第34話「舞台の裏側、表側の私達。」
【六本木スタジオ 08:30 a.m.】
次の日、ユイアは六本木にあるセカイジュプロモーションの舞台用の練習スタジオにやってきた。大きな扉をゆっくりと開けると30平方メートルほどの広さのスタジオで役者達が台本を片手に各々本番に向けた最終確認を行っている。
「おはようございます!!」
ユイアはスタジオに入った瞬間に大きな声で挨拶をした。その声がスタジオ内に響き渡ると同時にスタジオにいた役者やスタッフが負けないくらいの声量を挨拶を返す。
「「「おはようございます!!」」」
やはりプロの役者達だ。声の張りが全然違う。一週間ほどここには通っているが何度来ても圧倒されてしまう。
「おはよう、日代さん。」
「おはようございます!!リンさん!」
扉の前に立っていたユイアの元に一人の金色の長髪の少女がやってきた。彼女の名前は久門 燐(クモン リン)、ユイアと同じジュエリーを演じる年が一つ離れた役者だ。
「初めて来た時よりもお腹から声が出ているようね。家でも発声練習を継続しているようでよかったわ。」
「はい、ありがとうございます!でも...ジュエリーはセリフが少なくて少し残念です。」
それを聞いた瞬間にリンの目つきが変わった。睨みつけるヘビのような目でユイアを見つめる。
「そうね、確かにジュエリーは一つしか台詞がないわ。でもその一言がすごく大事なの。台本を読んでいるはずでしょ?」
「はい!全部読んで原作も読みました!」
「そう、なら分かるはずよ。このジュエリーは過去のトラウマで声を出せなくなってしまったというキャラクター。でも主人公パイン達と冒険をしていくうちに過去を乗り越え、パインとの別れ際にジュエリーの「ありがとう」という台詞で物語が終わるの。」
リンの説明で彼女が何を言いたいのかユイアはすぐに理解した。
「私達のセリフが物語の最後を飾る...」
「そうね、ここが物語の一番盛り上がる場所。私達のたった5文字の言葉で観客が感動するかどうか左右されるの。この一言に演技力の全てを懸けなければいけない。......話はここまでにして動きの確認するわよ。」
「...はい!!」
自分に与えられた役がどれだけ重要な役割を担っているのか改めて実感した。普通に「ありがとう。」と言うだけじゃダメなんだ。過去のトラウマを抱え、敵組織から狙われながらも主人公のパインと共に長い旅を終えた別れの瞬間。自分の過去のトラウマを乗り越えるきっかけをくれた大切な人に勇気を振り絞って感謝を伝える。ジュエリーの心情に完璧に寄り添い、その気持ちを観客達に伝えなきゃいけない。そう思うとまだ本番ではないのに心臓に重い圧がかかるような感覚に襲われた。
「そういえば気になっていたのだけど...その髪の毛は地毛?」
リンはユイアの母親譲りの長い金髪をじーっと見つめた。
「え、あっはい!」
「羨ましいわね。」
「羨ま...しい?」
リンは自身の金色の長髪を少し持ち上げてユイアに見せた。ユイアの髪と比べて髪が乾いてツヤがない。
「この舞台のために茶髪から綺麗に金色に染めてもらったの。でも地毛には負けるわね。」
「この舞台のために髪を染めたんですか!?」
「えぇ、ちょうど次に出演するドラマも金髪の役だったからちょうど良かったわ。」
ここに通い始めてから一週間、彼女と共にジュエリーの演技の練習をしてきて気づいていた。彼女は自身の演技に誇りを持っている。誰にも負けない情熱を持っている。普段は表情を全く変えない氷のような彼女だが、演技の瞬間は全く違う人物へと変貌するのだ。声は出せないが必死に助けを求める少女の顔、ひと時の休息で浮かべる安らかな笑み、自身のトラウマの元凶となった人物と対峙して恐怖する姿、涙を流しながら主人公に別れと感謝を伝える声、その全てを彼女は出来ていた。
「あの!」
「うん?」
「教えてください!どうすればみんなを感動させる演技ができるのか!お願いします!」
1日目・3日目がリン。2日目・4日目をユイアが担当する。まるで表と裏のような関係だ。確かに観客席から距離を考えるとほとんどの観客はちゃんと登場人物達の全ての表情を見ることはできないかもしれない。それでもユイアは同じジュエリーを演じるリンと同じ表情と演技ができるようになりたいと心から思った。
「あなたは私と違って初心者よ。」
「......」
「ちゃんとついてくるのよ。」
「はい!!」
【六本木スタジオ 13:20 p.m.】
「お疲れ様ーユイアちゃん!」
午前の練習が終わり、ユイアとコイジは1時間の休憩に入っていた。事前に用意された弁当を各々スタッフから受け取りテーブル席に座って昼食をとる。
「これって...もしかしてロケ弁っていうやつ!ヒビキ達に写真送ろっと!」
カシャ!
「ユイアちゃんは初めてだもんね。美味しいよ〜ここの欧風カレー。」
「カレーライス大好き!いただきまーす!」
真っ白いプレートの上にスパイシーなカレーとライスが別々に置かれており、副菜の温かいジャガイモが優しい甘さで美味しい。幸せそうな顔でお弁当を食べているとそこにリンがやってきた。
「リンちゃんもおつかれー。」
コイジがリンに手を振るとリンはむっとした表情を浮かべながらも同じテーブル席に座った。この3人は他の役者達と比べて歳が近いためよく一緒に食べている。
「あなたは私より一歳年下でしょ?ちゃんづけはやめて。」
「えーでも芸歴で言ったら私の方が一つ上の先輩だよー。」
ユイアは食べながらも話が悪い方向へと向かっているような気配を察知した。
「コイジは夏ドラマのヒロイン、私に取られた癖に...」
「今コイコガの話しなくていいでしょ!!」
現在3話まで放送中、夏の新ドラマ「コイコガールな私、」通称「コイコガ」は主人公の「ミノリ」が小学3年生の時に転校してしまった幼馴染の男の子と高校生になって再会するシーンから物語が始まり、6年間の片想いを実らせるために奮闘する少女漫画が原作のラブコメドラマである。その主人公をリンが演じており、その撮影があるためジュエリーの役は1日目と3日目しか出演できないのだ。
「でも良かったじゃないコイジ、第2話のゲストキャラになれて。」
「くーーー!!悔しいー!!」
「まぁまぁ落ち着いて2人とも......」
タッタッタッタッ!
「たっ大変です!」
ユイアが2人の仲裁に入ろうとしたその時だ。キャップ帽子を逆に被った20代くらいの若いスタッフが駆け足が役者達の休憩スペースにやってきた。
「どうしたんですか?」
「先ほど連絡があったのですが......2日目の午前の公演におりりんご先生が来るそうなんです!!」
「おりり...?」
「えぇぇえぇぇえええ!?!」
ユイアの疑問をかき消すほどの大きな声でコイジは立ち上がって叫んだ。
「海賊パインの作者のおりりんご先生だよ!!」
「作者さん!?」
おりりんご先生は海賊パインの作者であり現在は青森県在住の絵本作家だ。多くの作品を子供向けの絵本や教科書を出版するモミジ社から出版しており知る人ぞ知る絵本界の大先生だ。
「そもそも東京には滅多に来ないはずなのに......待って、それより日代さん!」
「わ!どうしたんですか!?」
「先生が来られるのは2日目の午前の部。私じゃなくってあなたの初舞台よ!!」
「あ、そうか。私の初舞台で作者のおりりんご先生が来るの!!?!」
そうだ。2日目の午前の部はユイアが初めて舞台に立つ本番だ。よりによってその初舞台で作者が来るとなるとユイアの心の中で辞書のように分厚いプレッシャーが積み重なっていく。
「うぅ...どうしよう......」
「これはもうやるしかないよユイアちゃん!」
「私達が全力でサポートするわ。」
「2人とも...うん!私頑張るよ!」
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