第20話「作りましょう! 植物の家を!」



 温泉掘削から、工務省の仕事は勢いづいているようだった。

 そんな掘削作業から翌日、朝食後のお茶をアメリアに淹れてもらっていたヴィクトリアの元に、他の侍女がゲイツの訪問を知らせてきた。

 アレクシスと目線を合わせる。

 何か不都合でもおきたのかと。


 「通してくれ」


 アレクシスの言葉に侍女は一礼してゲイツを連れてきた。


 「朝早く申し訳ありません、領主様、殿下……」

 「おはようございます、ゲイツさん何かあったのですか?」


 工業地区の技師長であるゲイツが進言する。


 「実は、この街の農業エリアの開墾を手伝ってほしいのです」

 「あ、はい」


 ヴィクトリアがあっさりと返答するので、ゲイツは拍子抜けした表情になる。


 「開墾作業でいいなら」

 「え? いいんですか?」

 「だって、わたしの魔術、その為にあるのですから。ちょっと街の様子を見て浮足立ってしまいましたが、もちろんそれは優先事案の一つです」


 ヴィクトリアはきっぱりという。


 「農作業や畜産業は時間がかかりますから、さっそく行きましょう……黒騎士様よろしいでしょうか?」

 

 おずおずとアレクシスを見てヴィクトリアは尋ねる。

 アレクシスは頷いて、ヴィクトリアをエスコートした。


 ナナル村からここへ移住してきた村人は、農地エリアの開墾作業をしながら、住居地区や商業地区建設の手伝いもしてきた。

 多分それまで農業や畜産業をしていた者が大半であるにも関わらず、自主的にそれらに手をかしてくれていたのだ。

 魔獣に襲われ村を移動して、それまで生活の主軸としてた農業から離れていたが、やりなれた仕事で少しでもこの新しい街に貢献したいと思ってくれている。

 それに、ここの作物は質がいい。

 街を観光業にするためにも、近場で供給できる食料は大事だ。

 ヴィクトリアにしてみれば、優先するべき事案の一つ。

 アレクシスも一緒に護衛として、ヴィクトリアと共に農地エリアに向かう。


 「あ、領主様だー」

 「お姫様もいるよー」


 開墾作業を手伝っていた子供たちの声で村人が手を止めて、アレクシスとヴィクトリアの傍に近づく。


 「みんな、ご苦労様です。魔獣の被害に村々への移動、大変だったでしょ?」

 「ここは街の街壁もしっかりしてて、おらたちも安心して作業できてるだ~」

 「今日はちょっとお手伝いにきました」

 「あんれまあ。姫様がわざわざ~」

 「遠くの方でまだ作業しているみなさんも、全員ここへ集めてください」

 

 そういったのは開墾地にいると魔術の展開がしにくいためだ。

 元ナナル村にいて農地開墾作業をしていた者たちが、ヴィクトリアの指示のもと、その場から集まる。


 「ちょっと、ここで休憩しててくださいね」


 村人たちは小首を傾げる。


 ヴィクトリアは開墾していた場所へと進み出る。


 「姫様~泥だらけになんべ~」

 「大丈夫よ~」


 アイテムボックスから魔法陣の描かれたスクロールを取り出す。

 そしてそれをトレースする羽ペンも。


 「人体反応なし、距離幅、設定よし」


 そういいながら、羽ペンでスクロールの魔法陣をなぞっていく。


 「魔術式展開! 豊穣の女神の加護があらんことを! 農・地・開・墾ファーム・クリエイト!」

 

 魔法陣がいつものように光って、開墾予定の場所を覆う。 

 昼間の太陽の元なのに、それは幻想的な風景だった。

 あっさりと開墾してみせると、村人が驚く。


 「おお~開墾されてるだ~」

 「温泉掘ったって聞いてただが、ホントだなんだべなー」

 「農地は温泉の引いているエリアとは別だから、ここの土壌をそのままに生かすよう、コンラートさんにお願いしてますから、農作物の育成はナナル村と同様だと思うのです。もし、何かご意見があれば、わたしでできることならお手伝いします」

 「いんや~十分だが~」

 「よかった」

 しかしそこからおずおずと声を上げる者がいた。

 「姫様あのう……」

 「はい?」

 「ご意見っていうか……」

 「はい」

 「おら、トマスいうだが、やってみたいことがあるだ」

 「なんでしょう?」

 「おらな、ここさきて、商隊のほうで売ってた作物さ、育ててみたいんだ」

 「あら」

 「でも、この土地さ寒ぐて、無理だと言われてたから……」

 「そうなのよね、気候ばかりは、わたしでもどうにもできなくて……」

 ヴィクトリアは困ったように、アレクシスを見上げ、そして話しかけてくれた村人に視線を戻す。

 「そだよな……」

 「でも、育ててみたい作物って何?」

 「果物さ~育ててみてえだ」

 「果物……リンゴではなく?」

 「商隊の人が、南国の果物さ売ってて、甘ぐて、まんずうめえで、子供も喜んでたもんだから」

 「……南国の……果物……」

 「無理だべな~あの開墾をした姫様なら、そったら夢みたいなこともできると思っただけで、ご意見というより思いつきいうだが……」

 

 村人の顔をヴィクトリアはその菫色の瞳でじっと見つめる。

 

 「殿下?」

 「ああ、ここにきて、浮かれててうまく思考が回らなかった! それです!」

 ヴィクトリアは小さな頭を両手で抑えてうずくまる。

 「ゲイツさん!」

 不意に名前を呼ばれたものの、ゲイツはすぐさま返事をする。

 「はい」

 「ガラス、たくさん作れますか?」

 「鉱山のほうでとれる材料がありますので可能です」

 すくっと立ち上がって拳をぐっと握りしめ、ヴィクトリアはアレクシスに言う。

 「黒騎士様、コンラートさんと相談します!」

 ヴィクトリアはトマスと名乗った村人を見つめる。

 「ね、トマスさん。そういう場所を作ったら、いろいろ管理してくれる? 果物だけではなくて、お花とかもよ?」

 「おら、モノづくりはゲイツと違って不器用だけども、土いじりは好きだで、請け負うだよ?」 

 ヴィクトリアは両手をグっと握りしめて、よしっと呟く。

 「トマスさん! ゲイツさん! 作りましょう! 植物の家を!」

 「は?」 

 「へ?」 

 「この街は、公園もいくつか作ってますが、一つ、大きな公園を使って、植物の家を作るのです!」

 ゲイツとトマスは顔を見合わせる。そしてまたヴィクトリアの顔を見つめる。

 「わたしは先日、この街の観光の目玉として温泉を掘削しました」

 「それは、存じ上げてますが」

 「んだ」


 「この温泉の熱を利用して、ガラスで植物の周りを囲んで、あったかーい大きい温室を作るの!」


 ゲイツとトマスはもう一度、顔を見合わせる。

 「……」

 「……」


 「上手く育たたないかもしれない。でも、上手く育って、実を結ぶかもしれない」


 「姫様! それやるだ! おらやってみたいだ!」

 「どうでしょう? 黒騎士様!?」

 「領主様、おらやりたい!!」

 ヴィクトリアとトマスがアレクシスに詰め寄る。

 「そうですね、立地は検討した方がいい……。最初は農業地の一角を使って試験的に試してみる。上手くいきそうなら商業地の公園のどこかを利用して観光的なものも一つ作ってもよいのではないでしょうか?」

 アレクシスを見上げるヴィクトリアの瞳が明るくなる。

 「冬の長く厳しい土地に、暖かな温室を。領民も観光者も、興味を引かれて足を運ぶような」

 「黒騎士様ー! それなのです!!」

 勢い込んで叫ぶヴィクトリアだったが……。

 「種や苗はどうするおつもりですか?」

 このゲイツの言葉にヴィクトリアは眉間に皺を寄せる。

 「商隊から買い付けるだか?」

 「あんまり気はすすまないのですが……取り寄せます」

 「どこから?」


 「サーハシャハル王国……ですか? 殿下」


 アレクシスがそういうと、ゲイツもトマスもあっと声を上げる。

 「グローリア姉上に少しだけ頂戴ってお手紙書きます……ほんとうに少しって書かないと、姉上はたくさん送って寄こしそうだから……」

 下手をすると国家間規模の流通になりそうで、ヴィクトリアは眉間に皺をよせたのだった。

 それを聞いたアレクシスも微かに笑う。

 皇族の姫君たちは、この末姫がとても可愛くて仕方がないのだと、いままでの経緯でなんとなく察していた。

 



 「え……温室……?」


 アレクシスとヴィクトリアでコンラートのところへ行くと、コンラートは首を傾げる。 それよりも、コンラートとしては、ドレスの裾が泥だらけであるヴィクトリアに何があったかと不安になった。

 

 「泥だらけですが、どうしたのです殿下……」

 「農地開墾してました!」


 その言葉に、温泉掘削作業を思い出したコンラートは視線を遠くに飛ばした。

 きっとあの勢いで農地開墾してきたのだと容易く想像できたのである。

 農地開墾して村人からの進言で、温室作るとヴィクトリアは言い出す。


 「できれば公園の敷地を一つ丸々使った大きな温室を作りたいの! 商業地区に、遊興施設の一つとして!」

 「殿下の発想力というのは底なしですな、温泉の熱を利用すると……」

 ヴィクトリアはコクコクと首を縦に振る。

 「デザイン部と造園の者とー」

 「あと、ナナル村出身のトマスさんも加えて下さい。彼に管理を任せます。ゲイツさんにガラス発注しました」

 「はやっ! ガラスですと?」

 「だからー」


 ヴィクトリアは製図用紙を引っ張り出して、外観を描き始める。


 「こうー全体的にガラスなの。そうすることで太陽の光を集めて外気断熱」 

 「ほう、絵もお上手ですな、殿下」


 コンラートはヴィクトリアの描く外観図を見てそんなことを言う。

 その言葉に、通りがかったデザイン部のスタッフがヴィクトリアの描いた外観図を覗き込む。


 「よろしいですか? 失礼します」


 そう言って、デザイン部の者が、ヴィクトリアの描いた外観図の余白にいろいろと外観デザインを何パターンか描き始める。


 「本職の人すごい! 綺麗! あ、こっちもいいっ!! 黒騎士様、どう? どう? どれが好き?」


 ヴィクトリアはアレクシスの袖を引きながら尋ねた。

 正直デザイン云々はアレクシスにとってはそのまま出来上がったものであればいいぐらいでさして興味はなかったのだが、こうして目の前で出される図案は、考えさせられるものがあった。

 なかでも中央をドーム型にしたものが、目を引いていた。


 「選んで選んで! わたしも一緒に選びますから!」

 

 ヴィクトリアがせーので指さして下さいという。

 

 「コンラートさんも、デザイン部の描いてくれた、えっと」

 「パウルです」

 「パウルさんもね! いいですか? せーのっ!」


 全員が一つの図案に指をさす。

 それはアレクシスがいいと思っていた図案だった。

 ドームがまるで王冠のようで。

 ヴィクトリアの住むこの街の象徴に見えるようで……。


 「満場一致ですな。じゃ、パウル君、これ、正式に外観図案を起こして」

 

 コンラートはあっさりと告げる。


 「は……いいのですか?」

 「いいんです。領主様が今いいっていいましたから」

 

 きっぱりとコンラートは告げる。


 「え?」


 アレクシスはコンラートを見る。

 コンラートはなぜそこでわたしを見るという表情でアレクシスを見る。

  

 「だって今選びましたよね? さてー温泉の方をわたしは見てきます」

 「行ってらっしゃーい、パウルさんよろしくお願いしまーす」

 「かしこまりました、殿下」


 手を振って二人をヴィクトリアは見送る。


 「いいんですか? あっさり決まりましたが」


 アレクシスが呆れたようにヴィクトリアに尋ねる。


 「いいんです。だって、ステキだったもの。今の温室!」

 「確かにそれはそうですが……」


 ヴィクトリアはにっこりとほほ笑む。


 「ね? 言ったでしょ? 黒騎士様、何もないところなんです。なんでも作っていいのです」


 得意気なヴィクトリアを見つめて、アレクシスはその頭に手のひらをぽんと置いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る