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 入学式は学園内の中央ホールにて行われ、学園長による祝辞によって開会された。

 壇上に姿を見せた学園長のギュドン・リエソワールは王立魔法学園の長とはいえ老齢と呼ぶにはまだ若過ぎる年齢で、今年でまだ四十一だった。尤も、名誉ある今の地位に上り詰めた時にはまだ三十六だったのだが。

 精悍な顔立ちには鋭い目付きを備えながらも今はただ慈悲深い眼差しを新入生に向けている。初々しい顔の数々に視線を泳がせると、一度頷き自慢の顎髭を誇示するように顎を上げ、恭しく口を開いた。

「まずは、君たちのような優秀な若者たちをこの王立魔法学園に迎え入れられることを、私は誇りに思う。知っての通り、この魔法学園は創立して既に百年以上が経過している。実に由緒正しきこの場所へ足を踏み入れるということは、それだけで君たちにはひとつの名誉であり、同時にひとつの足枷にもなるだろう。だが、それを奴隷のものとするか、もしくは自らの武器とするかは君たち次第だ。無論、私はそれが後者であることを望んでいるよ。だが――」

 ギュドンは言葉を止めると今度は睥睨へいげいするように新入生を見つめる。沈黙が続き、彼らに緊張の色がはっきりと浮かぶ。それを目にするとようやく表情を和らげ、右手を顎に寄せて髭を撫でた。

「はっはっは。これは少々言い過ぎたかもしれないね。それに、言葉の真意の掴みかねているといったところか。まあ、よい。君たちはこれから多くのことを学ぶだろう。私はそれを期待しているよ。ここには深淵より深い歴史が刻まれていようと、君たちは自由に、伸び伸びと、自らを好きなように伸ばしていけばそれでいい。私はそう思っているからね。さて、私の堅苦しい挨拶はこのぐらいにしておこうか。ただ、最後にひとつ。君たちは我が国にとって有益な存在だ。そのことを忘れないように」

 陽気な声に微笑みを添えてギュドンが締めの言葉を吐き出すと、新入生は一時肩の荷が降りたような表情を見せる。ただし一人の新入生は表情を変えず、彼は淡々とギュドンの言葉を聞いていた。

 続いて新入生代表として壇上の下手から現れたのはミレイアという女生徒だった。彼女の姿を目にすると新入生は一人を除いて誰もが息を飲んだ。雰囲気が一変し、眩い美貌に誰もが見惚れていた。しかし一人の新入生は、何も感じずただ彼女を見つめていた。

 ミレイアは注がれる視線に構うことなく堂々たる振舞いで壇上の中央に立つと、地平線を見据えるような真っ直ぐとした眼で話し始めた。

「本日我々はこの歴史ある由緒正しき魔法学園に入学します。偉大なる魔法学園へ。それは非常に幸福なことです。私たちは神々から選ばれ、神々の寵愛を受けることによってここに存在しているのですから。そしてこの学園に存在する由緒ある伝統と歴史が、私たちを正しき道へと導いてくれるはずです。我々はこの地で、数多のことを学ぶでしょう。我々は先達の言葉を信じ、彼らに導かれることによって成長し、また我々も今後の彼らを導く存在となっていくことでしょう。それによって初めて、私たちはこの学園へ、この世界への恩返しを果たせるのですから。この学園での経験は私たちの人生にとってかけがえのない宝となり、それがこの世界にとって最も価値のあるものになるでしょう。私はそう信じて疑いません。我々がこの世界の徒である限りは。そして――」

 言葉を遮るような手拍子が、ゆったりとした拍手の音がホール内に大きく響いた。

 誰もが注目し、目を向けるとそこには壇上を降りたギュドンがいた。彼は微笑みながらもたついた拍手を続け、部下の教員達が彼に倣い拍手に加わっていく。強要するような拍手の波が全体に広がり、渦を成すように勢力を増していく。

 会場内が拍手に包まれ、ミレイアは僅かに動揺した様子を見せたもののすぐに持ち直して一礼する。そのあと壇上から退くと波が引くように拍手が収まり、彼女の姿を目で追った。ミレイアは新入生の最前列に加わり、先ほどまで自分が立っていた場所をじっと見つめ、ギュドンの方に目を向けることはなかった。

 次に学年主任であるビクターが壇上の方に現れ、若さを前面に出すような生き生きとした口調で話し始める。

「さて。今から君たちにやってもらうことを説明するのだが……一部の者はもう知っているだろうね。といっても無理はない。毎年恒例ともなれば漏れぬ方がおかしなことだから」

 ビクターは新入生の反応を面白がっている。

 さざ波のような静寂は彼らを疑心暗鬼に仕立て、新入生の間で「なぁ、これって……」と動揺して尋ねる小さな声が溢れた。その声に一部の生徒は耳を傾けほくそ笑む。そのほくそ笑む生徒の中にローレンも含まれていた。彼はこの先、なにが行われるのかを知っていた。

 散漫となった集中力が壇上に収斂しつつあることを確認してから、ビクターはようやく口を開く。

「では簡潔に話させてもらうよ。今から行うのは魔力検査だ。各自の総魔力量、属性、相性、また今の時点で魔法がどの程度使えるか、詠唱がどの程度できるのかのチェックもさせてもらうからね」

 新入生の間で僅かなざわめきが生じる。

「別に緊張するようなことないよ。現段階では、これが成績に直接影響するわけではないし。あくまで入学の手続きの一つだと思ってもらいたい。さて、じゃあ今からその準備をするから、君たちはリラックスして待っていていいよ」

 そう言ってビクターが退場すると、時が止まったかのような静寂が訪れる。

 ローレンは周りに目を向けた。不安そうに俯いている者もいれば、自信に満ちた表情で顔を上げている者もいる。自分はどちら側だろうか? とローレンは考える。

 そして自然と笑みが浮かぶことに気づいて考えるのを止める。

 自分はこの瞬間を待ち遠しいと思っていたことを思い出す。

 同時に、無意識にも馴染みの顔を探していることにも気が付いた。彼はそのことをようやく自覚すると苛立ち、その苛立ちは次第に増していくように感じられた。

 ローレンは目を閉じ、一人の男の顔を思い浮かべたが、その顔を上書きするようにミレイアのことを考えた。

 彼女は美しい。これまで目にしてきたどのような女性よりも美しいかもしれない。

 彼女を手に入れたい。自分のものにしたい。

 ふつふつと湧き上がる情念に、彼はまたも好意的だった。


  

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