第10話「お前のほうが、悪辣度が高い気がするのは気のせいか?」
皇城の城門前に、数台の馬車と第三師団の一個連隊と、護衛として残っていた第七師団の数名、そして馬車が5台。
馬車を取り囲む赤と黒の軍服を着た兵士達が打ち合わせをしている。
ちなみに、第三師団は女性騎士でまとめられているので、一見華やかだ。
皇帝と皇妃が出発するヴィクトリアに声をかける。
「少人数すぎではないかしら? 一個連隊でなく第三師団をあげてトリアを送ってもよかったのよ?」
皇妃のエルネスティーネが不安そうにヴィクトリアを見つめて言う。
「大丈夫です、それより第三師団長自ら帝都を空けて護衛とは、いいのでしょうか?」
「いやいや、軍務尚書がヒルダは加えろと」
「大げさです」
「少人数精鋭部隊と思えばいい、皇女の移動にしては少ない方だ。少ない方が、帰りも楽だろう」
皇帝の言葉に、ヴィクトリアは頷く。
この旅程に随行する第三師団の一個連隊は、新領地に設置する転移魔法陣にて帝都に帰す予定なのだ。
馬も馬車も帝都に戻す手間がない。
皇帝がそれを言葉にしないものの、目線で訴えるので、ヴィクトリアもそれは承諾して頷いた。
まあ同行している一個連隊はヒルデガルド直属の部下で固めているし、口は堅い。転移魔法陣発動は皇族のみしか行われないので、その話が広がっても他の貴族たちには手がだせない。他の貴族には、皇族しか発動できないこの転移魔法陣のかわりになるものを、エリザベートが魔道具開発局に依頼しているようだ。
「身体に気をつけるのよ、魔力を使いすぎないようにね」
「はい、母上」
「北部への移動を申請してきてる人材は思ったより多かったぞ、トリアが到着したら出立許可の通知を出す、それでいいな」
皇帝のこの言葉には、ヴィクトリアが貨物の積載にしようとしていた馬車にも城から連れていく人材のみを馬車に乗車させたことによる。
つまり馬車5台の中はすべて人だ。
後から北部へいこうとしていた人間も今回の移動に加わることができてうれしそうな感じではあった。
ちなみに荷物はすべて先日シャルロッテから渡されたバッグに詰め込まれている。
「はい、まだ街道の整備も整ってない場所があるそうです。せっかく北部へ来てくれるのですから、せめて道ぐらいは整ってからの方がいいと思うのです」
皇帝はうんうんと頷く。
「トリア、任せたぞ」
「はい、ご期待に応えてみせます」
アメリアが出立の準備ができたと知らせにきたのでヴィクトリアは皇帝と皇妃にカーテシーをして馬車に乗り込んだ。
城門を抜けて、城下町を通過する際に、第三師団の一個連隊と第七師団の数名が馬車を警護するような形で随行しているのを見て、行きかう馬車も速度を落としているようだ。
「第六皇女殿下が北部へ出立かー」
「ヴィクトリア様だー」
馬車の窓から歩道に並び、その行進を見送る街の人々にヴィクトリアは手を振る。
「お気をつけて~」
「行ってらっしゃーい」
子供たちの声が時々聞こえてきて、ヴィクトリアは自然と笑顔を浮かべる。
子供は無邪気に声をかけてるが、大人たちは、その行進の様子を不安そうに見送ってる。
成人し婚約したとはいえ、あの幼い殿下が早々に北部へ旅立つ。
土地は広いが、魔獣もいるし、冬は雪に閉ざされるような厳しい辺境の地。
「大丈夫かしら……ヴィクトリア様」
「なにがー?」
「だって、北部は辺境の地なのよ、怖い魔獣もたくさんいる場所だから」
「えー大丈夫だよーだって、黒騎士様がいらっしゃるんでしょ? 黒騎士様はドラゴンだって倒しちゃうんだよー」
「そうね……きっと大丈夫ね……」
子供にはそういうものの、心の中では『でも、ドラゴンだって倒してしまうということは、ドラゴンよりも強くて怖い人のお嫁さんになるってことなのよ』と呟くのだった。
「そういえば今日、ご出立されたのでしょう? ヴィクトリア様」
帝都のフュルステンベルク邸では、マルグリッドが主催するお茶会が開かれていた。
名のある貴族の夫人や令嬢たちの出席率は高く、デビュタントしたら是非出席してみたいサロンと言われている。
「ええ、今頃は帝都を出てるのではないでしょうか?」
マルグリッドは穏やかに答えた。
「今は婚約期間に嫁ぎ先へいくことはまれでしょうに、ご心配ではありませんか?」
先々代皇帝の世では、世間一般でも婚約期間中に嫁ぎ先の家風になじむため婚家へ入ることはあったが、今ではその習慣はない。
だが、ヴィクトリアは婚約期間中に嫁ぎ先となる辺境北部へ向かった。これに眉を顰める貴族の夫人もいることは、マルグリッドもわかっている。
「魔力の量はわたくし達姉妹の中でもかなりのものです。次代を継ぐエリザベートお姉様と並ぶほどの。あの辺境北部を平定させるのに、第七師団とあの子の魔力が必要ですもの……父である陛下はそうお考えなのですわ」
「まあ、今回の婚姻される嫁ぎ先への先入れは、国の為ということなのですか?」
「デビュタントをすませたばかりで幼いのに、ご下命とあれば仕方ないことですわね」
「でも、デビュタントといえば、フォルクヴァルツ卿とハルトマン伯爵夫人の一件、わたくし見ましたわ。あの夫人の誘いを袖にしたのを『ダンスは殿下とだけ』なんて、あの厳つい風貌されてる殿方から、そんな言葉がでたのに驚きました」
「ええ、どこの誰が流した噂なのか、フォルクヴァルツ卿がハルトマン伯爵夫人に懸想してるなんて」
「わたくしが、その噂のことを父に話したら、笑われてしまいましたわ、あの堅物なフォルクヴァルツ卿が人妻に懸想なんてするはずもないと」
「クララ様のお父様は第一師団のエルスター元帥ですもの、お仕事でご一緒されて、お人柄もよくご存じなのですわ」
「そういえば、先日帝都のフロル通りでおきた事故、ハルトマン伯爵夫人が乗っていた馬車なんですって」
「まあ、ご無事でしたの?」
「ご無事だそうよ、急いでいたらしくて商人の馬車と接触したんですって。なんでもシュレマー子爵とフェシリティ通りにできた新劇場のオペラを見るとかで……」
「通りがかった妹の馬車に乗せろとおっしゃったらしいわ」
噂話に花をさかせる夫人や令嬢たちに、マルグリッドがおっとりと伝える。
「妹はどんな急ぎの要件かと案じて、公務中にもかかわらず自分の馬車に同乗させたそうよ」
「本当ですか? マルグリッド様」
「ええ、専属侍女から聞きましたもの」
「ハルトマン伯爵夫人も、横暴すぎじゃございません?」
「何も考えてらっしゃらないのよ。それにしても図々しい、皇族の姫であるヴィクトリア殿下に対して、不敬ではありませんか」
「元は内証もさしてよくない貧乏男爵家の方でしょ?」
「なんでもご当主が散財して身代が潰れそうになったところを、ハルトマン伯爵と結婚することでなんとかなったそうなのに。散財するのは血筋なのね。そうなると、ハルトマン伯爵には同情しますわ」
「ええ、あまり事業や領地がよくないってお話を耳にしますわ」
「伯爵夫人イザベラ様のお買い物や、遊興は派手ですもの。他人事ながら、ハルトマン家の身代も危ういのではないのかしら?」
「身代をつぶしてでも、構わないほどの溺愛ぶりなのかしら? お心が広すぎるわハルトマン伯爵も。イザベラ様のような方では務まらないのではありませんこと? 代々名門といわれるハルトマン家の事を考えて行動できる方が奥方に相応しいと思うのです」
「あら、独身の貴族のご令嬢やご子息を何組もまとめられた、パルツァー侯爵夫人、まさか既婚のハルトマン伯爵に素敵なお嬢様をご紹介されるおつもり?」
「名門貴族の一つが毒婦によって潰されるなんて、同じ帝国貴族として見るに見かねますわ」
パルツァー侯爵夫人と呼ばれた夫人が、冗談とも真面目ともとれるような、茶目っ気たっぷりの発言をすると、その場が華やかな笑いに包まれる。
「夫を支える妻として、皆様はしっかりされた方ばかりで、わたくしも見習いたいわ。やはり内助の功といいますもの」
マルグリッドの言葉に噂話に花を咲かせていた既婚者たちは恐縮する。
「それはわたくし達もですわ、マルグリッド様。まだ結婚していないわたくし達の間では、マルグリッド様のご結婚話は憧れです」
「ええ、政略ではなく相思相愛でのご結婚だったのですもの」
「でも結婚したら、そこで終わりではないのですから、やはり自分のことだけではなく夫のことも、家のことも、いろいろと気を配っている既婚の奥様方を参考にさせていただくのが大事だと思うのです。わたしは妻としてこうしてサロンを開いて、先に結婚されたご夫人方のご意見を聞いて勉強になるのです」
マルグリッドが照れ隠しに扇で顔を伏せると、その場にいた淑女たちは、その奥ゆかしさに感動する。
「ヴィクトリアも結婚前に新領地に赴いて、皆様のようにフォルクヴァルツ卿を支えてほしいと願ってます」
マルグリッドの言葉に、淑女たちは励ます。
「ヴィクトリア様は幼いながらも聡明ですもの」
「やはり末の妹様がご心配なのね、マルグリッド様」
「私の縁戚の者も、幸運にも領地を拝されたことがあったそうですが、とても難しいそうですわ。ましてや今回のヴィクトリア様が赴かれるのは魔獣も多い北部ですもの」
「やはり皇族の姫でなければ務まらないことです」
そう口々に言い募る淑女たちの言葉を聞いて、マルグリッドは少し安堵した表情を浮かべる。そして……。
――今回のお茶会での、目標はだいたいこなせたようですね~。
マルグリッドは心の中でそう算段すると、侍女を呼びつける。
「そうそう、皆様に、是非、ご紹介したくて、妹グローリアが南国から贈ってくれたとっておきのお茶があるのです。ハンナ、用意して」
馬車での移動で帝都から離れ、各領地の村々の宿を2日ほど利用したあとは北部領域に入る。
ヒルデガルドが馬車の窓から様子を見る。
「我々が最初の視察の折はもうこの場所は馬車も通れないものでした。情報では、北部の最初の村まで繋がってきているとか」
ルーカスはそう伝える。
「建設局は頑張ってるな。しかし本当に何もないところだ。前の領地を抜けて半日で荒寥とした平原だ。魔獣も出るだろう。次の北部の村ではなんとか宿泊できても、最終日は野宿だな」
ヒルデガルドはそういって、ヴィクトリアを見る。
ヴィクトリアは小首を傾げてほほ笑み返す。
「……野宿大丈夫か?」
「野宿にならないですよ、姉上。安心してください」
「いや、魔導具開発局から、最新の野営セットを試験用に借りてきてるが」
「なにそれ、羨ましい」
純粋に羨ましがるルーカスの一言にヒルデガルドは気をよくする。
「いいだろー」
「それを前回の戦役に使いたかった」
「ああ……でも、これ、このままヴィクトリアに渡すから、第七師団で試験使用してくれだとさ」
「ありがたいです」
「でも、フォルストナー中将、わたしと共に、野外移動する時は、それ、必要なくなりますよ」
「は?」
どういうことだと、ヴィクトリアを見るが、彼女は小首を傾げる。
「だって魔術でなんとかします」
ルーカスは目を見開く。
ヒルデガルドは目線を遠くに飛ばす。
「そうだね、そういえばそうだった。トリアはなんとかするね」
「北部の領地に入った最初の村と、新しい領地の間には距離があるようですね。中間地点に一つぐらい拠点を立てておけば後々、そこを開発できそうです。黒騎士様とも話したのですが、そこを学校の地にしたいと思います」
「学校?」
「はい、学校を作ります。新しい街や既存の各村で簡単な文字や計算など学べる場も作りますが、もっと上を学びたい人が通える学園の街です。いままで帝都の学園まで足を運んでた人もいるでしょうが、ここにもそれに劣らないものを作ります。魔獣や害獣の研究や対策、魔獣からとれる魔石で加工する魔道具の開発、この北部でも生産可能な作物の研究や開発、海にも近いので海洋の研究など、興味のある人が誰でも学べる場です」
ヴィクトリアの発言にルーカスは唖然とする。
「だって、何もないところなんだから、何でも作っていいんでしょ?」
ルーカスが、アレクシスに、ヴィクトリアと初めて話をした時、アレクシスが言っていた言葉をここにきて、理解できた気がする。
――第六皇女殿下は、どんな方だ? 式典の時しかお姿を拝していないが、お前の許嫁なんだろ? 先日、城に参内した時に会ったんだろ?
――見た目通りの方ではないのは確かだ。あの方は確かにリーデルシュタイン帝国皇族の血を持つ。お前、例えばあの新領地を拝された場合どうする?
――わからんわ。
――実は俺もだ、何をすればいいのかわからないけど、あの方は言ったのだ『何もないところなら、何をしてもいいと』
「まさかの学園都市計画……」
「あ、『学園都市』って言葉、かっこいいですね、それ使ってもいいですか?」
「多分」
「黒騎士様は領地の名前考えてくれたでしょうか、フォルクヴァルツ伯爵領とこの新領地が同じだと何かと書類関連で不備もでてくるでしょうから」
「殿下がさくさく決めていいんじゃないでしょうか」
「でも、黒騎士が拝領された領地ですから」
「センスないですよ、あいつ」
「うむ、わかる気がする」
ルーカスの言葉に、ヒルデガルドが頷く。
そうしてると、窓の外は荒野から徐々に畑作や酪農している景色が見え始める。
畑作に取り組んでいる村人が、新しくできたばかりの街道を通る一行を見ては手を振る。
ヴィクトリアは嬉しそうな表情で長閑な光景を見つめていた。
「ヒルデガルド殿下」
馬車に随行して騎乗している第三師団の一人が、馬車に並走し、ヒルデガルドに声をかける。
「前の領から、後ろからついていた商隊と思しき馬車が見当たりません」
その言葉を聞いて、馬車に乗車している全員が緊張した。
途中商隊が立ち寄るような村はなかった。
馬の調子もあるだろうが、これがヴィクトリアが新領地へ向かう一団というのは一目瞭然だ。
この一団の後についていけば、危険は少ないだろうと見込んだ商隊かとルーカスは最初思っていたが……。
「普通ならここで警戒して馬の脚を早めるところだが……な……」
ヒルデガルドが呟く。日の傾き加減で消えた後続の商隊が後を追ってくるかそれとも……。
「どちらでしょうか」
「……警戒を怠るな、商隊じゃない」
「はい」
ヒルデガルドは断言する。
並走していた騎士はハンドサインを随行してる者達に送る。
「商隊じゃないって……」
アメリアが呟くとヒルデガルドは爽やかな王子スマイルを浮かべる。
「そんな爽やかに笑って誤魔化さなくても……でも商隊じゃないとわかるのですか?」
「うん。わかるよ。アメリアはさすがヴィクトリアが見込んだ専属侍女だね、度胸があるな」
「荒事になりますか……この一団は荷馬車がないから、人質とられたら不味いですよ、殿下」
「うちの精鋭だよ、大丈夫。第七師団も一個連隊とは及ばないが、その半数なら随行してるから、そうだろう、フォルストナー中将」
「はい」
そんな3人の会話に、ヴィクトリアが加わる。
「環境省自然保護局からお小言がなければ、広域範囲の火炎魔術展開させますよ? みたところ平原だから森林火災被害にはならないでしょう」
「……」
「……」
「あーヴィクトリア、わたしにも少しは仕事をさせておくれ?」
要は大人しく警護されてろということかと、ヴィクトリアは納得し、また窓の外の変わらぬ景色に視線を戻すと、窓ガラスに衝撃が走る。
弓矢だった。
しかし窓ガラスには傷一つ入っていない。
ヴィクトリアが乗るこの馬車は魔導具開発局が作ったものだ。
ただの薄い窓ガラスではない。
ヒルデガルドが叫ぶ。
「賊だ!」
「カッツェ! 後方からもくるぞ! 防御を固めろ!」
ルーカスも叫ぶ。
ヒルデガルドが予め有事の際に出していた作戦を展開させる。
後方を第七師団で、馬車の側面と前を第三師団で固める。
狂った魔獣のように吠えながら、馬車へめがけて凶器を振り上げながらやってくる団体だったが、『悪漢を軽く捻る』とはこのことかとばかり、あっという間に賊をひっとらえた。
「早いですね」
「当然だ」
ヴィクトリアが感心したように呟くと、ヒルデガルドは得意げに答えた。
馬車から降りて、捕らえた盗賊を囲む第三師団の傍に近づいた。
「お前たち、無謀もいいところだな。ここがどこで、誰を狙ったのかわかってるのか?」
「へっお貴族様だろっ!」
ヒルデガルドの問いかけに、威勢よく答えた頭らしき男が答えるが、第三師団の一人に蹴りを入れられる。
「若いですね、まだ」
男の前に立つヴィクトリアは手のひらを翳す。
「癒しの……魔術……?」
盗賊の頭と思しき男は自分の身体から痛みが引いていくのがわかる。
「ヴィクトリア、もったいないことをするな、母上から魔力は使いすぎるなと出かけに釘をさされたのを忘れたのか?」
まあまあとヒルデガルドを抑えるように手を振る。
「わたしは、リーデルシュタイン帝国第六皇女ヴィクトリア。このたび辺境伯爵となったアレクシス・フォン・フォルクヴァルツ様の婚約者です。ここはリーデルシュタイン帝国北部、黒騎士様が拝された新領地になりますが、その認識はおありですか?」
反抗的な態度で顔を背ける男に、さっき蹴りを入れた隊員がもう一度蹴りを入れる。
「あ、さっきより回数多くお願いします。頑固な方のようです。瀕死の状態でも何度でも治せますので」
「姫様……」
「殿下……」
アメリアとルーカスがヴィクトリアを呆れたように見つめる。
ヴィクトリアの言葉の意味を察した男が叫ぶ。
「可愛い面して拷問かよっ!」
そう叫んだ瞬間、団員の蹴りが入る。
「だから聞いてるうちにきちんとお答えしていただければ問題ないですよ? さて、いつからこんなことをしてるの? あなたがこの一団の代表? お名前は?」
「テオ……お貴族様の一団だとは思ったんだ。だから金目のものが目的だ」
「こいつらがつけてきたのは隣の領だな。誰の領だ?」
ヒルデガルドの言葉に、ルーカスは声を詰まらせた。
この一団が前日宿を取った領地に心当たりがあるからだ。
「……」
「ハルトマン伯爵領ですよ。領民は生活に苦しいみたいですね」
ヴィクトリアの声に温度はなかった。
「苦しいってもんじゃねえよ! 体力のねえ老人と赤ん坊から死んでいく! 税収だけは毎年毎年バカみたいに跳ね上がるっ! 領主は帝都にいったまんまで、領地は放置だ! 稼ぎ時なんだよっ、この時期の北部へ行く商隊の馬車が!」
「……どうしますか、ヒルデガルド殿下」
ルーカスが尋ねる、
「ハルトマン伯爵領に戻すにしても、時間かかるんだよな。皇族の姫を狙ったんだ。斬首確定だから今のうちやっとく?」
ヒルデガルドがサラっと言い放つ。
ヴィクトリアが捕まった一団を見る。
「斬首……」
テオが呟く。
物取りをしたかっただけなのに、強襲をかけた相手が皇族の姫、しかも軍の精鋭に囲まれた状態では逃げるに逃げ出せない。
気の弱い者や、まだ少年といった年若い者はぐすぐすと泣き出す。
「ここじゃ落ち着かないからこのまま彼等も連れて移動を続けましょう。日が暮れます」
「めんどくさい。やっちゃった方がいいんじゃない?」
「……姉上の方が盗賊並みですよ」
「そうか?」
「罰は与えますよ。斬首を逃れるのですから、死ぬまでこの地で働いてもらいましょう」
姉の言動を盗賊並みといいながら、この妹が告げた言葉も、結構厳しいものだとヒルデガルドは思う。
「ものすごい温情だぞ、お前たち、相手がヴィクトリアだったのを神に感謝するんだな」
ヒルデガルドがそう言ったのに、ヴィクトリアはまたとんでもないことを言い出す。
「戦争が起きたら真っ先に、第七師団よりも先陣切ってくださいね。まあしばらくは戦争は起きないでしょうけど」
「肉壁にする気かよっ!」
テオが喚く。
「だからしばらくは戦争なんかおきませんよ、誰の領地だと先ほど言いました。黒騎士様の領地ですよ? 大丈夫、きちんと反省の意を示していただければ、悪いようにはしませんから」
ヴィクトリアの言葉にヒルデガルドが呟く。
「お前のほうが、悪辣度が高い気がするのは気のせいか?」
ヴィクトリアは可愛らしく頬を膨らませる。
だが、この見た目に騙されてはいけない、ヒルデガルド殿下の言葉は気のせいではないと、その場にいた誰もが思ったのをヴィクトリアは知らない。
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