第32話「協進、あなたと一緒に」
【次の日・都内消防署】
レーテの白い隊服を着たユイアは1人でヒカルの幼馴染だったカケルが働く消防署に向かった。ちょうど昼休憩の時間だったのかカケルが背伸びをしてベンチに座っている姿を見つけてすぐに駆け寄った。
「あの!」
「ん?あーあの時のレーテの隊員さん。」
ユイアを見たカケルはすぐに立ち上がり、帽子をとって会釈をする。
「なにかあったんですか?」
「いいえ。ただ、これを渡したくて。」
ユイアはカバンから大事そうに汚れて錆びついたお菓子の缶をカケルに手渡した。カケルはそれを見た瞬間に目を見開いてその缶を開けようとする。サビついていて開けるのが難しそうに見えたが訓練で鍛えた腕の筋肉に力を込めて一気に開けた。パカッという気持ちのいい音が鳴って開いた缶の中には綺麗な青いビー玉やBB弾、駄菓子のおまけのおもちゃなどが入っている。
「懐かしい......昔、幼馴染と作ったタイムカプセルです。どうしてこれを?」
「そこに入っている手紙を読んでみてください。」
カケルは少し疑問を抱えつつタイムカプセルの中に入っていた一つの封筒を手に取った。桜の花びらのような薄いピンク色の封筒、角が少し折れ曲がって土のような汚れがついている。封筒に入っていた数枚の手紙をカケルはゆっくりと読み始めた。
「これ......ヒカルの字!」
カケルは夢中で手紙を読み進めた。読み進めるうちにカケルの表情が少しずつ変わっていく。クシャクシャになった顔に目から涙が溢れてくるが決して読むのをやめようとはしなかった。
「うっ...うぅ......」
「そろそろ私は仕事に戻ります。手渡せてよかったです。」
そう言ってユイアはカケルに礼をしてその場を立ち去った。消防署を出てすぐに横にある建物の壁に寄りかかって1人の少女がユイアを待っていた。明るい緑色の長髪、モデルのような細い体型の黒いパーカーを着た少女があくびをしながらユイアに近づく。
「渡せたのか?」
「うん。ちゃんと渡せたよ。」
「で、手紙の内容はなんだったんだよ?」
「知らない。聞かなかったの。」
「なんで?」
「だってあの手紙はヒカルさんがカケルさんのために贈った手紙だよ。大切な人のために贈ったものを勝手に読むのは無粋ってやつでしょ?」
「それもそうだな。」
2人はゆっくりと東京の街を歩き始めた。行き交う人々とすれ違いながら行く宛もなくただまっすぐ道を進んでいく。
「なんだかあの時を思い出すね。」
「あぁ、初めて会った日の時もこうやって並んで歩いてたな。」
「私はこれからも貴方と一緒に歩いていきたいって思ってるよ。ルナを通してじゃなくって今みたいに本当の貴方と一緒に。」
「......」
緑髪の少女はユイアから目線を逸らす。
「ルナ...」
「ルナじゃない。」
「え、」
緑髪の少女は目線を再びユイアの方へ向け、ユイアの目を見つめながらこう答えた。
「私の名前は月条 日向(ツキジョウ ヒナタ)だ。これからは名前で呼んでほしい。」
「それって...」
「私はお前の相棒なんだろ?ちゃんと名前を知ってくれ。」
「うん!これからよろしくね、ヒナタ!」
「あぁ」
そう言って2人は笑ってその場で握手をした。
【午後1時20分・秋葉原】
「今日は何かあるのか?」
ヒナタの質問に対してユイアは瞳を輝かせながらものすごい勢いでスマートフォンを見せつけた。そこには変身ヒーローのおもちゃを発売している企業の商品ホームページが写っている。
「うん!今日はね、夏映画で先行登場した次のヒーローの変身アイテムが放送に先駆けて先行販売するんだよ!!」
「へー」
ヒナタは少しつまらなさそうに相槌をうつ。その様子を見てユイアは不思議そうな表情を浮かべた。
「あれ、もしかして観てないの?」
「なんで観てる前提なんだよ。」
「だって私が変身する時に流れてくるセリフってヒナタが考えてるんじゃないの?」
「いや、違いますけど......あれはドライバーが変身者の脳波を読み取ってフレーズを流す仕組みになってるんだよ。だからあれを考えてるのはオ・マ・エ」
「えぇぇえ!?そうなの!?だからあんなにカッコいいのか......」
「え?」
ユイアが納得してうなづいていると目的地の玩具が売っている家電量販店の前に到着した。自動ドアが開いた瞬間に男の子とお母さんらしき人が一緒に家電量販店から嬉しそうにしながら出てきた。
「良かったね、おもちゃ売ってて。」
「うん!9月になったらお誕生日にベルトも買ってね!」
「ふふっ分かったわよ。」
「約束だよ!」
その姿をユイアは無意識に立ち止まって目で追い続けていた。先に入ろうとしたヒナタが入り口の前で立ち止まるユイアに話しかける。
「ユイア~どうしたんだ?」
「え、うんうん。なんでもないよ。」
首を横に振って家電量販店に入ろうとしたその瞬間だった。
「きゃぁぁあぁぁぁ!!」
背中越しに聞こえる悲鳴、すぐに後ろを振り返ると先ほどの親子が鼻から大きなツノが生えたサイのような怪人の姿を見て倒れている。
「なんだアイツ、サイのメモリスか?レーテに連ら...」
ヒナタの言葉を待たずしてユイアはサイのメモリスの元へと走り出していた。
「ごめん、ちょっと行ってくる。」
「おい待て!ていうか足速ッ!」
走りながらバッグからドライバーを腰に巻き付ける。慣れた動作でピンク色のメモリカセットを装填してホイールを勢いよく3回回転させた。
「変身!」
ヒーローアップ!You are HERO!!
(一般人とメモリスの距離が近すぎる。突然現れたメモリスに混乱して避難がまだできていないだ。)
ユーアの複眼からおもちゃを抱えながら泣く男の子と男の子を泣きながらも必死に守ろうとする母親の姿が映った。
(絶対に傷付けさせない......一撃で倒す!!)
ユーアはドライバーのホイールを3回以上回転させた。ホイールから火花が散り、各部のアーマーが展開していってピンク色の電気を纏っていく。ユイアがユーアに変身してから約5秒。サイのメモリスとの距離はおよそ20メートル。ユーアは自身の両脚にを込めて地面を強く踏み込んだ。
ダッ!!!
一瞬の瞬きも隙になってしまうような速さ。20メートルの距離をユーアは0.1秒で到着、勢いのままに身を任せてサイのメモリスを蹴り上げる。蹴り上げられたサイのメモリスはビルを越えて上空20メートルの地点で爆散した。
ドガァァァァァァァァァアン!!!!!
「エヴォークスマッシュ・エンカウンター」
ライトニング・エヴォークスマッシュ!!
親子が爆発音に気づいて顔を上げる。今の一瞬で何が起こったのかまだ理解が追いついていない表情でユーアを見上げた。
「もう大丈夫ですよ。」
「え...あ、はい。」
「ヒーロー?」
「え?」
ユーアを見つめながら男の子がそう言った。先ほどまで泣きじゃくっていた顔から次第に笑顔に変化していく。
「お母さん!ヒーローが助けてくれたんだよ!!」
目をキラキラと輝かせながら一心にユーアのことを見続けている。ユイアにはその姿がまるでヒーロー番組に目が釘付けになっていた幼少期の頃の自分と重なって見えた。そしてなによりも今の自分があの頃夢中になって憧れていたヒーローと同じように男の子の目に映ったことが嬉しくて仕方がなかった。
(そうか、私ってヒーローってちゃんと認識されてるんだ...)
改めて実感した、自分がヒーローだと呼ばれるような存在になれていることを。そしてユイアは仮面の下で微笑むとその場でしゃがみ込み、男の子と目線を合わせてこう言った。
「そう、お姉ちゃんはヒーローなの。」
「すごい...かっこいい!」
「えへへ、ありがとう!」
【数時間後】
時間が流れ、現場にレーテの隊員達が警察を連れて続々とやってきた。どうやらあのサイのメモリスは裏ルートでブランクのメモリカセットを手に入れた無職の男性が解放したものらしい。男性は周囲に設置された防犯カメラの映像や現場からすぐに逃亡する姿が目撃され、簡単に逮捕に至ってしまった。「会社を辞めさせられた腹いせがしたかった。俺だけ不幸なのはズルい。」警察の取調室でそう供述したらしい。
「メモリカセットは裏社会でも取り引きされてるからな。こういう犯罪が多いんだ。」
「メモリカセットって元々、レーテになる前の研究所が作ったものでしょ?なんで裏社会に広まってるの?」
「10年前に研究所が管理していた実験用のメモリスが脱走した時、その混乱に乗じて誰かが門外不出のメモリカセットのデータを持っていたらしいぜ。」
「そうなんだ...」
「とりあえず、あとのことはレーテの隊員達に任せて帰ろうぜ。」
ヒナタはあくびをしながらそう言うとこの場から立ち去ろうと歩き出した。変身を解除したユイアもバッグの中にドライバーを入れながら後を追いかけようと歩き始める。
「まっ待って!」
一瞬ユイアの声かと思ったが少し違う。ユイアよりも少し落ち着いた声がヒナタの背後から聞こえてきた。ヒナタが後ろを振り返るとそこにはユイアの後ろに青い長髪の少女が立っている。
「誰?」
「はぁ...はぁ...あの!」
息を切らしている様子から走って疲れているようだ。見た感じ自分達と同年代くらいの少女は黒いサングラスの位置を調整しながら息を落ち着かせてユイアに話しかけようとする。
「さっきここで怪物と戦っていた人ですよね?」
「うっうん、そうだけど......」
「すごかったです!さっきのアクション!!」
青い長髪の少女は勢いよくユイアの手を掴み、強く握りしめた。
「あっアクション!?!」
「はい!すごかったです!あんな風に動ける人を初めて観ました!まさか中の人がこんなに可愛い女の子だとは!!」
「かっかわいい!?!」
「そうですよ!おとぎ話のお姫様のような長くて綺麗な金髪、しかも天然もの!ピンク色の瞳が宝石みたい!肌も秋田出身なのってくらい白くて綺麗!」
ユイアは少し頬を赤らめながら照れくさそうに少し目線を外す。
「おい、お前は結局誰なんだよ?」
「そうですよね、私としたことがやっと見つけた逸材につい夢中になってしまって...ごっごめんなさい!」
青い長髪の少女はどこからか名刺を取り出し、ユイアに手渡した。ヒナタも覗きこむように名刺をじーっと見つめた。
「セカイジュプロモーション所属の葛枝 恋実(カツラダ コイジ)といいます。」
セカイジュプロモーション、通称「セカプロ」。創立50年続くアイドル、役者、お笑い芸人やタレントなど約2000人以上のテレビ番組やCMで活躍する芸能人が所属する大手芸能事務所だ。
「セカプロの人が私に何の用ですか?」
「こほん...結論から言います。私と一緒に女優として舞台に立ってくれませんか!」
「女優?えっえぇぇえぇぇええええ!?!?」
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