第76話 純愛

今日は前から予定していた茜とのデートの日だ。

雲は重たく、まるで空全体が一枚の灰色の布に覆われているかのようだ。

天気予報によると雨は降らないみたいなので、傘は持ってきていない。


「蒼太君!お待たせ~!」


俺が駅前で待っていると、茜が大きく手を振りながら小走りでやってきた。

茜はあれから毎日黒いリボンを付けていて、目も黒くなったままだ。


あれから茜とは教室で話すくらいだった。

正直、茜が学校を休んでいた理由は体調不良ではないと思う。

理由を何度も聞いたが、『体調不良』の一点張りだった。


「いや、全然大丈夫だよ。俺も今来たところだし」


「ふふっ、ありがとう」


茜はそう言って俺の腕に抱きついてくる。

相変わらず茜の目を見ると少し怖いと思ってしまう自分がいる。

今日のデートで何か分かるといいけど……。


「じゃあ早速、映画観に行こっか!」


「ああ」


茜と何をするか話し合い、観たい映画あるみたいだったので一緒に観に行くことになった。


「この映画、前から観たいと思ってたんだ~!」


茜はそう言って、スマホの画面を俺に向ける。

そこには制服を着た男女がお互いに向かい合っている画像が表示されていた。

きっと映画のメインビジュアルだろう。


「恋愛映画か?」


「うん!蒼太君はあまり好きじゃないかな?」


「そんなことないよ。楽しみにしてた」


「ほんとっ!?私も楽しみにしてた!」


茜はそう言って俺の腕を引っ張る。


やっぱり女の子は恋愛映画好きなんだな~。

そんなことを考えながら二人で映画館へと歩き出す。



約2時間ぐらいの映画だった。

内容をざっくり言うと、一人の男が女性主人公を好きになりすぎて、その主人公以外の彼女はいらなくなる。でもそれ以外の女性は男性を独り占めするのを許さず、主人公が非難されるがその男が主人公を守る、というストーリーだ。

この貞操逆転世界では珍しい純愛物の映画だった。


「あー面白かった!」


映画館から出ると茜は笑顔でそう言った。

俺も少し気になって調べてみたが、ネットの評価は最悪だった。


『主人公が一人の男を独り占めするなんてずるい』


『普通に意味が分からない』


『この映画で一番共感できたのは主人公を非難していたモブ女だったわ』


などの否定的な意見が沢山あった。

普通にいい映画だと思ったんだけどな……。


「蒼太君はどうだった?」


「う~ん、そうだな……」


一人の男が一人の女を愛するっていう価値観は、元々俺がいた世界の価値観だ。

映画の中では一途な男が非難されていたので少し戸惑ってしまった。


「でも、不思議な話だったな~と思ったよ」


「やっぱりおかしいと思う?」


「え?」


「一人の男性に彼女が一人しかいないのはおかしいと思う?」


茜がそう言って、俺の顔を覗き込んでくる。


「いや、そんなことないと思うよ。でも一人の男が複数の彼女を作らないと大半の女性が恋愛できなくなるから世間にはあまり受け入れられないかもね」


人間は状況に応じて対応していかなければならない。

俺がもし貞操逆転世界で生まれていたら、女性に優しくすることができないかもしれない。

そういえば『環境が人を作り、人が環境を作る』って誰かが言っていたな……。


「……」


茜は黙って俺の言葉を聞いていた。


「でもやっぱり私は嫉妬しちゃうかも……。自分の好きな人に他の女がいるのをどうして許せるの?私は苦しいよ……」


茜は小さな声でそう呟いた。


「蒼太君。私って変なのかな?」


茜が今にも泣きそうな顔で俺にそう言った。

俺は茜の手を握り、目を真っ直ぐ見る。


「何かあったの?よかったら話を聞かせて欲しい」


茜の眼の色が一瞬だけ戻り、また黒くなる。

すると笑いながら、俺の手を握り返してくれた。


「ううん、大丈夫!」


「本当に?」


「大丈夫だって!蒼太君って私と一緒にいる時は他の女の子の話はしないようにしてくれてるんだよね?」


「ああ、茜が嫌がるかなと思って」


神楽坂家の人は『独占欲』が強いから他の彼女達の話をしても良い事はないだろう。


「ありがとね……。じゃあご飯食べに行こ!」


茜はそう言って俺の手を引っ張る。


「……」


茜がそう言うなら俺はこれ以上何も言えない。

いつか本当の事を話してくれるまで待つしかない。


「私が弱いから……。ごめんね、蒼太君」



「う、ううん……」


俺はゆっくり瞼を開けて、首を左右に動かす。

頭の中の霧が晴れていくように少しずつ目が覚める。


「ここはどこは?」


俺がいたのは窓がなく、少し広めの部屋で小さい明りがほんのり部屋の中を照らしている。部屋の中には洋式トイレと俺が寝ているベッドしか無かった。


「俺は確か、茜とご飯を食べた後に車で送ってもらって……っ!!」


そこで初めて手首に手錠がかけられていることに気が付いた。

その手錠は鎖で俺が寝ているベッドと繋がっており、強く引っ張っても取れなかった。

俺が激しく手を動かすと、鎖のジャラジャラとした音が部屋の中に鳴り響く。


「なんだよこれ!?誰がこんな事を――」


すると引きずるような低い音を立てながら、部屋のドアが開いた。

ドアの前には一人の女性が立っていて、部屋の中に入るとすぐにドアを閉めた。

最初は暗くてよく見えなかったが、俺に近づいていくうちにその女性の顔が徐々に見えてきた。


「やっと起きたんだね……、蒼太君」


その女性は俺がよく知る人物、神楽坂茜だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る