第9話「どう見ても開発局の人にしか見えないです」



「明日、出発ね。間に合ってよかった」


 ヴィクトリアの前には、銀髪の眼鏡をかけた人物が立っている。

 アメリアを除いて人払いをしたヴィクトリアの私室に訪れているこの女性は、ヴィクトリアの姉の一人。


「すごい変装です。ロッテ姉上」


 ヴィクトリアの言葉に、その人物はニヤリと笑う。


 「だって病弱設定だからさー、制服も工務省魔導開発局のものなの、似合うでしょ」


 その場でくるりとターンをして見せて、ドレスの裾代わりにローブをつまみカーテシーをしてみせたのは、第四皇女シャルロッテだった。


「どう見ても開発局の人にしか見えないです」

「いろいろ作ってきたわよー、わたしじゃ使えなくても全属性持ちのトリアがいれば使えるやつとか、それにトリアは術式の応用利かせて使うでしょー。これは、アイテムボックスいろんなものがはいるよー」


 渡されたのは。ポシェットよりもほんの少し大きめのサイズの肩掛けのバッグだ。


「無制限なんですか?」

「この間、トリアに術式用紙渡したじゃない。お前の魔力量だとそうなるのよ。ほかの人にも使えるけど、そうなると、この部屋分ぐらいが容量マックスになるかな。そのバッグの裏に時空魔法の術式が施されてるでしょ。術式の中に持ち主の名前とか書いてあるから、それで容量が確定できんのよ」

「じゃあ、この術式の持ち主の名前部分変えたら誰でも使用できるわけですか?」

「うーん、魔力のない平民には無理かな」

「そうですか」


 リーデルシュタイン帝国は、皇族がトップで魔力量が高い。

 貴族の公候伯子男の位置づけも、建国した時のその魔力量の序列で決められていたとされている。

 建国した初代皇帝は、魔力はこの国の民の為の力として使うことを皇族、貴族の義務としたのだ。

 皇族は代々、それを守ってきているが、貴族の中にはその義務を忘れ、私欲に走る者もいたりする。 

 現在は、そんな魔力がなくても男爵に叙されたり騎士爵に叙されたりなどはあるものの、やはり平民にその魔力はない。

 たまに平民に魔力もちが生まれたりするが、だいたいが、どこかの貴族のご落胤だったり没落の為、金のある平民に嫁いだ貴族の令嬢が母親だったという事実が判明している。


「で、はいコレ。この皇城とあなたの新領地をつなぐ転移魔法陣。誰もが使えるものじゃないのよ、使用制限皇族だけだから。むこうに設置しても、トリアがいないと発動できないようにしてるのよ一応」


 スクロールをトリアに渡す。


「トリアの魔力と質量限定で人間なら最大7名までね。生体反応のない無機物はこの部屋と設置される部屋のスペース範囲で。あとこれ、デスク用」

「デスク?」

「手紙用っていっていいのかな。手紙だって鳩や早馬でなんとかな配達速度だから陛下の執務デスクと、エリザベート姉様、あたしの研究室のデスクには設置はしてるから」

「ありがとうございます。一年以内で街を開かないといけないので助かります。情報のやりとりが一番の問題と思ってました。なにせ距離がありますから」

「本当は……こういう転移陣使用の手紙なんかじゃなく、スマホ的な携帯をつくりたかった……」


 シャルロッテはがっくりと肩を落とす。


「すまほ? けいたい?」


 そんなシャルロッテを見て、ヴィクトリアは小首を傾げる。


「ロッテ殿下……経由基地ないとスマホも電波は……」


 アメリアの言葉に、シャルロッテはうんうんと頷く。


「いやあ、だってさあ、経由基地なくてもイケるように開発試みてるのよ、でなきゃ、どっかの国の冒険者ギルドカードなんてハイテクの極みじゃないのさ、絶対一年以内に完成させてやるっ」

「うちの国には冒険者ギルドとか冒険者いませんからね。魔獣対策を軍でやってるから。しかし……何もないところからそこまで作るのはすごいです」

「ロッテ姉上とアメリアって時々話が合いますよね」


 「……」

 「……」


 アメリアとシャルロッテが目線を合わせる。


「まあいいか。でもいいなあ~辺境の地でスローライフ。わたしがやりたかった~」


 そう言われると、ヴィクトリアはドキリとする。

 北部の辺境領に降嫁させるのは、別に自分ではなくてもこの目の前にいる姉でもよかったのかもしれないと、ヴィクトリアは思う。

 病弱な第四皇女を辺境の地で療養させるため、その護衛として黒騎士に降嫁。

 表向きはそれで通る。

 そしてその実は、辺境領でリーデルシュタインの国力を、この姉の開発する魔道具によって底上げする。

 この姉ならそれができる。

 それに……。


――ロッテ姉上なら、年もつりあうし……見た目だってわたしみたいに、子供みたいな容姿じゃないもの……黒騎士様だってきっと……好きになる……。まわりだってきっと言うのよ……お似合いだって……。


 先日のハルトマン伯爵夫人も、黒騎士の傍にいるのが、自分みたいな見た目が子供だから、たとえ皇女だろうと強く出たのだ。

 それまで新領地のことで明るい表情をしていたヴィクトリアの憂い顔に、シャルロッテは首を傾げる。


「どした? トリア」

「いえ」

「……あれですよ、ロッテ殿下。先日すっごいむかつく女に、姫様は子供だからってだけで侮られたのが、まだショックなんです」


 こそこそっとアメリアがシャルロッテに進言する。


「すっごいむかつく女?」

「あれですよ、異世界転生逆ハー狙い系の女ですよ!」

「いるの!? ここ乙女ゲー世界じゃないわよ!?」

「そういうタイプの女ですよ! いるんですよ! それがまた社交界では黒騎士様が懸想してるって噂の伯爵夫人です。そこにロッテ殿下が『わたしがやりたかった~辺境領地開発』なんておっしゃるものだから、そのコンプレックスがまた盛り返したのでは?」

「あら……それで……。でも、黒騎士様って、顔おっかないんでしょ? ごめん、わたし、面食いなんで、よくありがちな『イケメンは裏がありそうで怖い~~チラチラ』とかしないからね、正々堂々とイケメンが大好物、イケメンは正義ですからっ」


 ぐっと握り拳をつくり宣言するようにシャルロッテが言う。


「うっわ……そこまで言いきっちゃうロッテ殿下、すがすがしい~」

「なんかよくわかんない言葉がたくさんあったけどそれはおいといて、黒騎士様だってかっこいいですから! だからハルトマン伯爵夫人も黒騎士様を誘ったんです!!」

「……黒騎士がかっこいいんじゃなくて、黒騎士の『地位』がかっこいいんでしょ」

「え?」

「だから、色ボケ伯爵夫人はそう思ってる。結婚はごめんだけど、噂の一つとしていい地位を持ってるってことだけじゃん、イケメンじゃない普通に強面の騎士」

「普通じゃないもの、ドラゴンを単騎で屠る剣聖ですからっ! 黒騎士様は、みんながいうほど怖くないです! だって、第七師団の人はみんな黒騎士様のこと慕ってますし頼りにしてます! 笑った時とか優しいです!! 皇城に来るとき、白いバラの花束をくれたし、領地の下見のお手紙に、リンゴの花の押し花だって添えてくれたし、デビュタントの時は、真珠のネックレスを成人のお祝いにくれたんです!」

「……好きなんじゃん……しかも結構トリア大事にされてそうじゃん……」「好きとかそうじゃなくて……」

「いや、それ好きなんじゃん……」

「だからっ……」


 両手を握りしめ顔を真っ赤にしてヴィクトリアは俯く。


「あー、ごめんごめん。トリア」


 シャルロッテがトリアの肩を抱き寄せる。


「そっかあ……一番、皇女の中で一番幼いトリアの初恋みたいだから、お姉ちゃんからかっちゃったね」

「子供あつかい……」

「いやほら、見た目にはどーしたって引っ張られるよ、人間だもの。何よりお前末っ子だし。そっかあ、政略だけど、トリアは好きな人と結婚できるんだー。相手がどうのっていうよりもね、そっちが一番大事だからね。よかったねえ」


 ぽんぽんと小さな子をあやすようにシャルロッテはヴィクトリアの背を叩く。


「でも……、わたしでは……黒騎士様に、全然、釣り合わないから……」

「トリア?」

「大人に見えないからっ……、それに、それに、わたし、嫌な子だからっ……」

「なんで?」

「だって、だって、いやだったのっ! 彼女が黒騎士様に想われてるって噂が……彼女が姉上達みたいに、いい人だったら、悲しいけど、つらいけど、幸せになれるように応援するつもりだったのに……あんな人で……噂を立てるだけでも、赦せないって思ったのっ……マルグリッド姉上に頼っちゃうぐらい、彼女を追い詰めてやろうって、思った自分も、嫌だったのっ……だからわたしは……黒騎士様から白いバラを贈ってもらえるような、そんな、綺麗な子じゃないっ……純粋で無邪気で幼い皇女殿下なんて、黒騎士様が周りから聞いてるような子じゃないっ……」


――黒騎士様、お花、ありがとうございました。視察も大事ですが、お気をつけて。

――はい、殿下。

――あの……どうして、白いバラだったのですか?


 政略とはいえ、婚約者から贈られた花が嬉しかった。

 それがバラであることも大人扱いされたような気がして。


――失礼しました、殿下。お気に召しませんでしたか? やはり店の者に任せればよかったですね……。

――では、これは黒騎士様が選んでくださったのですか?

――はい。殿下は……白いバラのような方だと……私が思ったのです。貴女は高潔で美しい何者にも染められない方だと……。


 そう言って、深い蒼い瞳を細めて、彼は微かにほほ笑んでくれた。

 初めて逢った時と同じように。

 彼がそんな風に思ってくれたのが嬉しくて嬉しくて……。

 黒騎士と称される彼のほうこそが、その心は自分なんかよりも白く高潔なのだとヴィクトリアは思う。


「あー……うん、トリアはあれだもんね。エリザベート姉様タイプというか……、為政者としても資質高いし、そのためには一を捨て十を取るところとか、何が効果的に結果を出すとか、そういう判断力とか決断力とかはすごいっていうか、そういうのが恋愛面でライバルを蹴散らす際にもでちゃったのが自分でショック受けてるみたい?」


 ヴィクトリアの背中をポンポンと軽くたたきながら、アメリアに尋ねる。

 アメリアは考え込んでて、返事は返さない。


「こんな子が、黒騎士様のお嫁さんなんてっ……う……嫌われる……」


 そう言って、ヴィクトリアはシャルロッテの腕の中でうずくまり、しゃくりあげる。


「えーでも、結婚すんの決まってんだから。そこは時間をかけて理解してもらえばいいじゃん?」

「……」

「最初っから、無理無理な政略結婚なんだから、相手だってわかってくるでしょ、そういうところヴィクトリアが気にしてるなら、相手の黒騎士だって、いろいろ気にしてるんじゃないの? 女性が近づかないタイプなんだって自覚してんだろーし」

「加点と減点は違うから……」

「ん?」

「わたしは、黒騎士様に対して、いい面をたくさん見つけるけど、黒騎士様はわたしのこういうダメなところを見て幻滅して嫌いになってくかもしれない」

「まだ、どーんとぶつかってもいないのに、ヴィクトリアはそんなに臆病だったか。憧れのエリザベート姉様を目指すには程遠いね」


 シャルロッテはクスクス笑う。


「素直に、会いたいでしょ? 一緒にいたいでしょ? あたしが黒騎士様なんて普通に強面の騎士とか言ってみたら、ムキになって否定して、大好きだから認めてほしかったんでしょ?」

「……」

「例えば、他の貴族があたしたちのことバカにしたら、トリアはやっぱり怒るでしょ? それと同じなの、あなたは黒騎士様が好きなのよ」

「……」


 ヴィクトリアは両手でその顔を覆う。


「じゃあ、ちゃんと告白しなきゃ、黒騎士様が好きって。政略とかそんなのなくても、お嫁さんになりたいぐらい好きって」

「だって、だって……」

「照れちゃう? 恥ずかしい?」


 コクコクとヴィクトリアは首を縦に振る。


「大丈夫、大丈夫~。今しかないから」

「え?」

「その見た目を存分に逆手にとれる最大のチャンスだから、可愛いトリアが無邪気に言えば、無下にできないから」


 ヴィクトリアを抱きすくめて、ぽんぽんと背を叩きながら、クククと咽喉の奥でシャルロッテが笑う。


「今いいところなのに、黒いこと言ってるロッテ殿下!」

「うるさいよ、アメリア。……とにかく、トリア、黒騎士様とはよく話し合いなさい。いいね。向こうについて、必要だと思うことができたら、あたしにも相談してね? トリアの為にいろんな魔道具作ってあげるから」


 シャルロッテの励ましに、ようやく気持ちが立て直せたようで、ヴィクトリアは顔を上げる。


「……ありがとうございます」

「どういう風にしたいのか構想はあるんでしょ?」


 シャルロッテに尋ねられて、ヴィクトリアは頷く。


「まあ……単純に……」

「あるんだ……姫様……」

「ちなみに、どういう風にするつもり?」


「帝都にあるものは、新領地にもあるよ、な、感じを目指します」


「……エリザベート姉様が聞いたら泣くな。副都心っていうか副帝都にする気なんだ……、やっぱりこの子、スケールが違う」

「え……だって、帝国北部の防衛拠点だし、そのぐらいやらないと。たくさんいろんなことしたいです。温泉も作るから、療養理由に遊びに来てくださいロッテ姉上」

「温泉っ!?」

「はい」

「住む~~そっちに住む~~」

「転移魔法陣があるから、別に住まなくても……? あ、でも、最初は普通に護衛をつけて旅してきてください、皇族としてお金を市場に回しておかないと、そうでなくてもシャルロッテ姉上の予算は使われないまま余剰金として眠ってるでしょう?」

「いや、半分ぐらいは魔道具開発費に回してる」

「……」

「……」

「まあ、いいや、健康センターのでっかい奴とか建ててもらいたい! ていうか、温泉っていえば卓球よね? 卓球台つくる!」

「作ってっ!! ロッテ殿下!!」


 アメリアが両手を握りしめて叫ぶ。

 盛り上がるシャルロッテとアメリアを見て、ヴィクトリアは首を傾げる。


「けんこうせんたー? たっきゅう?」


「えーと庶民が温泉楽しめる施設かな? お風呂入って、お食事して、マッサージとかあかすりとか岩盤浴とかもあって、卓球っていうのは、スポーツって言ってもわからないかな、身体を動かすゲームみたいなもので、まあ娯楽の一つっていうかね」

「なんか今の発言よくわからないけど、いろいろ知りたい。あとで教えてくださいね。でも、そういう領民のみんなが楽しめるもの、目指します。あと、それとは別に、貴族用の施設も建てたいと思ってます。ロッテ姉上みたいになんちゃって病弱設定じゃなく、本当に病弱な貴族の令嬢や、爵位を次世代に渡して病気療養とかしたりする方とか、そのお見舞いにきたお身内の方が観光とかもできるような長期滞在向けの……これは海の方に建ててもいいかな、お料理は新鮮な魚介類を売りにしたり、アイテムボックスがあれば、魚介を大量に街のほうまで運べるし、街でつくる施設でも魚介料理はできそうですね」


「ぐはあああ、セレブ向けプレミアムリゾート計画っ! トリア、あんた最高っ!! ぜひやっちゃって!」


「あ……またわかんない言葉が……でも、はい、頑張ります」

「ああ、お父様がトリアを黒騎士に降嫁させた理由はこれか。お父様は、お前のその才を思う存分使える場所を、用意してくれたのよ」


 ぎゅっとヴィクトリアの手を握りしめる。


「身体には気を付けて」

「ロッテ姉上も」

「さ、両殿下、そろそろお休みにならないと」


 シャルロッテが部屋を退出するときにヴィクトリアに振り返る。


 「トリア、ちゃんと自分の気持ちに素直になるのよ。そしたら、後悔だけはしないと思うよ」


 ヴィクトリアはシャルロッテを見上げて、ようやくいつもの笑顔を見せた。


「はい、ロッテ姉上」




 

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