第11話「花火、綺麗でした? なら、よかったです」



 北部の最初の村に到着すると、村人達がそろって一団を出迎えた。

 村長もこの場では村長と名乗ってるだけで、他の村人と同じだと語る。中年の男性だった。

 アレクシスが視察の折にヴィクトリアに送った手紙の通り、長閑で大らかな気質の者ばかりだ。

 

 「あんれ、襲われただか~隣の領からつけてきただと~」

 「こん時期、商隊がなかなかこながったのは、そのせいだか~」

 「まんだ子供だな~」

 

 隣の領からヴィクトリアの一団をつけてきたが捕らえられた盗賊を見てそんな言葉を言う。


 「そんでこの賊はどうするだか?」

 「新領地までつれていきます。新領地は第七師団もおりますから」

 「そだか」

 「まあまあ、姫様、まんず、ごはんにすんべさ」


 ちなみにこの村に以前、宿はなかった。

 だが、新領地開発に関わっている建設局がヴィクトリアの命で建てた家屋がある。

 商隊や、今後移住を希望する者が使用するだろうと見越して建てさせた。

 管理は農作業がきつくなってきた老人たちが持ち回りで行っている。


 「姫様の口にあうかどうか、わかんねが」

 「ううん、すごく美味しそうな匂いがします」

 

 村人と一緒に、連れてきた料理人や侍女たちも揃って手伝う。

 もちろんヴィクトリアもだ。

 護衛に随行してる第三師団やルーカス含めた第七師団の者も一緒に手伝っている。

 戦争時や大規模な魔獣討伐遠征になれば食事は各自で作ったりもするので、軍属している者は慣れたものだ。

 お姫様育ちで、そんなことをしたこともないヴィクトリアだったが、周りに聞きながら自分でできることをこなしてく。

 その様子を見て、村人が感心したように声をかける。


 「そったらこと、姫様がせんでも~」

 「確かに、今までしてこなかったけど、普通の家庭ではみんなするものですよね? ここは帝都の皇城ではないのですから、いいのです」

 「姫様ゆったら、なんでも周りのもんにしてもらうのが当たり前って思ってるもんだとおらなんかは考えてただ」

 「んだ~新しい領主になる、黒騎士様も、顔はおっがねが、気はいいで、おらたちも安心したんだあ」

 「よかった。みんな黒騎士様のこと、理解してくださってるのですね」

 「まんず、強ええで、魔獣のクレイジー・グリスリーを一撃だったさ」

 「あれはすげかっただ」


 村人が語るアレクシスの武勇を嬉しそうにヴィクトリアは聞き入れる。 

 一通り食事が配られたところで、豊穣の女神に祈りをささげてから、食事が始まった。

 晩餐会をのぞいて、このように大人数で一緒にとるのも初めてなヴィクトリアは、楽しそうだ。



 「あ、テオ達にもあげてください、ヒルダ姉上。ただし固形物は除外してください」

 「……まあ、状態的にそうだろうな」


 栄養状態がよくないのは見てとれる。

 胃の働きも弱っていると見越しての判断だった。


 「さあさ、田舎料理で、なんもねえだが、食べなっせ」

 

 村人たちが勧める料理を口にする。


 「美味しいっ」

 「えがった、えがった」

 「お肉も、お野菜もおいしいですお芋がほくほくしてます」

 「ここでフライド・ポテトがくるとはっ」

 アメリアはそう言いながら、油で揚げ塩を振った芋を口にする。

 「エールが欲しくなるな」

 ヒルデガルドが呟くと、村人がジョッキをかかえて持ってくる。

 「あるだよ、うちの麦とホップで作っただ~」

 ガタガタと軍属の何人かが立ち上がり村人の抱えるジョッキを身を乗り出して見つめる。


 「エール!!」

 「ヒルデガルド殿下っ、任務中ではありますがっ、許可をっ」

 「許可をおおおおお」


 ヒルダはトリアを見る。

 トリアは口元に小さく笑みを浮かべる。


 「このあと、少し散策に出たいので、ヒルダ姉上を始め数名が護衛に付き添ってくれたらいいですよ」


 ヒルダはぐっと拳を握り、親指を立て団員達に告げる。


 「試飲ということで1杯だけ許可する!」

 

 第七師団と第三師団の団員達の目がキラーンと輝く。


 「去年のだが、今年はもっと作れるだで」

 「んだな~今年は魔獣、害獣の被害が少ねえがら」


  ジョッキが配られて、軍属のみんなが、杯を掲げる。


 「ヴィクトリアと黒騎士と新領地に、乾杯」


 ヒルダの乾杯の音頭の後に、大音量の「乾杯っ!!」が響く。

 エールを口にして飲み込んだものは口々に声をあげる。


 「くーっ」

 「この一杯の為に生きてるうぅう」

 「ていうか、このエールうまっ、何これ」

 「この揚げた芋の油としょっぱさを、一気に押し流すエールの喉越しと苦みとがっ」

 「そしてまた手が口が芋をもとめてっ」


 エールを口にして狂喜乱舞といった状態の軍属の人を見て、アメリアはヴィクトリアに告げる。


 「殿下……温泉にこのエールつけませんか……?」


 アメリアの一言にヒルデガルドが目を見開いてアメリアを見る。


 「天才だなっ! アメリア!!」

 「風呂上がりのエールは正義です!」

 「イエス・ジャスティス!!」


 アメリアの発言にルーカスが追従する。


 「羊の腸詰肉もあるだよ~都会のほうでは、ソーセージいうだか?」

 「これだけでもうめえが、これも、うめえで、小麦粉の生地に芋と燻製した肉を薄くきったのにチーズさのっけて石窯で焼いただよ~」


 「まさかのジャーマンポテトピザがああああ」

 ルーカスが喚く。


 「たんと食いなっせ、まんだ、この先にいぐんだから」


 焼いたソーセージの単品とピザが、団員たちの前に置かれる。


 「ああああ、失敗したあああ、一気に飲んじまったあああ!」

 「ばっか、お前、試飲一杯って殿下が言っただろ!」

 「旨いっ! ソーセージ旨いっ! 歯で噛んだ時の皮を破る音がパリって! パリっていう! 音をたてて!」

 「そしてそこから流れ出る肉汁がっ!」

 「あたしピザで残ったエール飲む」

 「あたし残ったエールでピザを飲むっ!」

 「誰だ、ピザを飲み物とかいう奴はっ!?」

 「チーズとろけるうううう」

 

 団員達がわあわあと言いながらテーブルに運ばれた料理を口にしては声を上げる。


 「料理長さんたちのこの肉の煮込みとかも、すごいだな~おらたちは初めてだ~さすが帝都のお城で姫様にごはんさ作ってるだけあるだな~」 

 「一日おけば味がもっとしみこむから明日食べてください」


 一緒に料理をしていたので村人と料理長はじめとする料理人たちも、料理の話で盛り上がっている。


 「ここは、冬は厳しいだが、土地だけはあるだで、豚も牛も鶏も放牧には困らなんだ」

 「なるほどな、生産数は少なくとも良質だから、税収の方にも採算がとれていたってわけか」

 ヒルデガルドも呟く。

 「こんなに農作物や精肉の質がいいなんて……やっぱり食べ物は大事、料理人の腕ももちろんだけど」

 「素材がいいと料理人も力が入りますよ、殿下。北部は荒寥とした平原が続くと思ってましたが、これは意外でした。新領地での仕事が楽しみです」


 城から一緒にやってきた料理人たちのうち、今回料理長に選ばれた男ラルフ・フリッツが意見を述べる。

 「そうなのよね、食べ物がおいしいと元気になるもの、だからここの村のみんなも元気なのね」

 「いつもは魔獣や害獣の被害もあるだが、この春は、軍人さんたちが罠とかはってくれたり、巡回してくれたりで、生産量は昨年よりも順調ですだ」

 村長のガウスが答える。

 「さすが、黒騎士様。農業や畜産の従事者を増やしたいわ。それを新領地の新しい街で加工して調理していけば、観光地としてもやっていけそうです」

 「姫様は小さいのに、頭ええだな。食べ物で観光地にするだが?」

 「食べ物だけではないのですけれど……。でも、観光すると泊まるでしょ? ごはんたべるでしょ? ごはんがおいしいとまた来たいなって思ってくれると思うの。ごはんの美味しさは大事です。人間の生きる本能に直接訴えるから」

 「は~」

 「あの子たち見ればわかると思うのです」


 ヴィクトリアの馬車を襲ったまだ少年といっていい年齢の彼等は、出された具沢山スープをガツガツと食べてる。

 まるでもう何日も食事をしていなかったようだ。「あんまりがっつくと、胃がびっくりするぞ」と、第七師団の男たちに言われても手も止めず、涙を流しながら皿をかき込んでる。

 

 「……腹減らして姫様襲っただか……」

 「多分な、領主もいないこの村は厳しい自然環境でも、のびのびやってきたから、飢えはなかったんだろうが」

 「は~領主様がおるのに、飢えるだか~」

 「この地は、そうならないように、わたしもがんばります。この村はたくさん人が行きかうようになります。生活の変化に戸惑う方もでてくるでしょうが、困ったことは相談してください」

 「姫様と黒騎士様なら、おらたちも、安心してるだ~」

 「お食事がおわったら、足腰痛む人、わたしの前につれてきてください。お食事の対価として、痛みを軽減しますので」

 「姫様お医者様だか?」

 「うーん、ちょっと違うのですが、でも痛みはなくなりますよ?」

 



 そんな賑やかな食事を終えて、ヴィクトリアは村を見て回り、これから先にいく作りかけの街道を、ヒルダを始め、数名の護衛を引き連れて歩いていた。

 ヴィクトリアの周りは、光明の魔術をおこなっているのか、真っ暗闇ではない。

 だから、すぐに街道が途切れ、いままで北部最北端に通っていただろう商隊が使用していたと思われる心もとない細い道筋になっているのがわかった。




 「もう、ここで道がなくなってるのか……」


 ヒルデガルドが呟く。


 「そのようですね」

 「今、やるのか?」

 「明日の朝やるより、今のほうが、あわただしくないでしょう」


 ヴィクトリアはそう言って、肩掛けしてる例のバッグから、スクロールを取り出す。


 「長距離ですから、工務省魔道具開発局顧問の方に作ってもらいました」


 開発局顧問という言葉に、ヒルデガルドはニヤリと笑う。

 ヴィクトリアがいう開発局顧問が誰であるのか、ヒルデガルドはわかっているのだ。

 丸められてるスクロールをバッと地面に広げ、ヴィクトリアはしゃがみ込む。

 広げられたスクロールは魔法陣が書き込まれており、淡い光を放っている。

 魔法陣に手をつける。


 「うん、商隊と思しき生体反応もなし、道幅の設定も完了」


 すうっと息を吸い込み、ヴィクトリアは宣言するように言い放つ。




 「長距離範囲魔術式展開っ、人の住む街と街を繋ぐ道となれっ、街・道・作・製っ ロング・ロード・クリエイト!」




 魔法陣が薄い緑色に光を放ち術式模様の形にそって、踊りだすように空間に浮き上がった。

 その光は次第に一つの形に固まって、道幅に広がり、平原の視界の向こう側へと遠くまっすぐに伸びていく。

 ヴィクトリアのその魔術を、護衛でついてきた数名は目を見開き、ヒルデガルドは妹の魔術の力を得意げに見守る。

 光の筋は時間とともに、ゆっくりと消えていった。


 「これで、明日も、問題なく馬車が通れます。でも、開発局顧問の人が作る魔法陣とか発動させる詠唱の言葉ってなんだかカッコいいですよね? 姉上」

 「まあ、そこらへんは、私にはよくわからんがね」


 ルーカスも護衛でついていたのだが、目の前の魔術を見て驚愕の表情を隠せない。


 (マジでこの殿下、魔術チート持ちかよっ!)


 「皇族の魔術はすごいと聞いてますが、私は初めて見ました」

 第三師団の一人が感嘆のため息とともに呟く。

 「そうだろう」

 団員の言葉に、ヒルデガルドは自分のことのように、上機嫌で頷く。

 そして村に戻ると、村人が散策にでていたヴィクトリアをまた出迎えてくれた。


 「姫様、花火でもしてただか? 村の外の方で、綺麗な光が上がってただ」


 村人たちが花火に見えたのは、ヴィクトリアが展開させた魔術なのだが、ヴィクトリアはにっこりと笑顔を返す。




 「花火、綺麗でした? なら、よかったです」




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