第23話「雨・天・黙・怒」

【10年前】


「はじめまして、如月琴子って言います。これからよろしくお願いします。」


茶色の髪のショートボブの初々しい可愛い新人隊員が入隊してきたっていうが先輩達からの最初の印象だそうだ。


「コーヒー好き?」


「すっ好きです。」


あんな苦い飲み物より炭酸の方が好き。でもコーヒーの方が似合っていると言われた。



「琴子ちゃん今度カフェのスイーツバイキング行かない?」


「あ、はい!いいですよ。」


別に甘いものは嫌いじゃないが辛いものの方が好きだ。



「琴子ちゃんに似合う可愛いお洋服見つけたんだー!一緒に見に行こう!」


「あ、はい。ありがとうございます。」


服なんて興味ない。動きやすければなんでもいい。


「琴子ちゃんは女の子らしくて可愛いね。」


「.......。」


女の子らしいってなんだ?私はずっとこの言葉に縛られてきた。幼稚園に通ってた頃男子と混じって木登りをしていたら先生に「女の子なんだからそんなことをしてはいけません。」と私だけが怒られた。


小学校に通ってた頃は野球が好きで休憩時間に男子がやっているのを見て楽しそうだったから入れてもらおうとしたら「女なんだから男の遊びに混じんなよ。」って入れてくれなかった。


中学生の頃にヤンキー漫画にハマって、お小遣いを貯めて買った漫画も母に全部捨てられた。「女の子の部屋にはこんな本はふさわしくない」ってたしか言われた。


「女の子らしくお淑やかにしなさい。」っていうのが琴の演奏者だった母の口癖だった。琴子っていう名前もお淑やかで古風な趣のある人に育ってほしいという期待を込めてつけたらしい。本当の自分は全然お淑やかとはかけ離れた性格なのに、気づけば本当の自分を押し殺してお淑やかな自分を演じるようになってしまった。




「なぁ、生きづらくないのか?」


「え?」


ピッ ガタン!


休憩時間に自販機で苦手なコーヒーを買った時に後ろから誰かが話しかけてきた。振り返ると同期の高嶺ユキタカが立っていた。表情があまり変わらなくて堅物そうな奴だ。


「珍しいね、高嶺くんが私に話しかけるなんて......生きづらい?何の話?」


あぁその通りだ。生きづらい


「俺は自分が嫌になってここに入隊したんだ。ここに入れば変われると思ってたから......お前もそうじゃないのか?」


そうだよ。私はここなら偽ってきた自分を捨てて、押し殺してきた本当の自分を曝け出せると思ったからここに入ったんだ。でも何年もつけてきた仮面は簡単に外れなくて未だに本当の自分を出せないでいる。本当の自分は周りの人には受け入れてもらえないかもしれない。


「全く違う自分にすぐに変われるっていうわけじゃない。少しずつ何かを変えていけばいいんだ。そうすれば数ヶ月後、1年後には全く違う自分になっている。そういうのをなんて言うか知っているか?」


「......なんて言うの?」


「「変身」って言うんだ。」



ピッ ガタン!



ユキタカが自販機からサイダーを取り出し、私に手渡してきた。


「コーヒーを飲みたかったんだが間違ってサイダーを買ってしまった。交換してくれないか?」


私がサイダーを押そうとしてコーヒーに変えていたのを見ていたのだろうか。ものすごい棒読みなところから間違ってっていうのは嘘だろう。


「ふふっ......アハハ.....アッハハハ!!!お前演技へったくそだな!!」


久しぶりに大きな声で笑ってしまった。周りの隊員が一斉にこちらを向いた。


「それが本当のお前か?そっちのほうが生き生きしているな。」


そう言ってアイツは笑った。







【1年後】


カキーーーーーン!!


「シャッ!!」


「おー!!ホームランだ!すげぇな如月!」


パチパチパチパチ


「空振りするどっかの真っ直ぐ野郎とは違うんだよ進助ー。」


「あっあれは球が速すぎただけだ!見てろよー!」


「はいはい、ユキタカー!バッティングセンターに来たんだからお前も打てよー!」


近くのベンチで本部から渡された資料を眺めているユキタカに声をかけた。


「いや、俺はいい。」


「「いいからやれって~!」」


進助と私で無理やり引きずってバットを持たせた。


「おい!バットはどう持てばいいんだ!こうか!」


「ユキタカー!なんで剣道の竹刀の持ち方するんだよー!」


ユキタカが真剣な表情で剣道の竹刀の持ち方をして素振りをしている。「メーン!」って言いそうな気がして笑いを堪えるのに必死だった。


「メーン!!」


本当に言った。


「なっなに言ってんの!」


「いや、つい剣道部の時を思い出して....」


「アッハハハハハハハ!!やべぇ!おもしれぇ!ダメだ息ができなくなってきた。アッハハハハハハハ!!!」


私は吹き出し進助と一緒に爆笑した。ユキタカがそれを見て何がおかしいのか分からなくて「?」って感じの困った顔をしているのが余計に面白い。


「はーー笑った笑った。しょうがねぇな、私が教えてやるよ。」


ポチャン


「雨か。」


「うえーマジかよ。私、雨で濡れるの嫌いなんだよなーせっかく面白くなってきたのに......」


「なぁ!2人共!ここのバッティングセンター!他にも遊べるものあるぞ!ホッケーとかパンチ力測るやつとか!」


「ナイスだ進助!よし!パンチ力一番低いやつが後でコンビニで2人にアイス奢るってことで!」


「えー如月に勝てるわけないじゃん。俺とユキタカの最下位争いになっちゃうよー」


「アハハ!バレたか!」


私はお前達のおかげで変わることができたんだぜ。


本当にあの頃は楽しかった。


お前もそう思うだろ、なぁユキタカ。









大きな灰色の雲で覆われた新宿の街、道路の上に如月琴子は倒れていた。眠りにつく如月琴子を悲しそうな表情でユキタカは見下ろしていた。対照的に如月の顔は少し満足そうに微笑んでいる。


「すまないユキタカくん。僕が残っていればこんな事には......」


「波流、お前のせいじゃない。」


ポタ


2人が話していると雨粒が一粒落ちてきた。そこに隊員達がやってくる。


「雨か。」


曇り空から雨粒が少しずつ落ちていく。ユキタカが空を見上げた瞬間に彼の目元に雨粒が一粒落ち、涙のように頬を伝った。


「如月を頼む。」


「「「はい!」」」


「すぐに運んでやってくれ。アイツは雨に濡れるのが嫌いなんだ......。」


そう言ってその場を立ち去るユキタカは何かを決意したかのように自分の持っている青色のメモリカセットを握りしめた。


「俺も変わらないとな。」










【新宿・歌舞伎町付近】


「ユイア!!」


「うおおぉぉぉおぉぉぉお!!!!」


ユーアはキラーとソフィアに向かって勢いよく走り出す。レーサーフォームの限界まで加速して接近しようとするが、キラーがソフィアを抱いて数メートル高く飛び上がった。


「危ない!」


「ありがとうキラー。彼女、だいぶ怒っているね。もっと怒らせてみようか?来なさい!」


「呼んだカ?」


ソフィアが呼びかけると蜘蛛のメモリスがどこからともなく蜘蛛の糸を飛ばしながらやってきた。


「あのハンターの相手を頼んでもいい?」


「ユーアじゃダメか?仕方ねぇアノ黒いヤツで我慢してヤル。」


そう言って蜘蛛のメモリスは蜘蛛の糸を使ってユーア達の背後に移動する。


「どこに行った!!」


「ユイア、上だ!」


ルナが指差す方向を見上げるとこちらに向かって落下してくるキラーとソフィアの姿があった。ソフィアは如月のメモリカセットを握り、鉄片を上空から投げ飛ばす。ユーアは自分に当たりそうになったものを全て避けた。しかし次の瞬間、ユーアが避けた鉄片がルナに向かって飛んでいく。


バァン!


「うわ!」


「ルナ!!」


鉄片がどんどん磁石のようにくっついていき、ルナの身体を全方向から押し潰していく。


「さっきから虫みたいにちょこまか空を飛んでてウザかったの。」


「やめて!!」


ハンターが爪形状の武器を使い、ルナを押し潰そうとしているソフィアに攻撃を放つ。しかし、突然現れた蜘蛛のメモリスがその攻撃をを蜘蛛の巣のような盾によって防いでしまう。


「チッ!」


「オット、俺と遊んでモラうぜ!」


そう言って蜘蛛のメモリスは蜘蛛の糸でハンターをグルグルと縄のように巻いて拘束し、どこかへ連れ去ってしまう。押し潰されていくルナは苦しそうな声を上げる。


「ぐっ.......ユイア!如月のメモリカセットを奪い返せ!!それを使えば......変身できる!」


「!!」


「後は任せた.....ぜ相....棒。」


「消えろ、スクラップ。」




グチャ!!




ルナは鉄に完全に押し潰され、鉄の塊と共にバラバラと配線やネジなどのパーツが落下していった。ユーアは変身を解き、すぐにそばに駆け寄った。


「ルナ.......ルナ!!!」


ユイアは息を上げながら、ルナのパーツらしきものを集め始めた。配線やネジ、白いふわふわな毛、首に巻いている緑色のリボンなど、押し潰された影響でボロボロになっていたり黒く汚れてしまっているが必死に集めた。


「ルナ......ルナッ!待ってて!大丈夫だから.......本部に戻ればきっと直してくれるから!!」


涙を流しながらパーツを拾うユイアを見ていたソフィアは指をパチンと鳴らし、ユイアが必死に集めたルナのパーツを宙に浮かせた。ユイアはすぐに掴み取ろうとするが届かない高さまで上がってしまう。頑張ってジャンプしても届かない。今の彼女に、変身して取ればいいという考えをする余裕さえなかった。


「返して!お願いだから.......やめてよ」


ユイアの瞳から涙が溢れ出す。その姿を見てソフィアは鼻で笑った。


「ふっ......ただのおもちゃのガラクタじゃない。」


「おもちゃじゃない!!ルナは私の相棒だ!!」


「あっそ、もういないけどね。」


そう言ってソフィアは浮かせたルナのパーツを大通りの方に投げ飛ばした。遠くの方で道路に散らばった音がする。その音を聞いたユイアはその場で泣き崩れてしまった。雨粒がポタポタと落ちていく、次第にその量を増して大きな雨となった。




ザーーーーーーーーーーーー!!!!




「あ.........あぁ......」


「ねぇユーア。貴方、自分のことをヒーローだと思っているみたいだけど......何も守れていないじゃない。」


「......。」


「なにがヒーローよ。」


その言葉がユイアの心を深く抉った。雨に濡れたユイアは何かに動かされるように立ち上がり、ピンク色のメモリカセットを取り出すとドライバーに装填した。ゆっくりとキラーとソフィアに向かって歩きながらドライバーのホイールを回転させる。


3


「まだ戦うつもり?」


「......」


2


「まぁいいわ、キラー......遊んであげましょう。」


「はーい」


「......」


1


「ねぇ、さっきから黙ってないで何か言ったらど...」


「変身」





顔を上げたユイアと目があった瞬間にソフィアは自身の心拍数が上がっていくのを感じた。雨雲によって太陽の光が届かないせいなのか、ユイアの瞳に光はなく黒く澱んだ瞳がソフィアを睨んでいた。ソフィアは恐怖を感じ、如月のメモリカセットの力を使って先ほどより大きな鉄の塊を次々と投げ飛ばしていく。


「来るな!」


「どうしたのソフィア!?」


投げ飛ばした鉄の塊をユイアは生身の腕で弾き飛ばす。濡れた白い制服が赤い血で滲んでいく。弾き飛ばした瞬間にアーマーが装着されていった。


「来るな!!来るな来るな来るなァ!!」


ソフィアは必死に鉄の塊を投げ飛ばすが、ユイアの歩みは決して止まらない。ユイアの顔面に鉄の塊が当たった瞬間に顔のアーマーが装着された。顔に装着する寸前、ソフィアの瞳に映ったのは額から流れ出た血が目を通って、血涙のように見える黒い瞳のユイアの姿だった。


「キラー!倒せ!!」


「はーい!」


ソフィアは怯えた声でキラーに命令を出す。キラーは自身の腕からナイフを抜いてユーアに向かって走り出した。


「あれぇいつものハイテンションな変身音はどうしちゃっ.....え?」


キラーが瞬きをした瞬間、目の前にユーアの姿があった。速すぎる、理解が追いつかなかった。ユーアは無言でキラーの顔を掴み、地面に叩きつけた。


バァン!!


「グハッ!!!」


「........」


叩きつけた地面にヒビが入る。ユーアはキラーの顔面を掴んだまま何度も何度も地面に叩きつけた。


バァン!!バァン!!バァン!!バァン!!バァン!!


「やめ....グハ!痛い...グッ!!」


「.......」


「キラー!チッ!」


ソフィアは焦ったような怯えたような表情を浮かべ、如月のメモリカセットを使い鉄の塊をユーアに向かって投げ飛ばしていく。それに気づいたユーアはキラーを後ろに投げ飛ばしソフィアに向かって歩き始めた。ソフィアが投げ飛ばしていく鉄の塊をどんどん腕を使い、弾き飛ばしていく。


「ハァ......ハァ.......止まれ!!」


「......」


止まらない。


「......」


「あっあぁ........」


ユーアは逃げることも攻撃することもできず、ただ立ち尽くすソフィアから如月のオレンジ色のメモリカセットを奪い取るとピンク色のメモリカセットと入れ替え、ホイールを3回回転させた。


3


2


1


ユーアの身体にオレンジ色とシルバーの通常のアーマーより大きなアーマーが装着されていく。右腕にはロケットの形状した武装、左腕には大きなロボットのような機械的なアームが装着された。


「ハァ.....ハァ.....何その姿?だいぶゴツくなりすぎじゃないの.......」


「キラー!」


「........」


震えた脚を無理やり動かし、キラーは自身の体に刺さったナイフをユーアに向かって投げ飛ばす。ユーアは無言で両脚につけられたランチャーでミサイルを発射し全てを撃ち落としていく。


ドガァァァン!!!


「嘘、」


「キラー!逃げるわよ!」


「........」


ユーアは腕を突き出すと指をパチンと鳴らした。そしてキラーが投げ飛ばしたナイフや鉄の塊を浮かせ、キラーに向かって投げ飛ばす。投げ飛ばされたナイフがキラーの身体の深くに突き刺さっていく。


ズバァ!!ズバズバズバズバ!!


「グァァァアァァァァァァァァァァァァァ!?!!?」


「キラー!!!」







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