第14話 「だから、街、もう一つ、作るのです」



 「姫様、早くおやすみなさいませ、まだ起きているのですか」

 アメリアがヴィクトリアを窘めるものの、彼女は、今日起きたことを反芻しているようで、なかなか休もうとはしなかった。

 「だって……眠れない」

 あんなに、魔力を使い街道を開き、土魔法でこの建物を建てて、疲れてないはずがないのに。


 「だって、だって、黒騎士様が、今日きてくれたのよ? わたしがこの北部についたって、わかったのよ?」

 

 ――誰だってわかりますよ、あんな街道開いたら。誰が何をやったか一目瞭然でしょうが。


 「しかも、あの魔獣、大きくて、わたしも本当は泣き出しちゃいたいぐらい怖かったのに、三頭も一撃で倒してしまって、返り血一つ浴びてなかったのよ?」


 ――確かに、戦闘力では黒騎士様はチートですよ。


 「それに、泣きついたら、抱きしめてくれたのよ?」


 ――大人が子供を抱っこするアレにしか見えませんでした殿下……。


 「ありがとうってお礼の後に大好きってほんとうは言いたかったけど、中将の言う突発系鈍感難聴になったら意味がないから言わなかったの、でも感謝の気持ちは伝わったはずよね?」


 ――そこはどさくさに紛れて言ってもよかったのではないでしょうか。


 「黒騎士様は、領地の名前をつける時にわたしのことを想って考えてくれてたみたいで……やだもう、どうしよう~街の名前になったけど、照れちゃう~」


 ――……うん、それ、絶対に君主(殿下)を立てようと黒騎士様が考えただけで、殿下が期待するような意味から黒騎士様が思案してたわけではないと思われます。


 「黒騎士様、わたしのこと好きになってくれるかな?」


 ――あ……やっぱり、まだそこまでは勘違いしてなかったか、さすが姫様。


 「そうなる明日のために、お休みなさいませ」


 アメリアがそういうと、ヴィクトリアはもそもそと寝袋の中に入る。

 もちろん野営の為に用意されたものだ。

 外にいるわけではないけれど、ベッドなどの寝具はない。

 

 「わたしは……毎日……黒騎士様のこと……好きになるけど……いつか黒騎士様も……同じように……」


 寝具の中に入ってもまだ少しそんなことを言っていたが、最後まで言い終わらないうちに、ヴィクトリアは小さな寝息を立て始めた。

 



 翌朝、ヴィクトリアが建てた学生寮を模したその建物から、新領地の街、ウィンター・ローゼへと一行は向かった。

 道中は昨夜のような魔獣の出現もなく進行して、日が傾きかける頃に目的地であるウィンター・ローゼに到着した。


 「ここが……新しい街……」


 馬車からヴィクトリアが降りると、工務省のコンラート達が出迎えた。


 「閣下、そして殿下、よくご無事で」

 

 ヴィクトリアはコンラートを見ると笑いかける。


 「コンラートさんですね、初めまして。わたしが、リーデルシュタイン帝国第六皇女、ヴィクトリアです」


 優雅にカーテシーをすると、コンラートも一礼する。


 「工務省建設局のコンラート・ハンスです殿下」

 「素敵な街……」


 魔獣から住民を守るために帝都に劣らない街を取り囲む高く堅牢な外壁。

 リンゴの木を街路樹にしたメインストリート。

 工業地区と商業地区の配置、住居地区、官公庁の建物、コンラートは工業地区はどこよりも先に手掛けていた。

 その場で生産しておかないと、建築するのに帝都からの輸送では間に合わないと判断してのことだ。

 そこは皇帝も許可を出していた。

 だから出来上がっている地区とそうでない地区がある。

 しかし、ヴィクトリアのその瞳には完成図がはっきりとわかる。

 この年齢の貴族の令嬢に都市の良し悪しがわかるのかと、一番最初にアレクシスが視察にきた折にそう思っていた。

 しかし、アレクシスの進言に従って、随時進捗状況をヴィクトリアに知らせると、思わぬ案がかえってきたり、また、自身も変更したい部分を知らせると、すぐに返事がもどってきたりで、第六皇女殿下は幼いながらも、いろいろとお考え深い方だと感心したものだった。

 その本人がいま、こうしてこの地にやってきて、夢中になって街を見つめている。


 「殿下からのお便りを参考に、デザイン部の者と話を合わせて、現在もなお、建設中ですが、領主館と軍官舎は完成しております」

 「ええ、お便りと一緒に送られてきた配置図と同じだわ、すごいです! これなら、もう一つ街、作っても大丈夫ですね!」


 ぽむと両手を合わせてヴィクトリアはコンラートに言う。


 「は?」

 「だから、街、もう一つ、作るのです」

 「え?」

 「急がなくてもいいです。でもーそうですねーここを完成させて、すぐに、もう一つ」 「はい?」

 「私が昨日建てました、そこを事務所に」

 「え? 何を? 建てたと……」

 「学生寮を摸した建物を土魔法でたてました。建具や窓はついてません。屋根はあります」

 

 コンラートはヴィクトリアを見て、そしてアレクシスを見上げる。


 「昨夜、建てられたのだ。この街道沿いに」


 アレクシスの言葉に、コンラートは呟く。

 「たてた……」

 「上物のざっくりした感じです。細かいところはコンラートさんにお任せします。そこが、このシュワルツ・レーヴェ領の学園都市建設の事務所となります。学生寮を模したので、これから北部へ移ってくれる人の宿代わりにもしたいのです。」

 「……」

 「たくさん働かせて、ごめんなさい。でも、父上の許可は下ります。行く前に都市計画書、渡してあります」

 「……」

 「だから、街道作るお手伝いもしましたし、明日には温泉も掘削しますから、ちょ、ちょっとコンラートさん!?」

 口から魂がぬけたかのように、呆然と立ち尽くすコンラートにヴィクトリアは、アレクシスやヒルデガルドにどうしようという視線を向けた。


 「ヴィクトリア、とりあえず、住まいとなる領主館に移動しよう。第三師団はこのまま領主館に、第七師団は官舎へ戻る。それでいいな、フォルクヴァルツ卿」


 ヒルデガルドが言うとアレクシスは頷いた。




 領主館は出来上がっていた。

 完成の知らせを受けたヴィクトリアが帝都から必要なものを先に輸送させていたのもある。

 受注を受けた内装関係の者が「シンプルすぎるのでは?」と進言するほどだが、シンプルなほうが黒騎士の好みだろうし、ヴィクトリアも追々手を入れやすいと言ったので、普通の貴族の館と何ら変わらない。


 「しかし……学園都市ですか……人は集まるでしょうが、学問にはお金がかかるのではないでしょうか?」

 

 ついたばかりのメイドや料理長、侍従たちはいそいそと持ち場を確保しており、夕食にはコンラートも同席している。

 前菜が運ばれた時に、コンラートがそう言った。


 「そうですね、だから先行投資みたいな形で。学園に入る生徒や研究者にはお金になることをしてもらいます」

 「?」

 「広大な敷地に各研究施設を提供するのですから、その見返りといいますか、この北部のことを調査し、開発発展に必要な企画立案、そして開発商品化への企画、商品化流通はこの街、ウィンター・ローゼにて行います。それらで、北部に、このシュワルツ・レーヴェ領に利益をあげるのが最終的な目的でもあります」

 「……」

 「領民少ないですから、学校たてて、学生や研究者にちょっと手伝ってもらおうと思って」

 「そこまで、お考えでしたか……」

 「まあ、細かいことはこの領地に移住してもいいと言ってくださる方がいるので、その方に一任します。わたしの家庭教師だった方です。カスパー・フォン・グラッツェル伯爵です。ちょっと高齢の方ですが、まだお元気な方で」


 そういうと、アレクシスはデビュタントの時にヴィクトリアを取り巻いていた好々爺達の一人を思い出した。


 

 ――それにしても、ヴィクトリア殿下は、あまり変わられませんな。


 ヴィクトリアが一番気にしているだろうことを発言したのは、親が子供に、読んで聞かせる絵本に出てくる魔法使いのように長い白い顎鬚を蓄え、杖をついているものの、腰はそんなに曲がってはいない高齢の貴族だった。

 アレクシスは無表情のまま、紹介されたその老人を見つめる。


 ――グラッツェル先生も、お変わりになってません。


 ヴィクトリアがそういうと、呵々とばかりに笑った。


 ――噂では結婚を前に、許嫁の新領地に赴くそうだの。寂しくなりますな。

 ――はい、先生もきてくださいます?

 ――殿下は年寄りに北の地まで旅行しろと仰せかな?

 ――温泉掘りますよ? 空気もよくて、食べ物もおいしいです。

 ――また殿下は、気分転換の旅行にはうってつけの地にするおつもりか。

 ――先生、今のこの帝都の学園はどう思いますか? 先生は学園の理事をしていらしゃいますよね。

 ――そうだのう……学ぶ場としては申し分ないが、わし個人的には……ああ、こういうと他の者がいい年なんだから少しは落ち着けと言われるかな。もう少し、変化と活気がほしいところだな。

 ――北の地に「変化と活気」のある大きな学び舎をわたし達が建てると言ったら、先生、どう思いますか?


 グラッツェル伯爵の目じりの皺が伸び、その目が見開かれるのがわかった。


 ――この爺に、気分転換の旅行ではなく終の棲家を紹介するおつもりか……。

 ――北の地は何もありませんから、先生のおっしゃる「変化と活気」はもう手に取るように見てとれるはずなんですけれど。

 ――フォルクヴァルツ卿の断りもなく進めているわけではありますまいな?


 咎めるような視線を受けて、ヴィクトリアはアレクシスを見上げた。


 ――相談は受けてますグラッツェル伯爵。しかし、私個人ではこういったことはとても苦手ですので、殿下がいろいろ提案してくださって助かるのです。


 アレクシスの言葉に、グラッツェル伯爵はうんうんと首を縦に振る。


 ――その容姿に似合わず、意外にも柔軟なお考えですな。フォルクヴァルツ卿さえよければ、前向きに考えましょう。


 ヴィクトリアがぱあっと表情を明るくしてアレクシスを見上げる。

 そんなヴィクトリアの表情を見て、アレクシスも自然と表情が柔らかくなった。

 他にもヴィクトリアを囲む高齢の貴族たちの中から、もと第一線ではそれぞれの役職をもっていてそれなりの実績と能力があり、いまは引退して暇をもてあましている人物を、このデビュタントの折に、ヴィクトリアが北部への職場へ勧誘していったのだ。




 「そのために、街道を開きました。そこの作業が短縮されたのでオルセ村やニコル村への道はそのまま街道担当の方に開いてほしいのです。特に海、漁村のニコル村です」

 コンラートは深くうなずく。

 「殿下の案、拝見してます。保養施設的なもの、しかし、貴族向けでしたな」

 「はい、あと……港を……」

 「……港……」

 「海路の開拓をします。他領、他国への流通をよくしたいのです。そして、同時に」


 「第七師団は、人員を増やし、海上からの出兵も可能にできるようとの軍務上層部からの命令がきてる」


 ヴィクトリアの発言の後を、アレクシスが追う。


 「軍…港……建設ですか……」


 「国境線にひしめく小国家が帝国に向かってくる状態を抑止するのがまず第一の目的だが、ゆくゆくはそこからも戦端が開けるまでもっていく。そのためにコンラート氏にはそこの施工もお願いしたいのだ。設計に関しては軍から送られてくる資料を参考にしてほしい。もちろん、改案があればその都度、軍上層部に連絡をする」

 

 わりと寡黙な黒騎士が、コンラートに仕事の話をしているのを見て、ヴィクトリアが黒騎士様カッコイイなと思ってるのがその表情で周囲にはバレバレである。


 「だからニコル村も、一つの街ぐらいの規模にはなる。コンラート氏には仕事が増えることで申し訳ないが、工務省からも追々、この件について連絡がくると思うので、よろしくお願いしたい」

 アレクシスとヴィクトリアを見つめて、コンラートはため息をつく。


 「いやはや……わたしも若い頃から領地の開拓、街の建設に携わってきましたが、ここまで広げる話は……ああ、想像力が足りなかったのですね。何しろここは、北部辺境、帝国北部の防衛拠点なのですから、普通の街開拓では留まらない。そこは感謝しなければ……ここの開拓は自分に誇りを持てる仕事です。全力であたりましょう」



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