第33話「ヨーソロー!私達のステージ!」
「最近ユイア忙しいよね。」
夏休みのある日、一緒にショッピングモールのフードコートでご飯を食べているとチャーハンを食べながら独り言のようにヒビキは言った。
「仕方ないよ、レーテの仕事があるから...」
アサヒはペッパーランチを食べる手を止めて返答する。夏休みが始まって1週間が経つがヒカリという少女の幽霊の件以来、2人はユイアと会えないでいた。本来なら今日は3人でショッピングモールで買い物をする予定だったが仕事なら仕方ないと2人は心の中で言い聞かせていた。
「ユイアがいないと寂しい。」
「うん」
タッタッタ!
2人で寂しそうな表情を浮かべながらご飯を食べていると靴の音が聞こえてきた。タップダンスのような軽快なリズムが徐々に大きくなっていく。こちらに向かってきているようだ。
「わ!」
聞き馴染みのある声、振り返るとそこには白い無地のキャップを被った長い金髪の少女が笑顔で可愛らしく両腕を挙げて立っていた。ユイアだ。
「ゆっユイア!?」
「えへへ〜びっくりした?」
「びっくりしたよ!今日は用事があるんじゃないの?」
「早く終わったんだ〜この時間ならフードコートにいると思ってきたの!」
元気そうなユイアの姿を見て、次第に2人の表情が明るくなっていく。まるで長い雨で萎れた植物が太陽を浴びて元気になっていくようだ。
「そういえば今日はなんの用事だったの?レーテの本部はこの辺じゃないでしょ?」
「今日はレーテの仕事じゃないんだ〜」
ユイアは少しニヤニヤとしながら肩から掛けていたバッグから一枚の巻物のように丸められた紙を取り出した。それを広げると「海賊パインの大冒険!囚われの姫と海の宝石!」とタイトルが書かれた大きなポスターになった。
「じゃじゃーん!」
「劇のポスター?」
「これがどうかしたの?」
「なんとなんと!この劇に出演することになりましたー!」
「「えぇええぇぇえぇええぇ!?!!?」」
2人の驚いた声がフードコート中にこだまする。辺りにいたほとんどの人が3人の方に振り返った。
「びっくりした?」
「びっくりした?じゃないよ!大ニュースだよ!!」
「しかもこの劇ってセカプロでしょ!?セカプロって私が大好きな歌手の「Aya.」が所属してる事務所だよ?!」
2人とも周りの目も気にせずユイアに追求をしていく。ユイア曰く2人と別れた次の日、セカプロ所属の人に劇の代役を頼まれたらしい。
「私が演じる役はね、本当は四日間ある公演を2人で交代してやる予定だったんだけど1人が事故で入院しちゃったらしいんだ。」
「なっなるほど...」
「ユイアは何の役なの?」
アサヒが質問するとユイアはポスターに描かれた1人のキャラクターを指差した。そのキャラクターはジュエリーという名前でピンク色のドレスを身に纏った金髪のお姫様だ。
「このジュエリーっていうお姫様!」
「うわ〜!かわいいお姫様だ!絶対メインキャラだよ!」
「うん!このお姫様が持ってるネックレスが海に沈んだお宝への道標になってて悪い海賊がそれを狙ってるの。」
「すっごい重要キャラじゃん!ユイア...セリフとか大丈夫なの?」
「そこは大丈夫!私こう見えて演劇なら少しやってたことあるし、ジュエリーは過去のトラウマで人と喋ることができないっていう過去があって...」
「あ!ユイアちゃん!」
ユイアが2人に自分が演じるジュエリーというキャラクターについて話していると青い髪の眼鏡をかけた少女が3人の元へとやってきた。最初は誰だろうという表情を2人は浮かべていたが、次第にヒビキの表情が変化していく。驚きのあまり口を大きく開けたまま震え始めた。
「もっもし...かし...て、コイジ...ちゃんさん...でっですか!?」
「はい、セカプロ所属の葛枝 恋実(カツラダ コイジ)です。」
ガタンッ!
「きゃーーー!やっぱりー!!?!」
ヒビキは勢いよく椅子から立ち上がってコイジという少女のもとへ駆け寄った。
「あっあの!あの!あの!大ファンです!春のドラマ「晴れのち、ひより」観ました!」
「観てくれたの?うれしい、ありがとう!」
「晴れのち、ひより」
テレビNIPPONで木曜日の午後9時から放送されていた小説が原作のドラマで、海沿いの田舎町で育った主人公「ひより」が東京の大学を目指すなかで幼馴染との恋愛模様や友情を描いた作品だ。そのなかでコイジは主人公の親友であり、幼馴染に好意を抱く「みや」という少女を演じていた。
「握手お願いしていいですか?」
「うん!いいよ。サインもいる?」
「えぇえ?!!いいんですか?!でっでも!私、ペンや色紙持ってな...」
ヒビキが少し残念そうな顔をした瞬間、コイジは持っていた黒色のバッグからマジックペンと色紙を取り出して慣れた様子でサラサラとサインを描き始めた。
「私ね、ファンの子に喜んでほしいから色紙とペンはどんな時も持っていくようにしてるの。......はい、できた!」
「わー!ありがとうございます!一生の宝物です!」
誕生日プレゼントを買ってもらった子供のようにはしゃぐヒビキをユイア達は微笑みながら眺めていた。だが、何か忘れてる気がする。
「そういえば私に用があるんじゃなかった?」
「そうそう!劇をするホールを見に行かない?今まではレッスン室でやってきたけど本番がどんな場所でやるか気になるでしょ?」
「なるほど...うん、行こう!それじゃ2人とも、行ってくるね!」
そう言ってユイアは2人に手を振るとコイジと共にショッピングモールの出口に向かって歩き始めた。
「「いってらっしゃーい!」」
「チケット2人分用意するから見にきてねー!」
「うん!絶対行く!」
「...」
「......」
「......行っちゃったね。」
「うん、ユイアに会えてよかった。それにサインと握手してもらっちゃったし...」
「楽しみだね。」
「うん。」
【午後2時14分・大田区日本文化ホール】
「ここだよ。」
「わー!すっごーい!」
文化ホールの建物内に入った。大きな扉を開けた先には広い室内に何百もの席が一階と2階に分けられて並んでいた。天井にはおとぎ話に出てくるようなキラキラと輝くシャンデリラ、そしてその一番奥にユイア達が立つ舞台があった。まだ機材や劇のセットは置かれていない状態であったがこの席全てが人が埋まって自分達を見ると思うと心臓がキュッと締まるような感覚がした。
「もう緊張してきた...」
「ふふっ...でもこれでも規模は小さい方なんだよ?」
「そうなの!?」
「この劇はね、4日間のうち最初の2日間は近くの小学校6校の生徒達のために公演するの。ねぇ、この劇の原作って読んだことある?」
「うん、小学校の図書館で読んだことあるよ。」
「私ね。この海賊パインが大好きだったんだ。」
コイジは目の前にある手すりにもたれながら自分達がこれから立つ舞台を眺めていた。「海賊パインの大冒険!シリーズ」は30年前から子供向けの絵本の定番だ。主人公の「パイン」という金髪の少年が師匠の「サーベル」の元で海賊見習いから始めて、仲間と共に海を冒険するという物語だ。作品は50冊を超え、今もなお半年に一冊ずつのペースで出版されている。
「小学生の時にね、クラスの出し物で海賊パインの劇をやったんだ。大好きな絵本だったからどうしてもパインをやりたくって......でも「女の子が男の子の役をやるのは変だー」って言われて、結局なれなかったんだ。......やっぱり変だよね。」
「変じゃないよ。」
「え、」
「変じゃないよ!私も男の子向けの変身ヒーローが好き!グッズも集めてるし毎週欠かさずリアタイしてる!誰が何を好きになろうと構わないんだよ!」
ユイアにも子供の頃、「男の子じゃないのにヒーローが好きだなんて変だ。」とからかわれた過去がある。今も思い出すだけで少し心が締めつけられるように痛い。だから、他の人にも同じ痛みを感じて欲しくない。人が好きなものを否定したくない。
「ユイア......うん、そうだね。うん!そうだよ!」
そう言ってコイジは手すりにもたれるのをやめて、緩やかな階段を勢いよく駆け降り始めた。
「コイジ!?どうしたの!」
「今は誰もいないよ!私達2人だけの空間!2人だけのステージ!」
駆け降りた先、一番奥には舞台がある。コイジはその舞台にのぼると中央に立った。本番になれば今視界に映る全ての席が埋まるんだ。息を整えて深呼吸をする。
「オレの名前はパイン!!海賊だ!!」
その声はステージから一番離れた扉の前に立つユイアにはっきりと届いた。先ほどまでのコイジの声ではない、本当にその場にやんちゃな少年海賊「パイン」がいるかのようなハツラツとした少年の声だ。
「この広い大海原で!誰よりも自由な海賊!!イカリを上げろ!帆を上げろ!青い海が!俺たちを待っている!!」
「すごい......すごいよ!」
「ユイアー!海賊パインのおかげで今の私がここにいるの!私にとって海賊パインはヒーローなの!!」
「ヒーロー...」
その言葉がユイアの心に強く響いた。そうか、この子はきっと私と同じなんだ。私と同じ、憧れていた存在になりたくって夢を追いかけ続けた人間なんだと。そして彼女はもうすぐこの場所で、このステージで夢を叶える。
「あの時なれなかった海賊パインに私はなれるの!」
「うん!」
「だから!!一緒にこのステージで立って!!頑張ろーーー!!!」
「うん!!」
2人の声は広いこの空間で響き続けた。
「海賊パインの大冒険!囚われの姫と海の宝石!」公開まであと4日
ユイアとコイジの夏の太陽のように熱く、夏の青空のように青く透き通った物語が今、幕を開けた瞬間だった。
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