第37話「何も言えない私」

「なるほど...そんなことがあったんだ。」


舞台裏の小さな楽屋でユイアは正座して目の前にいるコイジの話を聞いていた。コイジの隣には正座をして申し訳なさそうな顔をする海賊のようなメモリスがいる。普通はありえないような光景だ。


「言えなくてごめんなさい。」


「ゴめん。」


「他の人はこの事知ってるの?」


ユイアが質問すると2人は首を横に振った。


「サーベルはユイアと同じように私が紹介したエキストラってことになってるの。カタコトの日本語も外国人の俳優さんだからって言ってる。」


確かにサーベルの見た目はほとんど人間だ。2メートルの身長も外国人なら納得してしまうだろう。台本を見ても主人公パインの師匠であるサーベルは台詞がないし登場時間も2分ほどだし、観客やスタッフから気づかれる可能性は低い。


「オれ、迷惑かけナい。この舞台ガ終わっタらコイジの身体に戻ル。」


「身体に戻る?」


「俺たチは身体が消滅するト宿主の身体に戻ル。そレがルール。」


知らなかった。ユイアはずっとメモリスは倒されると完全に消滅すると思っていた。ユイアが顔を上げるとサーベルは緊張しているかのようにユイアのことをじっと見つめている。悪いメモリスではないのかもしれない。サーベルを見ていると以前出会った鷹のメモリスを思い出した。アイスメーカーの社長の娘の麗奈は社長に恨みがある向という男に命を狙われていた。その際に亡くなった麗奈の母親から解放された鷹のメモリスは麗奈を守るために行動をしていた。


「分かった。私もこの舞台をみんなと一緒に成功させたいから。」


「ほんと!ありがとうユイアちゃん!良かったねサーベル!」


「うん!ありガとウ!これアゲる!」


サーベルは子供のように腕を上げて喜ぶとユイアに青色のメモリカセットを手渡した。カセットには大海原を渡る海賊船と海賊達が描かれている。


「これってサーベルのメモリカセット?わぁー!ありがと!海賊か...どんなフォームになるんだろ!」






【レーテ本部・地下 20:24 p.m.】


「なにしにきた?」


レーテ本部の地下にあるヒナタの部屋に練習が終わったユイアは来ていた。部屋の中はユイアが思っていたよりも整頓されていたが、机の上には紙の資料の束や見たこともない機械が置かれている。


「ちょっと用があってね。へーここがヒナタの部屋か〜」


「急に来るって連絡よこしやがって、部屋を片付けるの大変だったんだ...」


「わ!この大きい機械なに!!かっこいい!」


「だー!人の話を聞け!」


ヒナタの話を遮ったユイアは部屋の右奥に設置された機械に夢中になっていた。成人男性ほどの高さの透明なガラスで覆われた正方形の機械。その中には2本の人の腕の形をしたアームと光線銃のような形をしたアームがぶら下がっていた。


「簡単に言えばめちゃくちゃスゲェ3Dプリンターだ。それでお前が使うユーアドライバーを作った。」


「ここでユーアドライバーを作ったの!?じゃあユーアドライバーに見せてあげないと...」


そう言ってユイアは肩から下げたバッグからユーアドライバーを取り出そうと探し始めた。


「見せる必要あるか?」


「ねぇ、今はこの機械を使って何を作ってるの?」


「今は...」


ヒナタは座っているゲーミングチェアを回転させてテーブルの上に置かれたキーボードとマウスを動かして3つのテレビの画面のようなモニターに設計図を表示した。日本語と英語が入り混じった難しそうな文章が書かれているが、それ以上に中心に描かれたアイテムの3Dモデルが気になった。


「これって...」


「お前が今まで使ってきたメモリカセットの戦闘データを元にメモリカセットの能力を今以上に引き出すための外付けユニットってとこだな。」


「えーーっとつまり...?」


「はぁ...じゃあ、お前が好きそうな言い方で説明してやるよ。ユーアの強化フォームの変身アイテムだ。」


「強化フォームきたーーーーーーーー!!!!!」


強化フォーム、変身ヒーロー好きな人なら誰でもテンションが上がるその言葉。ユイアの瞳がいつも以上にキラキラと輝き始めた。


「いいの!?まっまだ8月だよ!12月じゃないんだよ!?」


「何言ってんだよ...それにまだ完成してない。戦闘データとメモリカセットが足りないからな....」


「メモリカセットが足りない...それなら!......てってれー!」


ユイアはバッグからサーベルから受け取った海賊のメモリカセットを取り出し、ヒナタに手渡した。


「新しいメモリカセットか......どこで手に入れた?」


「え?」


サーベルとコイジのことを話してしまうと舞台を中止になってしまうかもしれない。2人のことは話せないと思ったユイアは咄嗟にヒナタから目を逸らしてしまう。それが良くなかった。


「目を逸らしたな...もう一度聞くぜ、どこで手に入れたんだ?」


ヒナタは睨みつけるようにユイアを見つめた。まるで尋問を受けている犯罪者の気分だ。


「......」


「......言いたくないならいい。私はメモリカセットを調整するだけだから...」


「あ、」


ヒナタは少し悲しそうな表情を浮かべ、ゲーミングチェアを回転させてキーボードをカタカタと叩いて作業を始めた。何も言えなかった。嘘をつくことも真実を言うこともできなかった。


「ねぇ、ヒナタ。」


「......なんだ?」


「メモリスってみんな敵なのかな?」


「は?」


ユイアの言葉を聞いた瞬間にヒナタは手を止めてゲーミングチェアから立ち上がった。鋭い目つきでユイアを少し上から見下ろす。


「メモリスは敵だ。何人の人間が被害に遭ったと思ってるんだ。お前も知ってるはずだろ。」


「うん、でも...みんながみんな悪いメモリスとは限らな...」


「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」


バン!!


「!!」


手元にあったテーブルを勢いよくヒナタは拳で叩いた。眉毛が吊り上がり、親の仇を見るかのような怒りで満ち溢れた表情。こんなに怒ったヒナタの見たのは初めてだ。出会った日に怒られたことがあったがそれとは別の種類の怒りのように感じた。


「ごっごめん...」


震えた声でユイアはヒナタに謝った。それを見てヒナタは我に返ったのか、少しずついつもの表情に戻っていった。


「ごめん......びっくりしたよな。......悪い、今日はもう帰ってくれないか。ちょっと疲れているみたいなんだ。」


ヒナタはそう言うとゲーミングチェアに座って顔を伏せてしまった。ユイアはなんて声をかければいいのか分からず、黙って静かに部屋の外に出るしかなかった。本当にこれで良かったのか分からない、あの時に何か言っておけばもう少し変わっていたかもしれない。そう考えていたその時だ。


「何をしているんだ日代?」


声がする方へ振り返ると紙の束を持った黒いスーツのユキタカが長い廊下を渡ってこちらに歩いてきていた。


「ユキタカさん...どうしたんですか?」


「ちょっと月条に用があってな。」


ユイアはヒナタの部屋の前からユキタカのそばまで歩いて向かった。いつもよりも元気がないユイアを見てユキタカは少し不思議そうな表情を浮かべる。


「ヒナタ、ちょっと疲れているみたいで......少し休ませてあげてくれませんか。」


「何かあったのか?」


「私が「メモリスは敵じゃないかもしれない」って言ったら、ヒナタを怒らせてしまって...」


「そうか......お前には言った方がいいかもな。」


ユキタカは部屋の中にいるヒナタには聞こえない声の大きさで話し続けた。



「月条はメモリスによって唯一の肉親である「姉」を失っているんだ。」




















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