第39話「夢の舞台まであと少し、」

【大田区日本文化ホール控え室 21:18 p.m.】


「ユイアちゃんリハーサルお疲れ様!」


「うっうん...お疲れ様。」


海賊パインの舞台公開まであと2日。リハーサルが終わったあと、舞台の衣装から着替え終わったコイジはカラーコンタクトを外しているユイアに声をかけた。水色のカラーコンタクトを外したユイアは少しため息をついて浮かない顔している。


「なにかあったの?」


「えっ」


「なんだか落ち込んでるように見えたから...休憩時間中もスマホの画面ばかり見てるし...」


それを聞いてユイアは目線をスマートフォンへと向けた。猫のマークが描かれたピンク色のケースを被せたスマートフォンの画面はずっと暗いまま。昨晩、ヒナタに送ったメッセージから返信がくるのをずっと待っているが一向に返信が来ない。ユイアはそのことが気になってリハーサルに集中できずにいた。


「実は昨日、友達のことを傷つけちゃって...そのことを謝りたくってメッセージを送ったんだけど返信がこないの......」


「そっか、そんなことがあったんだ...」


ユキタカからヒナタがメモリスによって家族を失っていることを知り、そのことを知らなかった自分がヒナタを傷つけてしまったことをユイアは深く後悔していた。


「私だったら...」


「2人トも!」


コイジが何かを話そうとした瞬間、楽屋のドアを開けてコイジから解放された海賊のメモリスのサーベルが嬉しそうにやってきた。


「サーベル!?どうしたの?」


「今日ノリハーさる!スゴく楽しカッた!ユイア演技上手!」


サーベルはそう言ってユイアの手を握って縦に振った。身長も体格もユイアよりも大きいはずなのにまるで無邪気な子供のようだ。その姿を見て、最初は急に握手してきて戸惑ったが少しずつ自然に笑みが溢れてきた。


「ありがとう...サーベル。サーベルのアクションもカッコよかったよ!」


「ホンと!?」


リハーサルの際に見たサーベルの姿は本から飛び出してきたキャラクターそのものだった。ロープを片手で掴んで移動する姿、腰から下げた2本のサーベルを敵の乗組員達の攻撃を華麗に避けつつ振り回す姿はまさに人々が思い描いた海賊だ。


「サーベルさん!ちょっと用具運ぶの手伝ってくれる?」


ドアが開きっぱなしの楽屋の外からスタッフの女性から顔を出してサーベルを手招きした。


「うン!俺手伝ウ!2人トもマたあとデ!」


そう言って2人に手を振ってサーベルはスタッフの女性についていってしまった。どうやらサーベルはここのスタッフ達とは仲がいいようだ。


「人とメモリスが普通に話してるなんて...なんだか不思議。」


「私も最初は怖かったけど、あの子と話して分かったの。メモリスと人間って似てるんだなって...」


「メモリスと...人間が?」


「たぶん悪いメモリスと優しいメモリスがいて、そのなかの悪いメモリスが目立っちゃってるんだと思うの。...さっきの続きなんだけどね。


「うっうん...」


「私はね、どうすればいいのか分からなくなった時はパインだったらどうするかって考えるの。」


「パインだったら?」


コイジは少し微笑むとカバンから一冊の本を取り出した。表紙には「海賊パインの大冒険!フルーツ島でエンジョイサンバ!!」と陽気な海賊パインのイラストとともに描かれていた。


「わー!それって最新作だよね!SNSで見たよ!」


「昨日、帰り道の本屋さんで買っちゃった!やっぱりパインは面白いし優しいお話だよね。人って...大人になると何が悪くて何が良いことなのか忙しくて時々分からなくなっちゃう人が多いの。だから、私は悩んだ時は大好きなパインだったらどうするかな?って考えて行動するの。」


「......」


「ユイアはヒーロー番組が好きだったよね?ユイアが好きなヒーロー達はどうすると思う?」


それを聞いてユイアは少し考えた。長年続くヒーロー番組で様々なキャラクター達が物語を紡いできた。その中には大切な友達や仲間と対立したりすれ違いが起きる展開もたくさんあった。その時、彼らはどうやって解決しただろうか?そして自分はどうしたいか。


「......直接、直接話したい。ちゃんと自分が言いたいことを言って、ヒナタが言いたいことも全部受け止めて、またいつものように話したい。」


「それがユイアの答えだね。......よし!それじゃあそろそろ帰ろうか!」


コイジは右腕につけていた小さな腕時計で時間を確認するとカバンを持って立ち上がった。楽屋内から廊下の方へ顔を出してキョロキョロ見回すとこちらに向かって歩くサーベルを見つけて手を振った。


「おーいそろそろ帰るから着替えるよー!」


「エー着替えナキャいけナイ?俺、こノ服がイい。」


「その海賊衣装だと職質されちゃうかもでしょ?その上からでいいからこのパーカー着て!」


コイジはバッグから男性用の大きなパーカーを取り出して嫌そうな顔をするサーベルに無理やり上から着せた。本当に子供と母親のようだ。青色パーカーを着せられたサーベルと共に3人でホールを後にした。ホールの周りは大きな広場になっており街灯の灯りだけを頼りに駅へと向かう。


「サーベルは他の人にはメモリスってバレてないの?」


「これが意外とバレないんだよね。テレビのニュースでよく見るメモリスと違って人の姿をしてるし、素顔を隠しているのも子供の頃の火事で火傷跡があるからってことにしてるの。」


サーベルのことは普通のスタッフや演者達にはコイジの外国人の知り合いで日本に数ヶ月ほど演技の勉強のために来日、その一環としてコイジの推薦でサーベルの役をすることになったという認識らしい。


「俺、みんナと仲良くしタい!コイジの夢を叶エタイ!」


「ありがとうサーベル。一緒に夢の舞台に立とうね!」


「オウ!」


他のメモリス達もみんなこんなふうに人間と仲良くできるのかな?ユイアは2人の姿を見てそう思った。メモリスと人間、全く違うもの同士のはずなのにユイアにはこの2人がまるで古くからの親しい友人のように見えた。そして、ユイアがスマートフォンを取り出そうとしたその時だ。


ガサッゴソ


何かがいる。最初はネコか何かが草むらの中にいるのかと思ったが明らかに音の大きさが違う。もっと大きい生き物がこちらに向かっているようにユイアには聞こえた。コイジとサーベルが出会った時の話を突然思い出す。メモリカセットを持っていた不審者はあのあとどうなったのだろう?警察に捕まったわけでもない。まだコイジのことを諦めていないとしたら?ユイアの身体に悪寒が走った。


「コイジ、ちょっと走ろう。」


ユイアはコイジの隣で小さな声で耳打ちした。


「どうして?」


「いいから!!」



ザバァァン!!!!



ユイアが声を上げて叫んだ時にはもうすでに遅かった。草むらから水しぶきのようなカッターが勢いよく3人に向かって放たれた。ユイアは瞬時にコイジを庇い、サーベルはどこからか2本のサーベルを取り出して水しぶきのカッターを叩き切る。


「きゃっ!」


「コイジ!危ナい!誰だ!」


「ちぇっ!マた邪魔が入リやガった!!」


草むらから人型のピラニアのような魚人のような怪人がゆっくりと歯をカチカチと鳴らしながら姿を現した。口から出たよだれが地面にボトボトと落ちていく。


「メモリス!...いや、その感じはメモリスト......」


メモリスト、以前にもこのような怪人を見たことがある。確か宿主である人間がメモリスを吸収して怪人の姿になったもののはずだ。


「カセットを失くした時には殺されルかト思ったが、白い髪ノガキがこの姿にシテくれたんだ!すゲぇぜ!これで思う存分コロせるってわけだゼ!!」


そう言うとピラニアの怪人はよだれを拭き取って池の中に入るかのように地面の中へと潜っていった。


「このメモリスト、シャークフォームと同じような能力を持ってるの?だったら!」


ユイアはバッグからドライバーを取り出すと腰に巻きつけて水色のメモリカセットを装填する。


「久しぶりの...変身!!」


3!2!1!


ヒーローアップ!双頭が巻き起こす!切り裂く!シャーク!!You are HERO!!



ザバァァァン!!!



ホイールを勢いよく3回回転させるとユイアの身体に水色のシャークフォームのアーマーが装着されていった。青色の複眼が夜の広場で光り輝く。ユイアはユーアに変身し、ピラニアの怪人を追いかけて同じように地面の中へと深く潜っていった。















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