シュガー (1/4)
「もういらないものだから、持っていっていいよ」と佳奈子ちゃんは言いました。クローゼットの中にはいらないものしかないんだ、と。
佳奈子ちゃんはわたしの父の妹、つまり、わたしにとっては叔母にあたる方で、今は駅近くのマンションに部屋を借りて一人暮らしをしています。叔母といっても、父とはだいぶ歳が離れているので、まだ二十代の後半に差し掛かった頃でしょう。以前、父との直接の血の繋がりはないという話を誰かから聞いたことがありますが、本当かどうかは知りませんし、記憶違いかもしれません。けれどたしかに言われてみれば、絵本の熊みたいにまんまるな体型をしたわたしの父と、線が細く儚げで整った顔立ちをした佳奈子ちゃんとを比べると、素直に納得してしまうところがありました。
クローゼットにあふれる物たちを眺めながら、わたしは少しぼーっとしてしまいました。そこには実にいろいろな物があります。雑誌や実用書、CDやDVD、もう着ることのないのであろう服や、使わないのであろう鞄、そのあたりまでは常識的な範疇でしょう。中には、小さな木枠の額縁や、未開封の使い捨てのT字カミソリまでありました。さらに考え込まずにいられなかったのは、キャラクターモノの筆箱や、子供向けのピンク色の小さな靴、古い少女漫画雑誌の付録の箱……なんかを見つけたときです。どうしてこの部屋にこんなものがあるのでしょう。わたしが知るかぎり、佳奈子ちゃんはずっと独身ですし、隠し子がいるという話も聞いたことがありません。いえ、隠していたら聞いたことがあるわけもありませんが、少なくとも、もしそんなものがいたとしたら、わたしがいちばんに気付きそうなものです。
「ほしいのがあったら、持っていっていい」と彼女はまたひとりごとのように呟きました。そして窓際に近付き、レースのカーテンを指先でほんの少し払うように広げ、外の様子を眺めはじめました。表情の起伏が乏しい佳奈子ちゃんは、そっけないというよりは、無愛想と言ってもいいくらいでしたが、それはわたしが小学校に入る前、佳奈子ちゃんが高校生くらいのときから、ずっとそうだった気がします。
「このカミソリ、使わないの?」
未開封のカミソリを手にとって訊ねると、佳奈子ちゃんはおかしそうに笑いました。
「いつか使うかなと思って取っておいたんだけどね」
だったらどうして買ってきたんだろう、と思いましたが、たしかに、必要と思って買ったものでも、結局使わずにいて、そのうち使いどきも捨てどきも見失う、ということもあるのかもしれません。
「この鞄も、まだ使えそうなのに」
「なんだか、気に入らなくなっちゃったから」
「おしゃれなのに」
「使うなら、持っていきな」
わたしはううんと悩みました。もらったところで、使う場面がないような気がしたのです。わたしは他の物に視線を移しました。本の入った段ボールの中には、タロットカードと解説書がセットになったようなものがありました。
「佳奈子ちゃん、タロットできるの?」
「できるよ。本読みながらなら」
「それ、できるっていうの?」
「レシピを見ながら料理をすれば、そのとおりの料理ができる」と佳奈子ちゃんは言いました。「解説を見ながらカードを並べれば、タロット占いもできる」
わかるようなわからないような理屈だなあとわたしは思いました。ほんの少しの興味から手にとってみると、思ったよりもずっしりとした重みを感じます。
「興味あるなら、教えてあげようか?」
「本を見ながら?」
「そう。本に書いてあるとおりに」
わたしが思わず笑うと、佳奈子ちゃんもくすくす含み笑いをします。
「おもしろそうだね」
と、そう言いながらまわりを見てみると、今度は古い色鉛筆のケースをみつけました。
「これもいらないの?」
「ん」
手にとって、後ろにいる佳奈子ちゃんに見えるようにケースを掲げると、彼女はほんの少しだけびっくりした顔をしました。思いがけないところで思いがけない人と会ったときのような、そんな顔です。
「ああ、それは……ええと、そうだね。新しいのを買ったから」
「ふうん……」
「うん」
佳奈子ちゃんが、なんとなく浮かない表情をしたような気がしました。何か嫌な思い出でもあるのかもしれません。
わたしはあらためてクローゼットの中を眺めました。これだけたくさんのものを、どうしてしまったままにしているんでしょう。
「でも、本当にいらないものばっかりなら、捨てちゃえばいいのに」
思わずそう言って振り返ると、佳奈子ちゃんは困った顔をしました。
「知ってるでしょ、わたしが家事苦手なの」
「物を捨てるのって、家事かな?」
「掃除は家事、片付けは掃除の前段階、物を捨てるのは掃除の更に前」
「ずいぶん、最初の方でつまずくねえ」
「そうだねえ」
佳奈子ちゃんはようやく窓から離れて、キッチンの方へと向かいました。
「コーヒーでも飲む?」
「あ、はい」
自分では家事が苦手だといいますが、佳奈子ちゃんは料理も裁縫も、掃除も片付けも、ほんとうはできる人なのです。淹れてくれるコーヒーもインスタントではないし、使うカップだっていつも綺麗にしてあります。なにより、わたしに料理を教えてくれたのは、当の佳奈子ちゃん自身でした。ただ、ずぼらというか面倒くさがりというか、とにかくやる気が起きるまで何もせず、しかもやる気がめったに起きない、というタイプの人なのです。放っておくと自分では料理をせずに、コンビニのお弁当やスーパーのお惣菜で食事を済ませてしまうといいます。
わたしが佳奈子ちゃんの部屋に頻繁に出入りしている理由のひとつがそれでした。家が近いのと、佳奈子ちゃんのマンションが学校からの帰り道の途中にあるから、というのもありましたが、放っておくとすぐに不摂生をする佳奈子ちゃんの様子をときどき覗きにいくように、父からもお願いされているのでした。佳奈子ちゃんも、父から何かを言われるのはうっとうしいようですが、わたしが来る分には歓迎してくれます。わたしも佳奈子ちゃんのことを、親戚というよりは、少し年の離れたお姉ちゃんとか、年上の友達のように感じているので、佳奈子ちゃんの部屋は、以前から、とても居心地のいい隠れ家のようでした。
わたしがクローゼットの中の物色をひととおり終えると、佳奈子ちゃんはわたしにタロットカードの占い方を教えてくれました。
「適当に混ぜて、本に書いてある通りに並べて、本に書いてある解説を読んで、なんとなーくどういう意味なのかを想像する」というのが、佳奈子ちゃん流のタロット占いのようです。
カードを眺めてみたとき、わたしは初めてそれが、見慣れた絵柄のイラストであることに気付きました。
「これ、佳奈子ちゃんが描いたの?」
「ん」
なるほど、とわたしは頷きました。タロットカードなんてものが佳奈子ちゃんの部屋にあるのは意外でしたが、そういうことなら納得です。確固たる意思と敢然たる決意によって自分の進む道を決めてきた彼女に、占いなんてものはどこか似つかわしくないように思えましたが、自分の描いたもので作られているとなれば、部屋にあってもおかしくはないでしょう。
でも、
「これ、『いらないもの』なの?」
という点が、今度は気になってしまいます。もらいものなのか、それとも自分で買ったのかはわかりませんが、わたしが佳奈子ちゃんの立場なら、こういうものは手元に残しておきたいような気がしたのです。けれど佳奈子ちゃんはさして悩んだ様子もなく、
「まあね」
と言って笑いました。とはいえたしかに、佳奈子ちゃんは、自分の仕事を物や形として残してとっておくことには、こだわらなさそうではありました。
わたしはせっかくなので佳奈子ちゃんのイラストが描かれたタロットカードで、佳奈子ちゃんの近況を占うことにしました。「どうして自分のことを占わないの?」と佳奈子ちゃんは困った顔をしましたが、自分について占いたいことが、わたしには思いつかなかったのです。六芒星の形に並べられたカード。丁寧にそれをめくると、中央には鎌をもった骸骨の絵が描かれたカードが出てきました。このカードなら、タロットについて詳しくない人でも知っているでしょう。不吉に思えて、なんとなく罪悪感がこみ上げます。
「死神。正位置だね」と佳奈子ちゃんは言いました。
「どういう意味?」
「ええと……」と、彼女は解説書のページをぺらぺらとめくります。どことなくどうでもよさそうな表情でした。彼女は解説の文章にひとしきり目を通したあと、ぱたんと本を閉じて、納得したように頷きました。
「どうだった?」
「このカードが出た人は三日以内に死ぬ」
「うそだ」
「しかし、他の人を占ってこのカードが出た場合、呪いが解けて三日以内に死ぬことはなくなる」
「なにそれ?」
「うそだけど」
「知ってるよ」
佳奈子ちゃんは他のカードの意味を調べることもなく、それだけでタロットを片付けてしまいました。わたしはなんとなく不審に思いましたが、あんまり気にしないことにします。たぶん、途中で飽きてしまったのでしょう。
「でも、佳奈子ちゃんが占いなんてするのは不思議な感じだね」
「そう?」
「うん。こんなの確証バイアスだって言いそう」
「そんなイメージかな、わたし」
佳奈子ちゃんは困ったみたいに苦笑してから、コーヒーに口をつけます。彼女の細い指先がティーカップの取っ手に絡む様子をぼんやり眺めながら、どうしてこんな仕草のひとつにまで目を引かれてしまうのだろうな、とわたしは考えました。どうしてだか目を離せない、気付けば目で追いかけている、そうせずにはいられないところが、彼女にはありました。あるいは、わたしにこそ、その理由があるような気もします。
「兄さんなら言いそうだけどね」
肩をすくめてそう言ってから、彼女はテーブルの脇にまとめられたカードに視線を向けました。たしかに、父ならばそういうかもしれない、というより、わたしは、父がそう言っていたのを聞いたからこそ、佳奈子ちゃんもそう言うだろうと考えたのかもしれません。わたしもコーヒーをいただこうと思って、テーブルの脇に置いてあったシュガーポットから粉砂糖をすくい、コーヒーに注ぎました。
「あの人には、そういうのがよくわかんないんだよ」
佳奈子ちゃんの口ぶりはほんの少し刺々しい感じがしましたが、わたしには、それがかえって親密さのあらわれのように思えました。佳奈子ちゃんは、父の話をするとき、小さな子供のような表情をします。
「そういうの、って?」
「んんん。つまり……そうだな」
「うん」
「いじらしさ、ってやつかな」
「……ん?」
思わず首をかしげると、彼女はくすくす笑いました。
「占いっていうのは、お悩み相談みたいなもんだからね」
「……ええと」
そうなのかなあ、と、いまいち納得できませんでしたが、あまりにもピンとこないことについては、否定することもままならないものです。
佳奈子ちゃんは、ほんの少しだけ楽しそうでした。
◇
佳奈子ちゃんが理由もなくわたしに何かをくれるのは、そのときが初めてというわけではありませんでした。もらいもののお裾分けだとか、誕生日プレゼントだとか、そういうものとは別に、ある日わたしが部屋を訪れると、なんの前触れもなく、突然「はい」と手渡してくるのです。
それは大抵奇妙なものでした。サボテンのミニ鉢植えとか、ピアノの形をしたオルゴールとか、ゴム製の将棋盤と駒のセットとか……「どうしてそれを?」というものが多く、わたしは面食らってばかりでした。そうかと思えば反対に、「どうしてこれを!」というものをもらうこともありました。たとえば、わたしが店先で買うのを諦めた服や小物であったり、食べてみたいと思っていたケーキであったり……。比率にして、「どうしてそれを?」が七割、「どうしてこれを!」が三割くらいです。
厚意を無碍にするのも悪いですし、物をもらうこと自体に抵抗があるわけではないのですが、かといって、何かを頻繁にもらってばかりいるというのも、落ち着かないものです。なにせわたしには、佳奈子ちゃんから何かをもらう理由がまったくないのですから。それがたとえ、佳奈子ちゃんにとっては特に理由もない行動なのだとしても、「なんだか悪いなあ」という据わりの悪さがあるのも事実なのでした。
◇
それはさておき、タロットカードというのは暇つぶしにはちょうどよさそうなものだと思い、わたしは翌朝、高校にタロットカードを持ち込みました。わたし自身もまた占いが特別好きというタイプではありませんが、友達と試して遊んでみるくらいなら悪くないように思ったのです。
案の定、「こんなものがあるんだけど」と友人の茉莉花に話してみると、「おおー」と感嘆するような声をあげてくれました。茉莉花は大抵のものに興味を示してくれるのです。
「実物は初めて見る」
「たしかに」とわたしは頷きました。そうそう見る機会があるようなものでもない気がします。
「占ってみますか」と訊ねると、彼女は二回頷きました。
「占えるの?」
「本を見ながらなら」
「……それって占えるっていうの?」
「たぶん」
さすがに佳奈子ちゃんほど自信満々にはなれませんでしたが、一応、昨日実際に試したこともあり、さほど難しくもないだろうと思ってはいました。カードを混ぜるには学校の机は少し手狭でしたが、とにもかくにもぐちゃぐちゃにかき混ぜてしまえばいいだけです。
「ところで何を占うの?」
「ふうむ」
「じゃあ、わたしの今日の運勢で」
「よしきた」
そんなわけで、わたしは昨日と同じように、六芒星のかたちにカードを並べてみました。
「それっぽいかたち」
「ヘキサグラムと言います」
「へえ。ヘキサグラム」
「ちなみに六芒星という意味らしいです」
「……ああ、そのまんまなんだね」
「ええと……」
どこがなんだったっけ。そういえば昨日、佳奈子ちゃんは真ん中のカードだけで、嘘だか本当だかわからないような結果しか言っていませんでした。
「先生、どうですか、わたしの運勢は」
「しばし待たれよ」
解説書のページをぺらぺらとめくり、どの位置がどういう役割なのかを探すところから始まりました。
「えっと……ここが……過去……で、こっちが……」
「ぐだぐだですね」
「しばし待たれよ」
食事を待つ子供のように退屈そうな顔の茉莉花に何度かそう伝え、どうにかこうにか占いを続けます。
「えっと……正位置? これ、わたしから見てどっちが上……?」
「ぐだぐだですねえ」
「誰にでも初めてはあるのだ」
「たしかに」
「ふむ……」
しかし、考えてみれば、運勢を占うだけなら一枚でも済んだのではないでしょうか……。
「過去は……えっと……杖の女王ですね」
「見たことも聞いたこともないやつだ」
いわゆる小アルカナというやつらしいです。わたしも昨日本を読んで知りました。
「たぶん……逆位置ですね」
「たぶんですか?」
「たぶんです」
「ちなみに意味は?」
「わがまま」
「ええ」
「感情的」
「ええ……」
「ちなみにここは過去なので……」
「わたしはかつてわがままだったのか……」
「人は誰しもわがままなものです」
「他のカードは?」
「次は……あ、こっちか。吊られた男の正位置……あ、ちがう。逆だ。逆位置です。意味は、忍耐、試練、犠牲、窮屈、束縛、徒労……」
「ええ……」
「ちなみにここは現在なので……」
「わたしはかつてわがままだったゆえに今現在なにかに耐え忍ぶはめになっているのか……」
「次はここ。えっと、杯の……五ですね」
「はい」
「これは?」
「失望、敗北、失敗、挫折、諦め。ここは未来ですね」
「わたしは耐え忍んだ末に結局挫折に出会って諦めることになるのか……」
「あ、間違えました。これ逆位置ですね」
「こんなに逆位置ばっかり出るもの?」
「みたいですね……」
「よく混ざってなかったんじゃない?」
「それはそれでどれが出るかわからないので同じような気がしますが……逆位置の意味は……」
「はいはい」
「復活」
「おお」
「期待、実現、可能性……失敗から学ぶ、辛酸が報われる、チャンスが舞い込む」
「耐え忍んだ末についに報われるんだね……」
「よかったですね。疲れたからやめていい?」
「あと四枚あるよ?」
「えっと。次が杖の八の正位置で、その次が硬貨の七ですね。その次が硬貨の九の逆位置。最後が杖の騎士です」
「意味は?」
わたしはぺらぺらと本をめくって考えをまとめました。
「自分本位な生活を改めて、自分の意思に従って行動するが吉」
「……どっち?」
「……さあ?」
なんだかこれは思ったよりも疲れるぞ、とわたしは思いました。茉莉花はカードを適当に掴んで、しげしげと眺めはじめます。
「気になるなら見る?」と解説書を手渡すと、彼女はさっきの占いの結果をあらためて分析し直しました。
ふと顔をあげると、クラスメイトのひとりと目が合いました。あんまり話したことのない人ですが、名前は知っています。けっこう目立つタイプの女の子で、苗字はたしか仁科さん。下の名前は、どうだったか思い出せません。
少しの間視線が重なっていましたが、やがて彼女はためらいがちにこちらへと近付いてきました。
わたしの机のすぐそばまでやってくると、茉莉花もまた彼女に気付いて顔をあげました。
「おはよう」とわたしは声をかけました。仁科さんは、言われてはじめて思い出したみたいに、「おはよう」と返事をくれます。それだけでわたしは少し安心しました。
「それ、なんだっけ、占うやつ」
「うん。占うやつだよ」
「占えるの?」
「うん」
「うそつけ」と茉莉花が言いましたが、わたしは無視しました。
「占ってみる?」
仁科さんは疑わしげな顔をします。
「信じるものはすくわれる」と大仰に言ってみせると、茉莉花が「足元を?」とおもしろくもないことを言いました。
仁科さんはあからさまに「信頼がおけない」というような顔をしましたが、所詮占いは占いです。「じゃ、お願い」とあっさり言うと、たまたま主がいなかった隣の席の椅子を勝手に引き寄せて腰を下ろしました。
わたしはさっきと同じように、適当にカードを混ぜてみました。
「この手順が大切なんですよ」
とそれらしいことを言ってみましたが、誰も信じてはくれなかったみたいです。
混ぜ終えたカードをひとつの束にまとめると、わたしは仁科さんの前に置きました。
「一枚引いてください」
「あれ? 六芒星は?」と茉莉花がまた口を挟みました。
「あれは疲れるので」
「やる気ないなあ」
仁科さんはそう笑いながらカードを引きました。
「そのまま裏返しのまま、自分の前に置いてください」
というのは、単純に正位置と逆位置がわからなくなるとめんどくさいなあという気がしたからです。
「じゃあめくってみてください」
「はい」
たいして躊躇もせずに、仁科さんはカードをめくりました。
「これさっきも出たね」
とわたしが言うと、茉莉花が「え?」と首をかしげました。
「ちがうよ。これ杯だもん」
「ん?」
「わたしのときは杖の騎士でした」
「よく見てるな……」
「先生、適当すぎませんか?」
そういうわけで、どうやら杯の騎士の正位置ということらしかったです。
「どういう意味なの? これ」
仁科さんの質問に答えたのは、わたしではなく、解説書を持っていた茉莉花でした。彼女はぺらぺらと本のページをめくってカードの意味を探し出します。
「えっとね。好意、挑戦、告白、積極的な行動、みたいな?」
「ふむ」
と仁科さんは声をあげました。
「つまり、行動するが吉というところですね」
「おー」
「……やっぱりさっきから適当じゃない?」
仁科さんは感心したような顔をしてくれましたが、茉莉花は呆れて笑っています。さて、そろそろ時間だから片付けなくては、と思ったところで、教室の入口から何人かの男子生徒がやってきました。そちらに視線を向けたのに理由はありませんでしたが、不意に仁科さんが立ち上がってわたしの視界は遮られました。
「タカノ」
と、仁科さんは今教室に来たばかりの男子のひとりに声をかけました。大きめな声だったので、クラス中が彼女にほんの少し注目しました。
「なに」
とタカノくんは驚いた顔をしました。他の男子に比べると少し背の低い、こういっては悪いような気もしますが、かわいらしい顔つきの男の子です。
「話がある。ちょっときて」
といって、仁科さんはタカノくんへと近づくと、彼の腕を掴んで廊下へと出ていきました。クラスメイトたちがあっけにとられるなか、わたしと茉莉花は思わず目を合わせました。
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