第75話 薔薇の棘
俺は学校に行って自分のクラスに入り、席に座る。首を横に向けて隣の空いた席をじっと見つめた。
茜はここ何日か学校に来ていない。
今までの茜は連絡するとすぐに返事が来ていたが、今は連絡をしても一日に一回しか返事がない。
他のみんなも茜の体調についてはよく分かっていないらしい。みんな心配していたから早く元気になって欲しいな。
「よう、蒼太!」
「おはよう、竜也」
竜也は俺の肩を掴んで、白い歯を見せながら笑った。
「結愛とはどうだ?」
「ああ、この前デートに行ったよ」
「そうかそうか!順調そうで何よりだぜ!結愛が蒼太と付き合ってから俺の生活は平和になったんだ。頼むからこのまま仲良くして、結愛と結婚してくれよ」
結愛ちゃんとデートしていて思ったが、もし俺と別れたとしても結愛ちゃんが竜也に抱き着いてくることはもうないだろう。
結愛ちゃんが欲しいのは好きな人からの愛情で、それ以外の人からの愛情はいらないみたいだし。
「結婚はまだ早いよ。でも別れるつもりもないから安心しろ」
そんな話をしていると教室の中が騒がしくなった。
教室のドアの前に何やら人だかりが出来ている。
「何かあったのか?」
その光景を見た竜也が首を傾げながらそう言った。
「久しぶりだね!」
「えーー!なんか雰囲気変わったね!」
「可愛い~~!」
教室のドアの前にいたクラスの女子達の声が聞こえる。
「人が多くてここからだと見えないな」
するとその人だかりをかき分けるようにして、一人の女性がこっちに向かって歩いてきた。
その女性は俺の隣の席に鞄を置き、俺を見下ろす。
「茜っ!!」
俺は思わず立ち上がり、茜をじっと見る。
茜の姿を見たとき、不思議に感じた。
艶のある髪にきめ細かい肌、ピンクのアイシャドウと赤いリップ。
化粧の雰囲気が少し違い、いつもの赤いリボンではなく、黒いリボンを付けていた。
今日の茜は大人っぽく、妖艶な雰囲気を感じた。
「おはよう!……ってどうかしたの?」
固まっている俺を見た茜が首を傾げた。
「い、いや……なんだかいつもと雰囲気が違ったから……」
茜は花で例えると向日葵のような見ているだけで明るくなるような存在だった。
でも今は情熱的な美しさを持つが、触れると怪我をする危険さを伴う薔薇のようだ。
「うん!ちょっと色々あってね……」
よく見ると茜の目のハイライトが消えている。
その目を見ていると背筋が凍り、額から冷たい汗がにじみ出る。
「心配かけてごめんね!会いたかったよ、蒼太君!」
茜はそう言って俺に抱き着いてくる。
行動や言動はいつもの茜だ、だが少し怖いと感じてしまった。
「あ、ああ……俺もだよ」
「ほんと?じゃあどうして抱きしめてくれないの?」
俺は体が固まってしまい、動けなくなっていた。
「ご、ごめん!茜の雰囲気が変わったから少し戸惑ってて……」
俺はそう言いながら茜の背中に手を回す。
「嫌いだった?」
「ううん。今日の茜も可愛いよ」
「嬉しい……」
茜は俺をさらに強く抱きしめる。
好きな人に抱きしめられるのは心地良いはずなのに、まるで『逃げろ』と言っているかのように心臓の激しく鼓動し、その音が耳に鳴り響いている。
「あ、茜。休んでいる間、何かあったの?」
「えっ?何もないよ?」
「じゃあ何で学校休んでたの?」
「チャットで言ったじゃん!ただの体調不良だよ?」
それにしては健康そうだし、休む前より見た目が綺麗になっている。
この得体のしれない恐怖は何だ?
「でも何だか前より元気そうだな――って思って……」
「そう?確かにメイクは変えたけどね」
変わったのは見た目だけではない。
上手く言えないが、今までの茜とは確実に何かか違う。
「それよりも……ねえねえ、次はいつデートしてくれるの?」
茜が抱きついたまま、俺の制服を軽く引っ張る。
「えっ?」
心臓が締め付けられたような感覚になり、息が苦しい。
「蒼太君とデートしたいな~」
茜が抱き着いたまま、俺の顔を見上げる。
「え、えっと……今週は空いてないから、デートするなら来週の土曜日になるかも」
俺は茜の顔を見れず、目を逸らしたままそう言った。
「ふ~ん。今週は何で空いてないの?」
怖い……。
でも理由を誤魔化すと、前みたいに痛い目に遭う。
正直に言うしかない。
「こ、今週は岬姉ちゃんと葵の三人で出掛けるんだ」
そう言った瞬間、周囲の温度が急激に下がったような気がした。
「……。そっかー!じゃあ来週の土曜日遊ぼ!」
変な間があったが、茜はそう言ってくれた。
やはり今までの茜とは何かが違うような気がする。
「分かった。その日は空けとくよ」
俺がそう言うと茜が俺から離れて、自分の席に座った。
「授業始めるから、みなさん席に着いてくださーい!」
すると先生が教室に入ってきて、クラスメイト達に声を掛けた。
俺も席に座り、茜を横目で見る。
「私よりも他の女を優先するんだね……。でも今は我慢しないと。来週には蒼太君は私のものになるんだから……」
俺にはよく聞こえなかったが、茜は机を見つめながらブツブツと独り言を話していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます