コロナ禍の座敷童子

@2321umoyukaku_2319

第1話

<プロローグ>

 これから座敷童子ざしきわらしの話をする。

 座敷童子とは岩手県を中心に、東北地方に伝承されている妖怪である。

 五歳から六歳くらいの外見で、古い家に住んでいるとされている。

 いたずらをすることはあるが、悪い妖怪ではない。

 座敷童子がいる家は栄えるという。座敷童子がいなくなった家は、没落するといわれている。

<本編>

 二〇一九年末、中華人民共和国の内陸部にある大都市・武漢で最初の発症が確認された新型コロナウイルス感染症は、二〇二〇年春には日本でも感染者が出始めた。感染拡大を防ぐため、政府は国民に外出の自粛を求めた。それには通勤・通学や旅行などの長距離移動も含まれたため、国民の生活への影響は大きかった。中でも、その年の春から別の土地で新生活を送る人々は著しい不便を強いられた。新しく来た場所で何も分からないのに外出に制限が掛けられるのだ。役所への届け出や普通の買い物といった、普段の春なら何事もなく済みそうな事柄でも、家から出られないとどうにもならない。本当に大変な目に遭ったのだった。

 慣れない土地での生活を大変なものにしている理由の一つは、他の都道府県への移動を自粛するよう政府が要請していたためでもある。転勤や転校のために県境を越えて移動しなければならないのだが、他の土地へ移動するのは最小限にするよう国が要請していたので、普通の旅行者と引っ越しで転居してきた人も、どちらも厳しい眼を向けられてしまったのだ。

 あの頃は、車にこんなステッカーが貼られていたのをよく目にしたものだった。

『○○県で暮らしています』

 車のナンバープレートは他県ナンバーだが、自分は他の場所から来たのではなく、ここに元からいるのだ! とアピールしていたのである。そうしないと、非難の目を向けられるからだ。

 新型コロナウイルス感染症は怖いが、よその土地から来た人を憎んだところで、世の中から新型コロナウイルスが消えるわけではない。それでも人々は、他の都道府県から来た人に対し、冷たい態度を取ることがあったのだ。

 このように大人たちは大変だったが、子供たちも大変だった。マスクをして授業を受けなければならなくなったのだ。勉強だけでなく、体育や音楽でもマスクをしないといけないのだから大変だ。給食も黙って食べないといけない。楽しくなくて、味気ないご飯だ。

 そんな中、岩手県のある小学校に転校してきた双子の男の子と女の子がいた。知らない土地へ引っ越して、誰も知らない学校へ転入するので、毎日が緊張の連続だった。教室に入り、皆の前で自己紹介したときが、そのピークだった。

 二人は自分たちの名前を名乗り、双子の姉と弟だと言った。クラスの皆は「わー!」と歓声を上げ、先生に注意されて黙った。そこまでは良かった。二人は、自分たちが前に住んでいた地名を言った。新しいクラスメートたちは、一瞬で引いた。その場所は当時、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていた土地だったのだ。

 もちろん、その土地から来たからといって新型コロナウイルス感染症にかかっているわけではない。しかし、そこから来た人間が、恐ろしい病原体を持っている可能性はある。テレビでは連日コロナについて、そんな報道をしていた。ソーシャルディスタンスという聞き慣れない言葉が、コロナよりも流行っていた。怯えていたのは、子供たちだけではない。むしろ、大人たちの方が震えおののいていたのだ。子供たちは大人に影響され、新型コロナの流行地域から来た双子の転校生を怯えた目で見た。

 そんな目で見つめられた転校生の二人は悲しくなった。休み時間になっても、誰も話しかけてこない。給食時間になったが、黙って食事をする。昼の休み時間になった。皆、校庭に出て遊んだ。二人も校庭に出た。皆は鬼ごっこをしていた。その仲間に入れてもらいたかったが、話しかけられず、二人は校庭の隅に行った。しょんぼりして話し合う。

「ここで、友だち、できるかな?」

「できるかなあ」

 心配顔の二人が溜め息を吐いたときだった。

「オタクら、どこから来たの?」

 丸眼鏡の女の子が話しかけてきた。朝、自己紹介したときに言ったろ……と双子は思ったが、隣のクラスの子かもしれないと思い、再び元いた場所を言った。

「へ~そうなの。遠いところから来たんだねえ、大変だったねえ」

 あまり大変そうに聞こえない。田舎の人間のせいか、呑気な口調である。

「ね、向こうってさ、こっちでやってないアニメ、いっぱいやってるよね!」

 丸眼鏡の女の子は二人に顔を近づけて聞いてきた。ソーシャルディスタンスなど、どこ吹く風といった体である。そして、色々なアニメの話を始めた。転校生の二人よりアニメに詳しかった。

「おい○○! 転校生にいきなり濃いアニメの話すんなよ。二人とも引いてるじゃないか」

 ゴムボールを持った半ズボンの男の子が話に入ってきた。岩手の春は、まだ寒い。それでも半ズボンである。寒さの感覚が、南の人間である双子より十五度くらい違うようだ。

「なあ、お前たち、野球やる?」

 その男の子は双子に話しかけてきた。双子の二人はサッカーならやると言った。前は二人でサッカー教室に通っていたのだ。男の子は満足そうに笑って頷いた。

「そうかあ、岩手のサッカーもなかなかのもんだぞ。高校サッカーで優勝したことだってある。遠野のサッカーも強いぞ」

 そして男の子は、どこからともなく小学生用の小さなサッカーボールを出してきた。

「やろうぜ、サッカー」

 男の子がサッカーボールを蹴った。転がってきたボールを双子の男の子が蹴り返した。そのパスを受け、半ズボンの男の子は笑った。

「いいパスだな。次は、そっちの子」

 半ズボンの男の子が蹴ったボールを、双子の女の子は蹴り上げ、リフティングを始めた。半ズボンの男の子が口笛を吹く。

「ひゅ~巧いもんだなあ」

 双子の男の子が笑い顔で言った。

「悔しいけど、こいつの方が僕より上手なんだ」

「あたしも混ぜて!」

 そう言って丸眼鏡の女の子が入ってきた。そして四人でパス交換をしばらくやった後、二対二のミニゲームをすることになった。

「この木と木の間がゴール。ゴールを外したら攻守交替」

 丸眼鏡の女の子が提案してルールで、四人はしばらく遊んだ。そのうち、昼休みが終わった。

「あ、授業が始まる。戻ろう」

 四人は校舎へ入った。双子は下駄箱で同級生たちに話しかけられた。

「二人とも、サッカー、上手だね」

「校庭の隅でやってたの見てたけど、凄い上手かった」

「サッカー、やってたの?」

「ねえ、うちのスポ少に入らない? 今ね、春の団員募集中なんだ!」

 ワイワイガヤガヤ言いながら廊下を歩いていたら先生に「静かにしろ、早く教室に入れ」と怒られ「わ~」と騒いで走って、また怒られた。

 双子の転校生は放課後、隣の教室へ向かった。昼休みに仲良くなった丸眼鏡の女の子と半ズボンの男の子に会いに行ったのだ。だが、そんな子はいなかった。顔を見合わせる双子の転校生に、隣の学級の子が言った。

「ああ、それはきっと、ざしきわらしだよ」

 双子の転校生は驚いて顔を見合わせた。そんな二人の様子を見て、隣のクラスの子は微笑んだ。

「学校に妖怪のざしきわらしがいるなんて、不思議なことだよね。でも、この学校にはいるよ。岩手の小学校なら、どこにでもいるんじゃないかな。優しい妖怪だから、怖くないよ。一緒に遊んでくれる。仲良しのお友達だよ」

『遠野物語』の著者・柳田國男は別の著書『妖怪談義』において『1910年(明治43年)7月頃、陸中上閉伊郡土淵村(現・岩手県遠野市)の小学校に座敷童子が現れ、1年生の児童にだけ見え、年長の生徒や大人たちの目には見えなかった』と書いている(Wikipedia『座敷童子』より引用)。コロナ禍を迎えた岩手の小学校では、双子の転校生にだけ、その姿が見られたのだった。

 明治から百年を経た令和においても、座敷童子は人々の傍で暮らしているのである。

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