第24話「……なあに? 『赤い風車』って……」
アレクシスの言葉に、ヴィクトリアはギュっと首にすがりつく。
ウィンター・ローゼに来る前に、迎えに来てくれた時のように。
執務室のドアにへばりついてルーカスは安堵のため息をつく。
「収まるべきところに収まったようでなによりです」
背後からアメリアのそんな声を聴いて、ルーカスは振り返る。
「あのね、黒騎士様」
「はい」
「娼館はただの娼館にしないの」
「?」
「そういう場所に導入する前に、催しモノをするの」
アレクシスはヴィクトリアを執務室のソファに座らせて、視界に入ったルーカスとアメリアにドアを閉めて中に入るようにジェスチャーした。
アメリアはお茶の入ったワゴンを入れて、ドアを閉める。ルーカスはアレクシスの対面に座り、ヴィクトリアは落ち着いたのかため息をつく。
「思いっきりそれ専用の施設だと今はまだ人口密度が低いこの街だと、男の人も通うのも躊躇うだろうし、それだとせっかく来てくれた本職の方にも儲けがでないと思うのです。だから、歌とか踊りとかを行う舞台を作って、お酒とか軽食も楽しめるような感じにするの、以前、昔の文献で、そういう技芸を披露する人は春もひさぐと……そう書いてあったので」
「つまり小劇場を作り、一見それとはわからないようにすると、つまりその小劇場だけでも、儲けが出るようにすると?」
ヴィクトリアは首を縦に振る。
「最初は軽食を出すだけにしようと思ったんです。でも歌とか踊りとか、遊興施設っぽい催しを行う場もあってもいいかなと……」
「すげえ……ショービズ構想力……娼館から一足飛びに、アキバ小劇場プロデュースを思いつくのかよ……」
ルーカスが小さく呟く、その呟きはアメリアに聞こえたようだ。
「……どちらかといえば……ムーラン・ルージュの再現かと」
アメリアが呟き返す。
ルーカスとアメリアのぼそぼそとした会話が一部分聞こえたようで、ヴィクトリアはアメリアを見る。
「……なあに? 『赤い風車』って……」
アメリアはルーカスを見る。
ルーカスに説明を任せたと目線を投げてよこして黙る。
確かに殿下の専属侍女である彼女がこの場で説明したら、淑女の彼女が何故そんなことを知っていると思われそうだ。
ルーカスが発言すれば、ルーカスから聞きましたと言えば変には疑われない。
ルーカスはやれやれと肩をすくめる。
「ここよりも遠い遠い東の国の人間が、それまた遠い国を訪れた時に目にしたことがあるそうです。屋根に赤い風車のついた小さな劇場のことを。娼館こそはありませんが、その小さな劇場では、その過激というか刺激的な踊りなどを催していたと」
「ムーラン・ルージュ……赤い風車の屋根……可愛いかも……」
劇場の外観としては確かに印象強くなる。
赤い風車……と、ヴィクトリアは呟く。
ルーカスとアレクシスは、彼女は赤い風車つけたいとか言い出すだろう……工務省建設局にまた一つ仕事が増えたなと思った。
「殿下、これは、他の誰かにお任せなさい。企画や構想は殿下、実行は別の者に。第七師団もそうです。貴女の御父上である陛下もそうです」
アレクシスが言うと、しょぼんとヴィクトリアは肩を落とす。
ヴィクトリアはこくんと頷いた。
「わかりました……」
「こちらへ来る娘たちには、道中、何もないように、注意を払うように徹底させます、遠いところへ来てくれる人材なのですから」
「はい!」
アレクシスの言葉に安心したのか、ヴィクトリアは元気よく返事する。
「娘たちに会って話がしたいようでしたら、殿下が出向くのではなく、彼女たちにここにくるよう伝えましょう」
「はい……」
そう言われて、最初はそのまま明るい表情をしていたが、返事を返す時に、少しショボンとした感じになる。
「殿下?」
「そ、その時は黒騎士様も、一緒なの……ですよね?」
「はい」
またガクっと肩を落とす。
「どうされました?」
「……だって……美人なんだもん。みんな綺麗なんだもん。マリアさんなんか、黒騎士様と同じ黒髪で、目力とかすっごくあって、色も白くて……あーっ! お仕事なのはわかってますけどっ! わかってますけどっ!!」
つまりはまたやきもちがでてしまったようで、ヴィクトリアは頭を抱えソファに横倒れた。
アメリアはお行儀悪いですよと、目線で訴える。
そんなアメリアの視線に気づいてヴィクトリアは姿勢をもどした。
「しかし、そういった歌や踊りをしてくれるでしょうか」
「そこは帝都の娼館の女将に条件要項としてその場で最後に追加しておきました」
ヴィクトリアにぬかりはなかったようだ。
娼婦たちが第七師団に護衛され、ウィンター・ローゼについたのは、それから七日たった夕方だった。
代表としてマリアが領主館に訪れる。
アメリアがマリアを案内して執務室のドアをノックする。
中からヴィクトリアの「どうぞ」という声がした。
ドアを開けると、執務室のデスクに座るヴィクトリアと、その横にいるアレクシスを見てマリアはカーテシーをした。
黒騎士の風貌は、帝都でも有名だ。
ヴィクトリアの傍にいるのが、誰なのか、紹介を受けずともマリアは察したようだった。
元は農民、現在は帝都の売れっ子娼婦だが、そのしぐさはかなり洗練され貴族の淑女と変わらないものであり彼女には上客がついていたのだろうと思わせた。
「殿下、ご下命により参じました」
「マリアさん! よくきてくれました!!」
ぴょんと椅子から降りて、マリアの前にやってきて彼女の手をとる。
「大変でしたでしょ? ここ辺境は本当に魔獣が多いんです」
「確かに遭遇しました。でも、第七師団の方がやっつけてくれたわよ? 安心してここに辿り着けたわ」
「黒騎士様、紹介します、マリアさんです」
「殿下が無理を言ったようで、すまない」
「初めまして、閣下」
「マリアさんが、頑張ってここで娼館を盛り立ててくださるんですね」
「ご指名ですから」
ヴィクトリアはマリアにソファを勧め、対面に自分も座る。
アレクシスもヴィクトリアの隣に座った。
「詳しい話をお伝えしてませんでしたので、ここで概要を説明させていただきます」
そういって、ヴィクトリアはこのウィンター・ローゼの地図をテーブルに広げた。
「娼館はこの商業施設のこの一角に建てました。この建物自体は一見娼館のそれとは見せません、外観も中身もです。外観は目立つように屋根に赤い風車をつけてもらいました。帝都の商業施設の宿が立ち並ぶエリアです」
立地は帝都と変わらない。
「娼館なのに、どうしてこう目立たせるのかとお思いでしょうが、ここは歌や踊りをお酒や軽食をしながら楽しむ遊興施設にしているためです」
「ああ……だから女将に通達した条件が芸事に達者な者を優先としたのね?」
「です! でも、それは時間帯を決めて行うもので、舞台は夜の21時まで。軽食やお酒の最後の注文の締め切りは20時までで、その時に男性のお客様にだけ別のメニューが配られるようにします。別メニューの営業時間は22時」
「……別メニューって、アレよね? つまり、あたしたちの本業よね?」
「はい」
「ん~」
「なんでしょう?」
「悪くはないし、いい企画だけど、それだと遅すぎのような気もするの21時からの営業でもいいんじゃない?」
「そういうものですか……舞台や飲食フロアの片づけとかもあると思うのです」
「それは用心棒が当番制で受け持ってもいいんじゃない? だってうちらの仲間も舞台でて本業とかしたら、凌ぎはほしいでしょ」
「確かに……」
「今回きてるのは10人、そして用心棒として連れてきてるが3人なわけよ」
「なるほど……」
「半分は舞台に出て、あとは本業の待機で」
「それだと予約制にした方がいいですね」
「そうね~その方がいいと思う……ていうかさ、殿下本当に16才なの!? どこからそんな発想が出てくるの!?」
「どこから言われても……思いついてしまって……」
「思いつくんだ……」
「だって、何もない土地なんです、何を作ってもいいんでしょ?」
いつもの彼女の言葉に、仏頂面をしていたアレクシスが笑みを零した。
最初に彼女と話した時の会話、その言葉。
彼女はそう言って、この街にいろんなものを作り込んでいる。
温泉も、巨大な温室も、そして娼館も……。
「……なんだ、笑うと結構いい男なんだ……」
厳つく恐ろしいと噂される彼の、僅かに笑った表情を見てマリアがそう一言漏らすと、ヴィクトリアはぱっと立ち上がって、アレクシスを隠すように両手を広げる。
「マリアさんダメ! 黒騎士様はダメ!!」
ヴィクトリアが必死にそう言うと、マリアはきょとんとした顔から一変して、大爆笑する。
「やーだーもー、殿下ーかーわーいーいー」
「お願いだから、黒騎士様には手を出さないで!」
「閣下も男冥利に尽きますねえ、こーんな可愛い姫様に慕われて」
そうマリアに言われても、アレクシスは答えず、目の前で両手を広げてダメダメと言うヴィクトリアの後ろ姿を見ている。
「……」
「だから、ダメ!!」
「もう、取って食いやしませんよ、殿下」
「本当? 本当?」
うんうんとマリアは頷く。
「だって取って食べられたい方だもの」
さらっとマリアが言うと、ヴィクトリアは今度は黒騎士の方に振り返る。
ヴィクトリアが言い出す前に、アレクシスは子供を抱えるように、ひょいとヴィクトリアを膝にのせる。
「うちの殿下で遊ばないでください」
「あら」
「殿下もです。マリアさんは殿下が可愛いので、面白がってるだけです」
本当かしら? と、ヴィクトリアはマリアを見る。
そして、はたっと気が付く。
「黒騎士様! 『うちの殿下』っていうところと、『殿下が可愛い』ってところだけ、もう一回言って!」
ヴィクトリアがそういうと、マリアは腹を抱えて笑い出す。
自分の人生で、またこんな笑いがもたらされるとは、マリアは思わなかった。
貧しい農民の子で生まれ、ハルトマン伯爵領の農地が疲弊しなくても、売られる可能性は高かった彼女。
帝都について、必死に作り笑いを男たちにむけてきた。
しかし、この小さな姫様がマリアをこの辺境の地までつれてきて、作っていないそのままの笑顔を引き出した。
「閣下の言う通りですよ。それじゃあ、あたしは、その劇場に行きますか」
見送りしようとヴィクトリアがアレクシスの膝から降りようとすると、アレクシスはそれを察したのか、いつものようにヴィクトリアを片腕で抱き上げる。
その様子を見て、マリアは「黒騎士様も、まんざらじゃないのかもな」と心の中で思った。
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