもそれを災害備蓄用にした方がいいかなって最近思ってて、このデザインかっこいいなー素敵よね……物資運搬用にしたいなー」

 「手配します」

 「あ、魔術式はこっちで書くから、カバンだけでいいですよ?」

 「……兄さん、フォルストナー商会のプライドが……」

 涙目でケヴィンがルーカスを見るがルーカスはどうしようもないと、肩をすくめる。

 「あ、そうだ」

 「?」

 「視察に殿下もお出かけなら、こういう服はどうでしょう」

 そのコテンパンに言われたアイテムボックスからケヴィンは服を取り出す。

 それはドレスではなかった。

 「ジャケットとかに細かいレースとかもつけてでも派手っぽくなくて、乗馬を楽しむご夫人が着る服をベースにしてます」

 ジャケットとズボンとシャツ。

 「殿下も視察に向かわれると伺って、ちょっと取り寄せてみました、どうでしょう?」 ドレスでは移動の際邪魔だとヴィクトリアは思っていた。

 「サイズも各種取り合わせてます」

 その中でもヴィクトリアの体格に近いモノを用意してきたようだ。

 「皇族の方に既製服とかって、どうかと思ったのですが、お時間もそんなにないでしょうから、裾や袖裄なんかはうちに連絡いただければ、スタッフがお直しに伺います」

 「えーケヴィンさんすごい!」

 普通ならドレスで目を輝かせるのがお姫様なのに、この男物に近い乗馬服をアレンジした服に目を輝かせるヴィクトリア。

 ジャケットを手にして、自分の肩に合わせる。

 「どう? どうかな、黒騎士様」

 彼女のそんなウキウキした様子を見て、アレクシスはケヴィンに伝える。

 「こちらを買い上げよう、あとで館に人をよこしてくれ」

 その様子を見て、ケヴィンは、「黒騎士様は、ヴィクトリア殿下に甘いのかも」と思わずにいられなかった。

 「はい」

 「アメリアも一緒に行くから! アメリアの分も!」

 確かに男所帯だけでの移動にヴィクトリア一人というわけにはいかない。

 専属侍女のアメリアも同行する。

 「いいですよ、物々交換で今回は」

 「?」

 「だってアイテムボックスの容量増やしてくれるんですよね? 一着二着の服とそっちの値段を比べたら」

 「いえ、とっておいて。それはそれ、商売だもの」

 ヴィクトリアはきっぱりと答える。

 「……」

 アレクシスとルーカスは、そのかわり、今後ヴィクトリアがケヴィンに対して、いろいろ注文をつけていくだろうと想像ができて、苦笑した。

 ルーカスがケヴィンに、遠い東の国に「ただより高いモノはない」という言葉があるのだと教えるのはまた先の話だった……。



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