第22話「よろしく、殿下。あたしの人生、アンタに賭けるわ」 



 翌日、ルーカスは領主館を訪れた。

 執事と一緒にアメリアも部屋へ追従していた。

 「フォルストナー中将が参りました」

 ヴィクトリアは黒騎士のデスクの隣に立っている。

 ルーカスとしては、一体何をやらかした、もしかして昨日の弟が言ってた件で女にだらしがないとか思われたのかと、それでヴィクトリア殿下がご立腹なのかと内心ハラハラした。

 「フォルストナー中将」

 アレクシスが階級付きでルーカスをそう呼ぶ。

 常に親しい感じで接したアレクシスがそういう呼び方をする時は、何かの軍命に近い。 ルーカスは敬礼する。

 「極秘任務を与える」

 「はっ」

 「いまより帝都に赴くヴィクトリア殿下の護衛だ」

 「……帝都……」

 また5日かけてあの道をいく。しかも、極秘。

 ここへ来た時よりも格段に道はいいし、野営もしなくてすむとはいえ……。

 「この帝都への道行が極秘です」

 ヴィクトリアが発言する。

 「決して、他言はなさらないように」

 そう言って、執務室の壁に手をつけ横開きのドアをスライドさせる。

 「……」

 「フォルストナー中将、こちらへ」

 「アメリア殿、ルーカス、殿下を頼む」


 アメリアは頷く。

 わけがわからないまま、ルーカスは二人と一緒にそのドアの中、床に魔法陣が敷かれている空間に入る。

 アメリアがスライドするドアを閉め、ヴィクトリアが魔法陣の中央をつま先でトンと踏みつけると、魔法陣が淡く光り魔術が発動する。

 すると、何もない空間から見たことのない部屋へ移動していた。


 「殿下、お待ちしてました。陛下よりこちらを」


 執事風の男がヴィクトリアを見て一礼する。

 ヴィクトリアは書状を受け取りそれを一目する。


 「馬車は用意してございます。こちらへ」


 男の案内に導かれてルーカスは混乱したまま、ヴィクトリアに付き従う。

 室内を出て回廊を周り、ある一定の場所のまでくると、ここがどこかなのかはっきりとわかった。

 

 ――帝都の皇城か!


 ヴィクトリアとアメリアは一言も話さない。

 いつもなら『可愛い女の子が二人で話してていいなあ的』光景なのにそれがない。

 案内されるまま馬車に乗り込み、御者が馬を走らせた。


 「皇族のみ使用できる転移魔法陣です。道行が極秘といったのはコレです」


 アメリアがヴィクトリアの代わりにルーカスに伝える。


 「見た目や言動はチャラいけど、それなりに殿下は信用しておりますので」

 

 ルーカスは苦笑する。


 「それで、帝都にどういったご用件で?」

 「黒騎士様はお忙しいですし、今から行く場所は中将の方が詳しそうなので」

 「?」


 馬車は帝都の商業地区に入っていく。

 飲食店街を抜けていく先に、ルーカスはドキリとする。

 アメリアとヴィクトリアを見て、馬車の窓から見える建物と彼女たちを交互に見る。

 アレクシスよりも、自分が詳しそうと言われた理由が、そこにある。

 先日、弟との会話で殿下が察したのか、それとも、アメリアの言う「チャラい」という印象からきているのか……。

 それにしても、しかしである。


 

 ――なんで花街なんだよ!?



 そこは娼館が立ち並ぶ区域だった。 

 この幼くあどけなく無邪気な、俗世の裏など目にしたこともないだろう殿下が、一体何故ここに何の用でいくのだとルーカスは思う。

 しかもこのことは、アレクシスは知っているのだろうかと……。

 多分、アレクシスは知らないだろう。

 知ってて、殿下をこのような場所に、行かせるようなことはしないはずだ。


 ――一体何考えてんだ、殿下。


 ある娼館の前に馬車が停まる。御者がドアを開ける。

 昼前、娼婦たちにとっては朝。

 朝から馬車で貴族の小さな姫が、娼館のドアをくぐる。

 それを見ていた娼婦たちは、「ああ、家が没落したのか、借金の方に売られてきたか」的な視線を投げてよこしている。

 ヴィクトリアは怖気づくことなくその歩みを止めない。

 

 「姫様、お話は伺っています、こちらへ」


 用心棒と思しき男の案内で、ある一室に通された。

 そこには娼館の女将がいた。




 「陛下より通達は受けてますが、姫様は、これが正しいと思ってますか?」


 痩せすぎの、年をとった女将の言葉。

 若い頃はさぞかし人気をとっていただろう。

 老いの中にかつての美貌が見て取れた。


 「……正しいか正しくないかと問われれば、正しくはないでしょう」


 ヴィクトリアの言葉に、ピクリと女将は片眉をあげる。


 「ハルトマン領から売られてきた娘たちに補償をする、その言葉だけだとしたら、じゃあ他の売られてきた娘たちの補償は? つきつめれば貴族の市政の失策で苦しんだ者も大勢いる、その娘たちを無視では道理が通らない、女将のお考えは、この幼く見えるわたしにも、わかります」

 「そのとおり、娘たちがここにくる理由をつきつめれば、それに行き当たる。わかってなさるんだね、じゃあ、ようござんす。つれてきておくれ」

 用心棒にそう言いつけると、用心棒はほどなく三人の娘たちをつれて室内にはいってきた。

 三人の娘たちは部屋に入ると、ヴィクトリアを見つめて同情の眼差しを送る。

 ヴィクトリアが没落した貴族の令嬢で、自分たちがその世話を任されるのかと、彼女たちは思ったようだ。


 「そこへお座り」

 女将がそう言って、ヴィクトリアの対面に娘たちを座らせる。

 「早とちりするんじゃないよ、この姫様はお前たちを身請けしてくださるそうだ」

 女将の言葉に、くせのある長い黒髪の娘が「はあ?」と頓狂な声をあげた。

 「なーにー? どこのお姫様かわからないけど、なんであたしたちを身請けするっていうのさ」

 「ハルトマン伯爵領の出自ですよね?」

 「そうだけど~」

 「ハルトマン伯爵領は現在、帝国の直轄領となりました。圧政の為に、ここへ来た貴女方に補償をしたいのです」

 「……」

 「……」

 「……」

 三人は互いに顔を見合わせて、ヤレヤレとヴィクトリアを見る。

 「優しいのねえ、お嬢ちゃん。でもねえ、圧政の為に売られたって言われても、こっちは売られる前にもうとっくに腹をくくってんのよ。覚悟がない奴は最初っからここにはきてないって」

 「あたしたちが売られれば、家族はなんとか食いつなげる、あたしたちもとりあえず、寝るところと、食い物は与えられるしい。だいたい、そんな娘なんてこの花街じゃ、ごろごろいんのよ。お嬢ちゃんまさかその娘たちも全員身請けする気? どんな金持ちの姫様なのって話よ」

 「お嬢さんにしてみれば、とんでもないだろうけどね、でもこれも仕事なのよ。畑作とか畜産とか、手工業とか、それらと何ら変わらないわけ。まあ売られる前はそれなりに初心だったから、びびってたけどね」

 癖のある長い黒髪の娘がヴィクトリアを見つめる。


 「それに、あたしたち、結構これでも人気あんのよ? 身請けするって金はどこからでるさ、お嬢ちゃん」

 三人はクスクス笑う。

 「今、身請けされても、女じゃねえ……ここで働いてたほうが、遥かに稼ぎはいいのよねえ。金持ちの男ならさあ、お妾でいいから身請けされてみたいけどお」

 「やーだ、もう」


 女将はこの成り行きを想像していたようだ。

 ここにきた娘たちの意識は既にその道の者である。

 ふってわいた補償をすると言われても、頭から信じて飛びつくことはないと。

 現状の生活と、もしこの姫に身請けされたその後の生活を比較して、どちらが自分たちに合っているのか。

 ヴィクトリアは三人を見つめる。


 「わかりました。あなた方のその意思と、女将からきいているここでの評判。それを踏まえて」


 「ええーまだあるのお? あたし、夕べっていうか3時間前まで客の相手しててまだ眠いんだけどお」

 「あの客、金払いいいじゃんよー」

 「でもねっちこいのよー上手いんだけどねー」


 アメリアもルーカスも、ヴィクトリアの耳をこの手でふさいで今の会話を聞かせないようにしたい気持ちになる。

 しかし二人の内心をよそに、ヴィクトリアは冷静だった。

 

 「仕事の話です」


 ヴィクトリアは女将を見て、娘たちに視線を移す。


 「仕事ぉ?」


 「新たな土地で娼館を建てたので、そこでこの仕事をしてみませんか?」


 ルーカスは目を見開く。

 ヴィクトリアが目指すのはシュワルツ・レーヴェをこの帝都並みにする。

 帝都にあるものは新領地ウィンター・ローゼにもあるようにしたいと、ヴィクトリアは言った。

 ヴィクトリアは既に、娼館の準備はしていた。

 新領地に行く前に、それはコンラートとの手紙のやり取りで、場所も施工も彼に任せている。

 いないのはそこで働く人材だけだ。

 このやりとりで一番最初に驚いたのは、施工を任せられたコンラートだった。

 皇族の姫がそこを切り出してくるとは思わなかった。

 しかし、ヴィクトリアはこれは必要だと思っていた。

 北部辺境には多数の人間が集まるし、行きかう。

 この施設がなければ、普通に生活している女性に何らかの被害が及ぶかもしれないと危惧したのだ。


 女将と娘たち3人は顔を見合わせる。


 「儲けはでるのかい?」


 女将の言葉にヴィクトリアは曖昧にほほ笑む。


 「新しい街ですよ、いま続々と移住者も増えてきてます。今後の街の発展次第では儲けはでます」

 「豪雪地帯なんだろ、冬場はどうすんだい?」

 「温泉を掘りました」

 「は?」

 「温泉を掘ったんです。酪農だけの収益はだしません、遊興観光施設としての面も見せようと努力してます」

 「豪雪地帯に温泉?」

 「雪を見ながらお風呂が楽しめる。街の居住区、宿には温泉引いてます。食べ物は美味しいですよ」

 娘たち三人は顔を見合わせる、そして癖のある長い黒髪の娘が、ヴィクトリアに尋ねる。


 「え……ちょ、ちょっとまってよ、お姫様、アンタ……もしかして……本当のお姫様?」


 「何よマリア、本当のお姫様ってー」

 まだ現状を把握してない娘がマリアと呼ばれた娘に尋ねる、マリアは女将に問う。

 「ねえ、女将さん、この子……」

 マリアの言葉に、女将は頷く。

 「うちの国の姫様だよ」

 マリアはヴィクトリアの顔をまじまじと見つめる。


 「この子が……黒騎士の嫁……」


 男を相手に春をひさぐ彼女たちは、意外にも世事には敏感である。

 上客を持つ娼婦ほど、客の話に合わせるため、読売から噂話、世間の動向に注目している。

 マリアは多分女将のいう売れっ子なのだろう。

 マリアの呟きに他の娘たちも、思い当たるのか、表情を改める。

 戦争の褒賞として黒騎士に降嫁された第六皇女。




 「この帝都でも有名な娼館、プリマヴェーラの支店、それを辺境の新領地シュワルツ・レーヴェにある街ウィンター・ローゼに建て、任せるといったら?」




 沈黙が女将と娘たちを包む。


 「……皇族の姫って、やっぱこんなにちっさくても皇族なんだねえ」


 沈黙を破ったのはマリアの一言だった。

 まじまじと幼いヴィクトリアを見る。

 だいたい普通の貴族のお姫様なら、こんな場所にすら近づかないし、見ようとも聞こうともしないだろう。

 この小さな姫は、正義と同情に煽られて、売られた娘たちの救済を申し出てきた。そこはなかなか行動的ではある、理想主義が行き過ぎの感もあるが。

 それを踏まえて、申し出を断り現実を知らせ甘さを指摘したのは、マリア達だった。

 しかし、そこからまた、この姫が切り出したとんでもない提案。


 「あたし、年季が明ける前に、どっかの金持ちの男に身請けされて、手活けの花になるんじゃないかって思ってたし、実際そういう話はここんとこもちあがってきてるけど」

 「マリアは人気あるからね」

 「女将、あたしじゃ、女将の器になれないかしらね」

 

 女将はマリアを見る。


 「男の囲い者になるよりも、面白そうな話だからね」

 「即決かい?」

 

 女将が呆れたようにマリアを見る。

 実際女将も、このマリアをどの客に身請けさせるのが儲けになるか考えていたところだった。


 「だって普通、ここまで話をもってこないってえ」


 マリアはひらひらと手を上下に振る。


 「甘い甘い理想をもって、ただ救済にきました~だったらお帰り下さいだけどさあ。その理想が前振りで、本題、実は仕事の勧誘でした~とかって、どうなのよ?」

 「……」

 ヴィクトリアは女将を見る。

 「女将の采配で、この話、断るなら早めにお願いします、他の娼館にも持っていきたいので」

 「……とんだ姫様だね、どこの商人かと思うよ」

 「……」

 「よござんすよ、取り決めましょう。とりあえずマリアは行くとして、アンタたちはどうする?」


 娘二人は女将とマリアとヴィクトリアを順に見つめる。

 

 「別にいいわよ~行っても」

 「でも三人だけではないんでしょ?」

 ヴィクトリアは頷く。


 女将はヴィクトリアの隣に座ると、ヴィクトリアは書類を取り出し、女将と金額と条件を語り始める。

 「ここに記載している娼館にも打診してみます、花街にも商人と同じ寄合があるでしょう? 一番最初にここに話をもってきました。この三人は例の補償とかの意味をこめて身請けしようとしてたのがまず前提の条件だったので、金額これでどうでしょう?」


 女将は眉間に皺を寄せる。

 金額は妥当だが、色をもう少しつけてもらいたい、だが、この姫様が持ち出してきたこの話はもしかしたら、まだ旨味があるかもしれない。

 そんな打算が女将の頭の中でぐるぐる巡る。

 もちろんヴィクトリアはその思い巡らせている様をわかっている。

 だから言うのだ、狙ったように。


 「女将、新しい街で起こす娼館です、この帝都の花街では行ってない仕事も企画しますし、マリアさんがいるのですから、帝都のこのプリマヴェーラの宣伝にもなりますよ?」


 ヴィクトリアの顔を女将はマジマジと見る。


 「……姫様、あんた、いくつでしたっけ?」

 「今年17になります」

 「……」


 ちょうどここへ売られてくる娘たちと同じぐらいの年だ。

 見た目はそれよりも幼いが。

 大人たちの思惑にそして自らの生活に、否応なしにこの館に花街の門にくぐる娘と同じ年なのに……寄合の中でも一番金に吝く合理的な競合相手と話し合うような錯覚に陥ってた女将は頭を軽く振る。



 「え? 16なのっ!?」

 「まじ?」

 マリア達がヴィクトリアを見て声をあげる。

 「話はこれから詰めるから、アンタたちはおさがり」


 女将の言葉にマリア達はたちあがる。

  

 「はいはい、じゃあよろしくねえ~お姫様~」

 「マリアさん」

 「ん~?」

 「よろしくお願いします」


 ヴィクトリアは立ち上がり手を差し伸べる。

 マリアは内心驚いた。

 娼婦に手を差し伸べてくるこの貴族のお姫様は、あのハルトマン領にいた領主の妻や客から聞く貴族の令嬢とは違う。

 娼婦なんて汚らわしいと、蛇蝎を見るごとく視線を投げて無視を決め込むのが、だいたいの反応なのだ。


 「よろしく、殿下。あたしの人生、アンタに賭けるわ」 


 マリアはそう言って差し伸べたヴィクトリアの手を握り返した。



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