第73話 幸せ

 俺と茜は結愛ちゃんとゆっくり話をするために空き教室に来ていた。


「こんな所に使われていない教室があったんですね……」


「うん、偶然見つけたんだ」


 椅子を並べて俺の横に茜が座り、俺達に向かい合うように結愛ちゃんが座る。

 結愛ちゃんと目が合い、すぐに視線を逸らしてしまう。

 茜が大きく深呼吸をして、結愛ちゃんを真っ直ぐ見つめる。


「結愛ちゃん、私に何を聞きたいの?」


 結愛ちゃんもそれに応えるように茜を真っ直ぐと見て、口を開く。


「蒼太様が私の家に遊びに来た時、私は蒼太様に告白しましたわ」


 結愛ちゃんがそう言うと部屋の中に緊張が走り、冷や汗が出てきた。


「そっか……。蒼太君が結愛ちゃんの家に行った事は岬さんから聞いていたけど、告白もしていたんだね」


「すみませんでしたわ、茜様」


 結愛ちゃんが座ったまま茜に向かって頭を下げる。


「私は一度、茜様の前で『蒼太様を諦める』と言ったのにもかかわらず、諦めることが出来ませんでしたわ」


「……」


 結愛ちゃんは頭を上げて、俺を見る。


「あれから何度も諦めようと思いました。しかしふと思い出すのは蒼太様の顔、声、感触ばかりでしたわ。でも私は蒼太様にフラれてしまいました、そしてその理由もはっきりと言ってはくれませんでした。でもそれでは納得がいきませんわ」


 茜は結愛ちゃんの言葉を黙って聞いていた。

 その沈黙がさらに空気を凍らせていく。


「私は茜様の事を大切なお友達だと思っていますわ。でもこれだけは譲れませんでした……。ここに来るまでに茜様以外の彼女さん達に会ってきましたわ。全員に『私の口から言う事ではない』とはっきり言われてしまいました」


 茜は伏せ目になって、彼女の言葉に耳を傾けていた。


「はっきり言いますわ、原因は茜様にあると思っています」


「っ!そ、それは違うってこの前も――」


 俺は急いで立ち上がり、声を荒げる。


「ではその理由は?言えませんよね、それを言ったら茜様のせいになってしまうから」


「そ、それは……」


 俺はゆっくりと座り、唇を噛む。

 すると茜はゆっくりと俺の方を見て、小さく息を吸った。


「蒼太君、私の事を守るために結愛ちゃんの告白を断ったの?」


「……」


 俺が言うかどうか迷っていると茜が俺の手を優しく握ってくれた。


「大丈夫、教えて?」


「……。じ、実は神楽坂は独占欲が強いから彼女が増えていくと茜が苦痛になるって聞いたんだ」


「そうだね。会長が蒼太君の彼女になった時も苦しかったよ」


「だから俺は――」


「その気持ちは嬉しい。でも私はそんな事頼んでないよ」


 茜は一言も『彼女を増やすな』とは言っていない。


「相談してくれれば良かったのに……」


 茜はぎこちなく笑いながらそう言った。


「でも茜が苦しそうだったから……」


 そういうと茜が俺の頬に軽く口づけをした。


「蒼太君のそういう優しい所が大好きだよ。私も苦しい時はしっかり相談しないといけなかったよね……、ごめんなさい。でも私は独占せずにみんなで仲良く暮らしていきたい。そのためには


 俺の手を握る茜の手の力が強くなる。


「前に一度言ったけど、私は暴走する自分が大嫌い。それを治すには苦しくてもやるしかない、じゃないと私は幸せにはなれない」


「茜……」


「私の為に結愛ちゃんの告白を断ってくれただけで私は満足だよ。それに結愛ちゃんは友達だから、幸せになってほしいんだ。蒼太君は結愛ちゃんの事好きなんでしょ?」


「うん……」


「そっか……。じゃあ私は教室に戻るね」


 茜はそう言って、立ち上がり結愛ちゃんの方を向いて笑顔を見せた。


「頑張ってね、結愛ちゃん」


 それだけ言うと茜は部屋から出て行った。

 結愛ちゃんと二人きりになり、しばらく無言が続いた。


 茜は独占せずにみんなで仲良くできるように頑張りたいと言っていた、次からは何かあったら相談してくれるだろう。

 俺は結愛ちゃんが好きだ、だったらやることは一つ。


 覚悟は決まった。


「結愛ちゃん」


「は、はい!」


 結愛ちゃんは背筋を伸ばし、声が裏返った。


「こっち来てくれる?」


「わ、わかりましたわ」


 結愛ちゃんは緊張しているのか、ぎこちない動きで俺の隣に座った。

 そして結愛ちゃんの手を握る。


「初めて蒼太様から手を握ってくれましたわ……」


 結愛ちゃんの頬が赤く染まり、俺を見上げる。


「この前はせっかく告白してくれたのに断ってごめん」


「い、いえ……」


「俺は結愛ちゃんが好きだ。良かったら俺と付き合ってくれないか?」


「本当にいいんですか?」


 結愛ちゃんは震えた声でそう言った。

 徐々に目に涙が溜まっていく。


「うん」


「私、四大財閥だから普通の女の子とは違うかもしれませんよ?」


「うん」


 結愛ちゃんの目から涙が流れ始める。


「寂しがり屋だからぎゅーしないと怒るかもしれません」


「むしろ可愛いと思うよ」


 俺は結愛ちゃんを抱きしめる。


「結愛ちゃん、好きだよ」


 耳元でそう言うと、結愛ちゃんは俺の背中に手を回し、強く抱きしめてくれた。


「私も大好きですわ!蒼太様!」


 俺は結愛ちゃんから少し離れ、見つめ合う。

 お互いに目を閉じて、口づけをする。


「は、初めてキスしてしまいましたわ……。こ、こんなに満たされるのですね」


 結愛ちゃんがそう呟くと顔が徐々に歪んでいく。


「うわぁぁぁ~~ん!!」


 結愛ちゃんは大きな声で泣き始め、もう一度俺に抱き着いてくる。


「ど、どうしたの?」


「どうして私の事好きなのに告白断ったのですか!?私、悲しくて悲しくて死んじゃいたいくらい苦しかったんですわ!」


「ご、ごめん」


「罰としてあと一時間ぎゅーしてください!」


「いや、そんなにしてたら授業始まっちゃうだろ!?せめて30分くらいにしてくれ……」


「むぅ。分かりましたわ……。じゃあそれで我慢します」


 俺は昼ご飯を食べずに、30分間結愛ちゃんの背中をさすり続けた。俺に抱きしめられている間、結愛ちゃんはずっと幸せそうに笑っていた。


 ◇


『お詫び:ラブメーターの数値の説明が未記載になっておりましたので修正致しました』


『ラブメーターが更新されました。神楽坂茜の病み度が最大になりました。今すぐ対処しよう!』


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