第8話――こういうところがあるって黒騎士様に知れたら、幻滅されるだろうな……。
「まあ、まあ、ようこそ、ヴィクトリア様」
「こんにちは、お義母様。新領地に行く前に、ぜひ、お義母様にご挨拶がしたくて、ずうずうしくお邪魔しにきました」
可憐な仕草でカーテシーをとる。
その様子をフォルクヴァルツ邸にいる、家令や侍女がヴィクトリアに、戸惑いを隠せない。
もちろん訪問の先触れはあった。
しかし、本物の第六皇女殿下、可愛く可憐ではあるが、あどけなく幼すぎるその容姿を目の当たりにして、『本当にこの方とうちの若旦那様がご結婚されるのか』という戸惑いの方である。
もちろん、いままで縁談が纏まらなかったフォルクヴァルツ伯爵の、陛下の勅命で決まった許嫁。
しかし陛下の一言で決まったのなら、陛下の一言で白紙にだってなる可能性もあるのだ。
「お義父様は領地に戻られたとか」
「そうなのよ、アレクシスがすぐに新領地に行くから、途中まで護衛がてら送るって」
アレクシスの率いる第七師団は、現在順次、新領地へと移動を始めている。
ヴィクトリアもすぐに出立したかったのだが、その準備にはやはりまだ時間を要するので、出発前の挨拶として帝都のフォルクヴァルツ邸を訪れたのだ。
「もっと領地経営についてお尋ねしたかったのに残念です」
「そうよねえ、アレクシスがうちの人に聞くより、ヴィクトリア様が聞いた方が、領地が発展しそうな気がしてならないわ、そう思わない? フォルストナー中将」
第七師団のうち、アレクシスの片腕といっていいルーカス・フォルストナーはヴィクトリアの護衛として帝都にとどまっており、今回のフォルクヴァルツ邸訪問にも付き添っていた。
「失礼ながら、確かにそこは同意です。魔物の討伐や戦争に関しては、閣下の才は発揮されますが、領地経営というのはまた別でしょうから」
「いいのよ、いつものように正直に率直におっしゃっても。あなたのように、武人ながらも文官よりのお仕事にも明るいならともかく、アレクシスはねえ」
「でも、お義母様、黒騎士様……じゃなくて、アレクシス様は第七師団を纏める師団長です、新領地の民もきっとまとめてくださいます」
「そうねえ、領民がアレクシスのことをわかってくれるといいんだけど……でも、ほら、あの子あの見た目だから……わたしのお父様とそっくりで、厳ついというか威圧的というか……見た目で印象が左右されるなんてことがよくあるものだから……」
「おじい様似なのですね、アレクシス様」
「そうなのです……見た目で縁談を断られたこともありました……お嫁さんがきてくれるのは無理かもと思ってて……でも、陛下よりヴィクトリア様を賜ったのは本当に驚いて、でもお嫁さんだわって嬉しくて……わたしだけね、そんな風に思ってたのは……」
「どうしてですか?」
「やっぱり勿体なくて……ヴィクトリア様は……」
「そんなことおっしゃらないで下さい……わたしこそ、この見た目で、アレクシス様にとってご迷惑をおかけしてます」
「え……?」
「普通の見た目とは違うのですから……アレクシス様の妻には、子供過ぎると誰もが思っているところでしょう……わたしの姉上達に比べれば、いいえ……普通の同じ年の令嬢と比べても、わたしの見た目は幼すぎです」
デビュタントの時、ワルツを踊りながら耳に聞こえてきた言葉。
――微笑ましいが第六皇女殿下は、幼いから政略結婚の意味がわかってないのだろう。
ヴィクトリアの見た目で判断される印象。幼くて子供で、何も知らない第六皇女殿下。
――あの男も、気の毒に。新領地だけ欲しいと進言したかったのではないか?
褒章のおまけに子守りがついてと、その同情するような言葉。
――妖艶な人妻とは真逆の幼い殿下との政略結婚か。陛下の勅命ならばしかたないのだろうな。
そして決定打。
かの伯爵夫人はそれを言葉にしてくれた。
――本当に、可愛らしい婚約者様、陛下の勅命とはいえ、無理矢理な感じで殿下もアレクシス様も、戸惑われることも多いでしょう、わたくしでよければ、いつでも相談にのりましてよ?
「デビュタントを終えた成人ではあるものの、幼すぎて、足手まといと思われても仕方ないです。わたしにあるのは皇族としての血と魔力のみですから」
「そんな……」
「アレクシス様が見た目で縁談を断られたように、わたしも侮りを受ける見た目をしております。ですが……ですが……魔力は他の貴族よりも多くあります。アレクシス様を貶めるような言葉を投げる者を黙らせるだけの魔力を持ちます。この力はアレクシス様が拝領した新領地を豊かにするはずです……」
「ヴィクトリア様……」
「ただ……アレクシス様の想う方と、アレクシス様が、ご夫婦として一緒になることはかなわなくなるのです……」
――だって黒騎士様は、本当に好きな人と結婚できなくなるのだから。
「恐れながら、殿下、それは閣下のみではなく、貴女もです」
ルーカスの言葉に、ヴィクトリアは迷わず答える。
「政略としての婚姻であるのは、わたしは納得してますし、相手がアレクシス様であることに不満などもないのです、だから申し訳ない気持ちなのです」
ヴィクトリアの発言に、ルーカスが声をあげる。
「うわーあのアレクシスにとうとうモテ期がきたか! ビアンカ様、待てば海路の日和ありって言葉が遠い東の国にあるのですが、まさにそれですよ。ていうか、アレクシスにこんな若くて可愛い健気なお嫁さん、もう現れないですって」
「中将ったら……やっぱり相変わらずの遠慮のない物言いですね、少しは大人になったかと思ったのに」
ビアンカはまるでもう一人の息子を窘めるように苦笑してそう呟く。
「これ最終の三度目かも! だって、生まれたときはみんなモテ期だし、士官学校時代は先輩後輩にモテまくってて、女性からのモテはこれ最後かも!!」
「は?」
「人生には三度、異性に好かれる時期があるらしく、中将はそのことを言ってるようです殿下」
専属侍女のアメリアがそれとなく進言する。
「そうなの……でも、年中、異性に好かれる人もいますよね」
ヴィクトリアの発言にルーカスはしょっぱい顔をする。
「……」
「……」
「グローリア姉上は、時期を問わず年中、異性から熱い視線を受ける方でした……」
その名を聞いてビアンカが呆然とする。
「……あの方は……」
皇女たちの中でも大陸一の美姫をアレクシスの嫁だったらと言われれば、このヴィクトリアとの政略よりも派手に騒がれる。
それはアレクシスの両親の望むところではない。
ルーカスもその名を聞いて言い募る。
「あの美姫は比較対象外の存在!! スケールが違います殿下! あのカサル王子が国をあげて、他国の求婚者をサーハシャハルの武力と経済力で蹴散らさなかったら、この国、長期戦争に突入しかねなかったんですよ!」
「だから、グローリア殿下はチャーム系特化型の特殊な例ですから、一緒になされませんようにと以前から申し上げております!」
「うん……わかってるんだけど……でも、あれぐらい綺麗なら、アレクシス様にも皇女をお嫁さんにもらってよかったーって思ってもらえるかもって……」
「いやいや、うちの国の殿下達はみんな揃って美形ですよ! そうですよね? フォルストナー中将!」
「サー! イエス・サー!」
「ヴィクトリア様」
「はい……」
「わたしは、アレクシスの伴侶が誰になろうと、歓迎してます。もちろん、アレクシスの意思があるのが前提です。ヴィクトリア様との婚姻は、政略としてだろうと、アレクシスが選択したのです。あの子の意思はあると思っています。ヴィクトリア様よりも、大人なのですから」
ビアンカはそう言ってほほ笑んだ。
◇◇◇
その後、フォルクヴァルツ邸を後に、まっすぐ皇城へ帰城ではなく、帝都の各施設を回る予定となっていた。
「お忍びで、城下町のお店巡りですか?」
ルーカスの問いに、ヴィクトリアは目線を窓の外に向け考え込んでいる。
「そうですね……それもしたいんですが……」
孤児院の慰問などかと思っていたルーカスだったが、それも確かにあったが、警備や役所関連の施設、病院、学校などを見て回っていく。
「商業施設はもっと時間をかけたかったけど……、隣国で見たのを参考にすればいいかな……でも、基本はこの国に準じてが一番なのよね。やっぱり時間をかけて見たかったな」
その発言にルーカスは息をのむ。
――お店巡りのレベルじゃねえええええ。
てっきり貴族の令嬢にありがちな、『市井の町で人気のお店巡りをしたーい』な発言かと思いきや、実は新領地の商業施設に関してという視点で、ルーカスの予想がまったく別物だったことが今のヴィクトリアの発言でわかってしまう。
「フォルストナー中将」
「は」
「いずれまた、お忍びでこの帝都の城下町に行く際にはお供してくださいますか?」
「御意」
「よかった。中将はフォルストナー商会の会頭のご子息ですよね、新領地の商業施設を開く時には忌憚ない意見を下さると嬉しいです」
――この小さな殿下は……。
「見た目は子供、頭脳は大人……」
「プラス魔力大です」
ルーカスの聞き取りにくいぼそりとした発言に、アメリアが付け加える。
アメリアとルーカスはしばしお互いを探るように見つめあう。
「あー侍女殿は、海に囲まれた東の島国をご存じですか?」
「さあ……わたくし、南の国境近くの小さな領地のしがない男爵家の娘ですので……フォルストナー中将は、あの、フォルストナー商会のご子息ですから、商人から他国の話を受けてるようですね」
二人の視線のやり取りにヴィクトリアはちょっと照れたように二人の顔を交互に見つめる。
「姫様?」
小さな手を両頬にあててテレテレしているヴィクトリアを見て、アメリアが問いかける。
「いかがなさいました?」
「えー……別になんでもない……」
まさか本人たちを前に、「これが恋に落ちる瞬間なんだ」なんて言おうものなら、全力で否定されかねないし、もしかしたら恋に発展する機会をつぶしてしまうかもしれないと、ヴィクトリアは思い、扇で口元を隠してもごもごと口ごもる。
すると馬車が止まった。
「どうした」
ルーカスが御者に問いかける。
「それが……何台か前の馬車が止まっておりまして……」
「わたしなら、大丈夫です。様子を見てきてくださいますか?」
「いやしかし……」
いくらなんでもここで殿下を放置していくわけにはいかない。
すると、ヴィクトリアは、馬車のドアに手をかけて、ルーカスにいくよう促すかと思えば、自ら馬車を降りて、渋滞してる先頭へと歩き始める。
アメリアはヴィクトリアに付き従うように迷わず後をついていくので、ルーカスは慌ててその後を追う。
渋滞の原因は、馬車と馬車の接触だったようだ。
「遅れてしまうわ、フーゴ、なんとかならないの?」
「申し訳ありません、イザベラ様、この男が言いがかりを」
「いいがかりとはなんだ! そっちがいきなり馬車を横切らせてきたんだろうが!!」
「黙れ!」
「黙るか! お貴族様かしらないが、こっちは馬がやられてんだぞ! どうしてくれるんだ!!」
ルーカスが人混みをかきわけて、騒ぎの元へ近づく。
どうやら商人と貴族の馬車が接触したらしく、商人の馬車をひいていた馬が道の真ん中で座り込んでいる。馬にのしかかられた歩道にいる子供が大人たちに引っ張りだされて大声で泣いていた。
母親らしい女性が、子供を抱き上げてなだめているが、足を折ったのか抱き上げられても背を反らして泣きわめいていた。
ヴィクトリアはその子供のところへ歩みよる。
「殿下!!」
ルーカスの叫びに、道に群がっていた野次馬達が、ヴィクトリアに視線を向ける。
「殿下?」
「あ、皇女様!」
「末姫のヴィクトリア様っ……」
ヴィクトリアは母親に抱きしめられている子供に話しかける。
「痛かったね、いま、痛いの飛んでけ~ってしてあげる」
ヴィクトリアは怪我を負った子供の足に手をかざすと、その手が淡く光を放つ。
泣いていた子供は光る自分の足に視線を向け、泣き声がだんだんと収まる。
「ね? 痛いの飛んでった?」
「……ひっく……飛んでった」
「ママ心配してたよ?」
「まま」
子供が母親にぎゅーとしがみつく。
「皇女殿下……ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「骨が折れていたのでしょう、でも大丈夫。念のため、今日、このあとはおうちでゆっくり休ませてあげてください」
地べたに頭をすりつけんばかりの勢いで頭を下げて感謝の言葉を口にする母親に、天使のような微笑みを浮かべて見つめ、今度は馬車道に横になったまま暴れている馬に近づく。
「殿下、危険ですから!!」
ルーカスを手で制して、馬の正面に回り、馬を見つめる。
「いい子ね、少しだけ、おとなしくしてね」
まるでその言葉を理解したかのように、馬はばたつかせていた後ろ脚の動きを止める。 ヴィクトリアはその手を伸ばし、馬に触れると、手が光を放つ。
光が収まると、馬はゆっくりと立ち上がり、その顔をヴィクトリアに近づける。
「痛かったね、大丈夫よ。いい子ね……」
よしよしと、馬の首をなでさする。
「ヴィクトリア様~」
馬の持ち主である商人が、揉み手をせんばかりに近づくが、そこはルーカスに立ちふさがられた。
「憲兵交通課の警邏の者は? 事故の馬車を寄せて渋滞してる道の整理をするように」
ルーカスが指示を出す。
「双方の調書をとり、しかるべき手続きを」
ルーカスが指示を出し、野次馬を散らしているところへ、一人の貴婦人が、ヴィクトリアの前に歩みでた。
「お願いがございます。殿下。わたくしをフェシリティ通りまで、送っていただけませんか?」
商人の馬車と接触したと思われる貴族の馬車に搭乗していたのは、ハルトマン伯爵夫人イザベラだった。
事故を起こした御者は残して、自分はそのまま移動したいという申し出だった。
アメリアは眉間に皺を寄せる。
貴族であれば、この大元の騒ぎの責任をとって、憲兵の調書につきあうべきだろう。
しかも、子供と馬に被害がでているのだ。
ヴィクトリアが魔術で子供と馬を癒さなかった場合は賠償金の問題だって生じただろう。
デビュタントの時の一件は、アメリアは傍にいることができなかったが、ヒルデガルド殿下やマルグリット殿下から聞き及んでいるのでいい印象は持てない人物だ。
「フォルストナー中将」
「はっ」
「ハルトマン伯爵夫人を私の馬車に同乗させます。詳細は憲兵から伯爵家へ回すように」
「姫様っ!?」
アメリアが叫ぶ。
「夫人も危急な要件で馬車を走らせたのでしょう」
不満と理不尽な憤りを無表情の下に隠して、アメリアはヴィクトリアと伯爵夫人に付き従う。
ルーカスが憲兵に指示を出していたので、馬車に乗り込むとほどなく渋滞は緩和され動き出す。
馬車が走り出して、イザベラが口を開く。
「助かりましたわ、殿下が通りかかってくださらなかったら、約束の時間に間に合わないところでした」
スパイシーな大人の香水の匂いが、馬車の中に香る。
その香りを遮るように、ヴィクトリアは少しだけ開いている扇で鼻から下を隠している。
「約束?」
ルーカスの質問に、艶やかな笑顔でイザベラは答える。
「ええ、お友達と、フェシリティ通りにできた新しい劇場のこけら落としのオペラに誘われてて」
どんな火急の要件で事故を起こすほど馬車を飛ばしていたかと思えば、そんな理由だったのだ。
アメリアはヴィクトリアを見ると、ヴィクトリアはアメリアよりもさらに、無表情で人形のようだった。
ルーカスも眉間に皺を寄せる。
「殿下もそうですの? あの劇団の若手俳優は素敵ですものね? やっぱりお年頃ですもの、陛下の勅命で決められた許嫁よりも、年も若いし。でも、いくら貴族の結婚が早くても、殿下は幼いので心配ですわあ。いろいろと旦那様となる人を満足させてあげられるのかしらと……だって相手がアレクシス様ですもの。あの彼と結婚なんて、本当はおいやなんじゃありません? わたくしが陛下の勅命を受けたとしても、なかなか承諾するまで時間がかかりますわあ」
無邪気というより傍若無人な発言、しかも最後はなんと思わせぶりな一言とアメリアが憤り、怒鳴りあげたいのをこらえ発言する。
「殿下は公務です、貴女は公務中の殿下のお時間を割いたのです」
その声に温度があるとしたら、氷よりも冷ややかなものだった。
「まあぁ、まだ遊びたいさかりですのに……お気の毒に。でも、皇族ですものね……それで第七師団の方が護衛に? お名前は?」
イザベラの流し目に、ルーカスは隣に座るアメリアと前に座るヴィクトリアに倣って表情を殺す。
「ルーカス・フォルストナーと申します」
「ルーカス様……さすが、第七師団所属ですのね、町の憲兵よりもてきぱきと動いて下さって、助かりましたわ……」
いきなり名前呼びされてぎょっとするルーカスだった。
助けろと目線でアメリアに救援を送るが、もちろんアメリアは凍った表情のまま何もしない。
「ルーカス様ってもしかしてフォルストナー商会の方と縁が?」
「……実家です」
「まああ、わたくし、よく利用させていただいててよ?」
「……ありがとうございます」
「でも、なかなか、いいお値段にしてくれないのよ、今度ルーカス様からお口添えいただけません?」
「私は軍籍に入って実家とは疎遠になっておりますので」
「そんなぁ……残念ですわぁ……でもルーカス様、ご苦労なさったのですね……」
にじり寄られそうになって、ルーカスが内心涙目になりそうな瞬間、馬車が止まる。
「……伯爵夫人、フェシリティ通りの新劇場前につきました」
ルーカスは素早く動き、馬車の外に出て、イザベラに手を差し出し、馬車から降車させる。
「ルーカス様、劇場のホールまでエスコートしてくださいません?」
その発言に、さすがのアメリアも凍った表情がピキっと音を立てて崩れ落ち、怒鳴り声をあげてしまうところだったが……。
劇場のエントランスから、身なりのいい紳士が現れて、イザベラに呼びかける。
「イザベラ! 待ってたよ」
「シュレマー子爵……ちょっと事故にあいまして、送っていただいたの」
怒鳴り声はでず、ぱかーんと間抜けにも口が開いた状態になる。
ヴィクトリアは目線でルーカスに早く馬車に戻るように促し、ルーカスは心得たように、馬車に戻り扉を閉めて、御者を促し馬車を出させた。
「……な……な……なんなの、あの女!」
フェシリティ通りを抜けたところで、アメリアが叫びだす。
パチンと扇を閉じて、膝の上に置き、ヴィクトリアは窓枠に肘をつき指先でこめかみを押さえる。
それは、第六皇女殿下というよりも、戦時中における老練な軍師のような印象をルーカスに思わせる。
――いや……これは……エリザベート皇女殿下の面影が重なるな……。
前回の北部戦役の開戦前の作戦会議にいた、エリザベート皇女殿下と仕草と表情が重なる。
「うちの姫様をアッシー替わりに使った挙句に礼の一つも言わないで! どんな急ぎの要件か、親の死に目にでもあったのかと思えばオペラの観劇の為だとか!? しかも『ありがとうございます』の一言もなかったわよ!! おまけに殿下の護衛についてる中将にエスコートしろだとは何様なの! たかが伯爵夫人の分際で!! うちの姫様をっっ!!」
拳を握りしめて、一気に叫ぶのはアメリアだ。
「すっげえ……肉食女子……」
ルーカスも呟く。
「うん……二人のなんかよくわからない言葉はともかく……」
「殿下、なぜ、あの女を同乗させたのですか!!」
「まあ……人となりを見てみたかったのですが……」
「最初っからわかろうってものじゃないですか!! デビュタントの時だって、散々コケにされたって、マルグリッド殿下から聞き及んでおります!!」
「……相変わらずアメリアは姉上達からも気に入られてるのね、そんなことまで……姉上がいってました、『世界が違う』と……本当にそうだなと感じました……しかし、世の男性は、あのタイプが好みだそうですが、どうでしょう」
ヴィクトリアは視線で意見をルーカスに求める。
「金がかかりそうなレディではあると思います」
「商家がご実家なだけはあるご意見ですね」
「アレクシスが、アレに懸想だ? 笑わせるな。そんなはずがあるか、本人だって知らない噂が流れてて、驚いてましたよ。ご案じ召さるな殿下、アレクシスはこの政略には真摯に対応するつもりですから。しかしあの女の言葉は無礼にすぎる。殿下なぜ叩き出せと私に御命じくださらなかったのですか」
二人の発言にヴィクトリアはため息をつく。
「じゃあ……やっぱりこの件はマルグリッド姉上にお任せしましょう」
「え?」
「はい?」
「黒騎士様が真実、彼女を想ってたら、わたしは多分彼に恨まれそうな手を打とうと思ってますから」
「……」
「……」
「来シーズンの社交界から、彼女の存在は薄くなり、またその次の社交シーズンにはその姿、この帝都には見えなくなるでしょう」
「……あの……」
「もしかして……」
「姫様、実はすっごく怒ってらっしゃいます?」
ヴィクトリアはこめかみに指をあてたまま、二人を交互に見つめる。
「少し? いろいろ邪魔になりそうだなとは思ってました。わたしが新領地に赴き、産出していく商品は、社交シーズンになりしだい、マルグリッド姉上とわたしが広告塔にもなり帝都で紹介し、帝国内に広め流通させていくことにしようかと。社交界は苦手ですが、そうも言ってられない年齢と立場になります。その際、あのレディは邪魔です」
――……もしかして、アレクシスの奴は、この殿下を奥方にすることで、領地経営だけでなく帝国北部防衛における軍師を手に入れたも同然じゃね?
アメリアはうんうんと頷いてる。
「そういうことは、マルグリッド殿下が長けていらっしゃいますから――絶対、今回の件も併せて包み隠さず進言してやるわっ」
ヴィクトリアは二人に苦笑する。
「ええ、姉上にお任せします。わたしは心残りだったのです。もし、本当に黒騎士様が彼女を想って、彼女もまた、黒騎士様を想っていたのなら、その広告塔の役は彼女に譲ってもよかったのですが……そんな気持ちも消し飛ぶほど、あの数々の暴言は赦しがたいものでした」
そう呟いて、ヴィクトリアは窓の外に視線を投げた。
――だけど、わたしに、こういうところがあるって黒騎士様に知れたら、幻滅されるだろうな……。
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