第13話 「――シュワルツ・レーヴェ(黒獅子)領……」



 その後、アレクシスの後を追ってやってきた第七師団一個連隊と合流した。

 アレクシスが、抜刀し一閃した魔獣の死骸を第七師団が始末する。


 「あのでかい魔獣を三頭一撃か」

 

 ヒルデガルドは呆れたように呟いて、魔獣の始末を見てる。


 「結構、早かったな」

 「朝の仕事始めの時に、工務省から街道が出来上がったと連絡があったのでそのまま確認し、こちらへ赴いた次第です」

 

 アレクシスの言葉にヒルデガルドは満足そうにうなずく。


 「殿下、少し遅いですが、お迎えにみえた第七師団の方たちにお食事を」


 料理長のラルフがヴィクトリアに告げる。


 「そうですね、あ、お風呂も入りますか? みなさん、魔獣の死骸の片づけをして血とかついてしまってます」


 ヴィクトリアはぽんと両手を叩いて、黒騎士を見る。

 

 ――黒騎士様は……返り血一つ浴びてない……。


 あの恐ろしい魔獣を三頭も倒して、返り血一つ彼はつけていなかった。

 魔獣の後始末をしていた第七師団の一個連隊の隊員たちのほうが汚れている。


 ――やっぱり黒騎士様はすごく強い方だ……。


 「お風呂?」

 「はい、この建物を作った時に設置したのです」

 

 ――街道といい、この建物といい……殿下の魔力は底なしだな……。


 「魔獣の血で汚れたまま殿下のお傍にいるのも憚られますね。お言葉に甘えてさせていただきます」

 アレクシスは第七師団の団員達に声をかける。

 「食事と風呂を用意してくれてるそうだ」

 アレクシスの発言に、部下が驚く。

 「え……」

 「……なんですと……?」

 「順次、入ってこい」

 

 「お前もだ、アレクシス」


 ルーカスが呆れたようにアレクシスに告げた。




 「野営してると思ったんだが、まさか風呂付のこんな大きな建物を建ててるとは」

 「俺も道中どこかで野営はすることになるはずと思ってたんだがな」


 アレクシスの言葉にルーカスが応える。

 侍女たちと一緒にヴィクトリアもいそいそと迎えにきた団員たちに食事の用意をしていた。

 その様子を見てアレクシスは驚く。

 皇族の姫がそんなことをしなくてもと思うのだが、ヒルデガルドが察したようだ。


 「本人がやりたがってるんだ、やらせてやれ」

 「ですが殿下」

 「帝都の皇城ではなく、ここは辺境の地で、自分もできるだけのことをしたいとトリアが言うんだ。そっとしておけ。この地が開発されて発展したらこんなこともできないだろうからな、ここを副帝都に発展させるつもりらしいぞ」

 「副帝都……」

 「帝都にあるものは、この地にもあるぐらいにしたいそうだ」


 ヒルデガルドの言葉にアレクシスもルーカスも言葉がでない。


 「黒騎士様、美味しいですか?」

 

 呆然としてるアレクシスの傍に、ヴィクトリアが近づく。

 アレクシスは立ち上がり、自分が座っていた場所に、ヴィクトリアを座らせる。

 建物はヴィクトリアが建てはしたが、椅子やテーブルなどはなく、この場はみんな野営をするような状態で床に直に座っていたのだ。

 まるで、そこに椅子があったら、ヴィクトリアの為に立ち上がって椅子をひいてくれたように思う。でもなにより、それが彼の傍だったのがヴィクトリアには嬉しかった。

 

 「はい、殿下」

 「よかった。イセル村の人たちがもたせてくれたお肉とかお野菜とかです。あの村は素晴らしいですね。辺境の地なのに、みんなで力を合わせて」

 「ええ、他の村も、だいたいあんな感じです」

 「みんな、黒騎士様や第七師団に感謝してました。魔獣や害獣を退治してくれて、農作物とかも例年よりもたくさんとれるって」

 「殿下も感謝されてましたよ、村のご老人の身体の節々の痛みを除いたって」

 ルーカスの言葉に、ヴィクトリアは照れたように俯く。

 「殿下を襲った賊にもね」

 その一言にアレクシスはルーカスを見る。

 「賊?」

 アレクシスの硬い声に、ヴィクトリアは顔をあげる。

 「ハルトマン伯爵領は、荒れているな、領主館の周りはそうでもないが」

 ヒルデガルドも言う。

 「その賊は?」

 「ヒルデガルド殿下が斬首を言い渡したが、ヴィクトリア殿下が止めて、一緒に連れてきている。まだ若い者達ばかりだ」

 「……殿下はその者達をどうするおつもりですか?」

 「黒騎士様の裁量にお任せしたいと思って」

 「殿下のお命を狙ったのですよ?」

 「わたしが皇族の者とは知らなかったようです。姉上が斬首を口にしたら泣き出す子供です」

 「……いくら子供とはいえ……甘すぎる……」

 「死ぬまでこの地で働いてもらいます」

 「領民が働くのは当たり前のことです。食うに困って殿下と知らず、いえ、殿下ではなくても人を襲うことはそれは罪です」

 「言ったでしょ、殿下。アレクシスは厳しいと。ていうか、殿下がお優しすぎる」

 「……」

 「いいでしょう、鉱山の方で働かせましょう」

 「黒騎士様」

 「魔獣も多いし、隣国にも近い。危険な場所で働かせることにして、その罪を贖わせましょう」

 ヴィクトリアはぱあっと顔を輝かせる。

 「やっぱり黒騎士様はお優しいです」

 ヒルデガルドとルーカスは目を合わせて、やれやれと肩をすくめる。そして思いついたように、ルーカスは言った。

 「それはそうと、アレクシス、お前、この領地の名前決めたのか?」

 「まだだ。でもそろそろ決めないと、とは思ってるが……どうもそういうのは苦手でな。殿下、何か良い案がありますか?」 

 「え……、まあ、その……一つ候補はあります……けど……」

 「なんだ、トリア考えていたのか」

 「だって、だって、道中、中将がサクサク決めてもとかおっしゃるんですもの。でも、黒騎士様のお考えになったお名前にした方がいいのかもしれませんから……」

 両手で頬を抑えて、ヴィクトリアは照れる。

 「本人も苦手だと言ってるようだから、トリアの考えた領地の名前を知りたいな」

 「……」

 「……」

 アレクシスもルーカスもヴィクトリアに視線を移す。

 「ほら、あんまり溜めてるとまた言いづらくなるぞ」

 ヒルデガルドが促す。

 「わ、笑わない? やだ、やっぱり黒騎士様のいうとおり、こういうの難しいから単純すぎて笑われそう……」

 「笑いませんよ、殿下」

 「ほんと?」

 アレクシスが頷くので、ヴィクトリアはつぶやく。

 その呟きは、あまりにも小さくて聞き取れない。

 自分を囲む3人に聞こえるように、ヴィクトリアは口にした。




 「――シュワルツ・レーヴェ(黒獅子)領……」



 

 一瞬の沈黙のあと、ヴィクトリアは両手で顔を覆う。

 「ああっ、やっぱり、引いてるじゃないですか、やだもう。だって、だって、黒騎士様の領地だし、黒騎士様にあやかって、領地の名前にって」

 

 「なんとも厨二チックな……」

 「中将の言葉はわからないが、いや、まあ、アレだ、帝国の北部防衛拠点だから……それもいいんじゃないか?」

 「……じゃあ、それで」

 

 アレクシスがあっさりと認めると、ヴィクトリアは慌てる。


 「ええ!? あ、あの、ほら、姉上もルーカス様も、こう呆れてしまってるっていうか」

 「じゃあ、ルーカス、お前考えてくれるか?」

 「いえ、殿下の命名は閣下の領地としてこれ以上ないものでしょう」

 アレクシスがルーカスに振ると、ルーカスはキリっと表情を改め、手のひらを返す発言をする。

 「……」

 アレクシスはヒルデガルドに視線を移すが、「いや、それでいいと、わたしは言った」としれっと返す。

 「で、でも、黒騎士様のお考えは……? 決めようと思ったのなら、候補ぐらいはあったのではないでしょうか?」

 「……いえ、本当にそういったことは苦手で……」

 「あ、嘘だ、なんか一つぐらいは考えてたぞ、こいつ」

 ルーカスはそう言う。

 さすが、士官学校からの旧友というべきか。一瞬言いよどんだのを見逃さなかった。

 アレクシスは余計なことを言うなとルーカスに視線を向ける。

 「聞きたいです、教えてください」

 わくわくした様子でヴィクトリアが尋ねる。

 「殿下のつけた領の名前に決定されるなら、お教えしますよ」

 「えー! ずるいです! もし黒騎士様が考えていたお名前が素敵だったらどうするのですか」

 「いいじゃないか、シュワルツ・レーヴェ領で」

 ヒルデガルドはそう言って、ヴィクトリアに何か耳打ちをする。

 それを聞いたヴィクトリアはうんうんと首を縦に振る。

 「わたしのつけた領地の名前でいいので、黒騎士様が考えていた領地の名前を教えてください」

 アレクシスは、にこにこと笑うヴィクトリアと、ヴィクトリアに耳打ちしたヒルデガルドを交互に見る。

 この両殿下は何かを企んでいる。

 傍でみていたルーカスもそれはわかる。

 「中将が『ちゅうにちっく』と言ってましたが、それが領の名前に決定するのですから」

 ね? と小首を傾げて尋ねてくる。




 「ウィンター・ローゼ(冬のバラ)」



 

 アレクシスは呟く。

 この北部辺境の地は今傍にいる第六皇女殿下と共に、自分に拝領された領地。

 雪のように白いバラを、彼女のようだと思って選び贈った。

 冬になると雪に閉ざされるこの地に、彼女は住むことになる。

 アレクシスは、この地を彼女の為の地であることを領民にも自分にも心しておくようその名を考えていた。

 しかし当の殿下がまさか「黒騎士様の領地」っぽい名前を考えていたとは思わなかったのだが……。

 

 「……なんていうか……こういう厳つい男に限って時々ロマンチスト思考になりがちな例を間近で見たというか……」

 ヒルデガルドの言葉にルーカスは頷く。

 「絶対ヴィクトリア殿下のことを考えてつけたんだろ」

 ヴィクトリアは両手を頬にあててテレテレしている。

 「うわ……ご、ごめんなさい、黒騎士様、わたし、黒騎士様の領地だから、黒騎士様にあやかって考えてました。でも、でも、黒騎士様が……」

 小さくキャーと呟いてる。

 「黒騎士様の複雑なお気持ちがわかりました。嬉しいけど、これは恥ずかしいですよね。シュワルツ・レーヴェ……」

 「いえ、それにしましょう」

 「……じゃ、じゃあ、わたし、テレてしまいますが、その、これから向かうこの新領地の街はウィンター・ローゼとしましょう」

 アレクシスとルーカスはヒルデガルドを見る。

 彼女がさっきヴィクトリアに耳打ちしたのはこのことだったようだ。

 「いいんじゃないか? 冬のバラを守る黒獅子で」

 ヒルデガルドがやれやれといった感じでアレクシスとヴィクトリアを見つめる。

 

 「殿下、そろそろお休みになりませんと、昨日も今日も魔力をかなり使ってお疲れなのですから」


 それまで他の侍女と一緒に、団員達の給仕や料理長への指示、家令と打ち合わせなどをしていたアメリアがヴィクトリアを促す。

 アレクシスは立ち上がって、ヴィクトリアの手を引く。

 もっとたくさん話したいのにと、まるわかりの表情に、ヒルデガルドは苦笑する。


 「アメリアもだ、二人を部屋までわたしが送ろう。フォルクヴァルツ卿、あとで哨戒の編成を打ち合わせよう」

 「御意」


 ヒルデガルドも立ち上がった。

 ルーカスも立ち上がる。


 ヴィクトリアはアレクシスを見上げる。


 「おやすみなさい。黒騎士様、中将」

 

 アレクシスは黙って頷いて、ヒルデガルドに早くお連れするようにと視線で訴えた。




 その姿を見送り、食堂を模したと思われるこの部屋から姿を消すと、アレクシスは座り、ルーカスもその横に座る。


 「可愛いよな……、ヴィクトリア殿下……」

 「……」

 「お前に、名前をつけるセンスねえっていってみたら、領地の名前はお前にあやかって考えてたり、そらーお前も、この領地の名前を殿下のことを想って考えもするわなーなんだよ、らぶらぶかよ、結婚しちゃえよもう」

 「……ルーカス……」

 

 ニヤニヤしながらアレクシスを見るルーカス。

 こいつはきっと何か言ってくると思っていたので、アレクシスはいつものとおり、憮然としたような無表情になっている。


 「可愛いだけではないのは、お前もわかっただろう」

 

 アレクシスの一言に、次に繰り出されるはずの冷やかしの言葉がとまり、ルーカスは遠くに視線を飛ばす。


 「……まあ……可愛いだけじゃねーのは……よくわかったよ。お前がこっちにきてから代わりに護衛についてたしな……なんだよ、あの魔力……魔力だけじゃねーけど」

 

 魔力だけじゃないの言葉に、アレクシスはルーカスを見る。


 「帝都でもいろいろあったんだよ」


 ルーカスはアレクシスに語ったのは、帝都で殿下の視察中にハルトマン伯爵夫人のおこした事故の顛末だった。

 それに合わせて先ほど報告を受けた賊の件。

 ハルトマン伯爵夫人のイザベラの散財で、疲弊した領民が賊となりヴィクトリアを襲った事実にも、アレクシスは眉をひそめる。


 「殿下は……俺にも、戒めとしてその賊を生かしているのかもな……」

 「?」

 「領民をないがしろにすると、こういうことになるという戒めだ」


 ルーカスにしてみれば、いやいやあれはとにかく新領地を開発したいから賊だろうとなんだろうと働かせるんじゃね? お前、殿下に理想を掲げすぎじゃね?

 一瞬そう声に出しかかったが黙る。

 ルーカス自身も、もしかしたら、皇族の姫として、そういう意図もあの殿下ならあるのかもしれないと思わずにいられなかった。



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