第4話「黒騎士様からのお手紙ですか?」



『敬愛なる皇女殿下』


 アレクシスの手紙は、その一文からはじまる。

 親愛なると書かないところが、自分との距離を感じるとヴィクトリアは思う。

 政略の許嫁にすぐさま渡す手紙としては、まあ妥当な書き出しだろう。

 皇帝の勅命にて下賜された末姫が相手なのだから。

 しかし、手紙の文面や内容から、この人は社交界で噂されてるような、人妻に懸想しているような人物ではないのかもしれないと思う。

 そんな情緒的な感情があれば、小娘を転がすような甘い文面を連ねるだけに終始しただろうが、これにはその甘さが一切感じられない。

 どちらかというと、報告書のそれだった。

 手紙の内容は、新領地の事について記載されていた。



「行きたい、新領地、すぐにでも!! 父上にかけあって準備してもらう!」

 アレクシスが渡した白バラの花束を両手に握りしめて、そういうと、アメリアは、「はああ?」と侍女にあるまじき声をあげた。

「実際みてみないと!! アメリアだって温泉入りたいでしょ!?」

「だめです! デビューは一か月後なんですよ!? その準備があるでしょう! 婚約式も兼ねてるんですよ!」

「だって、そんなの、わざわざしなくても、黒騎士様のお嫁さんになるのは、この間の戦勝の式典でみんなわかってることじゃない、そんなことより新領地!」

「殿下」

 わあわあと侍女とやりあってるヴィクトリアに、アレクシスが声をかける。

「殿下が新領地を視察する前に、私が、見て回って参りますので」

「ずるい!」

「下見は必要では?」

「……」

「殿下の視察にはもっとお時間をとればよいかと」

 そんなやりとり――皇帝陛下との謁見後、降嫁されることになったヴィクトリアとの話し合いにて、アレクシスはその翌日、第七師団の中で精鋭を選抜し、一個連隊ですぐさま新領地の視察に旅立ったのだ。




 『新領地の拠点となる町は、帝都からかなり距離があるものだと思いましたが、領地と帝都をつなぐ街道も四分の一程度は形になっており、意外にも早く領地に到着できた次第です。馬車で向かうと5日とみていいでしょう』


 これはヴィクトリアを馬車に載せ、移動した場合の日数を記載している。

 視察にむかったアレクシス第七師団の移動は2日ほど、短縮しているが、そこは別段記載してない。

 領地館や軍の官舎が建設予定の地へ赴いた第七師団の幕僚の一人、ルーカスが町を見て感嘆の呟きをあげた。


「すげえ……でけえ……」


 アレクシス第七師団の到着に、施工責任者である公務省の人間が、その知らせを受けて、迎え入れる。


「いやいや、この北部、領土面積はありますからな。大きな町を設計しても、大丈夫でしょう、はじめまして、元帥閣下。工務省建設局のコンラート・ハンスと申します」


 アレクシスの顔に恐れることなく、笑顔で握手を求める。


「先だっての戦役において、このエリアは避けるように言われていたが、まさかそのころから着工されていたのかよ……町を名乗る要塞じゃねーの?」

 ルーカスがキョロキョロと建築現場を見渡している。街を囲む外壁の堅牢さと高さが帝都並みだ。

「まさに、そのとおりです。帝国北部のこの辺境に、防衛を備えた町を作る、この計画は先代皇帝の頃から何度か企画があがってましたが、何度も企画倒れしてました。しかし昨年の戦役で、やはり拠点として建設に着工せよと陛下からご下命がありまして……新しい街づくりは、気合が入ります。我々、作る方もですが、住む方の快適さを考慮して最新技術を取り入れろとの仰せでしたからな」

「陛下より、書状を賜っている」

 アレクシスがコンラートに書状を渡す。

 その書状は、今回の仕事に対する労いと進捗状況を尋ねるものだったようだが……コンラートは腑に落ちない表情になっていく。

「どうした?」

「いえ、最後の一文に、工事についての進捗状況と目新しい企画があれば第六皇女殿下にお伝えしろと……これもおかしな……元帥閣下が自らこうして参じて頂いてるのに……」

 アレクシスの表情が一瞬和らぐ。

「よいのだ。俺は軍事一辺倒なものだからな。街づくりとかはよくわからない。雨露凌げて食って寝るところがあれば、問題ない」

「はあ……」

「しかし、俺に降嫁される第六皇女殿下はそうもいかない」

「わたしは帝国の各領域に渡り仕事を行うので、帝都にはたまに戻るだけで、失礼ながら第六皇女殿下についてのお人柄もよく存じ上げません……」

「ここで俺が説明してもな……」

「そこは説明してやれよ」

「実際連絡をとりあえば、わかるが……」

「まあ、コンラートさんが、気を遣うような高貴な貴族の姫にありがちな、我が儘な気質はないってことらしいですよ」

「だが、貴殿の仕事の難易度があがるかもな」

「だからお前、誤解を招くだろうが」


 実際アレクシスは想像していた。

 殿下がこの町を見て何を言い出すのか。建設している領地館の基礎工の後、街の外壁や家屋、道路、それらに手を付ける前に、殿下はここを直接見て、意見を述べたいに違いない。

 そしてそれに携わるこの男は、殿下の才気に圧倒され、より仕事にいい刺激を与えられるだろう。


「皇族の姫が住む町を手掛けることができて栄誉だと、いまはただ漠然と感じるだけだろうが、デビューが終われば、殿下はこちらに足を運ぶ」

「は? 殿下が自ら?」


 実際、アレクシスと話していた時、ここへすぐにでも足を運ぼうとしたのだが、それを自分が行くと押しとどめた。

 新領地にどんな危険が待っているかわからない為だ。


「だから、一度、進捗状況を殿下にお知らせした方がいい」


 コンラートの経験上、普通の姫なら、街だろうとドレスと同じで、保護者に伴って、仕上がった綺麗な完成された状態を見るだけだ。

 しかもドレスと違って、その良し悪しがわからないのが貴族の子女という認識があった。建設予定の現場に訪れるとは信じがたい。


「あの方は幼いながらも、知識豊かで多才な為政者。魔力も皇族だけあってかなりのものだ」


 国の最大戦力であるアレクシスの言葉に、コンラートは頷く。


「おお……」

「で、どーすんだ、アレクシス。ここを見て、つぎは山か? 海か?」

「山だな。山から海へぬけて、ここに戻る」

「地図上だと扇形に回ってく感じ?」

「ああ」

「なんで山なんだ?」

「鉱山があるだろ、いい鉱石が発掘できるかもしれない」

「なるほどな」

「鉱石っ……」


 それを聞いていた、コンラートは食い気味に詰め寄る。


「どうした、ハンス殿」

「もし、もし、建築で使えるような石材があれば……」

「もちろん知らせる。帝都より短距離で運搬できれば、それにこしたことはない」

「ありがとうございます。閣下」


 その会話をしていた中に、一人の隊員が近づく。

 茶色の髪に緑の瞳、薄い丸眼鏡をかけて、そばかすをちらした頬がまだ少年のような印象を見せる人物に、アレクシスが尋ねた。

 彼がこの北部出身で、先の戦役の際、国境線における作戦時に地の利を以て罠をかけ、敵を減らし、その武勲によって、階級があがって少佐になった男だ。


「ヘンドリックス少佐、どうだった」

「水脈はありますね、ただ温度までは……」

「そうか……例え水で終わっても掘削されると思う」

「掘削……?」


 コンラートが首を傾げる。


「殿下が自ら、魔術で温泉を掘削してくれるそうだ」


 アレクシスの言葉を聞いて、コンラートは一瞬固まる。仮設事務所へとあたふたと走り去る。


「なんですとおお!? 手紙っ! 殿下に手紙を書かねばああああ!!」


 そう叫ぶ彼の後ろ姿を見送って、アレクシスは北部領土の地図に視線を落とす。


「ヘンドリックス少佐、ここから国境付近の山へ向かうには森を迂回したほうがいいのか?」

「はい、商人や税務官などは森を迂回していくルートをとります。魔獣がいますから、安全のために。しかし、この部隊なら森を一直線に抜けることも可能です。抜けた先に、村があります。そこがこの領地最北端の村となります。国から徴税をされてる村です」


「そうか。今回の視察は迅速さが必要だ。ぬけよう」

「は」

「ヘンドリックス、お前のふるさとはどこになるんだ?」


 ルーカスの質問に、ヘンドリックスは答える。 


 「オルセ村です、次に目指す村がそうです」

 「農家の五男が帝都で出世して、故郷に錦を飾るってわけだな」


 若い兵士は照れくさそうに笑う。

 ヘンドリックスがいうには、森を抜けて、山岳地帯近くのオルセ村に着くと、あとは、ハウセ村、海沿いのニルス村、この三つの集落があるらしい。この三つの村がこの国の最北端の村となる。

 森をぬけるとアレクシスが決定したとき、ほんの少し嬉しそうな表情をする。


「アレクシス、こいつ、故郷に幼馴染がいるんだって」

「ほう」

「この間の戦役の時に言ってたんだ、『俺、この戦争が終わったら、故郷にいる幼馴染に結婚してくれって言うんだ』ってな」


 「……中将!」


 若い兵士は顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ああ……だいたいそういった兵士が戦場から帰還したためしがないと聞くな」

「死亡フラグぶっ壊して、凱旋だ、こいつのことはフラグクラッシャーと呼ぶ」

「その言葉はわからないが、まあ、めでたいことだ」

「問題は、その幼馴染がこいつのプロポーズを受けるかどうかだがなー」

「受けるだろ。少佐、ここで一泊ののち、森を抜けてオルセ村に行く。他の者にも伝達してくれ」

「はっ」



 町の設計についての詳細が、アレクシスの最初の手紙のすぐあとに、ヴィクトリアの元に届くことになる。

 ただ、今現在ここにあるのは最初に送られてきたアレクシスからの手紙である。


「黒騎士様からのお手紙ですか?」

「ええ」

「意外とマメな方なのですね」

 アメリアには、この手紙の内容はまだ見せていない。

「そうね、でなければ、軍務省のお偉方にも一目おかれないわね」

 見てもいいわよと、アメリアに手紙を渡す。

 あわあわとしながらも、ヴィクトリアから渡された便箋を受け取り、遠慮がちに視線を便箋へと走らせた。

 受け取った時のもだもだした感じから一変、手紙に視線を落としたまま固まっていく。


「これは婚約者同士の手紙にあらず、単純に部下が上司に送る都市設計予定地の視察報告書以外のなにものでもありませんね。16歳の皇女殿下に送る初めての手紙……ナニかが違う」


 死んだ魚のような目でヴィクトリアを見る。


「しかたないじゃない……」

「は?」

「仕方ないじゃない。私は姉上たちみたいに綺麗じゃないし、大人に見えないんだもの。黒騎士様から見れば、私は婚約者というより、陛下からお守りを任された子供としか認識されてないもの。今年で17になるのに、見た目がこんな姿なばかりに……普通の16、17の女の子としてさえ見てもらえないんだもの……」

「姫様……」

「だから、黒騎士様が苦手な内政とかお手伝いしたら、子守りよりはマシとか思ってくれるかもしれないじゃない……」

「いずれご成長されます」

「グローリア姉上は、わたしと同じ年でお輿入れされたけど、もう当時、いろんな意味でレディでしたっ」


 ヴィクトリアは机に突っ伏す。

 行儀が悪いと窘めるより、この姫になんと声をかければいいか逡巡する。

 第五皇女殿下は、確かに、非の打ちどころのないレディではあった。

 その容姿に一目惚れした南の国、サーハシャハル王国の王太子が、とにかく口説きまくり、その政略結婚の結果、双方の国の経済が潤った。


「あの国は、一夫多妻制だけど、カサル殿下は姉上を最後の伴侶として、後宮にグローリア姉上以降の妻は持たないと宣言されて、姉上は他の奥方様の反発も軽くいなしもしくは懐柔し、後宮を掌握したというお話です……後から入ってきた新参の他国の姫なのに、数多の美姫を押しのけるほどの寵愛を頂いて……」

「女子力高いってことですね……」

「その言葉よくわからないけど、なんとなく伝わるわ……」

「でも、グローリア殿下は、魔力がチャーム系に突出してる方だから、その補正とかあるので比較してもあまり意味がないかと」


 それゆえ、グローリア皇女殿下の公務も外交関係が主たるものだった。


「うん……わかってる……わかってるんだけど……この現実……子守りかヤレヤレ的な対象としか見てもらえないこの現実……最初の時点でこの差があるんだから……結果を出さないとダメじゃない……『見た目子供だけど役にたちますよ』ってアピールするしかないじゃないの……」

「そう悲観しなくても……姫様だって、愛らしく可憐な末姫様って周囲から評判じゃないですか」


 アメリアの言葉にため息をつく。

 そして、便せんを半分にカットしたメモ用紙を見つめる。

 手紙に同封されていたそのメモは何も書かれてはいない。

 ただリンゴの花の押し花がそこにあった。


 「黒騎士様にも、そう思われてたら、嬉しいんですけどね……けど、手紙の内容で推して知るべし……」


 リンゴの花をそーっと指でなでながら、ヴィクトリアは呟いた。


 あの黒騎士が、報告書に添えて、この押し花を送ってくれたことは、少しは、ヴィクトリアのことを想ってくれるのだろうかとも考える。


「そのメモは?」


 ヴィクトリアが大事そうに持ってる押し花の便せんを見て、アメリアが首を傾げ、覗き込んだ。


「……やるな……黒騎士……」


「なっ、なんで覗き込むの?」

「あの、おっそろしい顔立ちの不愛想な男が、業務報告書に添えて、押し花を同封とは……姫様、悲観しなくてもよいのでは? 意外と黒騎士様は姫様のこと、大事に想ってくれてるかもしれませんよ?」

「アメリア……そう思う?」

「だって、あの男が押し花を同封なんて想像つきませんよ!」


 ――手紙の内容とかはアレなのに、こういう押し花とか、さりげなくやってくれるからわたしも期待しちゃうんですよ……。


 ヴィクトリアは深いため息をついた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る